【耳学】児童精神科医が語る<境界知能>認知機能の弱い子供たち
「日本人の7人に1人」知られざる“境界知能”とは…悲惨な事件の背景にある問題
デイリー新潮 2020年12月22日(火)6時20分配信
不幸な生い立ちは犯罪を起こした理由にはならない。正当化の理由にもならない。同じような境遇でもまっとうに生きている人はいるのだから――こうしたコメントはよくネット上で目にする。また、日常会話でもこういう意見を言う人は珍しくない。
もちろん貧しさは窃盗の動機にはなるが、それを正当化する理由になる、とまでは言えまい。また、いかに相手に腹が立ったからといって傷つけてよいはずもない。
これは正論ではあるが、一方で議題にあがりづらいのは、犯罪者の知能の問題である。犯罪の中には、「一体、この行為をして何のメリットがあるのか」と首をひねってしまうものが一定の割合で含まれている。
たとえば今年10月、話題になった埼玉県桶川市の自転車危険運転“ひょっこり男”。少年時代の生い立ちが不幸だった、という報道もある(「週刊女性PRIME」11月4日)が、それではどうにも説明がつかない行為なのは間違いない。道行く人に迷惑をかける以外に、「ひょっこり」をすることに何の意味もないのだ。
また同じ10月、札幌市で29歳の男が同居する60代女性を殺害するという事件が起きた。容疑者には前科があったが、女性はそれを承知で同居させていたという(「文春オンライン」12月1日)。冷静に考えれば、庇護者ともいうべき女性を殺害することにはまったくメリットがない。しかし、「金銭をめぐるトラブル」で口論となり、彼女をボコボコに殴打したという。同記事では、彼は健常者として認められるIQをギリギリ上回る、または下回る可能性のある人物であると指摘。ベストセラーとなった『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治・著)で扱われている「境界知能」の可能性が強く示唆されている。
日本人の7人に1人
そうであるならば、メリットのない犯罪に簡単に手を染める説明はつきやすい。同書で紹介されている「ケーキの切れない非行少年たち」の特徴としては、たとえば以下のようなものがある。
・すぐにキレる
・思いつきで行動する
・人のせいにする
これらは特徴のごく一部だ。しかしこの容疑者の行動を合理的に解釈するには有効だろう。つまり、本来なら世話になっている相手に対して「すぐにキレ」て、後先を考えずに「思いつき」で殴りかかる。「金銭トラブル」云々というのも「人のせい」に等しい(彼の収入はほとんど無かったはずだ)。
誤解してはならないのは、こうした解釈は決して彼らを甘やかすために行っているのではないという点だ。ただし、仮に知能に問題があるのだとすれば、通常の受刑者とは別のプログラムを用意する必要はある。児童精神科医である著者の宮口氏は、医療少年院で勤務していた時に「コグトレ」という認知機能向上への支援として有効なトレーニングを自ら開発したが、これは一定の効果を見せているという。
宮口氏が指摘しているのは、こうした人々には「認知の歪み」がありえるということ。つまり一般的な人と同じものを見て、聞いてもまったく別の受け止め方や解釈をしている可能性があるのだ。宮口氏は、彼らは「反省以前の問題」を抱えている、と指摘している。彼らに対して「不幸な生い立ちをバネにしている人もいる」「努力は報われる」といった常識的な説諭は必ずしも有効ではない。罰を受けるのは当然としても、その罰の意味を理解させること自体が難しいのだから。
同書によれば、実はこうした「境界知能」の可能性のある人は意外と多く、日本人の7人に1人はそれにあたる可能性がある、という。もちろん、そうした人の中には、家族や社会とうまく折り合っている人も多くいる。それだけに、早めに(なるべく子供の頃に)そうした傾向に気づいて、トレーニングなどで周囲が支えることが重要だ、と宮口氏は述べている。
最新研究で分かった「スマホに蝕まれる脳」
新書ベストセラー:ブックバン 2020年11月28日(土)6時45分配信
11月25日トーハンの週刊ベストセラーが発表され、新書第1位は『ペルソナ 脳に潜む闇』が獲得した。
第2位は『息子のトリセツ』。第3位は『ケーキの切れない非行少年たち』となった。
4位以下で注目は9位に初登場の『スマホ脳』。著者のアンデシュ・ハンセンさんはスウェーデンで最も注目されている精神科医だ。私たちの日常に欠かせないスマホやiPadが人間にどのような影響を与えるのか、数々の研究結果により解明された恐ろしい答えを説得力のある言葉で解説している。スマホから得る情報には脳を夢中にさせる仕組みが徹底的に張り巡らされており、「スマホは私たちの最新のドラッグである」と述べている。アップル社の創業者スティーブ・ジョブズが、自身の子どもたちには厳しくiPadの使用制限を課していたエピソードなどもこうした説を裏付ける一助として紹介されている。
1位 『ペルソナ 脳に潜む闇』中野信子[著](講談社)
人間関係が苦手だった私は、その原因を探ろうと、いつしか「脳」に興味を持つようになった。 親との葛藤、少女時代の孤独、男社会の壁…人間の本質をやさしく見つめ続ける脳科学者が、激しくつづった思考の遍歴。初の自伝! (講談社ウェブサイトより抜粋)
2位 『息子のトリセツ』黒川伊保子[著](扶桑社)
40万部『妻のトリセツ』、13万部『夫のトリセツ』ベストセラー連発! 【男性脳】を知り尽くした脳科学者が母たちに贈る! タフで戦略力があり、数学も料理も得意で、ユーモアも愛嬌もあり、とろけるようなことばで、優しくエスコートもしてくれる。 母も惚れるいい男。手に入ります。 ※男性が、自分を知る本としても活用できます(扶桑社ウェブサイトより)
3位 『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治[著](新潮社)
児童精神科医である筆者は、多くの非行少年たちと出会う中で、「反省以前の子ども」が沢山いるという事実に気づく。少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する。(新潮社ウェブサイトより)
4位『政治家の覚悟』菅義偉[著](文藝春秋)
5位『たちどまって考える』ヤマザキマリ[著](中央公論新社)
6位『絶対に挫折しない日本史』古市憲寿[著](新潮社)
7位『部長って何だ!』丹羽宇一郎[著](講談社)
8位『その言い方は「失礼」です!』吉原珠央[著](幻冬舎)
9位『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン[著]久山葉子[訳][著](新潮社)
10位『人新世の「資本論」』斎藤幸平[著](集英社)
〈新書ランキング 11月25日トーハン調べ〉
📺「さくらの親子丼」で注目「ケーキの切れない非行少年」とは?
デイリー新潮 2020年11月7日(土)11時15分配信
「境界知能」というある種タブー視されている領域に踏み込んだドラマ
ドラマ「さくらの親子丼」(東海テレビ・フジテレビ系土曜23:40~)は、現在放送中のものが3シーズン目となる人気シリーズだ。一貫して扱っているのは、居場所をなくした子供たちの問題。必然的に虐待や育児放棄など、重い話題を多く扱うことになるのだが、10月31日に放送された第3話では「境界知能」を取り上げた。
粗暴でキレやすく、少年院にいたこともある隼人。この少年について、真矢ミキ演じる主人公さくらは、境界知能が原因にあるのでは、と思い至り、その考えを山崎静代演じる多喜に伝える。少年院で彼を診察した精神科医によれば、「明らかに字を書いたり、計算したりする能力が劣っている」ことがわかった。知的障害とまではいかないけれども、それに近い知能、すなわち境界知能だというのだ。そういえば、隼人はみんなで餃子作りをやった際、皮を10等分することができなかった。おそろしく不均等になってしまった(第2話)。あれも境界知能ゆえではないか――。
この説明をするにあたって、さくらが多喜に示したのが『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治・著)だ。昨年刊行の同書は、現在60万部のベストセラーとなっている。
「この本に出てくる境界知能の子に、ケーキを3等分にするように言ったんだけど、うまく切れないらしいの。こんな感じ」
さくらはそう言って、カバーにある不思議な“3等分”の図を見せる。隼人が10等分できないこととそっくりだ、というわけだ。そして、こう続ける。自分たちは、隼人が生まれつき障害に近いものを持っていることを前提にして付き合うべきではないか、そうでないとまた問題を起こすだけではないか……。
実際の「ケーキの切れない非行少年」とはいかなるものか。同書から、「ケーキの3等分問題」につい説明した個所をそのまま引用してご紹介しよう。(以下、同書第2章「『僕はやさしい人間です』と答える殺人少年」より)
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私は少年院で勤務するまでは公立精神科病院に児童精神科医として勤務してきました。色々と思い悩んだ末に、いったん医療現場から離れ医療少年院に赴任したのですが、そこでは驚くことにいくつも遭遇しました。その一つが、凶悪犯罪に手を染めていた非行少年たちが“ケーキを切れない”ことだったのです。
ある粗暴な言動が目立つ少年の面接をしたときでした。私は彼との間にある机の上にA4サイズの紙を置き、丸い円を描いて、「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」という問題を出してみました。
すると、その粗暴な少年はまずケーキを縦に半分に切って、その後「う~ん」と悩みながら固まってしまったのです。失敗したのかなと思い「ではもう1回」と言って私は再度紙に丸い円を描きました。すると、またその少年は縦に切って、その後、悩み続けたのです。
私は驚きました。どうしてこんな簡単な問題ができないのか、どうしてベンツのマークのように簡単に3等分できないのか。その後も何度か繰り返したのですが、彼は図2-1のように半分だけ横に切ったり、4等分にしたりして「あー」と困ったようなため息をもらしてしまいました。
他の少年では図2-2のような切り方をしました。そこで、「では5人で食べるときは?」と訊ねると彼は素早く丸いケーキに4本の縦の線を入れ、今度は分かったといって得意そうに図2-3のように切ったのです。
5個に分けてはいますが5等分にはなっていません。私が「みんな同じ大きさに切ってください」と言うと、再度彼は悩んだ挙句諦めたように図2-4のような切り方をしたのでした。
これらのような切り方は小学校低学年の子どもたちや知的障害をもった子どもの中にも時々みられますので、この図自体は問題ではないのです。問題なのは、このような切り方をしているのが強盗、強姦、殺人事件など凶悪犯罪を起こしている中学生・高校生の年齢の非行少年たちだ、ということです。彼らに、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせるような従来の矯正教育を行っても、殆ど右から左へと抜けていくのも容易に想像できます。犯罪への反省以前の問題なのです。またこういったケーキの切り方しか出来ない少年たちが、これまでどれだけ多くの挫折を経験してきたことか、そしてこの社会がどれだけ生きにくかったことかも分かるのです。
しかし、さらに問題と私が感じたのは、そういった彼らに対して、“学校ではその生きにくさが気づかれず特別な配慮がなされてこなかったこと”、そして不適応を起こし非行化し、最後に行きついた少年院においても理解されず、“非行に対してひたすら「反省」を強いられていたこと”でした。
「100-7」は「3」
こういった少年は他にも大勢いました。いつも少年たちへの面接では簡単な計算問題を出します。具体的には「100から7を引くと?」と聞いてみます。正確に答えられるのは半数くらいでした。
多いのが「3」「993」「107」といったものでした。「93」と正しく答えられたら次は、「では、そこからさらに7を引いたら?」と聞いてみます。すると、もうほとんどが答えることができません。「1/3+1/2は?」と尋ねると殆どの少年たちが予想通り「2/5」と返してきます。
基本的に「漢字は読めない」ことを前提に、少年院での教材には全てフリガナがついています。新聞にはフリガナは付いていませんので、新聞を読めない少年たちも多く、自由時間に新聞を順に回して閲覧できる機会もあるのですが、少年たちが見ているのはもっぱら雑誌広告欄にある女性の写真ばかり、といった状況でした。
少年院の中ではこういった少年たちに漢字ドリルや計算ドリルをさせているのですが、大体小学校低学年レベルからのスタートです。最初から小学6年生レベルの計算ができればかなり優秀な方でした。
計画が立てられない、見通しがもてない
ルーチンの面接の中で、少年たちにどうして非行をしたのかを尋ねてみます。するとみんな、「後先のことを考えていなかった」と、口を揃えたかのような答えが返ってきます。そして、今後の目標として「これからは後先のことを考えて行動するようにしたい」と答えます。
この“後先のことを考える”力は計画力であり、専門用語で“実行機能”と呼ばれています。ここが弱いと、何でも思いつきで行動しているかのような状態になります。彼らは「ゲーム機のソフトを買う金がなかったから人を刺してお金を奪った」「女の子に興味があったけど同級生は怖いから幼女を触った」といった、思いつきに近い非行をやっているのです。
たとえば、彼らに次のような質問を投げかけたとします。
「あなたは今、十分なお金をもっていません。1週間後までに10万円用意しなければいけません。どんな方法でもいいので考えてみてください」
「どんな方法でもいいから」と言われると、親族から借りる、消費者金融から借りる、盗む、騙し取る、銀行強盗をする、といったものが出てきます。「(親族などに)借りたりする」という選択肢と、「盗む」という選択肢が普通に並んで出てくるのです。「盗む」などという選択をすると後が大変になるし、そもそもうまくいくとも限らない、と判断するのが普通の感覚でしょうが、そう考えられるのは先のことを見通す計画力があるからです。
しかし先のことを考えて計画を立てる力、つまり実行機能が弱いと、より安易な方法である盗む、騙し取るといった方法を選択したりするのです。
世の中には「どうしてそんな馬鹿なことをしたのか」と思わざるを得ないような事件が多いですが、そこにも“後先を考える力の弱さ”が出ているのです。非行少年たちの中にも、見通しをもって計画を立てる力が弱く、安易な非行を行ってしまう少年が多くみられました。
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ドラマに出てくる問題少年は、愛情に飢えていて、それを埋めることで更生するという展開が多いのだが、今回の「さくらの親子丼」はその定型から離れて、境界知能という特にテレビではある種タブー視されている領域に踏み込んだと言えるだろう。
不器用な子が『暴走する大人』になる1つの経緯
東洋経済オンライン 2020年10月26日(月)10時21分配信/宮口 幸治(医学博士、立命館大学産業社会学部・大学院人間科学研究科教授)
“あおり運転”で事故を起こす大人や、コロナ禍の中で不適切な言動をする大人など「どうしていい年をした大人が、こんなことをしてしまうのか?」という事件が多々ある。そんないわゆる“厄介な大人”たちは、実は「生きづらさ」を持った子どもたちがそのまま大人になった可能性もあるかもしれないというのは、『不器用な子どもがしあわせになる育て方 コグトレ』を上梓した児童精神科医の宮口幸治氏だ。
■ あおり運転をする大人たち
ニュースを見ていると、何度も万引きを繰り返す大人、ちょっとしたことでいきなりキレる大人、近年のあおり運転事件、新型コロナウイルスで自粛が求められる中での不適切な行動など、「どうしてそんな馬鹿なことをするのだろうか?」と不思議に思うような事件が時々あります。
こういったよくわからない行動をする大人が生まれる背景には、次のような原因も考えられるかもしれません。
世の中には、「生きづらい人々」がいます。「境界知能」(「知的障害グレーゾーン」ともいう)という、かつて「軽度知的障害者」と定義されていたIQ70~84までの、さまざまな困難さを抱える人々のことです。この「知的障害グレーゾーン」は、実に人口の約14%(日本では、約1700万人)に相当します。
この障害程度の軽い軽度知的障害やグレーゾーンは、日常生活でさまざまな困難に直面しているにもかかわらず、健常人と見分けがつかず、さらに軽度といった言葉から「支援もあまり必要でない」と誤解されるため、支援を受ける機会を逃してしまうのです。
もし、この「生きづらい人々」が、子どものうちになんの支援も受けずにそのまま大人になったら、いったいどうなるのか……。つまり、冒頭のよくわからない大人のように、さまざまな局面で、次のようなトラブルにつながる大人になってしまう可能性があるかもしれません。
「認知力の弱さ」から……
・仕事のミスが多い
・仕事が覚えられない
・仕事が続かない
・時間を守れない
「対人力の弱さ」から……
・上司や同僚の気持ちが想像できない
・カッとなって取引先とトラブルになる
・失敗しても反省できない
・うまい話に流されやすい
・他者からのアドバイスが聞けない
・プライドだけは高い
「身体力の弱さ」から……
・細かい作業ができない
・物を作ったり、うまく運んだりできない
・力加減ができず物をよく壊す
こういった大人があなたの職場や近くにいたらいかがでしょうか? 大人のくせに、もっとしっかりしてほしい、と思わないでしょうか。生きづらかった子どもたちは、そのまま大人になるとこのように“不器用な大人たち”と見えてしまうことがあるのです。
子どもが学校にいる間は先生の目がまだ行き届き、なんらかの支援を受けられる可能性もありますが、学校を卒業するともう誰も目をかけてくれません。
「大人になっても生きづらさのある人なら、周囲が気づいてくれて、支援を受けられるのではないか?」と思われるかもしれません。しかし、それは大きな誤解です。たとえ「生きづらさ」を持っていたとしても、日常生活を送るうえでは、一般の人たちとなんら変わった点が見られないのです。
友人とショッピングや飲食をしたり、コンサートに行ったり、運転免許を取ったり、簡単な仕事はできたり……と、通常の生活はできるため、「生きづらさを持っている人」として気づかれることはほとんどありません。
しかし何かトラブルやいつもと違うことが起こったりすると、様子が変わります。例えば、「これまでやっていたやり方を変えて」と言われても、「いつもこうやってきたので」と頑として譲らなかったり、いきなりキレたり、他者から親切心で言われたことを「小馬鹿にされた」と感じて不機嫌になったり、簡単にうまい話に乗ってだまされたりしてしまうなど、うまく対処できなかったりするのです。
困ったことに遭遇して柔軟に対応できる力は、ある意味「知恵」と言えるものです。逆に、困ったことさえ起こらなければ普通に生活できるので、普通の人と見分けがつかず、生きづらさを持った人たちは「気づかれずに忘れられてしまう」可能性があるのです。
■ 軽度の知的障害や境界知能は気づかれないことも多い
かつての「生きづらかった子ども」が刑務所に入ったケース(個人が特定できないよう一部内容を変更)もあります。
<ケース>「刑務所ではじめて“生きづらさ”に気づかれた」
Qさんは、子どもの頃から勉強ができず、友だち付き合いも苦手でした。中学を卒業してすぐに土木関係の仕事に就きましたが、なかなか仕事を覚えられず仕事を転々としていました。景気が悪くなると仕事がなくなり、その日に食べる物にも困るようになりました。そこで悪いとはわかっていつつも、スーパーで食料品を万引きしてしまい、とうとう警察に捕まってしまったのです。
しかし刑務所でも作業がなかなか覚えられないため知能検査を受けたところ、「軽度知的障害」と診断されました。Qさんは出所後、福祉サービスを受けながら生活しています。「もっと早くにわかっていたら……」と、Qさんも支援者も思っています。
受刑者の中には、Qさんのように生きづらさを抱えた人たちがかなりの割合いるのではないでしょうか。この問題は山本譲司氏の『獄窓記』(新潮文庫)にも詳しく書かれています。刑務所の中は凶悪犯罪者ばかりと思っていたのが、実は「福祉のサポートが必要な受刑者がたくさんいた」というのです。法務省の矯正統計表を見ると、半数近くは認知機能に問題があるのではと推測さえできます。
アメリカ知的・発達障害協会から出版されている『知的障害定義、分類および支援体系(第11版)』の第12章にはまさに認知力が弱い、生きづらさを抱えた人たちについて、次のように書かれています。
・一般集団と明確に区別できない
・多くの支援が必要にもかかわらず、より要求度の高い仕事を与えられる
・失敗すると非難され、自分のせいだと思ってしまう
・自らも「普通」であることを示そうとして失敗する
・必要な支援の機会を失うか、拒否する
・所得が少ない、貧困率が高い、雇用率が低い
・運転免許証を取得するのが難しい
・栄養不足の比率や肥満率が高い
・友人関係を結んで維持することが難しい、孤独になりやすい
・支援がないと問題行動を起こしやすい
これは、「生きづらさ」を持った子どもたちがそのまま大人になった姿ではないでしょうか。不器用な子どもたちは、成功体験が少ないため、なかなか自信を持てません。そのため彼らの心はガラスのように繊細で、傷つきやすい存在でもあります。
そんな大切に守ってあげないといけない子どもたちが、学校や社会の中で気づかれないどころか、反対に傷つけられ、いじめ被害にあったりして、引きこもりや心の病になったり、場合によっては犯罪者になったりしてしまうケースもあるのです。
■「生きづらい子ども」を見逃さないために
私が勤務していた少年院はまさにそういった少年たちの集まりでした。「こんなひどい状況が続けば非行化しないほうがおかしい」といった過酷な状況下にあった少年たちもいたほどです。
学校で気づかれないことと同様に恐ろしいのは、大人が心配して病院を受診させ、診察や検査を受けても、医師から「問題ありません」と言われた場合です。
一度「問題がない」と診断されてしまうと、教師や保護者はそれを信じます。すると通常の子どもたちと同じ扱い・評価をされてしまいますが、実際にはなかなかついていけません。
そういった子どもが問題を起こすと、「やる気がない」「怠けている」「ずる賢い」「気を引きたい」「親の愛情が足りない」といった残酷な判断が下されてしまうのです。
非行少年たちも、出院後は社会で真面目に働きたいという気持ちを持っています。そこで支援者は、「やる気があるなら仕事を紹介する」と、期待して仕事を紹介します。
しかし、たいていが1カ月、長く続いても3カ月くらいで仕事を辞めます。やる気はあっても、働き続けられないのです。なぜなら、これまでに述べた通り、認知力の弱さ、対人力の弱さ、身体力の弱さなどから、言われた仕事がうまくこなせない、覚えられない、職場の人間関係がうまくいかない、時間通りに行けないなどのトラブルメーカーとなり、雇用主から何度も叱責を受けて辞めてしまうのです。
職がなくなったあとは……お金がなくなるので、生活ができません。その結果、簡単にお金が手に入る窃盗などをして再非行に走ってしまうのです。
つまり、「トラブルを起こす大人」は、実は「生きづらい大人」であり、かつて「生きづらかった子ども」だったかもしれません。「生きづらい大人」を相応の支援につなげるとともに、今現在の「生きづらい子ども」たちへの理解を進め、誰もが適切な支援を受けられる社会を実現させるべきだと考えます。