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2011年7月 9日 (土)

東海村JCO臨界事故の記録を読んで

◆ 「朽ちていった命」― 被曝治療83日間の記録―(新潮文庫)を一気に読んでみた。悲惨の一言だね。日本における最初の臨界事故「東海村臨界事故」は1999年9月30日本 茨城県東海村の核燃料加工施設「ジェー・シー・オー東海事業所」で発生した。放射能は眼に見えず大量被曝であっても、細胞自体は破壊されない。ただ遺伝子を運ぶ「染色体が破断する」ことでドクロ細胞分裂が止まるのである。お疲れさん。(^0^)/ 読んでない人は読んどくと良いよ。


 東海村臨界事故の“被爆者”毎晩かゆみと痛みで眠れず

 NEWSポストセブン 2011.04.08 16:00

アゲ3 東日本大震災による福島第一原発の放射能漏れ事故を前に日本中が紛糾をしている。汚染された水、野菜、日々の政府発表におののく毎日だ。12年前の“被曝者”大泉昭一さん(享年82)はその人災を「魔の出来ごと」(『JCO臨界事故から10年を迎えて~語り継ぐ思い~』より)と書き遺していた。

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 茨城県東海村JCO臨界事故は、1999年9月30日、ウラン溶液の加工中に臨界となり、作業員2人が死亡、住民約600人が被曝した惨劇だった。当時、昭一さんと妻・恵子さん(71)は現場から80mの町工場で被曝した。≪死亡した一人が、写真の篠原理人さん(40)。「朽ちていった命」― で取り上げられているのは、大内久さん(35)。≫

 

 

「被曝後、もともと弱かった主人の皮膚は全身がひび割れたようにしわが走るようになりました。医師は明確な病名をいいませんでしたが、毎晩、かゆみと痛みで眠れずにいました。それに爪と皮膚の境目がくっついて、痛くて動かせないの。指先が痛くてワイシャツのボタンも自分で留められなくて…。毎日、病院の皮膚科でもらった治療薬を私が主人の顔から全身に塗るんです。そうしなければ皮膚がぼろぼろとむけてしまって…」。

 

 

 そう話す恵子さんも、口内炎とひどい下痢に悩まされ、PTSD(心的外傷後 ストレス障害)となって2度、自殺未遂をはかった。そして今年2月7日、昭一さんは亡くなった。生前は放射能の恐ろしさを伝える活動を続けていた昭一さん。

 

 

「最後まで“『臨界事故を語り継ぐ会』をやってくれるか”と口癖のようにいうので“大丈夫よ。私が続けていくから安心して”と伝えるたび、主人は笑顔を浮かべていました」。

 

 

 福島原発については避難区域の人のことを考えると、ニュースなどはとても見られないという。「地震多発国である日本には原発はいらないと思います」。恵子さんは、固く口を結んだ。「四十九日が過ぎたいまでも遺骨は自宅に置いています。今回の地震でお寺が被害に遭ったため納骨できないんです。早く主人をゆっくりと眠らせてあげたいと思っているのですが」と、恵子さんは昭一さんの遺影を見つめた。

 

 


 

 

◆ 「臨界」とは核分裂連鎖反応が持続して起こる状態。信じられない話だが ウラン燃料加工の作業現場と云うのがえ 大昔のホーロー加工のような手作業だと云うことだ 核燃料なんて物騒な代物は 無人化ラインで生産しているものだと 普通は考えるじゃないか(苦笑)。核分裂反応が起きると、大量の中性子線がバラ撒かれ、人体を貫くと体内のナトリウムに反応してドクロナトリウム24という放射性物質に変わる。この瞬間から、被爆者の新陳代謝は停止して時計 緩慢な死へ向かうのである。但し元々、脳細胞は再生しない臓器だから、被曝の影響を受けない。体が少しづつ溶解してゆくにも関わらず 神経細胞は元気だから、2~3箇月もの間時計痛みに苦しめられながらマジ 絶命するのだ。

 

 

「放射性物質が外部に漏れた」福島第一原発事故とは違うケースだが、危険に対する認識としてミスを重ねてもメモ其処から学んだ形跡すらなかったことがサーチ よく覗える。いまプルトニウムは飲んでも大丈夫」と言い放っていた東大の有名な御用学者がお金雲隠れしているそうだが、放射能をナメてる人間が、放射能を扱う仕事に就いている原子力の現場はマジ 「放射能以上に危険」かもしれない。彼らの危機意識は致命的なほど希薄で本 今回のフクシマにおいても学ぶことを怠りやらせメール」等という幼稚な抗いを見せて波 世間を困らせるのだ。嗚呼ぁオヤスミ。

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