« 【座間9人殺害】公判✍「若く尊い命が奪われた」白石被告に死刑求刑 | トップページ | 【座間9人殺害】公判✍鑑定医「精神障害を想定しないと説明できないものではない」 »

2020年11月27日 (金)

【ナショジオ】ヒトの半数『色覚異常』✍どのように進化してきたのか㊦

 ヒトのような野生のサル発見! 

NATIONAL GEOGRAPHIC 2020年11月28日(土)12時37分配信

なぜ私たちには色覚があり、どのように進化してきたのか

 東京大学大学院新領域創成科学研究科・人類進化システム分野の河村正二教授は、脊椎動物の色覚について、魚類から霊長類、さらにヒトまでを視野に収める研究を進めている。

 多様性を極めているかのような魚類の不思議な色覚から始まり、いったん高次の色覚を失った哺乳類の中でふたたび3色型色覚を取り戻した霊長類。さらにはヒトがなぜ色覚多型を持っているのか、という問題まで。現在はコスタリカの新世界ザルのフィールドと実験室を行き来する21世紀スタイルの研究室としてフル稼働している。

 ここからコスタリカの新世界ザルの話に入っていきたいのだが、その前に、河村さん自身の研究史に触れておきたい。現在のフィールドに至るまでには、やはり、一筋縄ではいかないストーリーがある。

 そもそも、色覚研究は、本当に広く深いテーマで、興味が尽きない。ぼくはお話をうかがいながら、古典的な学問としてニュートン(光学)からゲーテ(色彩学)までをひとまたぎした上で、ダーウィン(進化論)によって筋を通し、ティンバーゲンやローレンツ(動物行動学)の肩を借り、生理学や医学の知識も総合しつつ、21世紀の超最新型・分子生物学が肉付けをしていくような、広さ・深さを常に感じないではいられなかった。

 河村さんは、いったいどういう経路で、このテーマにめぐりあったのか、それ自体、とても興味深い。

「僕はもともと進化に興味があって、遺伝子レベルで進化に切り込みたいという思いはありました。子どものときから、虫が好きだったり。何であんなに小さいやつがあんなにうまくできていて、うまいこと生きているんだろうというのを不思議に思っていたんです。それで、進化の研究をしたいなと。僕が大学生のころは遺伝子のことがよく分かるようになってきていたので、遺伝子から進化の研究ができたらいいなと思っていたわけです」

 子どもはなぜか、虫に惹かれる。そして、虫に惹かれた子のいくらかは、長じてもその思いを、人生におけるキャリア形成にまで反映させたりする。河村さんが大学の学部生だった80年代前半は、遺伝子と進化をからめた研究が勃興しつつある時期だった。そこで、東京大学の教養課程から専門課程に進むときに、当時、唯一「進化研究」を看板に掲げていた理学部生物学科の人類学教室を選んだ。目論見どおり、霊長類の遺伝子レベルの進化研究と出会ったわけだが、最初は、色覚とはまったく関係がない方面だったそうだ。

河村さんがオプシンに出会うまで

「大学院時代は植田信太郎先生のご指導で免疫関係の遺伝子の進化の研究をしていました。ヒトとチンパンジーやゴリラの塩基配列の違いを調べてました。学位を取って博士研究員(ポスドク)先を探しているときに、アメリカのシラキュース大学(当時)で、魚のオプシンの研究をやっていた横山竦三(しょうぞう)先生がポスドクを探しているのを知ったんです。それに応募して、そこからですね、オプシンを自分の研究対象としたのは。でも、ポスドクでやっていたのは、アメリカン・カメレオン、一般にグリーンアノールといわれていますけど、その全オプシン遺伝子を決定して、次にハトでした」

 なんと、河村さんは、ポスドク時代に爬虫類と鳥類のオプシンを調べて、色覚については、やはり「魚類から霊長類まで」脊椎動物を俯瞰する足がかりをすでに作っていたわけだ。その後、古巣の東京大学に復帰して、その時点では、魚類(ゼブラフィッシュ)と新世界ザルという二本柱をすでに決めていたという。ポスドク時代に、オプシンの研究を深めたことで、昔から抱いていた「遺伝子で進化の研究を」という目標への具体的な切り込み方を決めることができた。

 前に紹介したゼブラフィッシュやメダカの研究も、その成果のひとつだ。

 一方、新世界ザルの方は? ゼブラフィッシュのように研究室で手軽に飼うわけにもいかないし、行動を見たいならどのみち、野生のフィールドが必要だ。偶然に助けられつつも、コスタリカでオマキザルを研究しているカナダ、カルガリー大学のリンダ・フィディガンさんや、クモザルの研究をしているジョン・ムーア大学(イギリス、リバプール)のフィリッポ・アウレリさんたちのフィールド調査に参加することになった。

Photo_20201127183901河村さんが研究しているクモザル、ホエザル、オマキザル。

色覚多型の野生での例を探しに新世界

「新世界ザルは色覚がオスとメスで違っていて、メスの中でもさらに違っているんです。それが行動の違いにも反映しているかもしれないという話をして、それは、面白い! と言ってもらえたんです。でも、最初は、相手も半信半疑でした。オプシンの遺伝子を見るには、糞のサンプルがあればいいんですが、そもそも、そんなに採れるのかと。彼らも観察している群れの血縁関係とかを知るのに糞サンプルを採っていたんですが、そんなにたくさん集まらないというのが実感だったみたいです。だから、どれくらい集められるのか、集めたところでどれくらいDNAが抽出できて、ちゃんと遺伝子を増やせるのか、増えたところでオプシンの多様性はあるのかとか、何段階もの疑問はあったんだけれども『1回試しに来るだけ来てください』ということで、行ってきました。2003年7月ですね」

 河村さんたちも、ニホンザルなどの糞からDNAを採る練習をして、問題なく抽出できることがわかっていて、では実際に新世界ザルをやってみたらどうなるか、という挑戦だった。

Photo_20201127184001捕獲の必要や生体を傷つける恐れがないため、野生の哺乳類からDNAを採る場合、糞や毛を用いることが多い。

「それが、わりと採れたんですよ。行動観察をしている人はそれに専念していて、その合間に糞を採っているんだけれど、こっちは糞を採るだけなので、一緒について行って、あ、糞したと言っては、そのたびに行って集めて回る。やっぱり、専念する人間がいると採れるんですね。たった1週間で、オマキザルもクモザルもそれぞれ20くらいは採れて、彼らも『へえっ、いっぱいとれますね』という感じでしたね。それで日本で分析してみたら、DNAはちゃんとあると。それでオプシンの遺伝子をPCRという方法で増やして、実際に多様性があるとわかりました。これで向こうも俄然やる気が違ってきて。それから、かなり緊密な共同研究体制ができて、僕の研究歴の中でも非常にうまくいっている共同研究です」

 新世界ザル、この場合、オマキザルとクモザルでは、同じ群れの中に、複数の種類の色覚を持った個体が混ざっている。以前から、色覚多型があることは知られていたが、それらが、例えば地域個体群ごとに違うのではなく、同じ場所で暮らしている群れの中にすべてのバリエーションが見られることが分かった。これは、河村さんたちの発見の「その1」である。

Photo_20201127184201円グラフが各地域の個体群のなかにおけるオプシンの多様性を示している。色覚多型が維持されている群れが野生のなかに本当にあった!

新世界ザルの色覚多型はこうなっている

 なお、新世界ザルの色覚の多型は、大変なもので、実は、同じ群れの中に6種類の色覚が混在することもある。3色型だけで3種類、そして、2色型に3種類だ。3色型になるのは、ある割合のメスだけで、残りのメスとすべてのオスが2色型。なぜ、こういうことになるかというと、やはり性染色体が絡んでいる。X染色体の上に、オプシンの遺伝子があるのは、一緒。ただ、違いは、ヒトや多くの「旧世界ザル」の場合、1本のX染色体の上に赤と緑、2つのオプシン遺伝子があるのに対して、新世界ザルでは1つだけ、ということだ。

Photo_20201127184501新世界ザルの色覚多型の仕組み。赤・緑・青の矢印はそれぞれ赤オプシン、緑オプシン、青オプシンで、黄色い矢印は赤と緑の中間的なオプシン。ヒトではX染色体に赤・緑の2つのオプシン遺伝子が重複しているのに対して、新世界ザルでは1つしかない。

「オスはX染色体が1本だから、常染色体の上にある青オプシンとあわせて2種類のオプシン遺伝子しかもちません。オスはすべて2色型色覚になるわけです。一方、メスはX染色体が2本なので、2本の間で違う型だと3色型になります。ちょっと複雑ですが、同じ場所を占めるオプシン遺伝子が3種類の場合だと、メスだけ限定で、ABOの血液型に似ているかもしれません。組み合わせがAAとかBBとかOOですと、同じ遺伝子なので、メスでも2色型になります。AB、AO、BOなどですと、違うオプシン遺伝子を持つので、3色型です」

 血液型の場合、AAとAOはともにA型、BBとBOはともにB型と分類されるので、ちょっとややこしい面もあるが、3種類の対立遺伝子(今は「アリル」と言うそうだ)の関係という意味では確かに似ている。とにかく、オスは2色型のみで、メスは2色型と3色型がありうる。3種類のオプシン遺伝子のどれをX染色体に持つかによって、2色型でも3種類あるし、3色型にも3種類あることになる。しめて、同じ群れの中に6種類の色覚を持った個体が混ざることになる!

 旧世界ザルの世界では、テナガザルにせよ、ニホンザルにせよ、チンパンジーにせよ、「正常な」3色型色覚に自然選択が強く効いているというこれまでの結論とは違い、こういった多型色覚が、進化的にも安定しているわけだ。例外といえば、夜行性のヨザルが1色型色覚であることと、ホエザルが「全員3色型」であることくらい。分類群で「科」をこえて、ほぼ普遍的なことなのである。

 なぜ、こういうことになっているのか。河村さんの探求は続く。

Photo_20201127185301遺伝子からフィールド調査まで、さまざまな角度からアプローチしている河村さんが関わる学会は多岐にわたっている。

 」が本当に有利なのか 

NATIONAL GEOGRAPHIC 2020年11月29日(日)12時32分配信

ヒトの色覚は正常」「異常と言えるものなのか

 河村さんたちの探求は、実験室でのオプシン遺伝子の研究から、新世界ザルの行動観察をするフィールドまで、すっきりとつながったものになった。

 これは、ある意味、進化生物学者の夢の達成だ。どんどんミクロに見て、遺伝子レベルで解明できたことが、実際に生き物が日々の行動の中でどのように影響しているのか、その適応的な意味とはなになのか、直接、調べることができるテーマは、未だにそうたくさんある話ではない。

 そして、河村さんたちのフィールドワークは、これまでの常識をひっくり返す発見をもたらした。

「3色型の有利性がどれくらいのものなのか、本当にあるのかということも含めて調べましょうということで、何をしたかといいますと、まず、果実や葉っぱの反射率を測定して、色を数値化する作業をしました。同時に降り注ぐ太陽の光の波長測定をすれば、サルのオプシンの吸収波長はわかっているので、そのサルにとってその色がどんなふうに数値化できるかといえるわけです。2004年から2005年にかけて、博士課程の学生だった平松千尋さん(現・九州大学助教)が、25頭の群れを8カ月見続けて得たデータです。こういった研究を練り上げるのは、平松さんとアマンダ・メリンさんという当時のカルガリー大学の学生さん(現アシスタント・プロフェッサー)が相談して決めました。それで、2人の共同研究でどんどん面白いことがわかってきたんです」

Photo_20201127190101サルのオプシンがどの波長を見やすいかがわかっているので、果実や葉っぱが反射する光の波長を測定すれば、サルにとっての見え方がわかる。

 例えば、クモザルが主に食べる果実を採集してきて、熟したもの未熟なものの反射特性を見る。果実といっても、熟すとはっきりと色が変わるものもあれば、あまり色が変わらないものもある。さらに様々な木の葉も測定する。そして、それらが、3色型のクモザルを想定した色度分布のグラフでは、葉と果実がきっちり区別して見えることが分かった。一方、赤・緑の区別がつかない2色型では、葉と果実の区別がまざってしまい区別がつかないこともわかった。ここまでは、以前、紹介した2000年の論文と同様の結果で、ある意味、予想通りだ。

Photo_202011271903013色型のクモザルでは葉と果実がはっきりと区別されて見えることが明らかになった。

3色型と2色型の行動を比較した結果、驚くべきことが明らかに

「そこで、行動観察もちゃんと数値化することにしました。果実を発見してから食べるまでの流れを考えると、まず見つけるところから始まりますね。これを『発見』とします。それからかじったり、臭いをかいだり、触ったり、じっと見つめたりして確かめる。これをインスペクション、『検査』。それから最終的に食べるか、口に入れてからペッと吐き出すか、あるいは食べずにポンと捨てるか。これを『摂食』。そういったふうに定義して、単位時間当たりにどれだけのことをやるか割り出してみたんです。果実検出の頻度ですとか、正確さ、そして、時間あたりで考えたエネルギー効率ですとか。さらに、嗅覚にどれだけ依存するか。けっこうサルはよく臭いをかぐので、気になりだして、これも観察して評価しました」

 その結果、驚くべきことが分かった。理論的には、3色型が有利になって然るべきなのだが……。

「予想に反して、3色型と2色型に違いがまったくありませんでした。さきほどの3つの行動指標のどれでも、まったく差がない。どういうことだというので、結局あれこれやってわかったことは、実は明るさのコントラストが一番利いていたということになったんです」

Photo_20201127190401クモザルにとっての輝度の見え方を示した図。横軸が輝度。全体として果実と葉の輝度は重なっているが、部分部分でみると違うところが多い(赤い果実は葉よりも暗い傾向がある)。

 これは、えええっ、というくらい驚きの結果だ。

 だって、3色型の色覚なら背景の葉っぱから、果実の赤がポップアップして見えて有利なはずではないか。明暗だけをたよりにしても区別しにくいのではなかったのか。

2色型のほうが有利なケースも!?

「ひとつの解釈は、僕たちの観察は、サルが果実のすぐ近くに行ってから先の行動を見ているんですね。一旦近くまで行ったら、色覚型の優位性ってほとんどなくなっちゃうんじゃないかというものです。それから、臭いをよくかぐんですけど。これ熟してもあまり色が変わらなくて葉っぱと見た目が似ている果実の方をよく嗅ぐんです。3色型も2色型も同じです。つまり、眼で見てよくわからないのは、臭いをかいで、その結果として食べたり食べなかったり決めると。使える感覚は何でも使って採食を行っていると。言われてみれば当たり前のことがわかったんですけども、要するに3色型がすべてを決定しているキーではないということですね」

 研究はさらに続く。

「実は、2色型のほうが良いという事例まで見つかってきたんです。それは昆虫を食べる時です。2色型色覚は確かに赤・緑の色コントラストに弱いけれども、逆に明るさのコントラストや形や形状の違いに非常に敏感なんです。それで、カムフラージュしているものに対しては2色型のほうがより強いと。それで、単位時間当たりにどれだけ昆虫をつかまえたかというのをオマキザルで実際に調べたら、2色型のほうが良いとわかりました。特に森の中で日が差さない暗いところに行けば行くほど、2色型が有利で、3倍近く効率がいいんです。統計的にもきちんと有意です。これは、アマンダ・メリンさんが学生時代から頑張ってとってくれたデータです」

Photo_20201127191001

Photo_20201127191101森の中でノドジロオマキザルが昆虫を1時間に何匹捕まえたか(捕獲率)を調べた結果。縦軸が捕獲率で、横軸が左から日向・日陰・森の中から空が見えない暗い状態。棒グラフペアの茶色(左)が2色型で、緑色(右)が3色型。

 野生の動物で2色型のほうが有利であったというデータはこれが初めての報告だったので、この研究は、「サイエンス」誌のオンラインニュースに内容がピックアップされて紹介されるほど話題を呼んだ。

 こういう2色型有利の結果が出る理論的な説明として、非常に興味深いものがあるので紹介する。

カギはやはりヒトのオプシンにある?

「霊長類の赤・緑色覚というのは、実は物の形を見る神経回路をそのまま使っていて、物の輪郭を見る機能を犠牲にしているんですよ。なので、サルに丸いパターンを選ぶと餌がもらえるという訓練をして、それを緑だけ、赤だけで訓練を重ねていって学習をしたあとに、ときどきモザイクになっているやつを混ぜる実験をします。そうすると3色型色覚のサルは、とにかくすぐにエサがほしくて手を出して、正答率が偶然レベルまで落ちてしまうんです。人間に同じテストをやると、間違えはしないんですが、答えまでの時間が長くなります」

Photo_20201127191501上左側が3色型での見え方、右側が2色型での見え方を表した図。下の棒グラフはサルでの実験結果で、左2本が3色型で右4本が2色型。

 2色型は、明暗を使ってものの輪郭を見分ける明度視に秀でている、と。それは、霊長類の赤・緑の色覚が実はものの輪郭を見るための神経回路をそのまま流用しており、輪郭を見る能力を犠牲にしているからという説明だ。これは、東京大学総合文化の博士課程の学生だった齋藤慈子さん(現在、武蔵野大学講師)の仕事で、前述の平松さんやメリンさんとあわせて、河村研究室の新世界ザル研究におけるレジェンド的な存在である。

 さらに河村さんたちは、3色型と2色型では、繁殖成功率に変わりがないことを示したり、むしろ2色型の方が高い傾向があることまで示した(有意な差ではない程度)。本当に驚くべき結果が、次々と出てきたのである。

 さて、なぜ、こういうことになっているのか。ヒトを除く旧世界ザルや類人猿のほとんどに、3色型の強い選択圧がかかっていることを考えれば、本当に不思議な話だ。なにかもっとシビアな環境、たとえば、乾燥で森に果実が少なくなり、探索が難しい時期が10年か20年に一度あって、その時に、3色型が圧倒的に有利になるとか、もっと長い間みないとわからないことかもしれないし、単にデータの量の問題かもしれない。素人ながら思いをめぐらせた。

「完全に2色型と3色型で差がないとなると、遺伝の多様性をどうやって維持するかという話になってきて、中立変異と同じになっちゃいます。中立変異はいずれは消える運命なので、それにもかかわらずさまざまな色覚の型が残っているということは、何らかのメリットがないといけないはずです。やはり、2色型には2色型のよいところがあって、3色型には3色型のよいところがあって、両方いることはいいのではないかということですね」

ヒトが色覚多型を維持している意味は

 魚類から始まって、ヒトを経由して、新世界ザルの色覚の世界を旅したあとで、やはり、立ち戻るのはヒトだ。

 旧世界の霊長類、とりわけ狭鼻猿類(ヒトや類人猿やニホンザルや多くの種類を含む)のほとんどが、保守的でゆらぎない3色型色覚なのに、ヒトだけがはっきりと色覚多型を維持している意味とはなんだろう。新世界ザルのフィールドに、河村さんが飛び込んだのも、その疑問があったからだ。

「少なくともヒトでは、3色型を維持する選択圧は緩んでいるんでしょう。では、なにが選択圧を緩ませているのかなんですけども、少なくとも産業革命や農耕文明といったことではないんじゃないかというのが、今の考えです。というのは、赤オプシンや緑オプシンの一方がないのも、オプシン遺伝子の前半後半が組み換わったハイブリッド・オプシンも、ほとんど集団によらないんです。ヨーロッパ系であろうと、アフリカ系であろうと、アジア系であろうが。狩猟採集民だろうが、農耕民だろうが、どこでもわりと簡単に見つかるんですよね。そうすると、こういったものはずっと前からあるということになるわけです」

 ヒトにおいて、色覚多型は、普遍的。どこにいっても一緒。ということになると、ヒトがヒトとして成り立った時には、もう「3色型だけ」を維持する選択圧は緩んでいたということだろうか。

「ひとつ考えられるのが、森林の外での狩猟です。3色型色覚はそもそも、霊長類の森林適応だとされているわけですから。ヒトは約200万年前、ホモ属になったあたりから森林を出てサバンナを主な生活の場にして、石器をつくって狩りをして生き延びてきた種であって、それはゴリラやチンパンジーとはまったく違う生態系であるわけですね。そうすると、狩猟において獲物はカムフラージュがかかっているし、狩猟をすれば自分も肉食獣に狩られるかもしれない。肉食獣はたいていカムフラージュがかかっているから、集団の中に2色型や明確な変異3色型の人がいることが、それぞれの生存に有利につながる可能性も考えられる。単に緩んだだけではなく、多様性のなかにメリットがあるんじゃないかという話です」

 ここで、なにか涼やかな風が吹いたように感じた。「2色型や明確な変異3色型」というのは、今の医学の言葉では「色覚異常」とされる。しかし河村さんの研究の上に立って見渡すと、実はヒトの集団が持っているのは「異常」ではなく、「多型」なのだ。

 河村さんたちの研究と呼応するかのように、色覚を「正常」「異常」という枠組みで捉えるのをやめようという動きもあると教えてもらった。

 これまでの「正常色覚」を、「C型色覚」(Cは Common のC、「よくある」とか「ありふれた」という意味)と呼ぶ。「正常」かどうかはともかく、少なくとも多数派ではあるわけで、それを「コモン」と呼ぶのは理にかなっている。

 一方、かつて「色弱」「色盲」と呼ばれた少数派の色覚は、欠けたり変異しているオプシン遺伝子をもとに再編された新カテゴリーとして、P型、D型などと呼ばれる。Pというのは、Protanopes のことで、「proto(第一の)」+「an(欠損)」+「opia(視覚)」、つまり「第一の欠損色覚」のような語感。具体的には、赤に相当する波長を感じるオプシンが変異したり欠けている色覚を指す。D型の方は、Deuteranopes の「deuter(deutero)」が「第二の」という意味で、緑に相当する波長を感じるオプシンが変異したり欠けたりしている色覚だ。

 C型、P型、D型という言い方をする時に、問題とされているのは、多数派か少数派か、そして、遺伝子のどこに変異や欠損があるか、ということで、優劣の問題は前景から退く。

「感覚について、これが優れているとか、優れていないとかいうのは、間違っていると思います。3色型は2色型より優れている、あるいはその逆とかいうのは、進化の視点から見たらかなり違う。常識で思っている優劣、とくにそれが遺伝子に根ざしているものには、多くの場合、別の理由があるんです。ここに至るまでにものすごく長い歴史があって、その中で培われてきたもので、そこで生き延びてきたことには意味がある。一見、不利なようなものが、実はそれがあったからヒトがいるのだと。ヒトの色覚多型は、その一例なんだと思います」

 河村さんとの対話は4時間近くに及んだ。

 話し終えて、ふうっと深呼吸した。

 色覚研究の深い世界を垣間見るとこができて、それ自体、好奇心を掻き立てられた。本当に、この世界は底知れず、興味深い。それに加えて、河村さんが最先端の研究を通じて感得した多様性への思いに、深く共鳴し、胸が熱くなった。

 そして、そんなぼくに対して、河村さんは、スライドに記されたすでに公になった研究とは別のことも、さらに熱を込めて語ってくださるのだ。つまり、現在進行形の研究について。

「今後、これまでの魚類と霊長類のオプシン研究(色覚研究)を基盤に、嗅覚や味覚へと研究を広げていこうとしているところです。野生のフィールドに出て、色覚だけではなく、他の感覚との統合が大事だと感じまして。だから、新世界ザルの同じサンプルを使って嗅覚や味覚の遺伝子の多様性を調べたり、サルたちが食べている森の果実の匂い成分を調べたりしているんですよ」

 嗅覚や味覚にかかわる遺伝子は、色覚とは比較にならないほど複雑で、これまでなかなか手を出せなかったそうなのだが、今は次世代シーケンサーに代表される新技術で、複雑なものを複雑なまままとめて扱う研究もできるようになっている。色覚を通じてフィールドとラボをつないだ河村さんの研究が、さらに幅広く深く進むための道具が追いついてきたともいえる。

 遠からず成果が続々報告されそうだ。引き続き、楽しみに待とう!(おわり)

Photo_20201127192501

関連エントリ 2020/11/23 ⇒ 【ナショジオ】ヒトの半数『色覚異常』✍どのように進化してきたのか㊥
関連エントリ 2020/11/22 ⇒ 【ナショジオ】ヒトの半数『色覚異常』✍どのように進化してきたのか㊤
関連エントリ 2015/01/16 ⇒ 【ナショジオ】座敷犬は「テレビ画像」を感知できる!?

 

« 【座間9人殺害】公判✍「若く尊い命が奪われた」白石被告に死刑求刑 | トップページ | 【座間9人殺害】公判✍鑑定医「精神障害を想定しないと説明できないものではない」 »

オモロ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【座間9人殺害】公判✍「若く尊い命が奪われた」白石被告に死刑求刑 | トップページ | 【座間9人殺害】公判✍鑑定医「精神障害を想定しないと説明できないものではない」 »

無料ブログはココログ
2021年1月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31