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2020年10月11日 (日)

【耳学】「難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは」どんな症状なのか

 箸が持てない…難病ALSの人気声優が足の次に感じた手の異変 

現代ビジネス 2020年10月10日(土)7時02分配信/津久井 教生(声優・音楽家)

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)を検索すると「感覚があるままに体が動かなくなる病気」という説明が多くあります。もう少し詳しい記事を探すと「筋肉が動かなくなってしまう」という説明がなされています。ではこの「感覚があるままに動かなくなる」という状態はどのような感覚なのか? 

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ニャンちゅうなどの声でおなじみの声優・津久井教生さん。2019年3月に突然転んだことから異常を感じ、半年の検査入院の末、9月にALSと診断されました。告知から1年経った今、ブログでは要介護4になったことも明らかにしています。ALSとはいったいどのような病気なのか。
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はじめはなんともなかった

 ALSに気づいたきっかけは下肢(足)の異常で、病名がわかる前から「足が動かなくなっている」と認識していました。しかしながら足に続き、検査してALSという病名が分かる直前からあらわれ始めた、上肢(手)が動かなくなる現象に対しては、さらなるショックを受けました。

 もちろん下肢(足)が動かなくなる事は大変な事です。役者としても年に数本ゲストとして出演させていただいた舞台での、私の得意技の演技でもある「客席乱入」は健全な足さばきがあってのものです。また「絵空事計画」という朗読ライブ集団を主宰し、事務所の若手声優の皆さんと「81ライブサロン・絵空事計画・朗読ライブ」を定期的に上演している身分として、下肢が動かなくなるのもたしかにショックなのです。しかし高校生からライブハウスに出入りさせていただき、音楽も職業にしている身としては、手が動かなくなり「楽器が弾けなくなる」のはかなりのダメージです。

 始めの頃は上肢(手)は「なんともありません」……と言ってもいい状態でした、足の違和感をメチャクチャ感じている2019年3月から5月までは足の違和感と衰えを腕力で補っているくらいでしたから。

 体育座りから立てなくても、そばにあるものにつかまって軽々と立ち上がる、もちろん腹筋の力もあるのですが、引き寄せる力は全く問題ありませんでした。布団から起き上がるときも腹筋と同時の手の反動で上半身を起こし、そこに足の力をうまく乗せて立ち上がっていました。後々にPT(理学療法士)さんをはじめとしてケアマネージャーさんや様々な関わってきた方々から言われたのですが「運動神経」と「体バランス」で下肢の不具合を上手く補っている、という事でした。

 そのように補えた理由は「上肢(手)が動く」からでした。そして私はこの時点では上肢(手)はまったく問題ない個所だと思っていたのです。

当然あらわれた腕の異変

 5月に整形外科に受診に行った後の経過観察の1ヵ月で「整形外科的に異常なし」という診断結果となりました。その際(6月下旬)に主治医から「他におかしなところはありませんか?」という問診をされました。

 実はその二日前に転びそうになって堪えた時に、はじめて右手に違和感を覚えていたのです。左手に持っていた杖でバランスを取って、右手で何かを握って体を支えるという動作をした瞬間とその後ほんのしばらくの間、肘のすぐそばと二の腕の「ピクピク」が治まらなかったのです。この「ピクピク」は足には顕著に現れていた症状で、この時点では「歩けなくなっている原因」の根源ではないかと思っていました。

 「はぁっ? なにこれ? なんでピクピクが手にきてるの?」

 何が何だかさっぱり分かりませ~んという感じです。しかし、その後は「ピクピク」はあらわれませんでした、その時の瞬間とその後ほんのしばらくだけだったのです。ですからそんなに心配はしなかったのですが、ものすごく印象には残っていました。

 問診された時にそのことを忘れるはずがありません。転びそうになったのを支えたとはいえ、「手の方にも少し変な感覚が数日前にありました」と軽い感じで報告すると、診療室の雰囲気が少し変わりました。ベテランの女性看護師さんも一緒にいたのですが、主治医と同じように「えっ、手にも?」という大きな反応があったのです。

手の前兆をきっかけに次のステップへ

 「津久井さん、すぐに院内の神経内科を紹介しますので受診してください」

 結果として、数日前に転びそうになったことは、良いタイミングでした。なぜなら、手にもあらわれた「ピクピク」が分かった事で、次の神経内科の受診というステップにつながっていったからです。もしかして主治医が手のことを知らずに、足だけの不具合の認知だったら、この速さで次の段階、神経内科にまで行けなかったのかもしれません。

 そうなのです、ALSは複数個所の症例が出て診断されることが通例なのです。

 神経内科の主治医は私に対して、重症筋無力症の簡易検査である「ボールペンを目で追う事での眼球の動き」「体育座り」からの立ち上がり検査をしました。当初はALSよりも重症筋無力症を疑っていたのです。しかしこの時にはごくたまにではあるが通常でも感じられるようになった「肘のあたりと二の腕のピクピク」の話を受けて、現在の大学病院への転院を薦め、診療を受けることを提案してくださったのです。

 こうして下肢(足)の症状と上肢(手)の症状が合わさったからこそ、神経内科の病気の疑いが強くなったのです。

 それから検査入院までの1ヵ月半で上肢に自分でも分かるような疼きのようなモノが現れ始めました。動かしにくくはないのですが、腕を上にあげる時に明らかな重い感じとブレーキがかかるような感覚を受け始めたのです。下肢の兆候や違和感から遅れる事10ヵ月ほどで、上肢の方にも明らかに「ピクピク」の反応が出始めました。

自覚できてしまった進行

 どんな感覚なのかをもう少し説明しましょう。握り拳にした腕を曲げたり伸ばしたりします。そうすると、肘の内側や二の腕の内側部分が「ピクピクッ」と勝手に動くのです。足の「ピクピク」よりも私はさらに強く実感した症状でした。

 検査入院での病名探求は消去法を基盤としています。これは以前の記事で紹介した通りです。明らかな下肢(足)の筋肉の減少とALSの特徴の症状、それに加えて上肢(手)に現れたピクつきと筋肉減少の状態。そして最終的に「針筋電図検査」の画像にはっきりと現れたALSの波形によって診断が確定しました。

 この時点で少し私はALSをなめていたと思います。「3年から5年で寝たきり、早い人は1年で」などと説明にはありましたが、「確かに足は酷いけど、手は以外と進行していない気がするから、そんなに早く動かなくならないのでは」と思っていましたから。

 私は自分をものすごく個人差のあるALSの「進行の遅い方」だと思い込もうとしていました。特に手に関しては情報を得たかったのですが、今年の3月から現在までコロナウィルスの影響でほとんどALS患者の交流がネット以外では不可能になり、なかなか比較することが出来なかったからです。

 診断を受けて出会った数少ないALS患者の皆さんから「上肢が頻繁にピクつくと危ないらしい」という情報を得てショックでした。ALS罹患からずっと上肢(手)は「ピクピク」しているからです。

 自分では進行が遅いと思っていたし、そう願っていたのですが、上肢(手)の進行は残念ながら進んでいきました。2019年11月にはピアノなどの楽器を弾き続ける筋力が無くなりました。

手が上がらなくなるまで

 腫瘍を2019年12月に摘出し、年が明けた2020年、少し手のピクつきが治まった感じがありました。「しめた」と思い、2月からのリハビリで毎回握力を計りながら、ベッドの柵を握ったり、ハンドグリップやチューブの運動量を多くしてみました。しかし残念ながら落ちた数値や運動量を戻すことはできませんでした。

 ASLは本当に回復はおろか維持も難しい難病です、良くて進行を遅らせるだけです。

 何とか今年の2月は声優養成機関の授業をロフストランドクラッチ(杖)で乗り切りました。しかし2019年9月に借りた際にはかなり歩けたのに、だいぶゆっくりになりました。原因は足だけではなく、手の筋力の低下も否めません。足に気持ちが奪われがちでしたが、上肢の筋力もかなり落ちていたのです。「歩く」という行動は上下のバランスによりできることなのですから。

 3月には左手でコードを押さえることができても、右手が動かずにギターが弾けなくなりました、最後まで何とかなっていたウクレレも5月に最後だと思い、やっとの思いで「お~い飼い主」という曲を弾いて最後になりました。演奏を続ける体力が奪われた感じです。休み休みなら何とかなったのですが。

 6月の時点で左腕はまだ上まで上がりましたが、右手は肩よりも上に上がらなくなりました。7月にはものを持ち上げる事が困難になり、普通に食事が出来なくなり、箸ではなくスプーンやフォークになりました。8月にはキーボードが打ち辛くなりました、9月には左腕の上がりにくさも「ピクピク」と共に現れ始めました、驚くべき進行です。

 私の場合は少し左肩に痛みはありましたが「ほとんど大きな痛みが無い」のに動かなくなりました、これもALS独特の進行です。

 そして現在10月では、右手は自力で上げる事が困難になりました、まだ動いている左手で介添えして持ち上げています。握る力がまだ少し残っているのでそれで補っていますが、日常生活のほとんどすべてが出来なくなった感じです。

 夫婦で頑張ってきましたが、足に続き手も動かなくなって来ました。まだこの文章は自力でキーボードで打っていますが、いよいよ介護の方や医療の方に自宅に入っていただく段階になりました。

 手足の次は「」。人気声優が難病ALSについて感じていること 

現代ビジネス 2020年10月24日(土)7時02分配信

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)という言葉を検索すると「感覚があるままに体が動かなくなる病気」という説明が多くあります。もう少し詳しい説明を探すと「筋肉が動かなくなってしまう」という表記がなされています。ではこの「感覚があるままに動かなくなる」という状態はどんな感覚なのか? 今回は私の現在での声や呼吸器系のお話をしたいと思います。

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2019年9月にALSに罹患していることを公表した津久井教生さん。ニャンちゅうをはじめとしたキャラクターの声でおなじみの人気声優であり、音楽家でもあり、舞台にもたつ役者でもあります。津久井さんが最初に違和感を抱いたのは「足があがりにくい」「突然転ぶ」ということでした。歩くのが困難になり、手は大丈夫と思いながら、右手も動きにくくなり、ピアノやギターを弾くことができなくなっていきました。それでも声優としての活動は現在も続けています。声優にとってのもっとも大切な声のこと、呼吸器のことを、いま改めて綴っていただきます。
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呼吸器系にも症状は出ていたのかもしれない

 2019年3月くらいから足の「ピクピク」を感じると同時に筋肉の減少を感じ始め、何もないところで転んだりして異変を感じていましたが、前回お伝えしたように、当初上肢(手)には全く異変は感じていませんでした。では声や呼吸器系はどうだったのでしょうか? 

 実は2019年3月、ほとんど声が出なくなった時があったのです。

 2019年1月から3月まで、私は連続で舞台に出演していました。2月までは大きな舞台でも当然のように声を響かせて台詞を客席に届けていたのですが、3月になると声が割れてきて、しっかりとした音声が出にくくなってきました。よく声枯れなどで起こるように、音が低くなって割れた感じになり、キーもそのままの酷いハスキ-ボイスと思っていただければわかりやすかと思います。

 本来であれば「大事な声が出ない!」と驚くところでもあるのですが、私はニャンちゅうとまではいかずとも、基本的にハスキーボイスなのでした。そのうえに酷い花粉症で、毎年「3月は津久井の声はいないものと思ってください。」と公言するくらいに「鼻声になる以上の声の出しにくさ」を経験してきたのです。確かに私自身も、そして周囲からも「今年は酷いですね」と言われるくらいの声の劣化でした。でもその声でもしっかりと発声することで言葉は伝わります。またお仕事のキャラクターも一部を除いて「ハスキーな発声部分を利用」しての演じ方でしたので、困る事はありませんでした。唯一ストレート系のナレーションの役だけは避けてもらっていました。

 「今年は例年より花粉が酷いんだな」と思い込んでしまっていたのです。

一瞬で声がはじけるように出なくなった

 先述の理由で、私の場合は花粉の季節にはスタジオ収録の仕事を避けて、舞台やイベントを中心にするというのが通例なのでした。

 3月の舞台の役は速射砲のようにしゃべり、声を張り上げる役でした。何回も出演させていただいている朗読劇で今までもその役をこなしていたのですが、ある日見せ場のシーンで「プツン」という感触が背中と喉に来て、声がはじけるように出なくなりました。

 ボイストレーナーとして基本的な発声には自信があったのですが「わっ、さすがにやっちゃったかな?」と思いました。

「教生さん、大丈夫? 尋常じゃない声の出かたでしたけど?」
「さすがにちょっと驚いたけど……今出てるよね、声?」
「出てますけど、出てるってだけな感じです。」
「明日から2日間休みなので、声帯を休めるよ」

 声帯を痛めたら、ケアして休めるしかありません。これで声が出なくなったら病院です。しかし、次の日にはそこそこ出るようになり、数日である程度コントロールできるようになりました。もちろん声質がすぐに戻るはずもありませんが、もともとのハスキーの声が凄みを増した感じになるので、そのまま臨場感としての音声としてお芝居に利用してしまったのです。無事に何とか公演を乗り切ると仲間たちやお客様から……。

「本当に声帯が強いんですね」
「普通だったら、舞台おりてますよ」
「いつもよりもハスキーな声、迫力ありました」

 などとマイナスな感想がほとんどなかったのです。それで自分の中でやり過ごしてしまっていましたが、確かに背中と首の真ん中あたりの筋肉がいつもと違っていたのかも、支えがゆるかったのかもしれないと振り返ってみると感じるのでした。

 でもこの時も「声」はしっかりと復活してきたのでした。

自覚はなかった呼吸器系。でも…

 もちろんこの事は検査入院の時に聞かれた「呼吸器系の違和感」の時に報告はしていました。しかし自分としてはその後にすっかりと声が復活していたので、上肢(手)や下肢と違って筋肉などの劣化や減少は感じていないと伝えていました。

 ただ、呼吸器系は大丈夫なのですが、ものすごく肩がこるようになってガチガチになる度合いが強くなっているのは感じていました。数年前まではそうでもなかった、マッサージに行きたいという気持ちがいつも以上に高まっていたのも事実です。でもこれは多忙や加齢で誰でも感じうる症状だろうと思っていました。

 ましてや検査入院の時に可能性があるものとして挙げられていた病名を知っていましたから、呼吸器系に該当反応の症例が出ると「声」を失う病気に該当するためALSでありたくないという気持ちが強かったのも事実です。

 主治医は「球麻痺」の部分もしっかりと調べましょうと、針筋電図検査も含めて色々と検査しました。球麻痺とは嚥下障害・咀嚼困難・発話障害(はっきり話せない)・発声障害(声が出せない)・構音障害(呂律が回らない)などの症状を起こすものです。

 たぶん針筋電図検査では下肢の次に軽く反応が出ていたのだと思います。そして初めて検査した時から必ず「舌」を見られていたのですが、検査終盤に「津久井さん、舌痩せましたよね」と言われました。私は巨舌症まではいきませんが、口の中に納まりきらないくらいの、かなり大きめの舌だったのです。それがいつもよりも普通に口に収まるくらいに痩せた感じがしました。

 あまり鏡も見ていませんでしたし、動かすことが大丈夫だったので、痩せたことに気がつかなかったのでした。当たり前なのかもしれませんが、医師の凄さを感じさせられました。

喋れなくなることが決まってしまったけれど

 下肢から始まって筋肉が減少していき歩けなくなり、上肢(手)にも症状が現れ始めて動きが悪くなり、球麻痺の症状として舌がはっきりと痩せて、針筋電図検査も合わせて「ALS罹患」が確定しました。

 やはりショックは大きかったです、そしてこの先の事をどのように事務所や仲間たちに相談しようかと思いました。検査が終わって病名がはっきりしたら出来る限りの事をしようと思っていました、何よりも検査入院の期間収録も授業も待っていただいていました。かなり気持ちがブレブレになって「終わった」と頭の中で綺麗に荒海の中から「END」マークが出ました。

 そんな中、こんな思いが浮かびました。

「声は今のところ大丈夫なんじゃない?」

 足がドンドンと動かなくなって、かみさんと歩いていた時に「声は大丈夫なんだけどな」と何度も言いました、最後まで授業をした時も生徒さんから「声はいつも通りですね」教務さんから「変わらない声ですね」と言われました。入院中も看護師さんや検査で医師の方たちと話していても「声には出ていない感じですね」と言われ、PTさんとリハビリルームで発声練習をして「いい声ですね」と言われていたのでした。

 そして事務所を通して病状を話した結果、各仕事先から「お仕事を続けましょう」という嬉しいお返事をいただきました。

 すぐに『ニャンちゅう! ・宇宙! ・放送チュー! 』『ちびまる子ちゃん』などのレギュラー番組やアミューズメントメディア総合学院などのレギュラー講師としてのお仕事に復帰しました。授業は3時間10分の時間枠で午前と午後で喋りっぱなしのパフォーマンス。声は疲れますが、しっかりとメンテ&ケアすると、次の日には復活していきます。

「この声を守っていこう」

 目標が出来ました。

1年経っても変わらないのが

 12月の腫瘍摘出手術も入院中からガッチリと「発声」などの訓練とケアをしていきました。退院時には「声」だけは劣化を感じない状況で、1月のラジオ番組やイベント、ニャンちゅうの収録にも参加。

 2020年2月声優養成機関の年度内スケジュールをすべて完走させていただき、3月からはコロナウィルスの影響もありましたが、キャラクター・レギュラーの収録の年度内分も完走。『ちびまる子ちゃん』では誕生日も祝ってもらいました。

 4月5月の収録や授業が中止になり、その間はひたすら「ボイストレーニング」を行って、「ボディバランス(体幹)トレーニング」を続けていました。6月に背中の異変も軽く感じたのですが、思い立った時に1日中「声」の為のトレーニングを続けて振り払いました。

 2020年10月の今では要介護4になり、1人でできる事はほとんど無くなりました。10月からは在宅介護のために宅訪の介護の方にも入っていただく状況なのですが、「声」だけは1年前とほとんど変わらない状況を維持しているのです。スタジオ収録では休憩を取りつつ10時間余り車椅子に座っての演技、リモートではありますが2時間10分喋りっぱなしの午前と午後の授業を週に3日こなしています。

 確かにこの後どうなるか分からないのですが、この奇跡的な状況をこれからも維持していきたいのです。もう少しこの状況を続けていき、何が声の維持に効いているのかが見えてきてくれたら嬉しいと思うのです。

 

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