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2021年1月24日 (日)

【コロナ第3波】コロナ感染者数と連動?「菅内閣」内閣支持率

コロナと連動する菅内閣支持率

毎日新聞 2021年1月24日(日)15時25分配信

 ◇ 頼みの40代以下も支持離れ

 菅内閣の支持率は新型コロナウイルスの感染状況と連動する傾向が鮮明になった。政府が11都府県に緊急事態宣言を発令した後の1月16日、社会調査研究センターと毎日新聞が実施した全国世論調査の内閣支持率は33%。安倍晋三前首相が退任を表明する前の34%(昨年8月22日)以来の水準に落ち込み、不支持率は57%に跳ね上がった。

 菅内閣最初の支持率が64%を記録したのは組閣翌日の9月17日。その後、11月7日の調査では57%とまだ6割近くを保っていたが、12月12日の調査で40%に急落した。不支持率は9月27%→11月36%→12月49%と増加。政権発足当初の100日間は国民もメディアも期待感先行で温かく見守る「ハネムーン期間」と言われるが、不支持が支持を上回るまで100日もかからなかった。

 菅義偉首相にとって深刻なのは、頼みにしていた40代以下の支持離れだろう。12月の調査では50代以上で支持率が30%台に下落した一方で、40代以下では5割近くが菅内閣を支持し、不支持率を上回っていた。しかし、1月の調査では全世代で支持が不支持を下回り、支持率は18~29歳の42%を除いて軒並み4割を割り込んだ。

 菅政権の新型コロナウイルス対策を「評価する」と答えた人の割合は12月調査で14%、1月も15%と変わらない。18~29歳で辛うじて2割に達したほかは1割台の低評価という傾向も同じだ。12月調査の時点では、コロナ感染への危機感が比較的薄い世代がまだコロナ以外の側面も支持・不支持の判断要素にしていたとみることができようか。

 コロナ禍はウイルスとの闘いであり、誰が良い悪いと言い募って解決する問題ではない。1月調査では感染拡大に対する考え方についても質問し、「行政の責任が重い」40%、「感染対策を守らない人たちが悪い」30%、「新しいウイルスなので仕方ない」29%と回答が割れた。その中では行政への不満が強いとは言えるが、世論の矛先が行政のみに向けられているわけではない。

 ◇ 伝わらない首相の言葉

 それでも内閣支持率が急落する事態を招いたのは、ほかでもない菅首相のコロナ失政なのだろう。「GoToキャンペーン」にこだわって感染対策が後手に回ったのは誰の目にも明らかだ。それが「国民の命を軽視する政権」というイメージを若い世代にも植え付ける結果になったのではないか。

 そうだとすれば、菅首相がコロナ禍で失った国民の信頼を取り戻すのは容易ではない。緊急事態宣言を発令する際、不要不急の外出自粛やテレワーク7割を呼びかけた菅首相のメッセージが国民に伝わっていると思うかを1月調査で尋ねたところ、「伝わっていない」との回答が80%を占め、「伝わっている」は19%にとどまった。

 国家的危機への対策で国民に大きな負担を強いるからには、国民の納得を得られるに足る政治リーダーの説得力が必要だ。最悪の事態を想定すべき危機管理において根拠なき楽観論を押し通したのがGoToである。感染対策と経済対策の両立を図る難しさは理解できても、専門家が警鐘を鳴らしていた第3波への備えを怠り、そのツケを国民に回す政権トップの振る舞いを擁護する声は政府・与党内でも希薄だ。

 菅首相に対しては原稿の棒読みや口下手を批判する声をよく聞く。だが、それ以前の問題として、国民に聞く耳を持ってもらう姿勢が問われているのではないか。

 ◇安倍―菅政権が利他を説く矛盾

 思えば安倍政権以降、国民への説明責任に背を向ける場面が繰り返されてきた。森友・加計問題、統合型リゾート(IR)汚職、検察人事への政治介入、日本学術会議会員の任命拒否、そして極めつきが桜を見る会前夜祭をめぐる「首相のウソ」とその言い訳である。

 根本的な規範意識に欠け、政権とその身内の保身を優先してきた「安倍―菅」政権がコロナ禍に際して国民に自制を強い、利他の精神を説く矛盾。だが、それを指摘したところでコロナとの闘いは終わらない。

 ただし、政権に厳しい世論を突きつけることで政策の修正を図らせることはできる。昨年末、菅首相がGoToの継続方針を撤回したのは、報道各社の世論調査で内閣支持率が急落したからだ。かたくなに否定していた緊急事態宣言の発令に踏み切ったのも、世論の後押しを受けた知事たちの要請を受けての判断だ。

 社会調査研究センターと毎日新聞の世論調査は、携帯電話のショートメールで回答画面へのリンクを送る方式と、固定電話で自動音声応答(オートコール)の質問に答えてもらう方式を組み合わせて実施している。音声通話よりSNSのやり取りに慣れた若い世代の声を捕捉するのに適した調査方法だ。

 12月調査では、50代以下が多い携帯調査の内閣支持率が44%だったのに対し、60代以上が多い固定調査では31%と、明確な差が生じていた。それが1月調査では携帯、固定ともに33%で並んだ。大きな変化を求めない傾向のある日本の若年層にも明らかに政権への不満が募っている。

 ◇ ワクチンと五輪頼みの解散シナリオ

 今年は秋までのどこかで必ず衆院解散、もしくは任期満了による総選挙が行われる。解散権を持つ菅首相としては与党に有利なタイミングを見はからうことになるが、内閣支持率に連動するコロナの感染状況が立ちはだかる。

 1月18日に開会した通常国会の施政方針演説では、2月下旬までにワクチン接種を開始できるよう準備すると表明し、今夏の東京オリンピック・パラリンピックを「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」として開催する決意を強調した。

 (1)ワクチン接種が始まって国民の不安感が和らぎ、春の訪れとともにコロナ感染に収束の兆しが見えれば、新年度予算成立後の4月解散(2)東京五輪成功の勢いを駆っての9月解散――などのシナリオが永田町をにぎわしているが、いずれもコロナ次第。内閣支持率が上向かないままの「追い込まれ解散」も現実味を帯びる。

 気になるのは「4月解散」論も「五輪後解散」論もどこか成り行き任せで、政権を挙げて正面から感染対策に取り組む気概があまり感じられないことだ。それで国民の信頼を取り戻せるのだろうか。

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内閣支持率33%続落、不支持45 無党派層急落

朝日新聞デジタル 2021年1月25日(月)5時00分配信

 朝日新聞社は23、24日に全国世論調査(電話)を実施した。菅内閣の支持率は33%(昨年12月は39%)に下がり、不支持率は45%(同35%)に増えて支持を上回った。菅義偉首相が新型コロナウイルス対策で指導力を「発揮している」は15%で、「発揮していない」が73%に達した。

 菅内閣の支持率は、発足直後の昨年9月は65%と高かったのが、4カ月で急落した。女性の支持率は31%で、男性の36%より低い。支持政党別にみると、自民支持層でも昨年9月87%→65%に、無党派層では同51%→16%に大きく落ちた。

 新型コロナ対応への批判が支持率に大きく影響しているとみられる。これまでの政府の対応を「評価しない」は63%(12月調査は56%)で、「評価する」は25%(同33%)だった。内閣不支持層では87%が「評価しない」と答えた。

 11都府県に出した2度目の緊急事態宣言についても、厳しい評価となった。宣言のタイミングは「遅すぎた」が80%で、「適切だ」は16%、「早すぎた」2%。不要不急の外出の自粛や、飲食店の営業時間の短縮要請を中心とする対策も「不十分だ」が54%と多く、「適切だ」は34%、「過剰だ」は8%だった。

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 早さ徹底対策だったスペイン風邪事例 

NATIONAL GEOGRAPHIC 2021年1月24日(日)18時04分配信

社会的な対策のタイミングと内容と効果を詳しく検証、新型コロナへの対応を考える

 新型コロナウイルス感染症は依然として収まる気配がなく、日本でも再び緊急事態宣言が発出された。感染力が高い変異なども報告され、今後何が起きるかは不透明だ。これまでの対応は成功しているのか、それとも失敗なのか。そして、その理由はどこにあるのかを評価するのはまだ難しいだろう。

 とはいえ、参考になる事例はある。近代史上最悪のパンデミックとなったインフルエンザ、いわゆる「スペインかぜ」だ。その大流行は1918年から2年ほど続いた。およそ1年におよぶ新型コロナウイルスへの対応をあらためて考えるべく、米国の各地で講じられたスペインかぜの感染防止対策とその結末を振り返ってみたい。

流行が目前だったにもかかわらず…

 スペインかぜの症例が米国で最初に報告されたのは1918年3月、場所はカンザス州の陸軍基地だった。ここから第一波が始まったが、致死率は低く、夏までにいったん収束する。

 ところが、第二波はまったく異なる様相を呈する。第二波からインフルエンザは米国全土に拡大し、50万人以上が犠牲となる。致死率は10倍に高まり、主に15歳から35歳の健康な若者が亡くなった。パンデミックが終わるまでに、世界では5000万人が亡くなったとされている。

 その非常に危険なウイルスが米国で本格的に拡大し始めたのは1918年の秋だ。例えば、米国のフィラデルフィア市で最初の症例が確認されたのは1918年9月17日だった。

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 翌日、市はウイルスのまん延を防ぐため、人前で「咳をする」「つばを吐く」「鼻をかむ」などの行為をやめるキャンペーンを立ち上げる。ところがその11日後、市は戦勝パレードを決行し、20万人が参加した。感染症の流行は目前と予想していたにもかかわらず、だ。

 その間に患者は増え続け、最初の症例からわずか2週間で、感染者は少なくとも2万人にのぼった。学校、教会、劇場、集会所などを閉鎖し、市がようやく「社会的距離戦略」を実施したのは10月3日のこと。しかし、その時点で市の医療はすでに崩壊していた。

 フィラデルフィアで感染者が確認されてからほどなく、ミズーリ州セントルイス市でも10月3日に最初の感染が見つかった。こちらでは、市の対応は素早かった。2日後にはほとんどの集会を禁じ、患者の自宅隔離を決断する。その結果、感染の速度は下がり、セントルイスでの死亡率(単位人口あたりの死者数)はフィラデルフィアの半分以下となった。

 第二波からの最初の半年間、すなわち感染が最も深刻だった時期において、ウイルスによる死亡者数がフィラデルフィアでは人口10万人当たり748人と推定されるのに対し、セントルイスでは358人だった。

いまも変わらない対応策、解除のタイミングは重要

 この50年間で人々の生活は劇的に変化し、パンデミックの抑制はより難しくなっている。

 グローバル化、都市化、大都市の人口密集などが進んだために、ウイルスが数時間で全土に広がりうる一方で、実際のところ、その対抗手段は以前とほとんど変わっていない。ワクチンのない伝染病に対する防御の第一線は、現在でも公衆衛生的な介入であり、具体的には学校、商店、飲食店の閉鎖、移動制限、社会的距離の確保の義務化、集会の禁止などだ。

 もちろん、そのような命令に市民を無理に従わせるのは、また別の問題だ。1918年にはサンフランシスコの保健衛生官が、義務付けられていたマスクの着用を拒んだ市民3人を銃で撃った。アリゾナ州では、警察が感染予防用品を身に着けていない逮捕者に対して10ドルの罰金を課した。

 とはいえ、最も成果を上げたのはやはり思い切った、かつ徹底的な対策だ。集会を固く禁じ、厳しく取り締まったセントルイス、サンフランシスコ、ミルウォーキー、カンザスシティーでは、結果的に感染率が30から50パーセントも低下した。また、最初に強制隔離と時差出勤を実施したニューヨーク市では、死亡率が東海岸で最も低かった。

 2007年、学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に、市によって異なる対応が病気の蔓延にどのように影響したかを調べた2つの論文が発表されている。それによれば、致死率、時期、公衆衛生的介入について比較したところ、早い段階で予防措置を講じた市では、対策が遅れた、あるいはまったく講じられなかった市と比べて、死亡率が約50パーセントも低いことがわかった。

 なかでも最も効果的だった措置は、学校、教会、劇場を同時に閉鎖し、集会を禁止することだった。そうすることでワクチンを開発する時間を稼ぎ、医療機関にかかる負担は減っていた。

 論文はまた、別の重要な結論も導き出している。介入を緩和する時期が早すぎると、状況が逆戻りするということだ。

 例えばセントルイス市では、死亡率の低下を受けて大胆にも集会の制限を解除した結果、2カ月もたたないうちに集団発生が始まり、新たな症例が相次いだ。介入を継続した市は、セントルイス市などで見られたような2回目の死亡率のピークが見られなかった。

 1918年のインフルエンザにおいて、死亡率の急上昇を防ぐ鍵は「社会的距離」戦略であったと同論文は評価する。約100年を経たいま、新型コロナウイルスとの闘いでも、「密」の回避を含めて同じことが当てはまる可能性は高い。

若者の致死率が高かったのはなぜなのか

 先に述べたように、スペインかぜで主に犠牲となった人々は健康な若い大人たちだった。これは医学史上、大きな謎の一つとされている。

 この謎について、2014年に学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に興味深い研究結果が発表された。1889年以前に生まれた高齢者は、ある程度の免疫を備えていたおかげで、死亡率が低かったというものだ。

 この研究に携わった科学者らは、スペインかぜのウイルスの型がどう進化したかに着目した。1830年まで遡り、優勢なインフルエンザ型の移り変わりを明らかにしたところ、1889年にスペインかぜとは別型の通称アジアかぜ(ロシアかぜとも)が世界中で流行したことで、当時の子どもたちがスペインかぜに似たH1N1型を経験していないことに気づいた。つまり彼らはスペインかぜに対する免疫を獲得していなかったのだ。そして、1900年以降にはまたスペインかぜに似たH1亜型が流行し、それ以降に生まれた子どもたちには部分的な免疫ができたという。

「史上最悪のインフルエンザのパンデミックで罹患者が最も多かった高齢者は、基本的にほとんどが生き残った」と、研究を主導した米アリゾナ大学の生物学者マイケル・ウォロビー氏は述べる。一方で、18~29歳の年齢層では大量の死者が出て、罹患者が200人に1人の割合で亡くなった。

 子どものときにウイルスに接しなかった世代の大人たちの死亡率が高かったというこの発見は、将来のパンデミックの予防や、ワクチンの接種法に役立てられる可能性がある。現在のように流行が予想されるウイルスに対してワクチンを接種するのではなく、子どもの頃に免疫を獲得できなかった株に対してワクチン接種を行う手もあるのかもしれない。

「有益な歴史的データという宝の山を現在の行動に生かす取り組みは、ようやく始まったばかりです」と、2007年のスペインかぜの論文でデータの分析を行った米コロンビア大学の伝染病疫学者、スティーブン・S・モース氏は言う。「1918年の教訓を正しく生かせば、同じ過ちを繰り返さないための一助になるかもしれません」

 1918年、ワシントンD.C.のウォルター・リード病
 院で、インフルエンザ患者の脈を取る看護婦Photo_20210125065101

 人口1/3んだ黒死病如何社会えた 

NATIONAL GEOGRAPHIC 2021年1月23日(土)18時06分配信/Antoni Virgili、Michael Greshko

労働力不足で社会は崩壊、それでも恐ろしい疫病に恩恵はあった

 またたく間に世界を大きく変えてしまった新型コロナウイルス感染症。わたしたちの暮らしや社会が今後どうなるのか心配な人は多いだろう。

 だが、世界を大きく変えたパンデミックを人類が経験するのは初めてではない。その最たる例が中世の「黒死病」だ。

 歴史上、黒死病の大きなパンデミックは3度あった。1665年の英国ロンドンや19世紀~20世紀にかけても猛威を振るったが、史上最悪の規模となったのは1347年から1351年にかけてヨーロッパを襲った黒死病だ。なんと当時の欧州の人口の3分の1が命を落としたとされる。

 中世ヨーロッパでは、赤痢、インフルエンザ、麻疹、そして非常に恐れられたハンセン病など、多くの伝染病が流行した。けれども、人々の心に最も恐怖を与えたのは黒死病だ。ピーク時の数年間、黒死病は後にも先にもない速さで広がり、膨大な数の死をもたらした。

 黒死病は生き延びた人々の生活や意識を一変させた。農民も王子も同じように黒死病に倒れたことから、当時の文献には、黒死病の前では身分の差などなんの意味もないという思想が繰り返し登場する。

猛スピードで広がり、膨大な死者をもたらした恐るべき疫病

 黒死病がそれほど速く、広大な領域に広まったのはなぜか、歴史学者も科学者も不思議に思っていた。

 その正体がアジアとヨーロッパで周期的に流行する腺ペストだったことには、ほとんどの歴史学者が同意している。「腺ペスト」はペスト菌が引き起こす3つの病型のなかの最も一般的なものにすぎない。第2の病型である「敗血症性ペスト」はペスト菌が血液中に入ったもので、皮膚の下に黒い斑点が現れ、おそらく「黒死病(Black Death)」という名前の由来となった。「肺ペスト」では呼吸器系がおかされ、患者は激しく咳き込むので、飛沫感染しやすい。中世には敗血症性ペストと肺ペストの致死率は100%だったと言われる。

「これだけ速く広まったのは飛沫感染したからであり、主な病型は腺ペストではなく肺ペストだった」と主張する研究者もいる。しかし、肺ペストはむしろゆっくり広がる。患者はすぐ死に至り、多くの人に広めるほど生きられないからだ。

 大半の証拠は、中世の黒死病の主な病型は腺ペストであることを示している。海上貿易が拡大していったこの時代、食料や日用品は、国から国へと、船でどんどん長い距離を運ばれるようになっていた。これらと一緒に病原菌も1日に38kmという例のないペースで広まっていった。

ネズミのせいではなかった?現代よりはるかに速く拡大した理由とは

 ペスト菌はネズミによって拡散されたと長い間信じられてきた。新型コロナで話題になったカミュの小説『ペスト』でも、冒頭からネズミがこれからやってくる災いを象徴するように描かれている。だが、犯人は別にいたようだという研究結果が科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に2018年に発表されている。

 論文によると、「犯人」はネズミではなく人間だ。実は、ペスト菌を直接媒介するのはノミやシラミだ。それをネズミや人間が運ぶことで病気は速く広がる。

 19世紀後半から現在まで続いている腺ペストの流行では、ネズミやその他のげっ歯類がそのノミを運ぶせいで菌を拡散させていることがすでにわかっていた。加えて、中世のペスト犠牲者の遺伝子を調べた研究結果から、多くの専門家が中世の世界流行もネズミによってもたらされたと考えていた。

 しかし、黒死病が広がった経路は別だったと主張する歴史家もいた。根拠のひとつは、新型コロナ感染症を除き、黒死病が現代のどの伝染病よりもはるかに速く欧州に広がったことだ。また、現代のアウトブレイク(大流行)の前には、ネズミの大量死がしばしば確認されているが、中世で同様にネズミが大量死したという記録は残されていない。

 ならば、黒死病はいかにして広がったのか。以前から、ノミやシラミを運んだのはネズミではなくヒトだったと考える学者はいた。感染した人間から血を吸ったノミやシラミがペスト菌も一緒に吸い取り、すぐ近くにいる別の人間に飛び移れば、その人間も感染する。

 そこで、論文の著者で、ノルウェー国立獣医学研究所に所属するキャサリン・ディーン氏のチームは、ネズミとヒトの場合のそれぞれにおける感染拡大モデルを作成し、統計的に評価した。すると意外なことに、調査対象とした9都市の7つで、ヒトのモデルの方が死亡の記録と一致したのだ。

 ただし、ディーン氏らはさらに多くの実験データを集めて、モデルを改善する余地があるとしている。また、この研究が疫病研究者の間で論争を呼ぶだろうということも認めている。「ペストに関しては、たくさんの論争があります」というが、ディーン氏らは、自分たちは客観的な立場にいるとしている。

人口が減り各地で社会が崩壊、だがそのおかげで……

 犯人がいずれにせよ、交易路を介して、最初に感染が広まったのは大きな商業都市だった。そこから近隣の町や村へと放散し、さらに田舎へと広がった。中世の主な巡礼路も黒死病を運び、各地の聖地は、地域内、国内、国家間の伝染の中心地になった。

 ペスト菌が人々の家庭に忍び込むと、16~23日後になってようやく発症し、その3~5日後には患者が死亡する。コミュニティーが危険に気づくのはさらに1週間後で、その頃にはもう手遅れだ。ペスト菌は患者のリンパ節に移行し、腫れ上がらせる。患者は嘔吐し、頭痛に苦しみ、高熱によりガタガタと震え、せん妄状態になる。

 当時の町では「すぐに逃げろ、急いで遠くに行け、戻るのはあとにするほどよい」と言われていた。この助言にしたがって避難する余裕ある人々の多くが田舎に逃げたため、悲惨な結果になった。避難した人々もすでに感染していたり、感染者と一緒に旅をしたりしたため、自分たちが助からなかったばかりか、それまで感染者がいなかった遠隔地の村に病気を持ち込むことになってしまったのだ。

 黒死病の犠牲者は膨大な数に上ったと推定されているが、具体的な数字については論争がある。パンデミック前のヨーロッパの人口は約7500万人だったが、1347年から1351年までの間に激減して5000万人になったと見積もられている。死亡率はもっと高かったと見る研究者もいる。

 人口が激減したのは、黒死病に罹患した人々が死亡しただけでなく、畑や家畜や家族の世話をする人がいなくなり、広い範囲で社会が崩壊したからだった。中世のパンデミックが終わったあとも小規模な流行は続き、ヨーロッパの人口はなかなか回復しなかった。ようやく人口増加が軌道にのってきたのは16世紀頃だ。

 大災害の影響は生活のあらゆる領域に及んだ。パンデミック後の数十年間は労働力不足により賃金が高騰した。かつての肥沃な農地の多くが牧場になり、丸ごと打ち捨てられる村もあった。

 英国だけで1000近い村が消えた。とはいえ、悪い面ばかりではなかった。地方から都市に向かって大規模な移住が起きたため、都市は比較的速やかに回復し、商業は活気を取り戻した。田舎に残った農民は遊休地を手に入れ、土地を持つ農民の権力が増し、農村経済が活性化した。

 実際、歴史学者たちは、黒死病から新しい機会や創造性や富が生まれ、そこからルネサンスの芸術や文化や概念が開花し、近代ヨーロッパが始まったと主張している。ひるがえって、いまの新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、何か新しい価値や社会が生まれるのだろうか。災いを福に転じられるかどうかは、これからを生きるわたしたちにかかっている。

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