東日本大震災

2020年3月11日 (水)

【震災から9年】今年は「武漢ウイルス」で<追悼式典>中止。

安倍首相、震災の教訓風化させぬ官邸で献花式、追悼式典は中止

時事通信 2020年3月11日(水)16時03分配信

 政府は11日、東日本大震災から9年を迎え、首相官邸で献花式を執り行った。

 安倍晋三首相は追悼のあいさつで「大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を決して風化させてはならない。国土強靱(きょうじん)化を進め、災害に強いふるさとを創り上げていく」と誓った。

 首相は、14日に9年ぶりに全線開通するJR常磐線などに触れつつ、「被災地の復興は着実に進展し、総仕上げの段階に入っている」と強調。一方で仮設住宅での避難生活も続いているとして、今後も被災者の生活再建を支援していく方針を示した。

 献花式には首相のほか菅義偉官房長官、武田良太防災担当相、田中和徳復興相ら約20人が出席。地震のあった午後2時46分に黙とうをささげた。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国立劇場(東京都千代田区)で行う予定だった政府主催追悼式は直前に中止が決まった。首相は「ぎりぎりまで模索を続けたが、現下の状況を踏まえ断念するのやむなきに至った」と語り、遺族らに陳謝した。

 毎年、東京都内で開催してきた追悼式について、政府は10年の節目となる来年を最後とする方針だ。 

新型コロナで「休校しかったのか安倍晋三首相が参考にした100年前のスペイン風邪、当時の報道を探ってみた

西日本新聞 2020年3月10日(火)11時03分配信

 「新型コロナウイルスの感染拡大を受けた全国休校要請の決断について、安倍晋三首相は約100年前に流行した『スペイン風邪』の対応を参考にしたと国会で答弁していた。当時のことを知りたい」という声が西日本新聞「あなたの特命取材班」に寄せられた。西日本新聞の前身「福岡日日新聞」と「九州日報」の当時の新聞記事を掘り起こすと、二つのウイルス禍の類似点と相違点が見えてきた。

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 〈悪性の感冒猖獗(しょうけつ) 南阿にては死亡者数千 馬来(マレー)半島にも蔓延せり〉(1918年10月25日付・九州日報)

 この記事は、南アフリカ付近で流行する悪性感冒(スペイン風邪)の感染者が東南アジアのマレー半島に広がっているとして、〈同地方との往来船舶に就(つ)いては警戒中にして若(も)し本邦に病毒を輸入するに於(おい)ては一大事なるを以(も)って 予防上に注意を払われたし〉と報じている。

 東京都健康安全研究センターの「日本におけるスペインかぜの精密分析」(2005年)によると、スペイン風邪はA型インフルエンザ(H1N1型)で、第1次大戦末期の1918年以降、全世界で当時の総人口の約3割に当たる約6億人が感染。2千万~4千万人が死亡した。

国内では1918年10月上旬から全国に感染が拡大

 〈世界的の感冒 世界各地に流行し多数の死亡者を出す所あり 日本のは軽いが油断すな/悪性感冒益々猛烈 各地小学校の臨時休業〉(10月27日付・九州日報)

 国内では1918年10月上旬から全国に感染が拡大した。九州日報によると、福岡県では最初の患者が10月10日に筑紫高等女学校で発生。同県内の患者数は約1カ月間で56万9960人に激増し、うち4399人が死亡した。

 〈暴風の如(ごと)き悪性感冒 各地を吹き捲(まく)りて勢ひ猖獗(しょうけつ) 学校は運動会修学旅行中止〉(10月30日付・福岡日日新聞)

 県当局が運動会や修学旅行を当分見合わせるように通知を出し、休校の状況や増え続ける生徒の患者数が連日報じられた。

 〈休校、休校 福岡市内外各学校続々襲(おそわ)る/魔の如く蔓延(まんえん)する悪性感冒/郵便も電報も配達に大影響 福岡郵便局の患者続出/電車運転減数/炭鉱も休業〉(11月3日付・福岡日日新聞)

さまざまな分野で影響が拡大

 学校にとどまらず、さまざまな分野で影響が拡大。経済にも深刻な影響が出始めた。この日の福岡日日新聞は〈全国各地方を襲いつつある流行性感冒は遂(つい)に弊紙工場部をも襲い欠勤者多数にて本日の弊紙は八頁(ページ)と為(な)すの已(や)むなきに至れり〉というおわびを掲載している。

 〈悪性感冒尚(なお)衰色なく人身漸(ようや)く不安に傾く 谷口知事更に予防告諭を発す〉(11月8日付・福岡日日新聞)

 当時の谷口留五郎・福岡県知事が6日に予防のための注意喚起を発表。〈他人と談話を為(な)す時は四尺(1・2メートル)以上を隔て、又または「マスケ」(マスク)を用い、自分が咳嗽(がいそう=せき)、噴嚔(くしゃみ)を為(な)すときは布片を以(もっ)て鼻、口を覆うべし〉といった現代のせきエチケットに通じる内容や、〈宿屋汽車汽船等に於(おい)て往々伝染することもあるを以(もっ)て本病流行中は止(や)むを得ざる場合の外は可成(なるべく)旅行を見合わす様努むべし〉と“旅行自粛”も呼びかけている。

 〈多人数集合の場所は病毒伝播の危険多きを以(もっ)て 止(や)むを得ざる場合の外は立ち寄らざるを安全なりとす〉という“不要不急の集会の自粛”や〈患者なき家に於ても常に室内を清潔にし空気の流通を良くし布団寝衣等は毎日日光にさらすを可とす〉という項目もある。

福岡都市圏の窮状

 発熱者の急増を受けてか、11月5日付の九州日報には〈流行悪性感冒で解熱剤や氷の高値〉という記事も。8日付の福岡日日紙面には〈夏の真っ盛りより氷の需要が多い〉とある。さらに9日付の九州日報は〈氷が毎日十八噸(トン)解(とけ)る 一市五郡の病家の需要に/料理待合旅館肉屋の冷蔵庫用の供給は悉(ことごと)く中止〉と福岡都市圏の窮状を伝えていた。

 この後も連日のように、各地で増え続ける患者や死者数が報告されていたが、11月中旬になると、記事が少しずつ減っていく。代わりに、11月11日に第1次大戦の停戦協定が発効し、出征していた日本兵の凱旋に沸く記事が増えていった。

 12月1日付の福岡日日新聞に〈感冒漸く減退 福岡県下の患者一時は六十万人に達す〉という小さな記事が載った後は、スペイン風邪の記事は徐々に見当たらなくなった。

一度は沈静化したスペイン風邪だったが…

 一度は沈静化したスペイン風邪だったが、翌1919年10月下旬から再び流行に転じ、20年1月に再びピークを迎えた。

 東京都健康安全研究センターによると、18年8月~19年7月の第1回流行期は、全国で約2117万人の患者のうち約26万人が死亡。一方、19年8月~20年7月の第2回流行期は、患者数は9分の1の約240万人だったが、死亡者数は約13万人に達した。

 20年1月7日付の九州日報は〈新年来ますます猛烈を極め〉として、八幡市(現北九州市八幡東区、同西区)の患者が1600人に達し、1~5日の死者が104人に上ったと報道。10日付では全国各地の日本軍師団での患者数が計1万2千人に上ることを伝えた。警視庁の動きと共に〈東京市民一斉に予防注射を行うことに決定せり〉とも報じている。

 九州日報は11日付で、福岡県の巡査教習所や筑豊地方の炭鉱で、流感がまん延していると警鐘を鳴らした。また〈小児が恐ろしい流行性感冒に罹(かか)らぬように又(また)罹った時〉の見出しで、九州帝大小児科部長の談話を紹介した。〈第一は一般の抵抗力を強くする事である〉として、食物に注意する▽適宜の運動をさせる-などと指摘。〈多人数集まるところに行かぬようにし〉〈素人療治で失敗する例が少なくない。其の中でも手盛りで解熱剤用いるのが最も危険〉などと注意を促している。

 15日付では〈大阪の流感猛烈〉の見出しで、大阪市が全小学校と幼稚園を10日間の休校としたと報じた。また16日付では、門司市の警察署長が映画館や劇場の館主に対して〈「予防口蓋」を着用せざる者は入場を拒絶すべき用訓示〉と、再び大勢の人が集まるのを制限するムードが高まったことを伝えている。

 17日付は最も記事が多く、九州日報は〈福岡市役所では一萬七千枚からの流行性感冒予防心得書なるものを刷って市内各戸に配布し予防大宣伝を行って居る〉〈火葬場の如きも市内公私合わせて十五竈(かまど)を有して居るが之が又毎日満員で、現在の調子で死亡率が増えたらやむなく棺を一日止めなければなるまいとの事〉と、差し迫った状況を伝えた。

 福岡日日新聞も福岡市の小学校児童の発祥状況を〈全生徒一万二千三百六十六人中患者八百七人〉と報道。〈警固、大名、大浜、呉服、奈良屋等は決して少数とは言うべからずしかも之が日を逐うて増加し居る〉と、福岡都心部でのまん延ぶりを伝えた。

 20日付の福岡日日新聞は、生命保険業界が〈流感と保険 戦争以上の打撃〉の見出しで〈一昨年冬季より昨年春季にかけての同病流行の為大打撃を受けたる生命保険界に之が為再び深甚の損害を受くるに至りたる〉として、〈小会社にありては打撃の程度鮮少にあらざるべしと〉と、経済への深刻な影響をうかがわせる。

死者数がピークを迎えたのは1月

 死者数がピークを迎えたのは1月だった。2月1日付の九州日報は〈終息に近づく〉との見出しで福岡県粕屋郡の状況を報告。〈患者二千七百五十人死亡者二百三十二人に達したるが流行の当初最も猖獗(しょうけつ)を極めし炭鉱地方に於いては其後予防注射の励行マスクの奨励等によりて只管其の予防に努めたる結果(略)漸次終息に向かえるもののごとし〉との見通しを報道した。

 14日付では、〈県下の流感ようやく衰ふ〉の見出しで記事を掲載。しかし文中では〈一般の警戒の方がだいぶ調子を下げて居るが病気の方はなかなか思う程衰えて居らぬ。県下では福岡、飯塚、後藤各署の管内などでは一日十名から十五六名の死亡者を出して居る〉とした。隣の記事では、全員が病に伏し生活に困っていた一家に対して、町民が浄財を募って寄付したという記事もある。

 その後、流感の記事は減少。しかし国内での流行は終息しておらず、5月14日付の九州日報は福岡県筑後地方で〈先月末より流行性感冒再燃し罹病者百五十余名に達し部落民中病(や)まざる者なきの有様〉と撲滅の難しさを伝えた。

新型コロナとインフルエンザの類似点と相違点は

 現代に戻り、世界保健機関(WHO)は6日付のレポートで、新型コロナウイルスとインフルエンザの類似点と相違点を列挙。新型コロナはインフルエンザに比べて▽感染拡大の速さは遅い▽子どもは大人に比べて感染リスクが低い▽重症化する割合は高い▽致死率は高い▽公認のワクチンや治療薬がまだない-と指摘した。人々の命を次々に奪ったスペイン風邪がまん延した100年前の記事と、現在の状況を比較すると、その指摘はうなずける。

 ただ、米ジョンズ・ホプキンズ大と中国深セン疾病予防コントロールセンター(広東省)などのチームは、新型コロナの子どもへの感染のしやすさは、全年代の平均と変わらないとする研究成果を7日までに発表。詳しい解明はこれからだ。

 物理学者で随筆家の寺田寅彦は、自然災害をめぐってこう書き残している。「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだ」

 コロナ禍を受けた今回の全国一斉の臨時休校要請や休業要請。日本の社会や経済、人心に大きな影響をもたらした政府の判断が正しかったのかどうか。後世の審判を待つしかないのだろうか。

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新型コロナの正体は“人工ウイルス”か「分子に見られる4つの不自然

夕刊フジ 2020年3月11日(水)16時56分配信

 ■ 生物・化学兵器の世界的権威・杜祖健氏 河添恵子氏と対談

 中国発の新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため、安倍晋三政権は9日、中国と韓国からの入国制限を強化した。イタリアや韓国で、感染者や死者が激増するなど、世界は「パンデミック(爆発的大流行)」直前といえそうだ。こうしたなか、毒性学や生物兵器・化学兵器の世界的権威である、米コロラド州立大学名誉教授の杜祖健(アンソニー・トゥー)氏(89)が緊急来日した。台湾出身で、日本滞在中には安倍政権中枢との面会も検討されている。ユーチューブ「林原チャンネル」で8日、新型コロナウイルス問題を徹底追及してきたノンフィクション作家の河添恵子氏と対談し、未知のウイルスの最新情報や、日本の対応について語った。

 「世界(の専門家の間)では『人工的なウイルスだろう』という意見が多い」

 杜氏は、新型コロナウイルスについて、河添氏から「天然のものか? 人工的なものか?」と聞かれ、こう語った。

 1930年に台北生まれ。台湾大学卒業後に渡米、スタンフォード大学やイエール大学で化学研究に従事し、コロラド州立大学理学部で教鞭をとる。ヘビや植物の天然毒が専門で、80年代にはソ連の生物兵器開発について、毒物のデータベース作成などで米政府に協力した。

 オウム真理教による一連のサリン事件で、サリンの分析方法を警察当局に指導したことで知られ、2009年に旭日中綬章を受章した。

 杜氏は、新型コロナウイルスの特性について、「SARS(重症急性呼吸器症候群)以来、動物から人間に移る感染症が米国でも重視されている」「新型コロナウイルスは、潜伏期間にも感染するという点で、これまでとは違う」と語った。

 河添氏は、発生地である中国湖北省武漢市に、エボラ出血熱など、極めて危険な病原体を扱える中国唯一のバイオセーフティーレベル4の施設「P4研究室」が存在することを指摘した。

 これに対し、杜氏は「間接的な証拠から、武漢の研究室から漏れたというのが最も適当な説明だろう」と推測し、1979年に旧ソ連・スべルドロフスクの生物兵器研究施設から炭疽菌が漏れて、近隣に複数の死者が出た事例を挙げ、続けた。

 「旧ソ連のケースは、『空調のパイプがつまったために、外に意図しない形で漏れた』とされている。武漢では、焼却処分されるはずの実験動物を裏で転売して漏れたということもあり得る。また、1つの説として、『SARSのウイルスに手を加えたのではないか』という論文も出た。『(新型コロナウイルスは)SARSと近いウイルスだが、分子に4つの違いがあり、自然に起きる違いではない』と報告されており、人工的に改良された可能性がある」

 中国軍機関紙「解放軍報」は1月31日、人民解放軍が陸軍の生物兵器専門家を武漢に派遣したことを報じている。

 杜氏は「台湾側(の専門家)は『感染症を抑えるためなら医学の専門家を送るべきなのに、(中国は)生物兵器の専門家を送っているので、(P4)研究室と関係しているのではないか』と指摘している」と紹介した。

 《中国外務省の耿爽報道官は2月20日、ウイルスが生物兵器の研究所から流出した可能性を指摘した一部報道について、「荒唐無稽で無知だ」と否定し、科学的根拠が全くないと主張した。中国当局は「人工的ウイルス」説も否定している》

 対談では、中国当局の初期対応についても議題に挙がった。

 河添氏は「武漢が当初、隠蔽をしていたことが絶対的で、習近平政権の問題になる」「日本企業も(中国の)トラップにかかっている」と断じた。

 杜氏も「中国の対応も遅すぎた。武漢全体を隔離するのはあまり意味がない。習政権は、武漢など他のところに責任をなすりつけている。今後の予想はつかないが、多くの都市が分化してしまうと生産や流通も困るし、中国の経済には影響するだろう」と語った。

 日本は、東京五輪開幕を5カ月後に控え、感染拡大抑制に必死だ。

 安倍首相は先月27日に全国の小中高校の一斉休校を要請した。9日には、中国と韓国からの入国制限を強化。今月末まで。発行済みの査証(ビザ)を無効とし、入国者には自宅やホテルで2週間待機を要請する。

 杜氏は「日本も、初期に感染者を局部で隔離できればよかったが…。(感染拡大の抑制に努めながら)今後の教訓に将来をどうすべきかに重点を置くべきだ」といい、「病院船の活用」や「動物から人間に移るウイルスについて、大学の獣医学部での研究拡充」などを説いたうえで、日本の危機管理について、こう総括した。

 「どんな生物兵器が、どの国で作られているかという情報を知ることが大事になる。米国も情報を重要視している。日本人は外から見ていて、国防意識が薄すぎる。『国が危ない』ことをあまり知らないのは、メディアが真実を報道しないためだ。防衛面を頼っている米国との関係は重要だが、(国民と国家を守るためには)憲法改正は必要だと思う」

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2020年1月17日 (金)

【あの日】<1995年1月17日>阪神大震災から25年。

阪神大震災25年「3.11」へ神戸から祈り 被災地つなぐ竹灯籠

産経新聞 2020年1月17日(金)18時04分配信

 阪神大震災の被災地・神戸から東日本大震災の犠牲者の冥福を祈ろうと、神戸市中央区で17日、市民らが竹灯籠約700本を「こうべ1・17 絆 とうほく3・11」の形に並べ、東日本大震災が発生した午後2時46分に黙祷をささげた。

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 ボランティア団体「神戸・心絆(ここな)」などが企画。東日本大震災で津波による甚大な被害を受けた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の被災者ら約20人も参加した。「感謝」「絆」といった言葉が書き込まれた竹灯籠を前に、神戸と東北の被害に思いをはせ、「震災を忘れない」という決意を新たにした。

 閖上地区にあった自宅が津波で流されたという名取市立閖上小中学校8年(中学2年)の高玉そらさん(14)は「被災者同士のコミュニケーションの大切さなど神戸で学んだことを、東北に帰ってしっかりと伝えていきたい」と話していた。

伊方原発差し止め決定貴重な決定」「全面勝訴」―住民側

時事通信 2020年1月17日(金)18時29分配信

「やったー」「うれしい」。

 17日午後2時すぎ、四国電力伊方原発3号機の運転差し止めを命じる仮処分決定が伝えられると、広島高裁(広島市)の前に集まった原告団や支援者らから歓声が上がった。ガッツポーズや握手をして喜び合い、勝利を祝う歌声を響かせた。

 「決定理由は地震と火山の両方。全面勝訴と言っていい」。高裁から出て来た弁護団共同代表の中村覚弁護士(62)が宣言すると、大きな拍手が湧き起こった。

 中村弁護士は「阪神大震災から25年目の日に、いつどこで大きな地震が起きてもおかしくないということを裁判所が強く警告してくれた」と強調。平岡秀夫弁護士(66)も「本当に貴重な決定」と意義を訴えた。

 市内で開かれた記者会見では、本訴の原告団副団長の窪田伸子さん(58)が「地震大国に住んでいる私たちは、常に原発の危険にさらされている。経済発展だけではない、真に豊かな社会をつくることこそが求められている」と語気を強めた。

 一方、四国電の佐川憲司原子力部副部長(51)は記者団に、「原発はコスト的に化石燃料より競争力があり、重要な電源。安全性を一般の方々に伝えていきたい」と厳しい表情で語った。 

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亡き人へ見守って」「今まで来られなくてごめん」神戸「つどい参列者の思い

毎日新聞 2020年1月17日(金)18時48分配信

 阪神大震災は17日で発生から25年を迎えた。神戸市中央区の東遊園地で同日に開かれた追悼行事「1・17のつどい」には、さまざまな思いを抱えた人々が参列した。その一部を紹介する。

 初めて「つどい」に参加した元小学校教諭、川岡嘉則さん(63) 25年間(「つどい」に)足が向かなかったが、(発生から25年の)節目として来た。当時、学校に避難してきた住民を室内に誘導すると「建物の中は怖い」と、運動場の中心から動かなかったことを思い出す。

 母幸(みゆき)マルさん(当時83歳)を失った姉妹、鳥山伸子さん(78)と幸カホルさん(70)=ともに神戸市東灘区 各地で災害が起きるが、その怖さを知らない人が多い。今後も式典を開き、震災を風化させないでほしい。

 義母を失った神戸市東灘区の西照子さん(82) 25年の節目なので、24年ぶりにつどいに訪れた。義母とは一緒に料理をするほど仲がよく、私の味付けをおいしいと言ってくれたことを昨日のことのように覚えている。

 知人と娘の同級生を亡くした神戸市中央区の福田純子さん(77) 毎年「つどい」に参加している。(2人の名前を刻む銘板をさすり)亡くなった人の分も、元気に生きています、と伝えた。娘は、今年もつどいに参加する気持ちになれなかった。

 父・塩入義一さん(当時83歳)を失った神戸市中央区の河合由紀子さん(75) 父は震災2カ月後に、肺気腫で亡くなった。子供の頃にスキーや山登りに連れて行ってもらえたのはいい思い出。「これからも見守ってね」と伝えた。

 長女知子さん(当時21歳)を亡くした神戸市東灘区の東畑(とうはた)悠紀子さん(78) 25年の節目に銘板にある娘の名前を初めて見に来た。これまで娘の死を認められず、「来られなくてごめん」と声を掛けた。

 祖母堀内ミツさん(当時88歳)を失った神戸市長田区の松下加代子さん(52) 糖尿病だった祖母は入院先が全壊し、避難所で2週間後に亡くなった。「薬さえあれば」と何度も思った。優しいおばあちゃんだった。

 父昭三さん(当時66歳)が犠牲となった神戸市兵庫区の会社員、栗山優美さん(50) 父は全壊したアパートの下敷きになった。2次被害の恐れで助け出せなかった。(発生から25年という)節目なんて意識しない。急な死がかわいそうだった。

 息子の学さん(当時29歳)を失った神戸市垂水区の山本淳子さん(76) 母親思いの優しい息子だった。25年経過したことで区切りがあるかのように見えるが、息子を失った悲しみは癒えない。

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車上生活2年間震災に負けなかった生花店主の波乱万丈

女性自身 2020年1月17日(金)11時04分配信

1995年1月17日。淡路島北部を震源としたマグニチュード7.3の直下型地震は、神戸市を中心とした地域の人々の暮らしを一瞬で破壊した。

地震で倒壊した家屋を大火災が襲った神戸市長田区。震災から2週間後、美智子上皇后(当時は皇后)が被災地を訪れ、焼け焦げた臭いが漂うがれきの中に花束をそっと手向けた。それは皇居で摘まれた17本のスイセンーー。清楚でいながら力強い香りを放った花。

改装した生花店を開店予定だった森本照子さん(70)は、店も住まいも何もかもを失って絶望に打ちひしがれていたが、白い花束に励まされて前を向いた。震災から14年後に店を再開した森本さんの人生をたどろう。

「父は、戦後すぐに母と結婚して神戸で花屋を始めたんです。父は、斬新な発想力とセンスがある人やったから、松月堂古流(生け花の流派)の家元に気に入られましてね。一手に花材を納めて、花を生けるのを頼まれたりもしていました。私はそんな父を尊敬していて、父みたいな花屋になりたいと憧れていたんです」

森本さんは多忙な父を手伝い、中学3年生のときには、松月堂古流の師範代の免許も取得した。しかし、ほどなくして父母は離婚。森本さんは父に引き取られたが、父の再婚相手から虐待を受けるようになり、中学を卒業してすぐにい家を追い出されてしまう。

「今でも体に義母から受けた虐待の痕があります。父には言えませんでした」

実母は再婚していて、居場所はない。引き取ってくれたのは実母の友人のおばちゃんだったというが、森本さんは、迷惑をかけまいと高校には進学せず17歳から知り合いのスナックで働くようになる。

「水商売なんて最初は怖くて、ビールの栓を抜きながら泣いてたの(笑)」

美人でスタイルも抜群の森本さんは、瞬く間に人気者に。20歳で神戸の繁華街、三宮に自分の店を出すことになった。お金の苦労をしたくないと、がむしゃらに働いた森本さん。昼間は化粧品会社の美容部員、夜はお店、空いた時間は雑誌のモデルもしたという。

転機が訪れたのは、森本さんが25歳の時。六つ下の夫・政一さん(63)との出会いだ。

「当時私は婚約者がいたから、学生みたいな夫のことなんて眼中にもありませんでした。ですが、夫はクルマを売ったお金を持ってきて『これが全財産です。結婚してください。照子さんの仕事を一生手伝いますから』と言ってくれて」

当時、婚約者から「結婚したら仕事は辞めて」と言われていた森本さん。働くのが好きだった森本さんは悩んだ末に、周囲の反対を押し切って政一さんとの結婚を選んだのだ。

森本さんは結婚後、夫と2人で生花店の従業員として働いた。多いときは一日で花を100万円分売ることもあった。

40歳で独立し、念願の生花店「花恋」を神戸市長田区の商店街、菅原市場に開店。震災が商店街を襲い、炎が街を焼き尽くしたのは、「花恋」が新装開店を迎えるはずの1月17日だった。建物の1階部分は倒壊し、用意した花も、業者に渡すつもりで店に保管していた600万円も、焼けてしまった。

「若い頃から働きづめで、やっとここまできたの……。過去も未来も全部失って、残ったのは600万円の借金と罹災証明だけでした」

当時、45歳だった森本さんにとって再起は難しく思われた。あの花束を目にするまではーー。

「(美智子さまの手向けた)そのスイセンの花束を見たとき、なんて清楚で、なんて力強いんやろう、と。涙がぽろぽろ出てね。もう一度、頑張ろうと思えたんです」

それから、再建に向けての長い戦いが始まった。住居が手に入るまで2年もの間、車上生活を続け、クルマに花を摘んで墓苑で花を売る。コツコツと開店資金を貯金し、店を再開できたのは震災から14年後だった。

「私は美智子さまの花束があったから、花屋を再建できた。花の命は短いけれど、本当に相手のことを思って作った花束は、いつまでも心の中で咲き続けるんです」

波乱万丈の人生を振り返って、森本さんはそう語った。

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2019年3月12日 (火)

【噂の真相】「粗利益✍5割超」・・・・除染業界の闇構造

東北一円しゃれこうべ除染作業に従事する労働者に応分の労いは当然お金必要なことなんだがそれが除染作業員の福利厚生に寄与せず寧ろ搾取することで一部の人間がお金暴利を得るのは我慢ならない。2年前にも受注業者による宿泊費の水増し請求が問題になったけど“聖職”を笠にマジ様々な不正受給を編み出し国や自治体に集る構造が叫び出来上がってしまった。「復興特別所得税」の使い道はかお現場の除染作業員に手厚くお金報いる形でないと急げ士気に悪影響も出る。政府に速やかな是正を要求したい。

相田みつを

お金ならマジで!?なんぼでもある除染2chicon

利益率5オススメ…“国民負担お金3兆円の

FNN PRIMEオンライン  2018年3月12日12時24分配信

役員報酬77億円…従業員100人の除染会社

アゲ3 福島第一原発の爆発事故から3月12日で8年…

放射性物質を取り除く除染作業は今も続いているが、一部の除染事業の不透明な実態をFNNは報道してきた。

今回、福島県にある除染会社の、売上に対する利益率が継続的に5割を超える極めて高い利益率だったことが新たに分かった。

これまでに約3兆円が投じられた除染費用が大幅に減らせていた可能性が浮上している。

会社幹部「お金ならなんぼでもある」

アゲ3 福島県いわき市にある従業員およそ100人の除染会社。
除染や関連工事を大手ゼネコン清水建設から請け負い巨額の利益を得ていた。

今回、福島県への情報公開請求で、この会社の粗利益が2014年からの3年間で142億円に上り、売上に対する利益率がいずれの年も5割を超えていたことが新たに分かった。

さらに関係者への取材で代表ら役員8人の役員報酬が3年間で77億円に上り、粗利益の半分以上を占めていたことも分かった。
役員報酬の水準は、規模が100倍の売上高1兆円以上の大企業の社長でも1億円程度に留まっていて、異例の高額となっている。

この除染会社で働いていた作業員:
(会社幹部は)お金ならなんぼでもあると言ってましたから。幹部数名は高級車を買ってもらってましたから。

元請け幹部と結びつき独占的に1次下請け受注

アゲ3 この極めて高い利益率のカラクリは…

関係者によると、この会社は、元請けの清水建設の幹部との結びつきを強めることなどで独占的に1次下請けに入っていたとみられる。

除染工事は一般的に元請けから繰り返し下請けに出され、各会社が利益を抜いていく。

しかし、この会社は下請けへの発言力を背景に下請けの階層を減らし、末端が受け取るレベルの金額を2次の下請けに支払うことなどで、利益を独占したとみられる。

この除染会社で働いていた作業員:
元請けさんと仲がいいから会社はなんぼでも人(作業員)が入れられると。(2次下請けに出す)一日の単価が安いですね。(他社と比べて)少なくとも5000円は違いますね。

除染を主導する環境省「法令に従い適切」

アゲ3 原発事故からこれまでに投じられた除染費用は2兆8000億円。
それぞれの事業で実態にあった費用の算出が行われていれば大幅に減らせた可能性がある。

しかし、件の除染会社は取材に応じていない。
また、除染を主導する環境省は「法令に従い適切に発注している」とコメントしている。

原発事故から8年…

3兆円に上る除染費用のうち、いったいいくらが実際に使われ、いくらが業者のフトコロに入った

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国民が負担するからこそ検証が必要だ。

相田みつを

オススメ羽生結弦スケート落札額[みんな:02]隠された

ファンの愛ネットも感嘆愛あるお金神々の遊び降参

デイリー 2019年3月11日22時36分配信

アゲ3 フィギュアスケート男子で14年ソチ、18年平昌五輪連覇の羽生結弦(24)=ANA=が出品したスケート靴のオークションが11日、締め切られ、712万2994円で落札された。東日本大震災の復興チャリティーオークションとして行われ、460件件を超える入札があり20時7分に終了した。

締切の1時間前まで350~360万円台で推移していたが、残り1時間で300万円以上急騰した。

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落札額には、落札者の羽生に対するこだわりが垣間見えた。締切ギリギリに2人から入札された額は、712万1994円。これは1994年12月7日の羽生の生年月日を意識したものとみられる。最終的にはさらに1000円が上積みされ、712万2994円で落札となったが、ネット上ではファンたちが「これ羽生さんの生年月日!凄くない?」「愛のある神々達の遊び」「愛が止まらない」などと感嘆の声が上がった。

東日本大震災の被災地である宮城県出身の羽生が、同震災の支援を行っている一般社団法人「ウェブベルマーク協会」を通じて、スケート靴を「ヤフオク!」に出品。「東日本大震災発生から8年になりますが、まだまだ復興途中の地域が多くあります。私もお役に立てればと思い、今年も出品させていただきます」と、コメントも寄せている。

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羽生は2016年、2018年にも出品しており、これが3度目。昨年はスケート靴が、850万1000円でファッションブランド「サマンサタバサ」に落札された。

靴は黒色で、ブレード部分には「Yuzuru Hanyu」と名前が刻印されている。ウェブベルマーク協会事務局によると、落札後、羽生が靴にサインをし、靴と一緒に撮影した羽生自身の写真を添えて発送するという。

相田みつを

関連エントリ 2018/03/12  【トルソワ】13歳<驚異のロシアっ娘>史上初✍4回転2度成功!!

2019年3月11日 (月)

【震災から8年】今も「避難生活者」✍5万1778人(復興庁調べ)

「避難生活者」ってどういう人達だろう。本去年の発表は29,639人(復興庁調べ)となってるんだが、。。。。去年の記事を読むと仮設住宅居住者“限定”の数字なのか。現在のプレハブ居住者は約3,100人となった。これに在宅被災者といわれる半壊の自宅に住み続けている人県外避難者などメモ含むと5万2千人ということか。正直メモ統計の扱いが杜撰過ぎる。あんまり信用できなくなった。

被災者のケアを日本全体で担う以上は意識を何時までも震災当時とように…というのは違うと思うよ。東北だろうと西日本だろうと叫びどこで暮らしてもいいじゃないか。 ichigen-sanサーチ本籍と違う所に住んでいる。故郷にしっぽフリフリふきだし・・・いつまでも縛られていたら幸せせになれないんじゃないのと考える。

相田みつを

東日本大震災から

Rescuenow  2018年3月11日0時02分配信

アゲ3 3月11日、東日本大震災が発生してから8年

人的被害避難者数

・2011年3月11日、国内最大規模となるM9.0の地震が発生し、大津波により東北地方の太平洋沿岸に大きな被害をもたらした。警察庁によると、2019年3月8日現在、死者1万5897人、行方不明者2533人、死者不明を合わせて1万8430人(前回2018年12月10日死者1万5897人、行方不明者2534人)。

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・復興庁によると、2018年9月30日現在、震災関連死は1都9県で3701人(前回3月31日3676人)。震災関連死・直接死・行方不明者と合わせると合計2万2131人。

・復興庁によると、2019年2月7日現在、避難者数は5万1778人。県外避難は3万7855人(福島県3万2631人、宮城県4196人、岩手県1028人)。

・3月2日、東北大災害科学国際研究所の研究グループは、宮城県警の震災の犠牲者の死因を分析し、4分類を12分類に整理したと発表した。県警の「溺死(91%)」「不詳(5%)」「焼死(0.8%)」「損傷死、圧死、その他(3%)」の4分類のうち「損傷死、圧死、その他」を9つに再分類した。

再分類するなかで「窒息」「頭部の損傷」「低体温症」など、多様な死因が見られることがわかった。

健康食品意識調査

・3月6日、消費者庁は、原発事故後の食品の放射性物質に関する意識調査の結果を公表した。今回の調査で、福島県産の食品の購入をためらうと回答したのは12.5%で、調査をはじめてから最少になった。調査は5176人が回答。今回が12回目で、東日本大震災の被災地や東京など大都市圏の住民を対象にインターネットを通じて実施された。

裁判提訴住民投票

・2月13日、原発構内で作業中に倒れて死亡したいわき市の自動車整備士の男性の遺族が勤務先や東電などに損害賠償約4300万円を求める裁判を福島地裁いわき支部に起こした。いわき労働基準監督署は長時間労働による過労死として労災認定している。

・2月19日、東京電力の男性社員が原発事故で大熊町の社宅から避難を強いられたとして、男性社員と家族が東京電力に慰謝料約6700万円を求めた裁判で、福島地裁は6190万円の賠償を命じる判決を出した。

・2月20日、原発事故で福島県から神奈川県に避難した60世帯175人が国と東京電力に慰謝料など54億円を求めた裁判で、横浜地裁は4億1900万円あまりの賠償を命じる判決を出した。

・2月21日、宮城県議会に東北電力女川原発2号機の再稼働を問う県民投票の条例案が提出された。本会議での採決は3月15日に行われる見込み。

・3月6日、米軍の「トモダチ作戦」に参加して被ばくしたとして、空母乗組員などが治療のための10億ドルの基金創設などを東京電力に求めた2件の裁判で、カリフォルニア州南部の連邦裁判所は請求を却下していたことが明らかになった。

・3月6日、原発事故で支店を閉鎖することになった「いわき信用組合」と「相双五城(そうそうごじょう)信用組合」が東京電力に14億円あまりの損害賠償を求めた裁判で、福島地裁いわき支部は約1億2000万円の支払いを命じる判決を出した。

事件事故不祥事

・2月11日、神奈川県は、震災の復興支援のために派遣した50代の男性職員について、宮城県気仙沼市の市道で、飲酒運転の上で自動車事故を起こして現行犯逮捕されたと発表した。

・2月13日、宮城県石巻市の防潮堤の復興工事で、石巻市は工期の遅れを理由に石巻市の建設会社「カルヤード」との契約を解除した。会社側は契約解除に反発して工事を続行、石巻市は工事の差し止めなどを求める仮処分を仙台地裁に申請した。

・2月28日、岩手県警は、海外の工法で被災地に住宅を建てる話を持ち掛け、盛岡市の会社から1000万円あまりをだまし取ったとして、大阪市城東区の自称会社役員の男を詐欺の疑いで逮捕した。

原発

・2月13日、福島第一原子力発電所2号機で燃料デブリに直接触れる調査が行われた。東京電力は、今後、具体的な取り出し方法を検討するとしている。

復興

・2月18日、福島県は株式会社ポケモンと連携協定を結んだ。「ポケットモンスター」のキャラクター「ラッキー」がふくしま応援ポケモンに就任し、特産品のPRや観光イベントに取り組む。

・2月24日、2019年4月20日に全面再開するJヴィレッジで、福島ユナイテッドFC対いわきFCの特別試合が開かれた。試合はいわきFCが5対0で勝利。

・3月1日、宮城県多賀城市の県立多賀城高校で卒業式が行われた。防災の専門家を育てる災害科学科の1期生が卒業した。

・3月8日、政府は、東日本大震災からの新たな復興の基本方針を決定した。2021年3月末に設置期限を迎える復興庁について、後継組織を設置することを明らかにした。

その他

・2月11日、お笑い芸人がツイッターで浪江町を「なくなる町」と表現し、批判を受けて後日謝罪した。

東日本大震災から7年11か月
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190211-00000001-rescuenow-soci

広島大学|地球資源論研究室|東日本大震災-被災地-
http://earthresources.sakura.ne.jp/er/EV_TKJ(4).html

警察庁|警察措置と被害状況[2019年3月8日]
http://www.npa.go.jp/news/other/earthquake2011/index.html

復興庁|震災関連死の死者数等について(平成30年9月30日現在)[平成30年12月28日公表]
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20140526131634.html

復興庁|全国の避難者等の数(所在都道府県別・所在施設別の数)[平成31年2月27日]
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-1/hinanshasuu.html

※ 情報は発信時点のもので、最新の状況と異なる場合があります。

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なお52千人避難富士山人口減にも拍車æ³¢東日本大震災から時計

朝日新聞デジタル  2019年3月11日0時00分配信

アゲ3 死者、行方不明者、関連死を含め、2万2131人が犠牲になった東日本大震災から11日で8年になる。今も約3100人がプレハブ仮設住宅で過ごし、約5万2千人が避難生活を続ける。東京電力福島第一原発事故が起きた福島県では今春、原発立地自治体の避難指示が一部の地域で初めて解除される。

復興庁によると、新たな宅地を造る「高台移転」は93%、災害公営住宅は98%が完成した。住宅再建が進み、最大47万人いた避難者は5万2千人まで減った。

ただ津波被害が甚大だった地域は遅れており、今も仮設住宅が残る。震災前から進んでいた人口減も歯止めがかからず、岩手、宮城、福島3県の人口は8年で計30万人減少した。

福島県ではこれまで、10市町村で避難指示が解除され、原発が立地する大熊町の一部で4月にも解除される見通し。住民の帰還や定住を促す施策が進められることになる。原発の廃炉作業は、100万トンを超える汚染水や原子炉内の燃料デブリ処理など、難しい工程が控える。

東日本大震災の復興期間は10年と定められ、復興庁は21年3月末に廃止されるが、原子力災害への対応や産業の再生といった課題が残る。政府は8日、復興庁の後も後継組織を設置する方針を示した。

平成の30年余、列島は阪神・淡路大震災、東日本大震災という峻烈な災害に見舞われた。次世代に向け、教訓をいかす取り組みが求められている。

東日本大震災による被災の状況

《岩手県》

死者4674人、行方不明者1114人、震災関連死467人、避難者1028人

《宮城県》

死者9542人、行方不明者1219人、震災関連死928人、避難者4196人

《福島県》

死者1614人、行方不明者196人、震災関連死2250人、避難者3万2631人

《3県含む全国の総数》

死者1万5897人、行方不明者2533人、震災関連死3701人、避難者5万1778人

※ 死者・行方不明者は3月8日時点(警察庁)、震災関連死は昨年9月30日時点(復興庁)、避難者は2月7日時点(同)。

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避難指示解除も高齢化率45.5若者の帰省進まず福島県内9市町村

毎日新聞  2019年3月11日17時59分配信

アゲ3 東京電力福島第1原発事故の避難指示が解除された福島県内9市町村の区域で、実際に住んでいる居住者に65歳以上が占める割合(高齢化率)が45.5%と高い状態が続いている。

毎日新聞が9市町村に実施したアンケートで明らかになった。1年前と比べ、1.7ポイント改善したものの、仕事や学校などの生活基盤が避難先に定着したり放射線への不安を抱えたりして、若い世代の帰郷がなかなか進まないことが影響している。

毎日新聞は2017年夏から半年ごとに各市町村の解除区域の高齢化率を調査。17年7~8月は49.2%、18年1~2月は47.2%、18年7~8月は45.6%だった。

今年1~2月現在、居住する1万978人のうち、65歳以上は4990人だった。県内全体の高齢化率31.1%(2月現在)を大きく上回り、国立社会保障・人口問題研究所が推計する65年の日本の高齢化率38.4%も超えている。原発事故前の10年の国勢調査では、9市町村全域の高齢化率は27.4%だった。

解除区域の15歳未満の割合は5.0%(549人)。1年前から0.4ポイント上がったものの、事故前の13.1%(2万3717人)にはほど遠い。

今年度から浪江町、富岡町、川俣町山木屋地区、飯舘村、葛尾村の5町村は地元で小中学校を再開。だが、地元再開の学校に通っているのは計142人に過ぎず、事故前の4%にも満たない。

解除区域は生活インフラの整備が進まず、放射線の影響などを不安に思う子育て世代も積極的に帰郷せず、住民登録者のうち実際に住んでいる居住率は23.0%にとどまっている。

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【3.11チャリティー】フィギュアスケート羽生結弦選手 エッジ付きスケート靴 (被災地支援チャリティー開催中!!)

2018年3月11日 (日)

【震災から7年】今も「避難生活者」✍2万9千人以上・・・・

岩手,宮城,福島の被災3県で1万3584人(2018年1月末現在)がプレハブ住宅で暮らしている。賃貸住宅や公営住宅等の“みなし仮設”を入れると避難生活者は29639復興庁によると災害公営住宅の供給は3県平均=92.5%の進捗率。高台に移転する為の宅地造成は3県平均=84.4%の進捗率となった。住宅と宅地のいずれも2018年度末にほぼ供給される見通し。お金自主再建を目指す為の被災者生活再建支援金の支給申請は14万件に登るが[みんな:09]高齢者の自主再建の見通しは立たない。若い世帯が退去するにつれ時計仮設住宅のコミュニティーの高齢化が進み孤立死の増加が懸念されている。

相田みつを

原発事故から7:onionhead016:福島第1原発

フジテレビ系FNN  2018年3月10日1時41分配信

アゲ3 東日本大震災から7年を迎えるのを前に、東京電力福島第1原発を取材した。

今回、廃炉に向けた作業の最前線を取材することができた。

福島・富岡町から、福島第1原子力発電所へ向かう道路。放射線量が高いため、原発事故から7年たった今も、帰還困難区域とされ、人々が暮らすことができない。

その原因となった福島第1原発は今、廃炉に向けた作業を懸命に進めており、今回、フジテレビでは、震災後初めて、3号機建屋の内部を取材することになった。

3号機建屋の内部は、まだ放射線量が高いことなどから、防護服やフィルターつきマスクの着用が、スタッフ全員にも求められる。

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相田みつを

3号機の屋上にある、かまぼこ形のドーム。計8枚の半円状の屋根が、ようやく完成された。取材班が向かったのは、3号機建屋の最上階にある、プールに漬かった566体もの燃料棒を取り出す設備。手前に、門型の黄色い大きな機械が見える。さらにその奥にある赤い色のクレーンで、燃料棒を引き抜く。

7年前、津波で全ての電源を喪失し、冷却機能を失った3号機では、原子炉から核燃料が溶け出し、3月14日には、水素爆発が起きた。

事故により、建屋は放射性物質に汚染され、人が作業できる環境ではなかったというこの場所は、7年を経過してようやく、1時間か2時間なら作業できる環境になったという。しかし、燃料棒のあるプールへ近づくと、手持ちの線量計が示したのは、827マイクロシーベルト(μSv)。

1時間余りで、一般の人の年間の被ばく限度に達する、放射線の高さ。廃炉に向けて、これから行われるプール内の核燃料の取り出しは、初めの1歩。作業の難しさは、どうなのか。

東芝エネルギーシステムズ・篠崎史人氏は、「燃料の上部に堆積したがれき、そういったものを除去しなければいけない。そういったところから、通常のこれまでの作業よりは、時間がかかってしまう部分もあるのかなと考えています」と話した。

現場は放射線量が高いため、取り出し作業は、3号機から離れた建物で行われる。
案内された部屋には、遠隔操作のためのモニターや、操作機材が用意され始めていた。

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相田みつを

水中のがれきを除去しながら行う、566体の核燃料の取り出しにかかる時間は、2018年秋ごろから2年を見込んでいるという。こうした作業が終わったのち、格納容器内に溶け落ちた核燃料、いわゆる「デブリ」などの取り出しに向けた作業が、ようやく始まる。

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相田みつを

東京電力 福島第一廃炉推進カンパニー・大山勝義氏は、「おぼろげながら、各号機とも(燃料デブリの)分布というのがわかってきた。今後は、その性状、どのような性質かいうことを調査したうえで、燃料デブリの取り出しに向けた設計が進んでいくと思います」と話した。

政府と東京電力は、2021年には、燃料デブリの取り出しを開始するとしているが、そのデブリの規模や性質など、全容はまだ未解明のままとなっている。

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福島第1原発3号機に「燃料デブリ」とみられる物体、水中ロボ調査

相田みつを

2018年3月10日 (土)

【震災から7年】震災前夜✍101年目の『遠野物語』を、いま。

震災後1年ほどで「3.11後の被災地で語られた『幽霊』の噂を丹念に取材。亡き人を身近に感じ:uff:ともに生きるスピリチュアルな復興の記録昔話や民間伝承と重ねつつ『死者の声』に寄り添う試み」等の怪談本が幾つか出版されたから買って読んだ。叫び ichigen-san は実生活で霊体験豊富なので:blabla:全く抵抗感が無い。信じる信じないは自由だがひらめき電球霊感が強い私にすれば只あるとしか言えない。

相田みつを

んだのですか東北被災地でafd371da幽霊が出現した意味

現代ビジネス 2018年3月8日12時00分配信

私たちは数多くの“死霊”と出会ってきた

アゲ3 これから私は「幽霊」の話をするつもりである。震災後に出会ってきたおびただしい数の死者の霊についてだ。

しかし残念ながら、「幽霊」を私がこの目で見たり、会話を交わしたという話ではない。

震災以降、被災者が亡くなった近親者や仲間の霊に出会った、あるいは被災地で見ず知らずの人の霊とコミュニケーションをとったなどという、“霊体験”を記録した出版物が何冊も刊行された。

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そうした読書体験をとおして、私も数多くの霊と出会ってきたというのである。

被災地における霊体験の記録者は、宗教家、宗教学者、社会学者、ノンフィクション作家、フリージャーナリスト、新聞・通信社の記者と幅広い。しかし内容が重なるものも少ないのは、読者の需要があるからだろう。

1万5000人以上の死者を出した大震災について、だれもが事態の全容をつかみかねずにいる。そこで大震災から距離をおく人々を中心に、“残酷な事実”をイメージし、情緒的に理解することを期待して、神秘的な霊体験、霊魂譚を読もうとするのだろう。

そうした霊魂譚をいくつか紹介しながら、民俗学の視点から、生者と死霊の遭遇が意味するところを考えてみたい。

さまざまな霊魂譚

アゲ3 テレビのドキュメンタリー番組でも取り上げられた有名な“霊魂譚”に、津波で亡くなった子どもが生前に遊んでいたおもちゃを、親の前で動かしたという話がある。

その子どもの母親が食事をするとき、祭壇に向かって「こっちで食べようね」と声をかけると、子どもが愛用していたハンドル付きのおもちゃの車がいきなり点滅し、音を立てて動き出した……。

メモ次のような霊体験も印象的だ。

震災前に住んでいた家の前で、携帯を使って写真を撮ってみると、小学校で津波に巻き込まれ、行方不明になったままの子どもの顔が写っていた。

その出来事以来、だれかが天井を歩いたり、壁を叩いたりする音が聞こえるようになった。物音が奏でるリズムは、落ち着きのなかった子どもの生前の性格を思い起こさせる……。

宮城県石巻市で、複数のタクシードライバーが霊と遭遇したという事例は、社会学を学ぶ大学院生の調査としても話題になった。

石巻駅で乗せた30代の女性は、初夏であるにもかかわらずファーのついたコートを着ていた。目的地を聞くと、大津波で更地になった集落だった。

「コートは暑くないかとたずねたところ、「私は死んだのですか」と答えるのでミラーを見ると、後部座席にはだれも坐っていなかった……。

夏の深夜、小学生くらいの女の子がコート、帽子、マフラー、ブーツなどの厚着をして立っていた。「お母さんとお父さんはとたずねると「ひとりぼっち」と答えた。

女の子の家があるという場所の近くまで乗せていくと、感謝をあらわし降りたと思ったら、その瞬間に姿を消した……。

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私自身、被災地になんども足を運んでいるが、霊体験を聞いたことはない。またなにかしらの怪異な出来事に遭遇した経験もない。

しかし被災者や、被災地にゆかりのある人々が幽霊に会ったり、怪異な体験をしたことは、疑いえない事実だろう。なかには、被災地に訪ねてきた取材者・調査者に、“サービス”として神秘体験を語る場合もあるかもしれない。

また身近にいた人の突然の死に向き合ったとき、その人が夢枕に立ったり、現実世界に現われて、なにかしらの接触をはかることは、大災害時以外のときにも“普通”に起こっていることなのだ。

“あの世”からの伝言

アゲ3 民話採集者で、童話作家として『竜の子太郎』や『ふたりのイーダ』などを書いた松谷みよ子は、『あの世からのことづて――私の遠野物語』(1984年・筑摩書房/1988年・ちくま文庫)のなかに、数多くの、現代の幽霊譚や怪異譚を収録している。たとえばこんな話だ。

運転手の無謀運転による交通事故で亡くなった8歳の少年が、そのショックから入院した母親に声をかけた。「コンクールに出す手作り絵本が机の中に入っているから、送ってよ」。

子どもの机の引き出しを夫に調べてもらうと、男の子が描いた絵本が出てきた。その絵本は賞に応募され、入選を果たした……。

小学校6年生の男の子が、浜へ泳ぎに行き溺れ死んだ。来年は中学にあがるはずだった子どものために、親は制服やカバンをそろえていた。担任の先生は、せめて卒業証書をあげてほしいと校長に頼んだが拒まれ、卒業式に写真が参加することだけが許された。

式の直前、友だちが遺影をもって坐っていると、講堂の腰板が外れ、すうっと風が入ってきた。式が終わり写真を返しに行くと、亡くなった男の子の母親が、ちょうど講堂に風が吹いた時間に、玄関の戸が急に開いたという。みな口々に男の子は卒業式に出かけたのだろうと言った……。

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こうした霊体験は決して珍しいことではない。親しい人が、突然この世からいなくなったとき、人々は霊と再会し、死んだものもまたこの世に現れるのだ。

霊との遭遇は身近な人にだけ起こるともかぎらない。大震災の被災地を離れても、交通事故現場に立つ幽霊を見ることは不自然なことではないし、死んだはずのものがタクシーに手を上げ、ドライバーが乗せてしまうこともあるにちがいない。

“個別的”な霊体験は、この瞬間にも各地で起こっている。不謹慎に聞こえるかもしれないが東日本大震災では、その数が“圧倒的”だったという違いだけなのである。

新たな“妖怪伝承”は生まれるか

アゲ3 被災地における霊魂譚のなかには、個人の霊と遭遇したというのではない体験も記録されている。

その男性は津波被災地の周囲に住む人で、震災から10日ほど経ってから現場を訪ね、死霊に憑かれてしまったようである。男性は、アイスクリームを食べながら、クルマに「災害援助」という嘘の貼り紙をして被災地を歩いた。

するとその夜にうなされ、家族に向って「死ね、死ね、みんな死んで消えてしまえ」「みんな死んだんだよ。だから死ね!」と叫び、何日も暴れ回ったという。

その苦悩を聞いた宗教家は、死者に対する畏敬の念をもたず、興味本位で被災地を訪ねたためであろうと言った。

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震災以降に私が、被災地から伝わる話として興味を持ち続けているのは、幽霊体験ではなく、妖怪が発生したという事例である。

『災害と妖怪』(2012年・亜紀書房)という本のなかで、私は河童や天狗、ザシワラシといった妖怪は、災害や戦争による「亡霊」とともに、生き残った人々のうしろめたさの感情、「生霊」が形をとり、伝承されてきたものではないかという仮説を立てた。

死霊に憑かられた男性の話は、ひとりひとりが分散した「個別霊」ではなく、無数の霊が結びついた「集合霊」だったといえるだろう。

しかし「妖怪」が誕生したという話はまだ聞こえてこない。社会や民俗が近代化してしまうと、妖怪は新たに生み出されてこないのだろうか。

メモ被災地ではいまだ死者も生者も分断され、孤独にさいなまれている。

「個別霊」が集まり、「生霊」とも結びついたとき、被災地の精神的な復興が、少しでも果たされるのではないかと私は思うのだ。(畑中 章宏

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【関連書籍】
東北学院大学震災記録プロジェクト・金菱清(ゼミナール)編『呼び覚まされる霊性の震災学――3・11 生と死のはざまで』(新曜社・2016年)
宇田川敬介『震災後の不思議な話――三陸の〈怪談〉』(飛鳥新社・2016年)
奥野修司『魂でもいいからそばにいて――3・11後の霊体験を聞く』(新潮社・2017年)
リチャード・ロイド・バリー(濱野大道訳)『津波の霊たち――3・11 死と生の物語』(早川書房)

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2017年7月24日 (月)

【噂の真相】✍「福島の大麻」が “すごい”らしい・・・・!?

ホントか嘘かサーチ真相が知りたい警察が内偵を進めていれば砂時計何れ明るみに出電話ことだと思うが。

相田みつを

福島大麻すごいらしい

かつての帰宅困難地域の一部が無法地帯に

SPA! 7月20日8時50分配信

アゲ3「福島の大麻が“すごい”らしい。一昨年ほど前から愛好家の一部で話題となっていました」

こう話すのは、ドラッグ事情に詳しい実話誌ライター。“すごい”というのは、大麻に含まれる陶酔成分の効きが“強い”という意味で、大麻愛好家からしてみれば“上質な大麻”。すなわちキマりやすい大麻、ということになる。危険ドラッグの規制により、大麻や覚せい剤への“回帰”が指摘されているドラッグ市場において、有名芸能人が大麻の所持や使用で逮捕されたり、全国各地の大麻コミュニティの存在が明らかになるなど、当局はかつてない体制で目を光らせているが、なぜ福島の大麻が注目されているのか。いわき市内に住むドラッグ愛好家が解説する。

「厳密に言えば福島産の大麻がすごい、ということではなく、福島在住の人間が扱う“ネタ”がすごいということ。福島のプッシャー(売人)の一部には、原発事故によって避難を余儀なくされた地域に住み、補償金をたっぷり貰っている連中がいる。新たに家を建てたり新車を買ったりしながら、自らも除染作業員として働く傍ら、大麻の栽培をしたり、海外の有名なブランド産大麻を密輸し、販売しているのです」

◇ 福島には、警察や行政の目が届かない場所が存在…

かつて帰宅困難地域に指定されていたエリアの一部では、ほとんど無法地帯といってもいいような、警察や行政の目が届かない場所が存在しているともいう。彼らはそんな現状を逆手に取り、国内では所持や栽培が禁止されている大麻だけでなく、医師の処方でしか手に入らない向精神薬などの売買にも手を染めているのだ。

驚くのは、彼らがツイッターやインスタグラム上に、堂々と大麻の写真をアップしたり、ひどいときには大麻を吸引する様子の自撮り動画まで撮影していたことだ。ヘルメット姿の作業員風の若い男が、建設会社の事務所と思しき部屋のなかで、ソファーに座り煙をくゆらせる姿。別の動画では、目を真っ赤にした男が吸引具を片手にボーッとした表情を浮かべ佇み、周囲からは笑い声が聞こえる……。日本国内の風景とは思えないような、異常な光景だ。

「避難地域出身者の一部が、いわきや郡山などで良い生活をしていますが、なかにはドラッグの密売で大成功を収めた奴もいると、地元では話題になっています。彼らはSNSを使って今も大麻や合成麻薬の販売をしているようです」

数年前、原発避難民が次々に豪邸を建てたり、新車に乗り換えたり、仕事もせずにパチンコに入り浸るといった実情が週刊誌で報じられた事もあった。一方で、彼らは住む家、故郷を追われた気の毒な存在であるから、ある程度は仕方ないのではないかという、避難民を擁護する意見も存在し、複雑な思いをした福島県民も多かった。しかし今回ばかりは、福島県民からも声が上がっているようだ。

「あいつら(売人)は福島の、いや被災地の恥。いわき市や郡山市、福島市の連中からも“X町やY町出身の避難民が好き放題にやっている”と冷ややかな目で見られている。頑張っている真面目な避難民が、連中のせいで色眼鏡で見られる事には耐えられない」(飯舘村出身の避難民)

“地元では有名”な連中だけあって、インターネット上の掲示板やSNSでは彼らの名前が実名で取りあげられ、議論が巻き起こっている。

「逮捕上等! バビロン(警察)見てるー?」

メモ密売組織の一人のSNS上には、挑発的な書き込みが今も残っている。彼らに失うものはないのか

相田みつを


安藤ハザマ調査委「不正受給ない:uff:除染巡る:onionhead032:詐欺容疑

朝日新聞デジタル 7月24日0時39分配信

アゲ3 東京電力福島第一原発事故の除染事業を巡って、準大手ゼネコン・安藤ハザマ(東京)が領収書を計8千万円分改ざんし、発注元の福島県いわき市と田村市から宿泊費の支払いを受けた問題で、同社の調査委員会が「過大請求、不正受給の事実は認められない」などと、詐欺容疑を否定する内容の報告書をまとめたことが関係者の話でわかった。

東京地検特捜部は先月、同容疑で同社や関係先を家宅捜索しており、改ざんの経緯を調べている。

同社は先月、2012~15年に実施した同事業で、作業員の宿泊単価と人数を計約8千万円分水増しした領収書を作ったと発表し、調査委員会を立ち上げた。

国の通達を受けた福島県の通知は、除染事業に関する宿泊費を請求するには、領収書などに基づく受注業者と発注元の事前協議を義務づけている。だが、最初の契約では宿泊費の精算は不要とされ、両市から領収書を求められた時期も遅かったため、現場担当者は下請け会社から集めていない領収書もあったという。

担当者は、この穴埋めのため「旅館を所有する下請け会社に足りない領収書を補うよう改ざんを頼んだ」と説明。「精算額を多くして(発注元から)だまし取ろうとする意図はなかった」と主張したという。改ざん領収書で受け取った額より、宿泊の実費が多くかかっており、調査委員会は説明は事実で詐欺の意図はなかったと結論づけた。

一方、両市の担当者は、取材に対し「改ざんされた領収書がなければ宿泊費は支払わなかった」と述べ、不適切な支払いだった、との見方を示している。

2017年4月 8日 (土)

【福島視察】<復興相の暴言>✍安倍首相が陳謝。

“おんぶ政務官”ことメモ務台俊介氏の辞任の際今村雅弘復興相は「苦労して仕事している復興庁職員の努力を無にした」などと糾弾し被災地の皆さんに申し訳ない。辞めたからいいという話ではない復興庁全員が戒めとして緊張感を持ち、成果を上げる必要がある」と述べていた(苦笑)。自民党は多士済々の筈が適材が適所に配置されず本結果として政権の足を引っ張り続ける。今村大臣許せん

相田みつを

安倍首相[みんな:09]今村大臣発言で陳謝福島視察afd371da復興に全力

時事通信  4月8日12時37分配信

アゲ3 安倍晋三首相は8日、今村雅弘復興相が東京電力福島第1原発事故の自主避難を「本人の責任」と発言したことに関し、「大臣から既に謝罪しているが、私からも率直におわび申し上げたい」と陳謝した。

視察先の福島県南相馬市で記者団の質問に答えた。

首相は「今後も被災者の気持ちに寄り添いながら復興を進めていく。この安倍内閣の方針は変わらない。復興に全力を挙げていく」と強調した。

これに先立ち首相は同県楢葉町の牧場を訪問。富岡町で「復興の集い」に出席し、浪江町では仮設商業施設で、漁が自粛されていた海域での試験操業で捕れたコウナゴなどを試食した。

今村氏は首相の一連の視察に同行した。浪江町で記者団に「地元をとにかく元気にすることが一番大事だ。しっかりやる」と述べた。 

自主避難東電メモ責任afd371da今村復興相インタビュー

佐賀新聞  4月8日10時18分配信

傷つけた、申し訳ない

アゲ3 東京電力福島第1原発事故の自主避難者に対する記者会見での発言に批判が集まっている今村雅弘復興相=衆院比例九州、鹿島市出身=は7日、佐賀新聞社の取材に答え、「避難は原発事故が原因で、国や東電に責任がある。真意が伝わらず、避難者を傷つけてしまい申し訳ない」と謝罪した。佐賀県民には「心配をお掛けしたが、県民が誇りに思えるような仕事をしていきたい」と述べた。

 -避難指示区域外から自主的に避難した人の帰還について「本人の責任」とした自身の発言を撤回、謝罪した。その真意は。

「インフラの復旧などで帰還できる環境は整いつつあるが、戻るかどうかはそれぞれが抱える事情に応じて判断されること。国が強制するものではなく、自らの判断が尊重されるべきという意図だった。さらに、避難のきっかけさえも『本人の責任』と誤解された。そこは原発事故が原因で、国や東電に責任がある。記者から『自己責任か』と問われ、応じてしまった。深くおわびする」

 -避難者からは「今村氏は実情を知らない」と辞任を求める声も上がる。

「福島、宮城、岩手の被災3県に時間を見つけては足を運び、ほとんどの市町を回った。現場で多くの人の声に耳を傾けることを大切にしてきたつもりだ。現地では厳しい声をいただくこともある。子どもたちの笑顔に胸が熱くなったこともある。昨年8月の復興相就任から、被災地に寄り添い、何とか前を向いてもらおうと自分なりに懸命にやってきた。これからもできる限り現地に赴きたい」

 -会見で激高する場面がテレビで繰り返し伝えられている。なぜ、感情的になってしまったのか。

「会見全体を見てもらえば分かるが、一人のフリーの記者と討論のような形になってしまった。最初は冷静に答えていたが、『責任を持って回答を』と迫られた。私自身というより、復興庁の職員、復興行政に携わる人たちも責められたように感じ、感情的になってしまった。申し訳ない」

 -今回の会見をきっかけに、テレビや会合での過去の発言にも問題があったと指摘する声もある。

「口べたと言われても仕方ないが、思っていることや、やってきたこと、正論でもそれを相手に届くように伝えることが大切だと感じている。大臣になり、記者会見の場で瞬間的に応じる難しさを、改めて実感している」

 -佐賀県民は県出身の今村氏が東北復興の先頭に立って働くことに期待していたと思う。

「多くの県民に心配をお掛けし、申し訳なく思う。仕事はしっかりやってきたし、これからもそうだ。復興政策を遂行し、実績を上げることで、佐賀県民に誇りに思ってもらえるよう頑張っていきたい」

相田みつを

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今村復興相、記者に「うるさい」

今村雅弘復興相は4日の記者会見で、東京電力福島第1原発事故に伴う自主避難者への対応を巡り、国の責任を質問したフリーの記者に対し「二度と来ないでください」「うるさい」などと述べた。今村氏はその後、復興庁内で記者団に「感情的になった。今後こうしたことがないよう対応したい」と述べ、謝罪した。

今村氏は会見で、3月末で住宅支援を打ち切られた自主避難者への今後の対応を問われ「一番身近にいる福島県が中心になってやっていく方が良い」と発言。記者が「大臣自身が実情を知らないのでは」と聞くと「(避難先からの帰還を)どうするかは本人の責任、判断だ」と応じた。

さらに記者が「責任を持って回答してください」とただすと「なんて君は無礼なことを言うんだ。(発言を)撤回しなさい。出ていきなさい」と声を荒らげ、事務方が会見を打ち切った。 菅義偉官房長官は同日の記者会見で、今村氏から電話で釈明があったと説明。「『感情的になってしまった。一部冷静なやりとりができなかった』との報告があった。(今後の言動は)今村氏が適切に対応する」と述べた。【共同】

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相田みつお

2017年3月11日 (土)

【震災から6年】今も「避難生活者」✍3万5千人。

津波に波呑まれた市街を眼下に眺める造成地(新市街)に富士山新築を構えた人達がいる一方で未だに仮設住宅から抜け出ることが出来ない人も多い。両者を分けるモノはにゃー結局<カネである>。凹たれず、前向きに生きられる人はいつまでも不幸を引きずったりしない。テレビでは頻りに「震災を忘れるな」と云うけれど忘れていいんだよ。忘れられるものなら、。。。。今後も「津波てんでんこ」さ。

相田みつを

避難指示帰還困難区域など除き解除

避難生活者今の状況では帰る選択はない

AbemaTIMES 3月11日18時13分配信

アゲ3 東日本大震災での福島第一原発事故により、国は福島県内の11市町村に避難指示を出していた。この避難指示はこれまで順次解除されてきたが、新たに2つの自治体で解除されることが決まった。

10日、総理官邸で復興推進会議と原子力災害対策本部の合同会合が開かれ、安倍総理大臣は「福島においては本日、浪江町および富岡町の解除を決定した。本格的な復興のステージを迎える」と話した。また、今村復興大臣も「生活環境の整備、医療・教育・商業施設、そして仕事が出来る場作りを整備し、できるだけ『見える化』をして故郷に帰っていただきたい」と今後の展望を述べた。

富岡町では来月1日に福島第一原発に近く放射線量が高い帰還困難区域を除いた区域で避難指示が解除され、浪江町でも帰還困難区域を除いた海沿いの一部の区域が今月31日に解除される。また複合商業施設「さくらモール」が、来月1日の避難指示解除に向けて整備が進められ、郡山市に移転していた町役場も富岡町での業務を再開し避難指示解除後に向けた準備を進めている。

高木経済産業副大臣は「避難指示の解除は復興へのスタートであり、解除後は政府一丸となって産業、生業の再建、雇用の場の確保など浪江町・富岡町の復興に取り組んでいく」と決意を表明した。

一方で、7市町村にまたがる帰還困難区域と第一原発が立地する大熊町、双葉町の全域は来月以降も避難指示が続き、状況は変わらない。

国は避難指示を出す基準を、年間20ミリシーベルトに達するおそれのある地域としているが、この基準は平常時のものではなく、あくまで事故や核テロなどの緊急の対応が必要な状況での基準だ。

ちなみに、資源エネルギー庁によると普通の生活で受ける放射線量は世界平均で年間2.4ミリシーベルトだという。今回の避難指示解除決定により、町を出て生活している住民は元の町に戻ることができるようになるが、去年行われたアンケートでは「戻りたいと考えている」と答えた人は富岡町で16%、浪江町で17.5%にとどまっている。

文筆家の古谷経衡氏はこの結果を「当然だ」という。「東日本大震災の数日後、原発事故を聞いて恐怖を覚え山梨に行った。泊まった甲府のホテルには福島県ナンバーの車がたくさんいた。当時は西に逃げる人は職務放棄だと批判されていたが、原子力の事故は初めてだし、目に見えないものなのでそれに対し、怖いと思って避難した人を僕は笑えない。

問題なのは福島原発の原子炉の様子がまだ詳しく分からないということ。原子炉の中に無人カメラをいれて計測したところ500シーベルトが検出されたという報道があった。500シーベルトとは人間が10分で即死するレベル。そんな状態の建物があるのに今後の処理の仕方がまだ決まっていない。そんな建物が数km先にあるから帰りたくないと思うのは当たり前だ」と話した。

避難指示が出ている富岡町に自宅がある市村高志さん(47)は、都内で母、妻、子ども3人と6人で避難生活を送っている。自宅は今「居住困難区域」にある。富岡町に仕事で来る機会は頻繁にあるというが「戻って来たっていう感覚とはちょっと違う」と感じるという。それは、町の変わり様に戸惑うからだ。避難指示が解除された富岡市に今は帰る気はないという。

「原発の状況、放射線量の問題がまだ安心という訳ではない。今の状況では帰る選択はない。家も解体待ちをしているので、考えるのはまだ先。避難指示解除がスタートラインなのかゴールなのかは、これからの話だ」

富岡町では来月、春の恒例行事だった「夜ノ森桜祭り」が7年ぶりに開催されることが決まった。原発事故前の賑わいは戻るのだろうか。

おんぶ政務官復興相復興庁の努力無に

河北新報 3月11日11時51分配信

アゲ3 務台俊介内閣府・復興政務官の辞任を巡り、今村雅弘復興相は10日の閣議後の記者会見で、「苦労して仕事している復興庁職員の努力を無にした」と批判。「被災地の皆さんに申し訳ない。辞めたからいいという話ではない」と陳謝した。東日本大震災からの復興への影響については「復興庁全員が戒めとして緊張感を持ち、成果を上げる必要がある」と述べた。

務台氏から辞任の報告はなかったという。務台氏が担当する岩手県では11日に追悼式があるほか、翌12日には安倍晋三首相が震災と昨年8月の台風10号で二重被災した宮古市などを訪問する予定。

おんぶ政務官>今度は長靴業界もうかった

河北新報 3月9日配信

アゲ3 務台俊介内閣府政務官は8日夜、岩手県の台風被害の被災地を昨年9月に視察した際、長靴を持参せず、職員に背負われて水たまりを渡った自らの対応に関し「たぶん長靴業界は、だいぶ、もうかったんじゃないか」と述べた。「その後、政府が持つ長靴が、えらい整備されたと聞いている」と前置きしての発言。軽率だとの指摘を受ける可能性がある。

東京都内で開いた自身の政治資金パーティーのあいさつの中で、当時批判が相次いだことを踏まえ「一挙手一投足、細心の注意を払っていかないといけないと思った」とも語った。

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当時の務台氏の行動を巡っては「被災者の心情への配慮に欠ける」との声が噴出した。務台氏が「大いに反省している。(長靴を)持参しなかったことも反省している」などと陳謝。政府は「不適切だった」とする答弁書を閣議決定した。

:onionhead086:南スーダンPKO撤退:onionhead055:国連に戸惑いの声も

朝日新聞デジタル 3月11日10時29分配信

アゲ3 日本政府が、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)からの撤収を表明したことについて、国連事務総長の副報道官のハク氏は10日の定例会見で「主要な役割を果たしてきたことに感謝する」と述べた。ただ、日本の部隊が抜けた穴はすぐには埋まりそうになく、戸惑いの声も出ている。

ハク氏は会見で、事前に約350人の施設部隊を撤収させる方針が伝えられたと明らかにした上で、日本は「たいへん貴重な機能」を果たし、「住民保護という国連の現地での取り組みにおいて主要な役割を担ってきた」と評価した。

また、「国連は日本が将来の他のPKO活動に価値ある貢献ができるよう、日本政府と連携を続ける」とも述べ、新たな貢献への期待感も示した。

ハク氏は「貢献国が、それぞれの時期に部隊を派遣し、撤収することはよくあることだ。できるだけ早く施設部隊の穴を埋めたい」とした。ただ、南スーダンが乾期に入り、戦闘のさらなる激化が懸念される中での撤収表明には、戸惑いの声も聞かれる。ある国連関係者は「(撤収までの)数カ月間で穴を埋めることは難しい」と話した。

別所浩郎国連大使は10日、記者団の取材に応じ、施設部隊の派遣が5年に及ぶことや、民族融和を進める国民対話が予定されていることを指摘し「適切な時期」と繰り返し強調。撤収を伝えた際、PKO担当のラズース国連事務次長から「自衛隊の良い仕事に感謝する」と謝意を伝えられたという。

2017年2月 4日 (土)

【震災孤児】✍7千万円着服した叔父(後見人)を訴え「有罪」判決

6年前の東日本大震災でメモ両親とも亡くなった孤児1698(うち養護施設入居は僅か2人)だそうだが殆ど全員親類縁者に引き取られたことになる。他人の子供を育てるのは大変。学校にやらなきゃいけないし飯も喰わせなきゃいけないお金ボランティアだろ(苦笑)。人は誰も神様じゃないからね。引き受ける以上責任を持たなきゃいけないから尻込みするんだよ。それでも今回のケースは許せない。最初からマネー狙ってたとしか思えないが似たようなケースは相当数に上るメモ気がする。

相田みつを

震災遺児財産横領お金6800万円BIgBb後見人の叔父に懲役6

共同通信 2017年2月2日23時06分配信

アゲ3 東日本大震災で両親を亡くしたおい(15)の未成年後見人として財産を管理中、計約6800万円を着服したり詐取したりしたとして、 

業務上横領罪などに問われた叔父で会社役員、島吉宏被告(41)=宮城県石巻市=に仙台地裁は2日、懲役6年(求刑懲役10年)の判決を言い渡した。

判決理由で小池健治裁判長は「おいの両親の死亡共済金や震災義援金を高級車購入などに充てており悪質だ。 後見人になった当時9歳だったおいの将来の資金が失われ、人生に多大な影響を与えかねない」と批判した。

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一方、同種の後見人による事件の量刑と比較し、被害者が震災遺児であることを特に重視できず、「検察側の求刑は重すぎる」として、懲役6年が相当と判断した。

公判中、おいは意見陳述書で「両親が命と引き換えに残してくれた大切なお金のほとんどを使ったと聞き、腹が立ちます。大人として罪を償ってほしい」と訴えた。

判決によると、島被告は2011年4月~14年11月、おいの銀行口座から金を払い戻したり自らの口座に送金したりして、約6680万円を横領した。 おいの母親で、自らの姉が震災で亡くなったことを隠して入手した姉名義の預金通帳を使うなどして約120万円をだまし取った。

島被告は「自分のために使えると思ったと主張していた。既に後見人を解任されている。

震災孤児からお金6800万円着服の後見人(叔父)に実刑

読売新聞 2017年2月2日21時50分配信

アゲ3 未成年後見人の立場を悪用し、東日本大震災で両親を失った甥の男子中学生の預金口座などから現金計約6800万円を着服したなどとして、業務上横領と窃盗、詐欺の罪に問われた宮城県石巻市、会社役員島吉宏被告(41)に対し、仙台地裁は2日、懲役6年(求刑・懲役10年)の判決を言い渡した。

小池健治裁判長は、判決理由について「当時9歳だった甥の人生に多大な悪影響を与えた。震災後の混乱に乗じて火事場泥棒的に行われた点も看過できない」と指摘する一方、230万円を弁償したことなども考慮したとした。

判決によると、家裁から財産管理や生活支援などを任される後見人に選任された島被告は、2011年4月~14年11月、災害弔慰金や義援金などが振り込まれた甥名義の口座から現金約6685万円を横領したり、津波で亡くなった甥の母親で実姉のキャッシュカードや通帳を不正に入手し、預金を払い戻したりした。高級車の購入や飲食店の開業資金に充てていた。

震災亡くした子供財産お金着服した後見人(叔父)に有罪判決

テレビ朝日系ANN 2017年2月3日17時12分配信

アゲ3 東日本大震災で両親を亡くした子どもから、災害弔慰金などを着服した男に判決です。

宮城県石巻市の飲食店経営・島吉宏被告は(41)、震災で両親を亡くした当時9歳だったおいの未成年後見人の立場を利用するなどして、おいの預金口座に振り込まれた災害弔慰金や両親の死亡共済金など約6800万円を着服した罪に問われています。島被告は「自由に使って良いと思っていた」と無罪を主張していました。判決で、仙台地裁は「店の開業資金や高級車の購入に充てていた」「おいの人生に多大な悪影響を与えた」として懲役6年の判決を言い渡しました。

:onionhead022:震災形見ダイヤに=成功指輪やネックレスに再生仙台

時事通信 2017年2月4日5時09分配信

アゲ3 東日本大震災の犠牲者の形見をダイヤモンドに生まれ変わらせるサービスを、葬祭会社「花祭壇」(仙台市)などが今秋にも始める。震災から間もなく6年。遺品が色あせないように、永遠に輝くダイヤの指輪やネックレスなどに仕上げ、遺族に届ける考えだ。

人工ダイヤの生成は、国立研究開発法人の産業技術総合研究所発のベンチャー、イーディーピー(大阪府豊中市)などが担う。産総研が開発した特殊技術を活用。遺品や遺髪など故人の形見の品から炭素を抽出し、ガス状にした上でダイヤの結晶を組成する仕組み。

価格は0.3カラットで30万円程度になる見込み。

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今後、津波の被害を受けた沿岸部などに「想い出ラボ」を順次設ける。

ラボに遺族を招き、ダイヤの生成過程を公開し、形見がダイヤに生まれ変わるのを実感できるようにする。花祭壇の曳地智社長は「故人の生きた証しの遺品を心のよりどころとして、いつまでも寄り添えるものにしたい」と語った。 


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