« 【井上尚弥】1年ぶり防衛戦<“モンスター”✍本場ラスベガス参上>無観客でKOショー | トップページ | 【MSJ(旧MRJ)】コロナ禍<三菱重工✍業績悪化>国産ジェット事業凍結 »

2020年11月 2日 (月)

【訃報】名優ショーン・コネリーさん(享年90歳)逝去。

 名優ショーンコネリー栄光苦悩…代名詞「ボンド」毛嫌いし話題禁句だった 

日刊ゲンダイDIGITAL 2020年11月2日(月)13時00分配信

 英スコットランドの名優で、このほど90歳で亡くなったショーン・コネリー。映画「007」シリーズでは「歴代最高のジェームズ・ボンド」と称せられ、その勇姿が語り継がれているが、代名詞でもあるボンド役を毛嫌いしていた時期もあったという。

「出世作ではありましたけど、役のイメージが強すぎて、何を演じても『ボンドっぽい』と映画ファンから揶揄されていたことがあったのです。1967年公開のシリーズ第5作『007は二度死ぬ』は日本が舞台で、来日したときにはトイレまで記者たちに追いかけまわされ、写真を撮られ、『そのときボンドを降りる決心をしたんだ』と、コネリーは友人で3代目ボンドのロジャー・ムーアに明かしています。実際、彼の周りではボンドの話は禁句で、街で『あ、ボンドだ』と言われるのを心底嫌がっていたという話があります。一時期は『ボンドを殺したい』とまで言っていたそうです」(映画関係者)

 1930年、英スコットランドのエディンバラでトラック運転手の父と工場勤務の母のもとに生まれ、労働者階級で長い下積み生活を送っていたショーン・コネリー。俳優としてのキャリアでも、低迷期があり、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ助演男優賞を受賞した映画「アンタッチャブル」(87年)こそ、ボンドのイメージを払拭し、キャリア再起を果たした代表作として挙げる声もある。

Photo_20201102143001

 そしてボンド役以外でも、修道士を演じた「薔薇の名前」(86年)など、数々の名作を残した。「007は二度死ぬ」でコネリーと共演した浜美枝はこんな追悼コメントを発表している。

「ボンドガールとして渡英し、右も左もわからない撮影現場に戸惑っていた私に『大丈夫? 心配事はない?』と毎朝、声をかけてくださったのがショーン・コネリーさんでした。あのときの人を包み込むような優しいまなざし、深みのある穏やかな声を今も忘れることができません。(中略)役者として、ひとりの人間として、気骨のある生き方を貫かれたその生き方にどれだけ励まされ、勇気づけられたでしょう」

 スクリーンでショーン・コネリーに魅了されてきた日本の中高年世代ならば、浜と同じような感慨があるのではないか。芸能リポーターの城下尊之氏はこう言う。

「海外のスター俳優なのですけれども、その映画を見てきた私たち日本人にとっては、もう少し身近な、憧れの存在だったと思います。どの役を演じても、常に気品があり味わいがあって、ダンディズムを見せてくれた。心に残る人であり、どれもが大切なメモリーですよ。またあの懐かしい映画を見たい、見続けていきたいと思わせてくれる。そうやって、いつまでも人々の記憶のなかで生き続けていくのでしょうね」

 ボディービルで鍛えた分厚い胸板に、胸毛をたくわえた男の色気。それでいて知的で優しい生きざま。滞在先のバハマで睡眠中に息を引き取ったことが発表されて以来、世界中から哀悼の声があがっている。

コネリーさん訃報真の伝説英国の象徴」—英メディア

時事通信 2020年10月31日(土)23時30分配信

 英国を代表する俳優ショーン・コネリーさん死去の報を受けて31日、英国内では各界の著名人から悲しみの声が寄せられた。

 報道によると、ダウデン文化相は「真の伝説であり、英国の象徴だ」と功績をたたえた。

 現ジェームズ・ボンド役の俳優ダニエル・クレイグさんは「映画界の真の偉人の一人を失って悲しい。彼は俳優や映画制作者らに影響を与え続ける」とコメント。サッカーの元イングランド代表でテレビ司会者のゲーリー・リネカーさんも「最善のボンドだった。(訃報に)動揺している」と語った。

 コネリーさんは、出身地スコットランドの英国からの独立支持者としても知られた。スコットランドのスタージョン自治政府首相はツイッターで「心が砕けるようだ。最愛の人物の死を皆が悼んでいる」と悲しみを表した。 

Photo_20201102143601Photo_20201102143701

ダニエル・クレイグら“歴代ボンド”✍ショーン・コネリーを追悼

CinemaCafe.net 2020年11月2日(月)12時15分配信

 10月31日(現地時間)に、初代ジェームズ・ボンドことショーン・コネリーがバハマの自宅で亡くなった。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開を控えている6代目ボンドのダニエル・クレイグは、ジェームズ・ボンドの公式ツイッターを通して追悼メッセージを発表。「映画界における真の偉人の1人が亡くなったと聞き、本当に悲しいです」。

「サー・ショーン・コネリーは、ボンドとしてもそれ以外の存在としても、名を残すことでしょう。1つの時代とスタイルを方向付けた人でした。彼がスクリーンで見せたウィットや魅力は100万ワット級で、 いまの大ヒット作の製作に一役買いました。この先もずっと、俳優やフィルムメーカーに影響を与え続けます。遺族にお悔やみを申し上げます。彼のいる場所には、どうかゴルフ場がありますように」。

 5代目ボンドで、8月25日に90歳の誕生日を迎えたショーンに祝福メッセージを贈っていたピアース・ブロスナンも、インスタグラムにメッセージを投稿。「サー・ショーン・コネリー。あなたは私が少年の頃、そして大人になって自分自身がジェームズ・ボンドになってからも、私の中で最高のジェームズ・ボンドでした」と敬意を表した。

Photo_20201102143101Photo_20201102144101

 妻のミシュリーヌ・ルクブルン(91)はショーンが晩年認知症を患い、自分の思いを伝えることができなかったと「Daily Mail」紙に明かした。「寝ている間に安らかに息を引き取る」というショーンの希望が叶ってよかったとも語っている。今年5月に結婚45周年を迎えた2人。ミシュリーヌは「彼は素敵な人でした。私たちは素晴らしい人生をともにしました」と結婚生活をふり返った。

 ミシュリーヌ夫人が明かす ショーンコネリー無念と苦闘の晩年 

スポニチアネックス 2020年11月2日(月)10時09分配信

 バハマで10月31日に90歳で亡くなった俳優ショーン・コネリー氏が、ここ数年にわたって認知症で苦しんでいたことをミシュリーヌ・ルクブルン夫人(91)が明らかにした。

 英メール・オン・サンデー紙に対してその事実を公表したもので、同夫人は「認知症が重荷になって、ここ数年は彼自身をうまく表現することができませんでした。彼の最後の願いは穏やかに去っていくこと。少なくとも眠っている間に静かに息を引き取ったので、彼が望んでいた通りになりました」とコメント。

 アルツハイマー症を含めてどのタイプの認知症だったかは語っていないが、コネリー氏にとっては無念の晩年だったようだ。

 コネリー氏は1962年にオーストラリア出身の女優ダイアン・シレントさん(2011年に78歳で死去)と結婚して、のちに俳優となるジェイソン・コネリー(57)をもうけたが、1973年に離婚。1975年にモロッコ系フランス人の画家だったミシュリーヌ夫人と再婚し(同夫人は3度目の結婚)、同夫人が2人の前夫との間にもうけていた3人の子どもを自身の養子としていた。

Photo_20201102143401Photo_20201102144001

 同夫人は「まさに模範的な男性。ゴージャスな人でした。素晴らしい人生だったので、彼なしで生きていくのはつらいです」と複雑な胸中を吐露。007シリーズを含めた多くの作品に出演した名優が認知症に苦しんでいたという一報は、英国や米国などの多くのメディアで報じられ、大きな衝撃を与える結果となっている。

 54年前007ロケ地”はファンの“聖地”に鹿児島南さつま市坊津 

南日本新聞 2020年11月2日(月)10時40分配信

 31日に訃報が伝えられた俳優ショーン・コネリーさん(90)は、代表作「007」の撮影で鹿児島を訪れていた。ロケ地になった南さつま市坊津の関係者からもしのぶ声が上がった。

 1967年公開のシリーズ第5作「007は二度死ぬ」の鹿児島ロケは66年夏。コネリーさん、共演の丹波哲郎さん、浜美枝さんらが訪れた。漁村のシーンの舞台となった同市坊津町秋目では、住民もエキストラとして参加。漁を休むなど、地域を挙げて撮影を後押しした。

 同地区には90年、コネリーさん、丹波さんのサインを刻んだ記念碑が建てられ、観光名所に。ロケ地を散策するツアーが開催されるなど、ファンの“聖地”として、地域活性化に一役買っている。

 県漁協組合長の宮内一朗さん(64)は、小学5年の時に撮影に参加。記念碑の建立にも奔走した。宮内さんは「世界の大スターが来るので、集落は大騒ぎになった。とてもかっこよく存在感があった」と振り返る。今も国内外からファンが秋目を訪れるといい「地元の名前を世界に知らしめてくれたコネリーさんに感謝している」と惜しんだ。

Photo_20201102143201

 ショーンコネリー追悼54年前『極真会館』訪問秘話 

スポニチアネックス 2020年11月2日(月)5時30分配信

 初代ジェームズ・ボンド役の英俳優ショーン・コネリーさんが90歳で死去したと全世界に伝わってから一夜明けた1日、「007は二度死ぬ」(67年公開)の撮影で来日したコネリーさんが空手の極真会館(東京・池袋)を訪問した際のエピソードを極真会館最高顧問、郷田勇三氏(80)が本紙に明かした。

 訪問したのは1966年。コネリーさんは、極真会館設立者の大山倍達総裁とガッチリ握手。大山氏と並んで道場生の演武を見学した。「コネリーさんは組手を食い入るように見つめていた」と郷田氏。稽古に参加することはなかったが、服装はポロシャツ、ズボンともに白で統一。「自分も道着を着ているとの気持ちを表したのでは」。フルコンタクトの激しい稽古に「コネリーさんは“これが日本の武道か。(日本人の)強さが分かった”と語った」という。

 その後、コネリーさんと大山氏は個室に移動。しばらく談笑して、大山氏はコネリーさんに極真空手名誉段位の認定証を贈呈したという。郷田氏はコネリーさんの肉体美を鮮明に覚えているという。ボディービルで鍛えた胸筋は、シャツが破れそうな程パンパン。「良い体をしてましたね。手足も長く、空手をやれば相当強くなったと思います」と語った。道場への訪問は、映画に出演した道場生2人が瓦割りや頭突きでの氷割りをするのを見て感激したコネリーさんが「道場を見学したい」と望んで実現した。

 コネリーさんと大山氏は意気投合。大山氏が総裁を務めていた70年代には、コネリーさんを国際極真空手連盟の役員に起用している。76年には、大山氏の著書にコネリーさんが「マス大山の世界は(中略)鉄拳一筋に生きる執念と自信に裏打ちされている」と推薦文を寄せている。

 郷田氏は「紳士で礼儀正しく気さくな人でした」と“世界一有名なスパイ”の死を悼んだ。コネリーさんの強烈な印象だけは色あせていないようだった。

Photo_20201102143901Photo_20201102143801

 岡村隆史「差婚ましがる中年男性りかかる現実 

PRESIDENT Online 2020年10月30日(金)18時16分配信

芸能人は「年の差婚」が多い? 

 ナインティナインの岡村隆史さんが、10月22日深夜のラジオ生放送で、自身が結婚したことを報告しました。50歳で初婚の岡村さんに対して、お相手は30代の一般女性と報道されているので、少なくとも10歳以上の年(とし)の差婚となります。

 半年ほど前、自らの発言が炎上した岡村さんですが、皮肉にもその出来事がきっかけとなり、落ち込む彼を彼女が支えてくれたとのこと。それが今回の結婚に結びついたようです。ネット上でも、祝福の声が相次ぎ、好意的に受け取られました。中には、「あの岡村でさえ50歳で30代との年の差婚ができたんだから、俺にもワンチャンある」と希望を見いだした同年代の未婚男性もいることでしょう。

 さて、現実はどうでしょうか? 

 芸能人の結婚報道において、よくこの「年の差婚」が取り上げられることがあります。

 確かに、過去においても、俳優の西島秀俊さんは43歳で、16歳下の一般女性と、俳優の福山雅治さんは46歳で、女優の吹石一恵さんと13歳の年の差婚をしました。お笑い芸人の千原ジュニアさんも41歳で、18歳年下の方と結婚されています。

 こう書きだすと、芸能人には「年の差婚」が多いイメージを抱きがちですが、それは注目度が高いがゆえの単なる錯覚です。芸能人であったとしても、決して「年の差婚」が多いというわけではありません。

未婚の多さは「若者の結婚離れ」ではない

 日本では「未婚化」が進んでいます。2015年国勢調査時点で、男性の生涯未婚率(50歳時未婚率)は23.4%、女性は14.1%で、2040年には、これが男性3割、女性2割に増えると推計されています。つまり、50歳まで未婚のまま過ごす人がそれだけいるということであり、50歳まで未婚の人はその後も結婚する可能性が極めて低いのです。

 同時に、晩婚化も進んでいます。皆婚時代だった1970年代と比較すれば、40代以上で初婚の男性の数は増えています。しかし、これは中年男性が結婚しやすくなったわけではなく、単純に昔と比べて40代以上の未婚男性の絶対数が増えたからです。

 未婚というとどうしても若者を想起しがちです。「イマドキの若い男は草食化している」などという意見もそれを反映したものでしょう。ところが、それも事実と反します。未婚者は、もはや若者だけではありません。

 男性の20~30代の若者未婚数と40代以上の中年未婚数との比率を比較すると、1955年には、若者未婚が中年未婚の44倍もいましたが、2015年ではそれがわずか1.5倍と、その差はかなり接近しています。そのうち、40歳以上の未婚人口が若者未婚を上回ります。

 日本の未婚化問題とは、もはや未婚おじさん問題となりつつあるのです。

「夫が年上」のパターンは激減している

 そもそも、日本の婚姻において、夫が年上である「夫年上婚」は激減しています。

 厚労省の2019年人口動態調査によれば、この年の婚姻数は59万9007組でした。2018年と比較すると「令和婚効果」のおかげで、若干増えましたが、婚姻数がもっとも多かった1970年代と比べるとその数はほぼ半減しています

 また、初婚数だけを抽出すると、2019年は33万9418組で、これも1970年の初婚数と比べれば、半減どころか57%減少、組数にして約44万組も減っています。この激減の原因の大半が「夫年上婚」の減少なのです。

 1970年から2019年までの婚姻の組み合わせ推移をみれば、それは明らかです。全体の婚姻数が大きく減っているのに対して、実は「夫婦同い年婚」および「妻年上婚」の数は、婚姻数が多かった皆婚時代とほぼ変わりません。大きく減少しているのは夫年上婚だけなのです。

 1970年と2019年を比較すると、日本の婚姻数(再婚含む)は約44万組減少しているのですが、それは前述した通り、「夫年上婚」の減少と完全一致します。つまり、日本の婚姻が減った最大の要因は、年上の男性が結婚できなくなったからだとも言えます。

「お見合い」が盛んな時代は多かったが…

 これは、いわゆる「見合い結婚」の減少とリンクします。戦後からしばらくは、「見合い結婚」が7割以上を占めていました。「見合い結婚」と「恋愛結婚」の比率が逆転したのが1965年ごろです。その後、伝統的な「見合い結婚」は全体の5%台まで落ち込みます。この「見合い結婚」の減少と「夫年上婚」の減少とは強い正の相関にあります。

 言い換えれば、戦後から1980年代まで「夫年上婚」が多かった要因は「お見合い」によるものだったと推測できます。今後、伝統的な見合いによる結婚が増えるとはとても考えられません。よって、今後はより一層「夫年上婚」は減少し続けるでしょう。

 芸能人の特別な事例が印象的であるため、「若い女性との年の差婚をする中年男が増えている」と錯覚するようですが、そんな事実は存在しません。むしろ年を取った男性はどんどん結婚できなくなっていると考えるべきでしょう。

 結婚において「女の上方婚志向、男の下方婚志向」とよく言われます。これは、女性は、自分より収入や年齢や学歴が上の男性と結婚したがり、男性はその逆であるということです。もっと単純化すると、女性は自分より年収が上の男性との「玉の輿婚」を希望し、男性は自分より年齢が下の女性との「トロフィーワイフ」を希望するというものです。身も蓋もない言い方をすれば、結婚とは「男の年収と女の年齢とのトレードオフ」なのです。

10歳以上若い女性と結婚できる割合は0.2%しかない

 しかし、すべての結婚がそうとはなりません。高収入男性と結婚できる未婚女性は決して多くありませんし、実は理論上も不可能です。2017年就業構造基本調査によれば、年収400万円以上の未婚男性は、20~50代まで年齢層を広げても3割もいません。7割は300万円台なのですから、どだい無理なのです。

 同時に、若い女性と結婚できる中年未婚男性もごくわずかです。2019年の人口動態調査で、40~59歳までの未婚男性が初婚で10歳以上年の若い女性と結婚できる割合は、たったの0.2%。1000人に2人しかできません。芸能人になる確率よりは楽かもしれませんが、通常では可能性は低いということになります。

 晩婚化とはいえ、今でも初婚においては、男性は5割以上、女性は6割以上が29歳までの結婚で占められています。その多くは、同い年くらいの相手と、同じくらいの収入の相手と結婚しています。現実の結婚は、年齢も収入も近い「同類婚」が増えているのです。年齢および収入の同類婚が増えるということは、有り体に言えば、貧困同士、裕福同士の同い年カップルばかりになっているということです。「玉の輿」も「トロフィーワイフ」も一部のごく少数の人にしか実現できない「現代のおとぎ話」にすぎないのです。

 おとぎ話の虚構をいつまでも追い求めて、高年収の男を探し回る女性と、「若い女」に執着しすぎる男性だけがいつまでも結婚できないことになります。

「男も女も実は結婚したい」のウソ

 とはいえ、世の中のすべての男女が「結婚したい」と思っているわけではありません。メディアではよく「結婚したい男女は9割」などと報道されますが、あれは事実と反します。

 このデータは、出所が厚労省「出生動向基本調査(対象18~34歳)」によるものですが、選択肢が「いずれ結婚するつもり」か「一生結婚するつもりはない」の二者択一です。どちらかを選べと迫られたら、現段階で「一生結婚するつもりはない」という強い意志をすでに持つ人以外は、「いずれ結婚するつもり」を選ぶしかなくなるのではないでしょうか。

 また、同調査ではこの後に、詳細を聞いています。「いずれ結婚するつもり」を選んだ人に対して、「1年以内に結婚したい」「理想の相手ならしてもよい」「まだ結婚するつもりはない」のいずれかを回答させているのです。これら2つの回答をまとめた未婚男女の結婚意思を数値化すると、「結婚に前向き」なのは男性4割、女性5割程度におさまります。この傾向は同調査でほぼ30年間変化がありません。

 つまり、実質「結婚したい」と思っている未婚男性は、半数にすぎないわけで、「9割が結婚したい」という不正確なデータだけを切り取って、「みんな結婚意欲はあるのにできない男たち」みたいな印象を作り上げようとしているとしか思えません。

「1人は寂しい」と思う独身男性ほど注意

 僕は、かれこれ独身者を延べ10万人以上調査していますが、個々人によって「ソロ生活耐性」というものがあることが分かりました。「誰かと一緒にいないと寂しい」と思う者と「1人でいても寂しくない」と思う者は、未婚男女とも大体半々です。「誰かと一緒にいないと寂しい」という男女ほど結婚意欲は高いようです。

 後者のソロ生活耐性のある人間は、独身だろうが1人で生活していようが、快適以外の何ものでもないのですが、前者の人間は、無理してでも若いうちに結婚しておいたほうがいいと思います。

 よく若い未婚男性が「金がないから結婚できない」と言いますが、それこそ「女は上方婚だ」という呪縛にとらわれている証拠です。百歩譲って、金を稼げるようになってから、40歳を過ぎて結婚しようと思っても、その時には女性から選ばれなくなってしまいます。「金があっても結婚できない」状態になります。「誰かと一緒にいないと寂しい」というソロ生活耐性のない人にとって、これはしんどいのではないですか? 

 繰り返しますが、「年の差婚」は、おとぎ話です。幻想です。

 最後に、故樹木希林さんの名言を置いていきます。

 「結婚なんて若いうちにしなきゃダメなの。物事の分別がついたらできないんだから」

----------
荒川 和久(あらかわ・かずひさ)
コラムニスト・独身研究家
ソロ社会及びソロ男女を研究するソロもんラボ・リーダー。早稲田大学法学部卒業。博報堂入社後、自動車・飲料・ビール・食品・化粧品・映画・流通・通販・住宅等幅広い業種の企業プロモーション業務を担当。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。著書に『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会―「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち―増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』(ディスカヴァー携書)など。
----------

関連エントリ 2018/09/17 ⇒ 【樹木希林】「老け役一筋」「全身がん女優」逝く✍享年75歳。
関連エントリ 2013/05/05 ⇒ 【オセロ中島】謝罪の手紙に✍樹木希林さん苦言
関連エントリ 2013/03/14 ⇒ 【樹木希林】この人に学ぶ✍人生の“危機対応”
関連エントリ 2012/04/21 ⇒ 【樹木希林】認知症の役は誰もやりたがらないので・・・・
関連エントリ 2011/05/14 ⇒ 【樹木希林さんに学ぶ“危機対応”

 

« 【井上尚弥】1年ぶり防衛戦<“モンスター”✍本場ラスベガス参上>無観客でKOショー | トップページ | 【MSJ(旧MRJ)】コロナ禍<三菱重工✍業績悪化>国産ジェット事業凍結 »

その他」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【井上尚弥】1年ぶり防衛戦<“モンスター”✍本場ラスベガス参上>無観客でKOショー | トップページ | 【MSJ(旧MRJ)】コロナ禍<三菱重工✍業績悪化>国産ジェット事業凍結 »

無料ブログはココログ
2021年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31