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2020年11月 3日 (火)

【MSJ(旧MRJ)】コロナ禍<三菱重工✍業績悪化>国産ジェット事業凍結

 三菱国産ジェット事業凍結、サプライヤー冷ややか「わった話 

日刊工業新聞 2020年10月27日(火)10時46分配信

巨額の開発費、業績悪化

 三菱重工業の小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の事業化が、事実上の凍結に追い込まれた。設計変更などで初号機の納入を6度延期し、新型コロナウイルスの影響による航空機産業の激変で行き詰まった。官民の一大プロジェクトだっただけに失望感が広がる。MSJの開発をめぐる混乱は、サプライヤーとの関係に影を落とし、国内の産業育成の課題も浮き彫りにした。

 「三菱リージョナルジェット(現MSJ)」の初号機が初飛行する前年の2014年、三菱重工は量産体制の構想を示した。航空機部品を生産する名古屋航空宇宙システム製作所の大江工場(名古屋市港区)、飛島工場(愛知県飛島村)などの活用を見据えていた。事業化を決定してから6年近くが経過し、すでに開発に遅れが生じており、初号機の納入を17年に延期していた時期だ。

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 しかし、その後も設計変更などが発生し、20年2月に納入を21年度以降に延期した。商業運航に必要な型式証明(TC)も取得できないまま、コロナ禍により「航空業界が非常に厳しく、先行きが見通しにくくなった」(三菱重工幹部)。期待していた航空機需要が失われた。

 1兆円とも言われる巨額の開発費を費やしたことで、同社の業績は悪化している。20年3月期にMSJの関連資産の減損損失などを計上し、事業損益が295億円の赤字だった。21年3月期もMSJが大幅な減益要因で事業損益はゼロを見込む。子会社の三菱航空機(愛知県豊山町)は20年3月期に債務超過に陥った。

試験飛行継続

 同社は与えられた予算の範囲でTCの取得に向けた開発を継続する。3月にTCを前提とした試験機「10号機」の初飛行に成功し、開発の峠は越えている。5月を最後に実施していない試験飛行の継続がカギとなる。年内に過去の試験飛行データを“棚卸し”し、ムダなく試験飛行を行うように精査する。これにより試験飛行計画を21年3月までに練り直す方針で、コロナ禍の推移も踏まえながら米国での実施を軸に21年度以降の再開を目指す。

 これまでにANAホールディングス(HD)や日本航空(JAL)など国内外の航空会社から、MSJ約300機を受注済みだ。「三菱重工が責任を持たなければいけないプロジェクト」(三菱重工幹部)であり、顧客やサプライヤーが納得する方針の説明が求められる。

 一方、MSJの費用を圧縮しようとする動きは、株式市場で前向きに受け止められている。もはや火力発電システムなどの事業で、MSJへの投資余力を生み出すのは難しい。「歴代のトップがこだわってきたMSJに、見切りをつけようとする泉沢清次社長の判断は評価できる」(証券アナリスト)との見方もある。本業の回復を優先するしかない。

ボーイング発注減の方が深刻

 MSJを事業化するめどが立たないことで、三菱重工はこれまで以上に成長戦略を描きにくくなる。1000億円規模の事業利益を稼ぐエナジー部門も中長期で安泰とは言えない。脱炭素化の流れで、石炭火力発電への逆風も強い。頼みのガスタービンも、さらなる高効率化が迫られることは必至だ。

 三菱重工は30日に今後の事業計画を公表する。コロナ禍で閉塞(へいそく)感が漂う経営環境で、収益の柱を示すのは簡単ではなく、いばらの道が続きそうだ。

 航空機産業の育成を目指す政府にとってMSJはその中核的な存在になるはずだった。要素技術の開発に計500億円の公費を投入したのも、自動車産業のような巨大なサプライチェーン(供給網)の構築を夢見たからだ。政府関係者は「量産が進む中で国内調達率を引き上げ、産業全体を育てることが理想型と考えていた」と打ち明ける。だが、その構想は頓挫することになった。

 開発を支援してきた経済産業省では、5月に事業縮小を発表して以降も寄り添う姿勢を示してきた。7月に策定した政府の成長戦略にも、MSJを含む今後の完成機事業について開発完了後の販売を支援すると明記した。経産省の高官は「参入障壁が高く(開発に)苦しんでいるが、それは他にプレーヤーが少ないということでもある」と説明し、開発が終えれば持ち直せるとの見方を示す。

 MSJは事実上の凍結となったものの、政府はコロナ禍に伴う航空産業全体の問題が主因と見ており、スタンスに大きな変化はない。ただ資金面の支援については「(開発補助金を投入する段階は終えており)今後、政府が資金を投入することには意味がない」(関係者)と話す。

 一方、事業縮小の影響が及ぶサプライヤーには懸念を示す。「中長期的に戦略をどう変えるのかを示し(サプライヤーのことを)考えてもらいたい」(経産省高官)と指摘し、再開を見据えたロードマップ(工程表)の必要性を訴える。

 「やっぱりか」。MSJの事業凍結への印象を、ある協力企業の社長はこう打ち明ける。三菱重工は5月にMSJの開発体制の縮小を発表。同月末には部品生産工場での派遣社員の契約を延長せず、量産体制も解いた。同社長は「この時点で凍結と理解していた」と話す。別の協力企業の幹部も「量産計画が中止になった時点で終わった話」と冷ややかだ。

 もっともMSJへの協力会社の距離感は長年のものだ。08年の三菱航空機設立以降、中部地区を中心に金属加工メーカーの多くが関連需要の拡大を期待した。当時はまだ珍しく高価な5軸制御加工機を勢い込んで導入した中小企業も少なくない。しかし初号機の引き渡し計画は6度延期され、いまだゴールは見えない。「設備の減価償却が進んでしまった」と苦笑する。量産自体にも「単価が安く本当はやりたくない」との声があった。

 別のサプライヤーの役員は「MSJの凍結より米ボーイング関連の発注減の方が深刻」と漏らす。「航空機以外に自動車関連などの受注活動を強化している」状況だ。「将来の量産を心待ちにしている」とは話すものの、将来の夢より目の前の“糧”。サプライヤーにとってMSJはこれまで以上に遠い夢になった。

 愛知県の大村秀章知事は、MSJの事実上凍結という報道について「航空宇宙産業を自動車産業に次ぐ第2の柱に育てようとする姿勢は微動だにせず、揺るがない」とし、航空宇宙産業を引き続き支援する考えを強調した。また「(親会社の)三菱重工と連携し、厳しい試練を乗り越える」との決意を示した。

 愛知県はMSJの量産工場スペースの確保、国土交通省のTC担当部門の誘致など航空宇宙産業の振興に約200億円投資してきた。中部地域の航空宇宙産業は年間8000億円の事業規模があるとみられる。「新型コロナの影響から回復した暁に、中部の産業の柱の一つとして後押しする」と従来の方向性は変わらないとした。

三菱重工、「無謬性経営」が招いたスペースジェット挫折

日経ビジネス 2020年11月2日(月)配信

 三菱重工業は10月30日、国産初の小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の事業を事実上凍結する方針を明らかにした。中期経営計画のオンライン説明会で泉沢清次社長が開発費の大幅縮小を説明した。

 完成機開発をとりまとめるノウハウや知見、経験が乏しかったため、開発の途中で設計を大幅に見直したほか、空での安全性について航空当局によるお墨付きとなる「型式証明(TC)」の取得がうまく進まなかった。初号機の納期をこれまで6度延期し、新型コロナウイルスによる航空機需要の消失が追い打ちをかけた。

 「いったん立ち止まり、再開のための事業環境整備に取り組む。市場回復をしっかり見て、それ以降の事業展開は状況次第だ」。30日の説明会で泉沢社長はスペースジェット事業からの撤退の可能性を問われ、慎重に言葉を選びながらこう答えた。

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 スペースジェットの開発費は2024年3月期までの3年間で200億円と、21年3月期までの3年間に投じた3700億円から95%削減する。泉沢社長はこれまでとの違いに関して「多額の資金を投下してスケジュールありきで開発を進めるのは控える」と答え、「飛行試験は当面行わず、開発作業は大幅スローダウンする。これまでの飛行試験に基づくTC取得作業は進める」とした。

 「これだけ少ない予算だと機体開発の三菱航空機は何もできない。TC取得には欠かせない米国での試験飛行は無理だし、量産準備もできない。事業凍結と言われても仕方がない」。三菱重工のある幹部はこう解説する。

 泉沢社長が言うTC取得作業というのは、これまでの飛行試験で得た3900時間のデータを分析し課題をどうクリアすればいいかを考える作業。国土交通省の出先である航空機技術審査センターとともに取り組み、TC取得のための文書を作成する、いわば事務作業だ。

 書面作業で分かった問題点を乗り越えてTC取得にこぎ着けるにはさらなる飛行試験が欠かせない。だが、拠点がある米国ワシントン州での最終テストは予算的にできない。そのため次の3年間では日米航空当局によるTC取得は難しく、その先の量産もない。

 三菱重工はスペースジェットの事業化を08年に決めたが、初号機の納期は当初の13年から6度延期をした。部材の変更、設計変更、製造プロセス再検証、手続きの見直しなどさまざまな理由がある。

 16年には機体の大がかりな設計テコ入れが必要と分かり、17~19年にかけて900件以上の設計変更を余儀なくされた。電子制御機器や電気配線、機体の部品や機能などあらゆる点を見直した。

 知見とノウハウを補うため、外国人専門技術者を大量採用して設計変更をやり遂げ、最終テストを控えていた「10号」試験機にはそうした改良が反映されている。「TC取得まであと一歩のところまで来たのにいまさら諦めるわけにはいかない」(三菱重工社員)という悲願達成への気持ちは理解できる。

ホンダからのアドバイス

 しかし、「旅客需要の本格的回復は24年前後になる」。泉沢社長はスペースジェット事業化への大前提となる市場回復は少なくとも4年は見込めないと言及。先行きは視界不良で、スペースジェットの実情はほぼ撤退に近い。にもかかわらず、「いったん立ち止まる」と曖昧な表現で濁し、将来的な再開すらにおわすのはどうしてなのか。

 そこには重工内に失敗をそれとは認められない「無謬(むびゅう)性経営」があるとしたら言い過ぎだろうか。官僚制の特徴を表す言葉として使われることもあり、おごりや全能主義から間違いを直視できず抜本的な軌道修正が効かない状態を指す。こうした考えが広がった企業は、小さな間違いの正当化に無駄なエネルギーや時間を費やし、小さな穴埋めが重なって収拾がつかなくなる。

「TC取得についてアドバイスが欲しい」。15年末に米国連邦当局よりTCを取得した小型ビジネスジェット「ホンダジェット」。3~4年前、ホンダの開発担当者は国交省の官僚から要請を受け、三菱重工の取得作業の進め方に対して助言をした。だが、その場に重工の関係者はいなかった。

「重工さんは今日はいらっしゃらなかったんですか」。ホンダ社員がそう聞くと官僚はこう答えたという。「誘って素直に助言をいただきに来られるなら、今ごろTCを取得できているんじゃないでしょうか」。つまり重工には、官僚から見ても、「自分たちのやっていることは間違っていない」と思い込んでいる社員もいたということだ。

 その当時、三菱重工幹部はある講演で、ジェット旅客機は1機100万点の部品を使い、3万点の自動車の約30倍あることを理由に、「航空機産業は製造業の頂点にある付加価値が非常に高い産業だ」と豪語したこともある。軍用機を開発製造している三菱重工が民間航空機について自動車メーカーにヒントを教えてもらうわけにはいかない──。強烈な自尊心が生んだ自社内のプレッシャーも頭を下げられない集団にしてしまった。

 泉沢社長は説明会でスペースジェットについて、反省と成果を両論併記で語った。「試験飛行を少なくとも4000時間飛び、ある程度の飛行機ができた」とまず自賛し、その後に「TC取得は単純な技術ではなくノウハウ、知見、経験が欠け、補おうとしたが十分ではなかった」と説明した。よくある「勝負に勝って試合で負けた」といった理屈。もっとも伝わってくるのは、技術では間違っていないというプライドだ。

 さらに泉沢社長は経営責任を問われ、「開発期間が長くなり遅れて申し訳ないが、都度都度の判断は適切に議論して進め方を決めている。誰か特定の個人に責を課すというものではない」と反論した。これでは、あの時点では最適解だったという理屈がまかり通ってしまう。

 三菱重工の業績は厳しい。新型コロナの影響や火力発電機事業の環境悪化、航空分野の落ち込みで、20年4~9月期連結決算(国際会計基準)は最終損益が570億円の赤字(前年同期は292億円の黒字)に落ち込んだ。海外で2000人規模の人員削減を実施し、国内でも石炭火力、民間航空機、商船の縮小を見込んで3000人規模の再配置を実施する。グループ外企業にも人員を派遣するという。

 収益力回復に向けて、構造改革だけでなく、脱炭素化やIoTを使ったサービスでの新規事業など成長領域の開拓が待ったなしだ。24年3月期は連結売上高で4兆円、事業利益率で7%を目指す。事業利益は2800億円と今期見通しの5.6倍に増やさなければならない。果断な決断を避けていて、成長軌道に回復できるのだろうか。

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 スペースジェット」とはだったか?「YS-11」とのいは? 

乗りものニュース 2020年10月31日(土)16時20分配信/種山雅夫(元航空科学博物館展示部長)

国としては結構イケイケだったこともある旅客機産業

 2020年10月30日、三菱重工傘下の三菱航空機が手掛けるジェット旅客機「MSJ(スペースジェット)」の開発の大幅な縮小が発表されました。同社は、新型コロナウイルスによる航空需要減退などの影響としています。

 このことで、「国産旅客機」の実用化はしばらくお預けということになってしまったと言わざるを得ない状況です。とはいえ、日本ではかつてターボプロップ機「YS-11」が開発され、航空会社で実用化もされています。この2種類の旅客機には、どのような差があったのでしょうか。

 戦後、日本では航空機の製造がアメリカにより禁じられていました。YS-11は、1952(昭和27)年にこの規制が解除された後、通商産業省(現・経済産業省)の赤澤璋一課長が立案、推進した「国産民間機」計画に基づき、「輸送機設計研究協会」が設立され、そこで基礎計画が作成されます。

 ただ実際の製造では、航空機メーカーのノウハウが必要だったことから、現在の三菱重工、川崎重工、富士重工、新明和工業、日本飛行機など国内メーカーの総力を結集し、準国立の「日本航空機製造株式会社」が設置され、設計、製造、試作、飛行試験、製造販売が実施されています。つまりYS-11は、国と多くの企業が一体となって実用化に至ったというわけです。

 YS-11の実績が世界的にも評価された結果、日本の企業はボーイング社などから航空機部品の製造を受注することにつながり、1995(平成7)年にデビューしたボーイング777型機では、先述の企業が製造事業に参画するまでに成長したのです。

自国で旅客機を…その時期に到来した追い風

 一方、「YS-11に次ぐ旅客機を自国で造りたい」という野望もあり、YS-11の発展型やジェット旅客機開発も摸索されました。しかしYS-11の販売に課題があり、赤字のためにプロジェクトは頓挫しています。

 ところが1990年代に入ると航空業界のトレンドが大きく変わり、それが日本にとって「追い風」になります。

 この時代、「ジャンボジェット」ことボーイング747型機などに代表される、大型で長距離をカッ飛ぶことを強みにした旅客機から、100席以下の大きさの旅客機に「売れ筋」が変化します。小振りの機材は地方路線でも効率が良く、採算性が高いとして評価されるようになってきたのです。加えて、国内であればYS-11など、地方路線を支えてきた「ターボプロップ・エンジン」を搭載した旅客機の更新時期も近づいており、その後継機が模索されていました。

 また、こういったコンセプトの旅客機「リージョナルジェット」の開発は、ボーイングやエアバスといった業界最大手の航空機メーカーでなくても参画が可能です。実際にブラジルのエンブラエルやカナダのボンバルディア(旧・カナディア)といったメーカーが開発にトライし、実用化に成功しています。

 日本の経済産業省はそのような「追い風」のなか、すそ野が広く、高度な技術を要する国内の航空機産業を育成しようと2003(平成15)年、「環境適応型高性能小型航空機プロジェクト」を開始。産業全体のレベルアップに着手しました。

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そして固まるスペースジェットの全貌

 このプロジェクトでは、機体はもちろん、エンジンや装備品の国産化を進める事業を含め多様な計画案が出ましたが、最終的には「70席クラスのターボファンジェット旅客機」という形でコンセプトが決定されています。

 最終的に旅客機の開発、製造に関しては三菱重工が、エンジンは海外の大手メーカーを使い、開発は三菱が単独で手掛けることに。同社はボーイングやエンブラエルともつながりがあったこともあり、そこも総動員すれば実用化ができると判断したのでしょう。ジェット旅客機は「MJ」(三菱ジェット)と称され、2003(平成15)年から2013(平成25)年までの10年間で試作機を飛行させるスケジュールとなっていました。

 MJのライバルメーカーは「リージョナルジェット」の皮切りともいえるERJ145を手掛けたエンブラエルと、日本では、アイベックス、JAL(日本航空)グループのJ-AIR(当時)などで採用されているボンバルディアなど。MJは2007(平成19)年には「MRJ」(三菱リージョナルジェット)と名前を変え、開発も本格化し、ANA(全日空)を中心に航空会社もそれを後押しします。

 とはいえ、航空機のパーツ製造に長けていても、最終的にそれを組み立てて「1機」の飛行機に仕上げるまでとなると、また別の難しさがあるようです。MRJはその後、当初の計画から納入延期のアナウンスが5回繰り返されたのち、ブランドイメージ刷新のため2019年、「スペースジェット」に改称。2015(平成27)年に初飛行こそ果たしているものの、状況が好転することなく延期は続き、現在に至ります。

今回の足踏みはなぜ発生したのか

 今回の開発遅れの決定打として最も広く知れわたっているのが、航空機のモデルごとに必要な「型式証明」の取得でしょう。

 旅客機が飛ぶ際には所定の検査が必要ですが、量産された機体すべてを国が検査するのは現実的ではありません。型式証明は、そのモデルが一定の安全基準を満たしているかどうかを国が審査する制度です。クリアすれば、あとはメーカーが機体ごとに検査を実施するだけになります。

 今回のMSJの場合、旅客機を久しく造っていなかった日本企業、そして基準を設け審査をするCAB(国土交通省航空局)とともに経験が乏しいことから、「手さぐり」にならざるを得ません。さらに「スペースジェット」の顧客には海外の航空会社も含まれているため、FAA(アメリカ連邦航空局)やEASA(欧州航空安全機関)といった海外機関の型式証明の取得も必要になります。

 このため当然「世界で通用する基準」が求められることになるわけですが、この基準が甘く、万が一の事態に陥ってしまえば、日本の製造業の信用問題にも関わります。しかし型式証明に関する経験が乏しく、さらに言ってしまえば「さじ加減ひとつ」でNGにできるような曖昧なものもなかにはあります。

 ボーイングなどにはこういった審査に関するノウハウがありますが、審査を受ける「新参」の航空機メーカーとなる三菱重工グループ、そして審査を行うCABにはこれがありません。型式証明は、膨大な検査項目のひとつでもダメと判断されれば承認が下りることはない一方で、これが通らなければ実用化も難しい状態でもあるのです。

スペースジェット今どうなってるの?

 とはいえ、かつてのYS-11も、実際に飛ばしてみると横安定性が不足して急遽上反角を大きくしたり、ターボプロップ・エンジンの交流で昇降陀(エレベーター)の利きが悪くなり水平尾翼の改修を加えたり、実は運航してからも雨漏りで苦労したり……という話も。「工業製品あるある」ともいえますが、新たな製品は、基準をクリアしてもまだトラブルがあり、それを克服して、はじめて安定性の高いものにつながるともいえるでしょう。

 ただ、筆者(種山雅夫:元航空科学博物館展示部長 学芸員)がYS-11初飛行50周年の講演会に参加したとき、YS-11開発のノウハウを次の機体に生かせなかったのは、もったいないという意見を聞いたことがあったりもします。

 現在、渦中の「MSJ」はどうなっているのでしょう。2020年夏ごろ、「MSJ」の格納庫がある小牧空港を訪問した際、「Spacejet」と書かれた大きな格納庫にはすでに機体の部品は置いていないようでした。ゼロから航空機を開発する大変さがわかるエピソードといえるでしょう。

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