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2021年4月 2日 (金)

【特別読み物】✍実録「これが科学捜査だ(ジャガーバックス)」21世紀版!?

 「5年間」捜査中だった事件を「1週間」で解決!? 警視庁初の科学捜査官がもたらした“革命”とは… 

文春オンライン 2021年3月25日(木)6時12分配信/服藤 恵三(ノンフィクションライター)

 事件内容のデータベース化、防犯ビデオの画像解析、GPSの活用……。今やなくてはならない科学捜査技術も、はじめから警察組織に存在していたわけではない。かつての“画像解析”は、防犯ビデオをブラウン管のモニターに再生し、必要な場面が映ると一時停止。その前にカメラを構えて画面を撮影するというアナログな作業を指していたのだ。

 そんな状況を変えたキーマンが、科学捜査官第一号となり、日本の科学捜査の基礎を築いた服藤恵三氏である。ここでは同氏の著書『 警視庁科学捜査官 難事件に科学で挑んだ男の極秘ファイル 』(文藝春秋)を引用。現代の警察捜査にもつながる環境を構築した際のエピソードを紹介する。(全2回/ 前編)

◆◆◆

捜査現場に役立つ機材を

 この事件捜査と並行して、捜査支援の資機材開発にも取り掛かった。当時、刑事部長には、「カレー毒物混入事件」のときに和歌山県警本部長だった米田さんが警察庁会計課長を経て栄転していた。米田部長に、目指す組織作りと資機材の開発について説明すると、好きなように進めるようにと言われ、大変心強かった。

 亀有警察署刑事課で目の当たりにした現場のニーズから、必要な資機材をピックアップして考えた。そして具体化した一つ目のシステムが、「DB‐Map(Database - Map System)」だ。詳細な住宅地図、データベース、各種解析機能を搭載し、初動捜査から事件の分析を支援する機能を備えている。管内の防犯カメラの位置を示す地図さえなくて驚いたことが頭にあったから、必要と思われる機能を考え付くだけ搭載した。新たに発生した事件内容を、データベースとして追加で登録することも可能だ。

 コピー機の前で縮尺に苦労していた若い刑事の姿を思い出し、画面上の範囲を指定すればワンクリックで拡大・縮小が可能で、即座に印刷できるようにした。貼り合わせて掲示するために、のりしろも付けた。

 解析機能は、パソコンを使い慣れた者にしかできなかった複雑な手順を初心者でも簡単にし、情報の共有も図れるようにした。さらに高度で専門的な解析が行なえる機能も追加した。DB‐Mapに搭載された地図情報・各種カテゴリーの基本情報と、分割印刷、経路や目標物検索などの初動捜査ツールを活用することで、捜査の迅速化が期待された。

 二つ目は、捜査支援用画像解析システム「DAIS(Digital Assisted Investigation System)」だ。

 亀有署の刑事たちは、押収してきた防犯ビデオをブラウン管のモニターに再生し、必要な場面が映ると一時停止して、その前にカメラを構えて画面を撮影していた。そのフィルムを暗室で紙焼きに引き延ばすから、画質は非常に粗い。「これが我々の画像解析ですよ」と真剣に言っていた。

 警視庁本部の鑑識課や科捜研に画像の検査や鑑定を依頼できるのに、100件のうち1件も持って行かないという。理由を訊くと、亀有から桜田門まで往復3時間もかかるのに加え、結果が出るまで時間がかかる。しかも、こちらから問い合わせるまで、本部は連絡をくれないという。

「俺が本部に戻ったら、署で自由に画像解析できる資機材を開発して配ってやるから、待ってろ」

 と、彼らに約束していたのだ。防犯ビデオ等の画像情報を迅速・的確に解析することは、特に初動捜査において欠かせない。簡便かつ短時間で処理できる高性能な画像解析システムを作り、各署に配布する必要があった。

 操作は簡単で、画面の指示に従って作業するだけでいい。回収した防犯カメラの映像を取り込むとデジタル化され、毎秒30枚の静止画がたくさん並んだ状態になる。手動でも自動でも動画を再生でき、その中の欲しいカットを指定してボタンを押すだけで切り取れる。ノイズを除去して鮮明化もできる。あとは印刷ボタンを押せば、すべて終了だ。

 解析の結果を報告書にまとめる作業が煩雑だったが、これも画像を取り込みながら、気が付けば出来上がっているようにした。どの場面でどのような解析を行なったか自動的に記載されるので、内容に関する証人出廷が発生した場合にも対応できる。

 こうして、2つの資機材「DB‐Map」と「DAIS」が完成した。

捜査で得た情報・技術を組織で共有・蓄積するしくみを

 そして平成14年9月、「情報・技術・科学を用いた捜査支援について」と題する、捜査支援業務に関する分厚い意見書をまとめた。

 殺人などの大きな事件が発生すると、所轄に本部の捜査一課から部隊が入って、特別捜査本部ができる。警察内部では、帳場と呼んでいる。その事件に科学的に捜査する項目があった場合、学術的な解析を行なったり、大学の研究者や医者などの専門家から話を聞くことになる。ところが、得られた情報や新たな技術はその帳場だけで保有され、事件が解決したら終わりだ。科学の分野に長けた人間が個人の財産として保持するだけで、組織として共有したり蓄積する仕組みがなかった。

 別の署で類似した事件が発生すれば、一から手探りか、経験のある捜査員に個人的に聞くしかない。そういう現実を誰もがわかっていた。しかし「現状はこうだ」と指摘するだけでは、文句を言うことと違わない。

 ではどうしたらいいのかを整理し、必要な資機材のプロトタイプを開発するために、業者と話し合いを進めた。さらに、警視庁の中にどういう業務や係が新たに必要になるか、何人の人員が必要かという部分まで、作り込んでまとめたのが、この報告書だ。構想から1年が経っていた。

 米田さんが刑事部長だったことは、本当に幸いだった。意見書を手渡して説明すると、

「これは面白い。重要だからすぐやろう」

 と言ってくれた。次の週には刑事総務課から問い合わせがあり、担当者にプレゼンした。それを皮切りに、実務で関連する捜査三課、鑑識課や科捜研、ヒト・モノ・カネで関係する人事、企画、施設、装備、会計、用度など、あらゆる部署へ説明に奔走した。

 警視庁で新しい係をひとつ作るだけでも大変だ。内部で根回しを重ね、いろいろな部署を説得し、警視庁の組織として合意ができてから、さらに東京都に説明して予算を取らなければならないからだ。実際に業務をスタートするには人を集めなければいけないから、ほかの部署の人員を剝がしてこなければならない。普通は5年かかると言われたのも、もっともだった。

性犯罪事件を解決

「服藤が、捜査一課から独立した組織を作ろうとしている」という噂は、あっという間に広がった。理解を示し応援してくれる人もいたが、反対する者も当然現れる。

 しばらくして、ある管理官から、「服藤さん。あんたに頼むと何でも解決してしまうんだって? そしたら、これやってみてくれないかな」

 皮肉交じりで渡されたのは、性犯罪の概要だった。

 5年ほど前から杉並区と世田谷区で連続発生していた性犯罪で、捜査本部が設置されてしばらくすると犯行が途絶え、本部が一時閉鎖される。犯罪の再発生と共に、本部が再開される。それが5回も繰り返されていた。

 内容を精査し、間違いなく同一犯と思われる犯行をピックアップした。プロファイリングの事件リンク分析である。開発したばかりのDB‐Mapを活用して解析を行なうと、事件が発生する日の現場近くに必ず現れる車があった。そこから、埼玉県在住の男が浮上する。

 捜査本部はこの情報に基づいて捜査し、犯人を検挙した。わずか1週間しかかからなかった。私も驚いたが、捜査本部も驚いた。

 しばらくして、別の管内で発生していた同種事件の依頼を受ける。こちらも数年にわたって、捜査本部が開設されたり閉鎖されたりしていた。しかし解析を進めてすぐ、葬儀屋に勤める容疑者に行き着いた。

これからは科学捜査の時代だ宇宙からの科学捜査をやろう

 この2件で一気に、新たなシステムは捜査員たちの信頼を得た。この後、各本部からさまざまな解析依頼が舞い込むようになる。

 平成8年に科学捜査官に転任した直後から、東海大学の情報技術センターへ画像解析を依頼することがよくあった。技術力が高く、科捜研などで鑑定不能の案件も持ち込んで、結果を出してもらっていた。東海大学は人工衛星データの受信施設である宇宙情報センターも所有していて、坂田俊文教授が両方の所長を兼任されていた。

「これからは科学捜査の時代だ。宇宙からの科学捜査をやろう」

 と、坂田教授はいろいろなことを親しく教えてくれた。大学を退官された後もお付き合いは続いた。平成14年春にお目にかかったときは、宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構=JAXA)の技術参与と、地球科学技術総合推進機構の理事長に就かれていた。

 ご自身のこれまでの活動や研究から、米田刑事部長に参考になるプレゼンをしたいと言われ、1時間ほどの面会をセットした。その席で、坂田先生は突然、

「今度、内閣府からの委託で調査研究委員会を実施するので、ぜひとも服藤さんを委員にしたい。ご許可願いたい」

 と申し出られた。何も聞いていなかった私は、面食らった。

 米田刑事部長の了解が得られたので、宇宙開発事業団と東海大学が主催した「宇宙システムによる社会安全のための調査研究委員会」の委員として、平成17年まで活動した。坂田先生を委員長として、委員は各省庁・独立行政法人・民間研究所・大学教授や自衛隊OBなど、20名以上の錚々たるメンバーで構成されていた。日本が所有する宇宙インフラを、社会安全のためにどのように活用できるかがテーマだった。

 坂田先生は、私を委員に選んだ理由をこう話してくれた。

「警察には、有事のときのホットラインが必要だ。でもたいてい、現場を知らない人が担当になってしまう。服藤さんは現場も科学もわかっている。だから声をかけたんだよ。有事のときは、衛星からの科学捜査を好きなようにやってもらうからね」

 通信や放送への活用目的である「成層圏プラットフォーム」の一環で、飛行船を成層圏に6機打ち上げ、カメラを積んで気象や防災等のために日本列島を常時写す。たとえば山中から遺棄された死体が見つかったら、令状を請求して録画の中からその場所へ行った車を見つけ出し、帰り道をたどって犯人の家を割り出す。防犯カメラの映像やGPSを超えた宇宙からの科学捜査が、いずれ可能になるかもしれない。

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 女性を眠らせて性行為に及ぶ鬼畜…男の有罪を決定づけた“警視庁初”の科学捜査方法とは… 

文春オンライン 2021年4月2日(金)17時12分配信/服藤 恵三(ノンフィクションライター)

 今や事件の捜査になくてはならない「科学捜査」。その礎は、警視庁で科学捜査官第一号として尽力した服藤恵三氏によって築かれたといっても過言ではない。

 ここでは同氏の著書『 警視庁科学捜査官 難事件に科学で挑んだ男の極秘ファイル 』(文藝春秋)を引用。女性たちを眠らせて性行為に及ぶという、鬼畜の所業といって過言ではない行為を行っていた犯人を「科学捜査」で追い込んだ際のエピソードを紹介する。(全2回/ 後編 )

◆◆◆

六本木で働く外国人ホステスの失踪が続く

 後に「外国人女性等に対する薬物使用連続暴行事件(*1)」として特別捜査本部が設けられるが、この時点では「イギリス人女性ルーシー・ブラックマンさん失踪事件」として、マスコミが取り上げていた。

 *1  薬物を用いて10人の女性(日本人4人と外国人6人)を準強姦し、2人を死亡させたとして、不動産会社社長の織原城二が無期懲役となった。起訴された10件のうち、ルーシーさんの事件だけは準強姦致死罪を認めず、わいせつ目的誘拐・準強姦未遂・死体損壊・死体遺棄を有罪と認定した。

 事件の端緒は、7月4日に麻布警察署の生活安全課に出された「家出人捜索願」だ。元ブリティッシュエアウェイズの客室乗務員で、六本木でホステスとして働いていた21歳のルーシーさんは、その2日前から連絡が取れなくなっていた。署長報告の段階で目に止まり、捜査一課経験もある松本房敬署長が、生活安全部長になっていた寺尾さん宛てに「特異家出人」として、所見を求めたことに始まる。

 寺尾部長は直感的に事件性を感じ、有働理事官を呼び寄せ、捜査一課で対応するよう話したのだ。

 このとき有働さんから聞かされた被害者は、やはり六本木の外国人ホステスだった。意識を失っている間に、客の男から乱暴されたという。その男に、捜索中のルーシーさんとの接点があった。48歳の不動産管理会社社長・織原(おばら)城二だ。

 被害者の状況から考えられる薬物や麻酔剤を調べた。飲ませるという行為からは、やはりベンゾジアゼピン系の薬物が有力だったが、麻酔前投与剤なども考えられた。当時はGHB(γ-ヒドロキシ酪酸)など、多くの脱法ドラッグも流行っていた。

遺体の解体やコンクリート詰めを行ったと思われる飛沫

 有働理事官からの下命はその後も続き、着手が近づいていると感じた。ルーシーさん以外に、被害にあった女性が複数いることもわかっていた。

「いよいよやるぞ。ハラさん(編集部注:筆者の愛称)の力が必要だ。現場に付いてきてくれ」

 10月12日。逮捕と同時に、神奈川県三浦市などに織原が所有していた複数のマンションで、家宅捜索が始まる。私は当初「逗子マリーナ4号棟」へ向かった。そこは明らかに、織原が女性を誘い込む場所と見て取れた。その後、転進要請を受けて「ブルーシー油壺」に移動した。ここの床面には、よく観察しないと見逃してしまうほどのコンクリートの飛沫が円筒形に立っていた。大きさは1mm程度で、全てが同じ方向を向いている。その方向が一致する場所で、コンクリートをこねるなどしたのだろう。遺体の解体やコンクリート詰めを行なった現場と思われた。

大量に見つかる薬物

 捜索は十数カ所に及んだ。それらの場所から、予想していたベンゾジアゼピン系の薬物はもちろん、バルビツール酸系睡眠薬、ブロムワレリル尿素系催眠剤、エーテルのほか、危険性のある抱水クロラールやクロロホルム、GHBなどの脱法ドラッグなどが、箱単位で見つかった。その量は想像を絶するもので、まるで薬問屋のようだった。

 女性たちを眠らせてからさまざまな性行為に及ぶ犯行の状況を克明に記録した、5000本に達するビデオテープも押収された。それ以外にメモや録音など、証拠品は多種多様を極めた。

映像から薬物を特定する

 有働理事官から、「相談したいことがある」と再び呼ばれた。

「押収したビデオなぁ、被害者が全部映ってるだろう。あれから、使ってる薬物わからないかなぁ」

「えっ。映像からですか」

 これには戸惑った。映像の内容から使用薬物を特定したという話など、聞いたこともない。そもそも、公判に耐えられる証拠になるのか。使用薬物の特定は、その代謝物や胃の内容物を調べて行なうのが普通だが、犯行直後でなければ使用された薬物は代謝されてしまう。証明が不可能なのだ。

 少しでも可能性があればやってみるし、頼られたら引き受けて全力を尽くすのが私の生き方だ。よく考えてみると、そういう観点から映像を見たことがなかったので、何かわかるかもしれないと思った。

「検討してみます」

 捜査本部から大量のビデオテープが持ち込まれ、一部の解析を始めていたところだった。映像は、意識が薄れていく女性の様子をハンディカメラで収めた場面から始まる。次第に女性のろれつが回らなくなり、意識がなくなると、場面はベッドで横たわる女性を映し出す固定カメラに切り替わる。そこに、仮面やマスクなどを被った男が登場し、執拗な性行為が繰り広げられていった。

 その中で、被害者の女性の皮膚が発赤している場面を発見した。映像を巻き戻して調べると、最初の場面では発赤が認められない。精査すると、照明ライトが倒れて被害者に当たったあと、その部分に発赤が生じていることが見て取れた。

被害者が強制的に意識を失わされていることは明白

「これ、火傷じゃないかな。準強姦だと3年以上の有期刑だけど、準強姦に傷害が付けば、最高刑は無期懲役だ」

 この日からしばらくは、モニターとにらめっこになった。辛い光景の連続だった。おぞましい映像を見ていると、心苦しささえ感じてしまう。被害者が強制的に意識を失わされていることは、明白だった。

 まず疑問に感じたのは、被害者の顔に常にタオルが掛けてあることだ。しかし、映像を進めるとすぐ解けた。行為の途中で、被害者が首を振るなど覚醒の予兆を見せると、織原はベッド脇のテーブルから褐色の薬品瓶を手に取り、中の液体をタオルにかけて、再び被害者の顔に被せるのだ。

 すると被害者が意識のない状態に戻ることから、液体は麻酔系のものと推定できた。エーテルかクロロホルムと考えたが、エーテルは揮発性が高くて自ら吸い込んでしまう危険性や爆発のリスクがあるため、クロロホルムだと思われた。

 褐色の薬品瓶は、一見して薬品と判るラベルが付いているものと、ラベルが剥がされたものなど、いくつかの種類が映っていた。ラベルが付いている瓶は、その部分の静止画を切り取って各種画像解析を試みた。しかし文字までは読み取れなかった。撮影したカメラの解像度が低く、文字も小さく、当時の技術ではどうしようもなかった。

このラベルを剥がした跡……

 ラベルが剝がされた瓶については「これは無理だな」と思っていたが、ぼんやり見つめているうち、あることに気が付いた。「このラベルを剥がした跡……」剥がしたあとの糊の跡がラベルの紙と一緒に固まって、筋状に残っている。「この糊の付き方は、世界にひとつしかない。これ、指紋と同じじゃないのか」

 この薬品瓶が証拠品として押収されていれば、内容物の鑑定に持ち込まれているかもしれない。特捜本部に問い合わせると科捜研で鑑定中だとわかったので、すぐに向かった。鑑定はすでに終了し、内容物は99%クロロホルムだと判明していた。この瓶の返却を受け、科学捜査官室に戻って画像解析に取りかかる。

捜査で初めて活用された3D画像

 この頃の科学捜査官室は、画像分野を中心として分析資機材やソフトなども充実途上にあり、各種解析手法も開発し始めていた。大学や部外の研究室との連携も取りながら技術を習得し、作業していた。

 ラベルが剥がされた褐色の薬品瓶の画像をいろいろな角度から撮影し、静止画として取り込んでから360度の立体映像にする。それを回転させながら、押収したビデオテープの映像から切り取った静止画と、重ね合わせていく。ピッタリ重なった。「これだ!」手元にある瓶と、画像に映っている瓶の、ラベルを剥がした跡が一致したのだ。3D画像の活用は、これが初めてだった。

 しかし公判対策を考えると、科捜研の鑑定書が必要だと考えた。早速、特捜本部に手続きを取ってもらった。最初は「やったことがない」と渋っていた研究員も、最終的には結果を出してくれた。いまなら、3Dの立体画像で処理すれば簡単に済んでしまう作業だ。

 織原がタオルにかけていた瓶の中身は、やはりクロロホルムだった。

類似する事件でもクロロホルムの使用が疑われた

「カリタの件なんだけど、どうやら劇症肝炎で死んだらしいんだよ。どう思う?」

 また私を呼び出した有働理事官は、そう切り出した。

 オーストラリア人のカリタ・シモン・リジウェイさんという21歳の女性が、8年前に亡くなっていた。織原の別荘から病院へ運ばれ、劇症肝炎から肝性脳症を併発して、数日後に死亡していたのだ。

 警察も検察も、この死亡と織原の行為との因果関係が見えずに困っていた。その後のルーシー事件捜査を見据えてのことだと感じた。

「クロロホルムには、急性・慢性を含めて肝臓毒性がありますよ」

「本当かぁ!」

 有働理事官は椅子から飛び上がった。

「クロロホルムの肝臓毒性は有名です。以前は麻酔薬として使用されていたんですが、肝臓毒性が発見されてから、使われなくなっているはずです。劇症化するかどうかは調べてみますが、たぶん間違いないと思います」

「いける。これで逮捕状が取れる。ハラさん、ありがとう」

 いきなり私の手を両手で強く握ってきた有働理事官は、涙目になっていた。

特捜本部事件の終結

 平成13年2月9日、ルーシーさんの遺体が発見される。織原のマンションから近い海岸の洞窟に、切断された状態で埋められていた。

 その後もさまざまな質問や関連文献の調べに追われ、意見書は合計5通作成し、証人として公判に出廷した。織原の弁護士からの最初の質問は、「肝炎はA型からD型が知られていますが、実はE型というのがあるんです。証人はご存じですか」

 だった。私は、こう答えた。

「はい。知っています。それ以外にも、F型、G型、TTV型などが存在します」

「えっ。そうなの」

 と慌てた様子が見えたので、「この弁護士は、私の意見書をあまり理解していないかもしれない」と直感した。

 重ねて、

「証人は、クロロホルムを用いた研究などしたことがありますか」

 と尋ねられた。私の専門である薬毒物の最新研究では使わないはずだと考えた、よい質問だと思った。すなわち「あなたはクロロホルムの毒性を論じているが、自分で毒性の実験をやった経験はないんでしょ?」という意味で、裁判官に対して、専門家としての資質の心証を下げることが目的だ。

「はい。毒性などはすでに確立した分野ですので、毒性の研究目的に使用したことはありませんが、動物実験でマウスなどを使用したときの安楽死のために、クロロホルムを使用していました」

 と答えた。証人出廷では落ち着いて質問を聴きながら、どんな回答がいいか考え、瞬時にまとめなければならない。このときは別の答え方も頭をよぎったが、こちらのほうがクロロホルムの毒性を強調できると思った。

 弁護士は「しまった」という顔をして、次の質問に移った。

 特捜本部事件が終結し、起訴祝いで打ち上げ会が催された。嬉しかったのは、新妻管理官が横に来て、顔を寄せながら言ってくれた一言だった。

「あんたは、ほんもんだ」

 平成22年12月8日、織原に無期懲役が確定した。

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 史上最悪の獣害「三毛別羆事件現場復元地を訪ねると… 

文春オンライン 2021年4月2日(金)6時12分配信

 ヒグマによる人身被害は、春と秋に特に多く発生している。これは、山菜やキノコを採りに来る人間と、冬眠前後に餌を求めて活動するヒグマが、山野で遭遇する確率が高まるためと考えられている。

 大正4年の11月下旬……。北海道苫前郡苫前村三毛別にある家々では、軒下に吊るされていたトウキビがヒグマに荒らされる被害にあっていた。当時、クマの出没は珍しいことではなかったため、住民たちはあまり気に留めないでいたという。

窓から屋内に侵入してくるヒグマ

 12月9日午前11時半ごろ、開拓者である太田家には当主の妻と、養子として預かっていた子供がいた。そこに、冬眠をしそこなった1頭のヒグマが、窓を破って屋内に侵入し、2人を殺害した。

 12月10日夜、2人の通夜を太田宅で行っていると、大きな物音とともにヒグマが乱入。狂乱の中、ひとりが銃を放つとヒグマは逃げていった。

 しかし、ヒグマがそのまま山中へ帰ることはなかった。その足で太田宅から500m離れた明景宅を襲ったのだ。ここには大人3人と、子供7人が避難していた。激しい物音と地響きがすると、ヒグマが窓を打ち破り、いろりを飛び越えなだれこんできた。大鍋はひっくり返りランプは消え、たき火は蹴散らされ、逃げまどう人々に次々と襲いかかる……。結果的にこの襲撃で5人が殺害され、3人が重傷を負った。

 事件発生後6日目、討伐に加わっていた猟師によってヒグマは射殺された。重さ340kg、体長2.7m、立ち上がった高さは3.5m、推定7~8歳のオスだった。死骸をソリに乗せて運んでいると、それまで晴天だった空が一転して大暴風雪となった。この天候の急変は「羆嵐(くまあらし)」と名付けられ、いまも当地で語り継がれている。

史上最悪の獣害の現場へ

 時は変わって2019年夏、私は北海道を旅していた。夕張、赤平などの炭鉱跡がある空知地方と、旭川、美瑛などの観光スポットが多い上川地方を回る予定だ。時間に余裕をもたせ、その日の天気と気分次第で行く場所を当日まで迷っていた。

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 旭川周辺のスポットを調べていると、苫前町の資料館に、三毛別羆事件の詳しい解説があるらしい。しかも中には、私の好きな剥製やマネキンもあるようだ。

 ちょっと行ってみようか。

 ちょっととはいえ、旭川から苫前町まで120kmはあるのだが。

 どこまでも広がる大地、まっすぐに続く道路、この開放的な景色と爽やかな空気は、何度訪れても感動する。

 留萌まで来ると国道232号線、オロロンラインに入る。オロロンラインは小樽から稚内まで日本海の海岸線に沿って走る国道である。壮大な水平線に沈む夕日や、海岸に連なる岬、延々と続く草原地帯など、絶景を眺望できるドライブコースとして有名だ。

ヒグマだらけの町

 苫前町に入ると苫前町役場の前に大きなヒグマのオブジェが、訪れる者を歓迎していた。交通安全を訴える旗にもヒグマが描かれており、ヒグマがかなり身近な存在だと思わせる。

 苫前町郷土資料館は、昭和3年に建てられた旧村役場を利用した、雰囲気のある建物だ。入り口ではここでも、ヒグマが案内してくれている。

 館内に入ると今度は、巨大なヒグマの剥製が出迎えてくれた。館内の展示は、苫前のくらしにまつわるもの、ヒグマの習性と生活、そして三毛別羆事件に関する解説に大きく分けられている。展示の周りには、ヒグマや野生生物の剥製が並び、雰囲気を盛り上げていた。

 特に注目したいのはやはり、三毛別羆事件のことだ。ここでは実際に襲撃が起こった現地の写真と地図を使って、時系列や距離感、ヒグマの足取りや位置関係など、どこでなにが起こったのかが、より鮮明に詳しく解説されていた。

 大正4年12月9日、ここからおよそ20km山奥へ入った三毛別六線沢に、体長2.7mの巨大なヒグマが出現。冬眠をし損ね空腹だったヒグマは数度に渡り人家を襲い、7名が死亡、3名が重傷を負った。

 その中のひとりは、ヒグマに襲われたまま連れ去られ、150m離れた林の中で片足の膝下と、頭の一部が見つかった。また別のひとりは、上半身から食われ始めると、臨月の腹を破られ胎児が引きずり出されたことなど、被害の状況とともに実際に起こった地獄絵図の様子も事細かに記録され、背筋が凍った。

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 館内に作られた人家の中では、窓から侵入するヒグマと、それに驚く人間の様子を再現。こうして剥製とマネキンを使って解説されていると、より立体的に恐ろしさが伝わってくる。

事件を後世に残すための三毛別羆事件復元地

 館内を回っていると、目を引くチラシが。1990年7月、不屈の開拓精神と先人の偉業を後世に伝えようと、六線沢の現場付近に周辺住民らの強い熱意によって、「三毛別羆事件復元地」が作られたようだ。

 どんなところだろう?と怖いもの見たさの好奇心に駆られ、一路、現地へ向かうことにした。詳しい住所が記されておらず、受付の方に場所を聞く。

「国道の来た道を戻って、橋を渡ったら信号を左、次の信号を右、あとはその道をまっすぐ行けば着きますよ。」

 なんて簡単な説明、本当に着くのだろうか。

 だいたいの位置をナビに入れて出発。たしかにナビは、橋を渡った信号を左、次の信号を右に案内した。

 途中、何度も大きな看板に「ベアーロード 復元地まであと○km」と書かれ、疑念が確信に変わる。

 北海道らしい牧歌的な風景を眺めながら、爽快な直線道路をひた走る。前にも後ろにも、対向車線にも車がいない。窓を全開にし、思わずアクセルを踏み込みたくなる。

 復元地までの道を示すベアーロードは、迷う隙を与えない一本道なのだが、走っても走ってもなかなかたどり着かず、変わらない景色に時折不安になる。しかしそんな頃、たびたび道路脇の倉庫や建物の壁に、ベアーロードと書かれたかわいいクマのイラストを見つけてはホッとする。その繰り返しだ。

急に表情が変わるクマのイラスト

 しかし復元地まで残り10kmほどになったころ、あれだけかわいかったクマのイラストが急に恐ろしくなった。

 しかも、正確に道を案内してきたカーナビが、ここに来て突然迷走し始めたのだ。

 なんだこれ、怖い。帰りたくなってきた。しかしここまで来たらいまさら引き返すわけにもいかない。

 ベアーロードのクマと終わらない道路だけを信じて走ると、残り5km地点に「射止橋」という、ヒグマ射殺の際に最初の被弾地点であった場所を記念して名付けられた橋を通過。いよいよ現地が近くなってきたことを実感し、不安と緊張でハンドルを握る手に力が入る。

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 ついに復元地まで200m。すると今までキレイに舗装されていた道路が砂利道になり、あたりは鬱蒼とした森へと変化。看板のクマも凶暴化し、牙をむいている。

 バタン。

この付近でヒグマの目撃情報が寄せられております

 車から降りると聞こえてくるのは、鳥のさえずりと草木を揺らす風の音のみ。空は木々に覆われ、昼間だというのに薄暗く、なんとなく気味が悪い。目の前に広がる大自然に圧倒され、畏怖の念を感じた。

 ふと、注意喚起の看板が目に入った。

「この付近でヒグマの目撃情報が寄せられております。見学される方は、十分注意されるようお願いします。」

 復元しているのは家だけじゃなく、ヒグマまでもリアルに現れるのか。

 緊張が走る。

 携帯は圏外。

 私以外誰もいない。

 なにかがあっても助からない。

 入り口には、三毛別羆事件についての解説が書かれていた。ヒグマが描かれている横には、明景宅の間取りと被害者の位置関係とともに、ヒグマの足取りが示されている。

 解説を読む。

腹破らんでくれ!」「のど喰って殺して!

 臨月の婦人は「腹破らんでくれ!」「のど喰って殺して!」と絶叫し続けついに意識を失ったのです。

 郷土資料館よりさらに細かい描写やリアルな声が追記されていた。

 一刻も早くこの場を立ち去りたい。

 復元地には手描きされた案内図もあった。石碑や復元された小屋のほか、クマのひっかき傷、クマの穴、クマの足跡まであるようだ。

 まずはメインである、明景宅をモデルに復元された小屋を見る。実際の事件現場はここよりさらに100mほど山の中へ入った場所にあるそうだ。

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 小屋の横には、ものすごい迫力で襲いかかっている巨大なヒグマの像が作られている。実物大だそうだ。想像を遥かに超える大きさに息を呑んだ。こんなヒグマに襲われたら、人間になすすべは無い。いくら像とはいえ、誰もいない自然の中にいると、身震いするほど怖くなる。

 小屋の中に入ると、随分簡素な作りに驚く。ここで極寒の冬を耐え忍ぶのか…… ここでヒグマに遭遇したら…… 現地で実際に体感することで、想像が膨らみ、開拓者たちの苦労が偲ばれ、自然と生物への恐怖をより生々しく実感する。

 事件の概要を記すパネルや記念スタンプなどが置かれ、落ち着いてじっくり見たいのだが、あたりには蚊やハチも多く、なによりなんらかの生物に遭遇しそうで、気が気でない。

 続いて、小屋の周りにあるとされるクマの穴やひっかき傷、足跡を見て回る。とはいえ、クマの穴もひっかき傷も観光客向けに人工的に作られたもので、足跡に至っては落ち葉に埋もれて見つけられず、ゆるい雰囲気に心が和む。

 ひと通り見終えると、逃げるように帰路についた。

クマの祟り

 三毛別羆事件には後日談がある。

 ヒグマは射殺後、解体され村の人々によって煮て食われた。

 参加したうちのひとり、鍛冶屋の息子は、その夜から家人に噛み付くなどの乱暴が始まり、その凶暴性は日に日に増していった。彼を寺に連れて行くと、クマの祟りであると告げられた。近親縁者が集まり、一心に祈りを捧げたところ、症状は治まったという。

 また別の話も語り継がれている。

 三毛別羆事件の際に、自宅が事件対策本部となっていたことから、この事件の一部始終を見聞きしていた少年がいた。

 少年は犠牲者のかたきをとるため、のちに猟師となり、生涯にヒグマを100頭以上仕留め、北海道内の獣害防止に大きく貢献した。

 1985年12月9日、三毛別羆事件の70回忌の法要が行われた。

 その猟師は小学校の講演の壇上に立ち、「えー、みなさん……」と話し始めると同時に倒れ、同日に死去した。酒もたばこもやらず、健康そのもののはずであった。事件の仇討ちとしてヒグマを狩り続けた末、事件同日に急死したことに、周囲の人々はヒグマの因縁を感じずにはいられなかったという。

人間と動物が共生するために

 北海道の先住民族、アイヌの人々は古くから、自然界のさまざまなものにカムイ(神)の存在を見出し、ヒグマをキムンカムイ(山の神)と呼び、大切にしてきた。我々には計り知れない力があるのかもしれない。

 クマの被害に馴染みのない人にとっては、三毛別羆事件の話を聞いてもなかなか実感がわかないだろう。

 しかしこの話は紛れもない実話だ。

 事件のヒグマは例外だとしても、ほんの少し、山菜採りに入った登山道で、国道沿いの藪の中で、あるいは市街地でクマに遭遇する可能性はある。

 大切なのは、無用な接触を事前に避ける努力をすることと、生態を正しく理解することだ。感謝や尊敬の念を抱きながら、よりよい形で共生していかなければならない。

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2021年3月19日 (金)

【古代生物】存在したのが「嘘みたいな絶滅生物」ベスト3

 存在したのがみたいな絶滅生物ベスト 

DIAMOND online 2021年3月19日(金)6時01分配信/今泉忠明+丸山貴史

 地球に生き物が誕生してから、およそ40憶年。

 進化と絶滅を繰り返し、地球は多種多様な生き物が暮らす星になりました。

 現在に至るまで、地球に生まれた種のうちじつに99.9%は絶滅したといわれています。地球は豊かで、そして苛酷な星でもあるのです。

 そんな絶滅生物のなかには「えっ、さすがにそれは嘘では?」と疑いたくなる変わった種もいます。

 いかにも想像上のエイリアンっぽい「タ―リーモンスター

 クレーンゲーム機のアームのような口に、触覚のように飛び出た目。このいかにも嘘くさい見た目の生き物の名は、タ―リーモンスターだ。

 こう見えて彼らは、アメリカの石炭紀末の地層「メゾンクリーク層」における、最大のハンター。

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 といっても、彼らの正体はいまだよくわかっていない。軟体動物のゾウクラゲ、または脊椎動物のヤツメウナギに近いという説はあるものの、ほかに姿の似た生物が見つかっていないのだ。

 彼らは独特すぎる進化をとげた結果、たまたまメゾンクリーク層では成功をおさめたが、ほかの環境では実力を発揮できず、環境の変化とともに絶滅したのだろう。

 「壊れやすいから」じゃないよ「アサフスコワレフスキー

  「アサフス・コワレフスキー」。つい口に出して呟きたくなる名をもつ彼らは、とても体が壊れやすかったのではないかといわれている。ただし「コワレフスキー」はロシアの生物学者の名前であり、「壊れやすい」こととは無関係。

 彼らは体の表面を硬くすることで成功した三葉虫のなかま。特徴的なのは、とても長い「眼柄(がんぺい)」の先についた眼だ。この眼のおかげで、きっと泥にもぐりながらでも周囲を見ることができただろう。

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 ただし、体の表面が硬いので、この眼柄は曲げたり縮めたりすることができず、折れやすかったに違いない。そのせいか、この長い眼柄は子孫に受けつがれることなく、彼らは絶滅している。

右の歯「だけ」がめちゃくちゃ長い「オドベノケトプス

 ぱっと見、セイウチのようにも見える「オドベノケトプス」は、とても立派な歯をもっている。ところが、何かがおかしい。右の歯はたしかに立派だが、左の歯はどうした……?

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 そう、彼らは「右側の前歯だけ」が体の後ろに長くのびたハクジラの仲間なのだ。この牙はオスだけにあったようなので、メスにモテるためのものだろう。

 左右のバランスが悪く泳ぎにくいはずだが、彼らは海底の二枚貝から身を吸い出して食べていたため、速く泳ぐ必要がなかったのかもしれない。

 しかし、メガロドンなど大型のハンターが現れると、泳ぎの遅さがあだとなり、絶滅した可能性がある。

 白昼に堂々と現れた奇妙過ぎるの正体は?

COURRIER JAPON 2021年3月17日(水)19時00分配信

その名は「ゴーストバード

 コロンビアのチボロという町で、ある女性が農場を訪れていたときのことだ。南半球の明るい日差しのなか、木でできたフェンスの一部だと思っていた場所が「動いた」とき、彼女は驚きのあまり思わずつまづいた。

 それは、彼女が今までに見たことのない、奇妙な姿をした鳥だった。恐怖を感じながらも、彼女は好奇心から、この鳥を撮影することに決めた。

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「この鳥が目と口を開けたので、とても恐ろしく感じました。でもあまりにも奇妙な姿だったので、撮影することにしたんです」

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 その女性が英紙「デイリー・メール」に語るとおり、この鳥の目とくちばしは非常に独特な形をしている。目は大きく、くちばしは短いものの大きく広がり、それが開けられたとき、彼女は思わず叫び声をあげた。

 この不思議な鳥の名前はオオタチヨタカ。その特徴的な鳴き声から、「ゴーストバード」とも呼ばれる。中央アメリカからアメリカ南部にかけて生息しているが、姿が見られることはめったにない。オオタチヨタカは夜行性であり、さらに敵から身を守るため、灰色と茶色の羽毛で木に擬態することを得意としているからだ。

「農場の付近の人々は、その鳴き声を以前にも聞いたことがあると言っていました。ですが、この15年間でその姿を目撃したという人はいません」と女性は話す。

 年末に撮影されたこの動画は、最近になってSNS上で広まった。英紙「サン」によると、2016年には、中央アメリカの国ベリーズの写真家、フレデリック・コンセジョさんが、オオタチヨタカに似たジャマイカタチヨタカの姿を写真に収めることに成功した。

 彼もまた、この鳥の擬態によって驚かされた者の一人だ。当時のことを、コンセジョさんはこう語る。

「友人の家にあったおかしな形の木がジャマイカタチヨタカだとわかったときは、本当に驚きました。長年この鳥を写真に収めたいと思ってきましたが、木と見分けるのが難しすぎるんです」

「この鳥の羽毛は、完璧に木の皮の色に溶け込んでいましたね」

 翼のような胸ビレ持つイーグルシャーク太古の新種ザメ発見 

AFPBB News 2021年3月19日(金)13時34分配信

 翼のようなひれを持つ太古のサメの新種の存在が明らかになった。19日の米科学誌サイエンス(Science)に掲載された論文によると、このサメは大型のエイであるマンタが出現するはるか昔に生息しており、プランクトンを餌にしていたという。

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 研究対象となったサメの化石は2012年、メキシコ北東部の化石の宝庫バジェシージョ(Vallecillo)で発見された。「Aquilolamna milarcae」という学術名を持つこのサメは、全長約1.65メートルで、ひれの先端から先端までの長さは1.9メートル。約9300万年前に生息し、プランクトンを餌にしていた。

「イーグルシャーク」の異名を持つこのサメは、今日のエイのように、翼のような極度に長い胸びれを持っていた。

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 論文の著者らは、この「奇妙な」サメはおそらく非常にゆっくり泳ぎ、えさを追い求めることはできなかったのではないかと指摘する。

 フランス国立科学研究センター(CNRS)とレンヌ第1大学(University of Rennes 1)に所属する筆頭著者のローマン・ブロ(Roman Vullo)氏はAFPに「グライダーにたとえるといいかもしれない。(中略)速く泳いで捕食するには全く適していなかった」と語った。

 骨格から歯が一切見つからなかったことは、歯が非常に小さいか完全に失われていたことを示唆している。

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 大きな頭部と考え合わせると、「捕食動物というよりむしろプランクトンを食べる魚」だったとブロ氏は説明。「イーグルシャークは徐々にマンタに取って代わられた」と語った。

 日本にも「野生ワニ」がいた?古事記登場するサメとは言い切れない理由 

Yahoo!ブログ 2021年3月16日(火)12時00分配信

 数年前、鹿児島県奄美諸島の加計呂麻島(かけろまじま)で、体調50センチから60センチのワニが発見されて話題になった。いかに地球温暖化が進んでいるとはいえ、日本にワニが生息しているとは思えないが、それは果たして本当だろうか。

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神話に登場するワニの正体は

 8世紀に編纂されたとされる『古事記』の中に「因幡の白ウサギ(稲羽の素兎)」という章がある。大黒さまが出てくる有名な話で、隠岐の島からワニを並べて渡ってきたウサギがワニに皮を剥がれてしまい、大黒さまがウサギを治療してあげたという内容だ。

 この話に出てくるワニについては、本当のワニなのかサメ(フカ)なのか、日本史学で長く議論されてきた。実は古事記に限らず、日本の古い書物にはワニがよく出てくる。

 この議論に関係するのは、大化の改新の前の古代大和朝廷時代に応神天皇以降の7ないし8天皇の后を輩出した和珥(ワニ。和邇、丸邇などとも)氏という勢力だ。この一族からは遣隋使や遣唐使の使節が出たり、港湾や河川の管理役人が出たりし、和珥氏の一族は龍や蛇に対する祖霊(トーテム)信仰を持っていたという。

 こうしたことから海や水に関係した和珥氏のルーツは、中国南部やベトナムなどでワニ(鼉竜:だりゅう)信仰を持った一族であり、いつの頃からか日本列島へ渡来して古代大和朝廷で勢力を形成したのではないかという説がある。そこで、日本の神話に出てくるワニの正体に関する議論で、和珥氏の和珥が爬虫類のワニであることから、因幡の白ウサギの話に出てくるワニは、サメ(フカ)ではなく爬虫類のワニなのではないかということになった。

 もちろん、記紀の時代も日本にワニは生息していなかったであろうから、因幡の白ウサギのワニは爬虫類のワニではなく、水棲の獰猛な生物であるサメ(フカ)だったとする説もある。いずれにせよ、古代の日本に獰猛な生物を意味するワニという言葉があり、古い書物にひんぱんに使われていたこと、そして同じ音である和珥氏という勢力がいたことは確かだ。

日本へ漂着したワニたち

 では、日本に野生のワニはいないのだろうか。実は戦前、ワニは日本に生息する脊椎動物のリストに入れられていた。これは日本の委任統治領だった太平洋のパラオ諸島にイリエワニ(Crocodylus porosus)が生息していたからだ。

 また、冒頭で述べたように、奄美大島や西表島を含む琉球列島、小笠原諸島、八丈島にワニが漂着したという記録は江戸時代あたりから残されてきた。珍しいものでは、1932(昭和7)年11月に北陸の富山県の富山湾で体長60センチほどのワニが見つかったことが報じられたという。

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 ワニの多くは熱帯・亜熱帯に生息するが、中国・安徽省の絶滅危惧種であるヨウスコウワニ(Alligator sinensis)や米国ノースカロライナ州でも確認されるアメリカン・アリゲーター(Alligator mississippiensis)など、比較的平均気温の低い温帯域で生息できる種もいる。一般的にワニは低温に弱く、北緯35度以北には生息できないとされるが、ヨウスコウワニやアメリカン・アリゲーターをみるとアリゲーター科のほうが低温に強いようだ。

 では、日本へ漂着するワニはどんな種類なのだろうか。ヨウスコウワニは主に淡水域で生息するし、数も少ないので日本まで来るのは難しそうだ。オーストラリアやパラオ諸島、フィリピンなどに生息するイリエワニは汽水域を含む塩水で生息でき、遠距離の海洋を移動することが知られている。

 本来の生息域から太平洋の最も遠方でイリエワニが捕獲された例としては、1971年にカロリン諸島のポンペイ島(ポナペ島)で体長3.8メートルの個体が発見された記録がある。ポンペイ島はグアム島の東南東1700キロメートルに位置し、パラオ諸島からは直線で約1000キロメートル離れている。

 また、衛星を使ってオーストラリア北部のイリエワニを追跡した研究によれば、体長3メートルから4メートルのオスは20日間で400キロメートル以上を移動し、海岸沿いに25日間で590キロメートル移動した個体もいたという。この調査によれば、ワニは1日10キロメートルから30キロメートルをコンスタントに移動したことになる。

海洋を長距離移動するイリエワニ

 イリエワニのオスは縄張り意識が強く、若い個体が縄張りから押し出され、その結果、長い距離の海洋を移動することもあると考えられているが、この遠泳能力は海流に乗ることで成し遂げられているようだ。この調査研究をした研究グループによれば、イリエワニは潮汐や潮の流れを知っていて移動しているとしか思えず、それがイリエワニが広範囲に分布してきた効率的な種の分散戦略になっているのではないかという。

 中南米のイリエワニのミトコンドリア遺伝子を解析した研究によれば、カリブ海を約700キロメートル、移動した可能性が示唆されたという。また、最近の研究によれば、体長4.23メートルのオスのイリエワニが6ヶ月で900キロメートルを移動したこともわかっている。

 また、海水は約3.5%の塩化ナトリウム溶液だが、イリエワニは海水に身体を浸しても仮に海水を飲んでしまっても浸透圧を一定に保つため、ペンギンや海に潜る種類のウミウやカモメなどの鳥、またウミガメなどと同じような塩分を排出する塩類腺という分泌腺を持っている。そのため、水分が外へ出てしまわないような身体の仕組みになっているようだ。

 イリエワニは、インド東部からインドシナ半島、インドネシア、オーストラリア、そしてフィリピンに生息している。日本へ漂着するとすればフィリピンのイリエワニ(Crocodylus mindorensis)と考えられるが、2017年に奄美諸島の加計呂麻島で見つかった2匹のワニは、シャムワニ(Crocodylus siamensis)とイリエワニの交雑種で皮革製品のための養殖ワニの可能性が高かったという。

 シャムワニは成長しても体長3メートルほどと小型であるため、皮革を効率的にとるため、大型のイリエワニと交雑させることが行われているからだ。そのため、純粋なシャムワニの遺伝子を保存し、人為的な遺伝子汚染を防ごうと試みられている。

日本にいたマチカネワニとは

 このようにイリエワニは、海流に乗ってかなりの長距離を移動できるようだ。ただ、これまで日本で発見されたワニは外来種であり、日本固有の生物ではない。

 だが、日本にもかなり大型のワニが生息していたという証拠がある。それが全国各地から発見されるワニの化石だ。

 日本では、鮮新世(せんしんせい、Pliocene、約500万年前から約258万年前)後期から更新世(こうしんせい、Pleistocene、約258万年前から約1万年前)中期にかけてワニの化石が出ている。更新世中期はちょうどチバニアン(Chibanian、78万1000年〜12万6000年前)の時代と重なる。

 日本のワニの化石で最も有名で貴重なものは、大阪大学総合学術博物館に展示されているマチカネワニ(Toyotamaphimeia machikanensis)だろう。マチカネワニの化石は、約300万年前から約30万年前の大阪層という地層の中期更新世の地層(大阪層群カスリ火山灰層準、〜約40万年前)から1964年に全骨格の約80%が発見され、それは頭骨だけでも1メートル以上という大きな化石だった。

 数十万年前まで日本にいたワニは、約1万年前の最終氷河期までに日本からいなくなったと考えられている。マチカネワニは原生のマレーガビアル(Tomistoma schlegelii)の近縁であり、淡水性の高い種類だったが、氷河期が終わって暖かくなると飛び石伝いに再び日本列島へ戻ってきた可能性もある。

 日本で最も近い過去の地層から発見されたワニの化石は34万7000年前のものだ。もしかすると、日本列島に住んでいた旧石器時代からの人々のマチカネワニなどの記憶と古代大和朝廷時代の和珥氏の龍蛇信仰が混淆し、記紀や神話などに「因幡の白ウサギ」などの形でその痕跡を残していたのかもしれない。

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2021年3月 3日 (水)

【龍涎香】海岸を散歩中<鯨の嘔吐物>見つける✍タイ南部

 海岸散歩中見つける…2700万円の嘔吐物 

FLASH 2021年3月3日(水)17時03分配信

 2月下旬、タイ南部の海辺を散歩していたシリポーン・ニアムリンさんが「龍涎香(りゅうぜんこう)」を発見した。その珍しさと驚きの価値から、ネット上で大きな注目が集まっている。

 見慣れぬ大きなかたまりを見つけ、近づいてみたシリポーンさんは、魚のような芳香に気づいた。なんとなく興味を引かれ、そのまま家に持ち帰ることにした。ご近所さんに聞いてみると、その物体は「龍涎香」ではないかと指摘された。

「龍涎香」は、マッコウクジラがイカやタコなどを飲み込んだ際に、クチバシなどの硬質部分が消化されず体内にとどまり、長い時間をかけて結石化したものとされる。芳醇な香りがするため香料の原料として人気が高いが、捕鯨禁止もあり入手は困難になっている。

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「龍涎香は『アンバー』とも呼ばれ、非常に希少価値のある香料の原料です。動物性で、香水を作る過程で使うと、香りが長もちしたり、全体に調和のとれた匂いになります。クジラの口から吐き出されたのち、海面を漂うことから『浮かぶ金塊』『海の財宝』などと呼ばれます」

 こう話すのは、日本フレグランス協会の吉岡康子さん。実際、シリポーンさんが発見した「龍涎香」は、重さ7キロほどで推定価格2700万円だという。

 現在、本物かどうか専門家に確認中だが、シリポーンさんは報道陣に対し「もし本物だったら、生活が楽になるわね。買ってくれる人を見つけないと」と語っている。

 実は、過去にも龍涎香がたまたま見つかった例がある。

 1899年(明治32年)8月、沖縄県名護市の海岸で発見されたときは、多くの人が奪い合うようにして持ち帰ったという。

 2016年、イギリスの海岸で見つかった龍涎香は、重さ1.5キロで、およそ800万円の価値があった。

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 このとき発見者は、「トレーラーハウスを買いたい」と語っている。

 2019年には、タイ南部の海岸で6キロ超の龍涎香が発見された。3400万円相当だったが、発見者は物体の一部をナイフで切ろうとしたが、硬すぎて失敗。その後、地元自治体の調査で、ようやく本物と判明した。

「日本でクジラが浜に打ち上げられると、香料メーカーの方がアンバーを探しに飛んでいくという話を聞いたことがあります」(前出・吉岡さん)

「クジラの嘔吐物」といえば聞こえは悪いが、発見者にとっては予想外の福の神となる龍涎香。海辺を散歩していて見つけられたら、ラッキーすぎる。

 その価値3億円超!約100㌔龍涎香漁師発見 

Techinsight 2020年12月3日(木)5時45分配信

 タイ南部の海岸沿いで先月下旬、近くを散歩していた漁師が「龍涎香(りゅうぜんこう)」と呼ばれる非常に貴重な石の塊が複数打ち上げられているのを発見した。龍涎香は全部で約100キロとこれまでで最大級で、「一体いくらの値がつくのか」と注目が集まっている。

『LADbible』『The Sun』などが伝えた。

 タイ南部のナコーンシータンマラート県の海岸で先月23日、ナリス・サワナサンさん(Naris Suwannasang、60)が黄色味を帯びた石の塊のようなものを発見した。

 ナリスさんはそれがマッコウクジラの腸内で生成される結石「龍涎香」に似ていることに気付き、従兄たちを呼び出すとトラックに積み込んだ。

 ナリスさんは「塊は複数あって、100キロもあったんだ。自宅に運んだ後、龍涎香であるかどうかを確かめるためにライターの火を近づけてみたんだよ。すると塊の表面が溶け出して、なんとも言えない香りを放ったんだ」と当時を振り返る。

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 実はこれ「龍涎香(アンバーグリス)」と呼ばれるもので、マッコウクジラが飲み込んだイカのクチバシなどが腸壁から出された分泌液で包まれて固まったものだという。以前はクジラの嘔吐物と思われていたが、現在では肛門から排出されるという説が有力で、水よりも比重が軽いため海面に浮かび上がって漂流する。そうして長い間漂流すると熟成し、独特の香りを放ち始めることから「シャネル N°5」など有名ブランドの香水の原材料としても広く用いられている。香りを持続させることでも知られており、希少なため高く取引されるという。

 この日、ナリスさんが発見した塊は全部合わせると重さが約100キロとこれまででも最大級で、ナリスさんは「龍涎香の質にもよるけど、すでに買い取りたいというビジネスマンがいてね。最高級のものであれば、1キロ96万バーツ(約331万円)払うと言われているんだ」と今にも小躍りしそうな喜びようだ。

 もしこれが現実となれば、ナリスさんには3億3千万円以上の大金が転がり込むこととなり、漁師として1か月7万円ほどの稼ぎで暮らしていたナリスさんの生活は一変することになる。

 ナリスさんは「発見した龍涎香にどのくらいの価値があるのか、専門家に調査してもらっているんだ。どんな結果が出るのかとても楽しみにしているよ」と述べ、「警察にも行くつもりさ。盗まれるといけないからね」と興奮を隠せない。

 ちなみに龍涎香が海岸に打ち上げられるのは非常に稀とのことで、ナリスさんはまさに強運の持ち主であると言えよう。果たして100キロの龍涎香にいくらの値がつくのか。龍涎香の色は暗褐色、白、黄色と様々で、香りも塊によって違うというが、ナリスさんが発見したような黄色味を帯びた龍涎香は「一番香りが良い」という説もあり、今後の展開が楽しみである。

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 マッコウクジラの“”が海面に浮かぶと“”になる 

すき間ブログ 2013年4月7日(日)配信

 龍涎香(りゅうぜんこう)はアンバーグリス(Ambergris)とも言われ、アンバーは「琥珀」、グリス「フランス語。英語ではgray」で灰色の琥珀を意味する。

 竜涎香はまたの名を鯨糞(げいふん)とか竜糞(りゅうふん)と呼ばれ、言わば「クジラの糞」。

 マッコウクジラの腸内で自然に精製された結石が原料で、フェロモンのような強烈な香りを放つ麝香(じゃこう)と並んで「香の王者」。

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 マッコウクジラはダイオウイカが大好物だが、他のイカ、タコも食べている。主な食料であるイカ類の未消化部位(カラストンビ)で、消化しにくいものから腸壁を守るために分泌されたロウ状の物質と一緒に排出されたもの。

 排泄された龍涎香は、太陽にあたり空気に触れ急速に酸化して硬くなり、海面に浮き上がり海岸まで流れ着く非常に貴重な天然香料。高価な竜涎香は、「浮かぶ金」Floating Gold"とも呼ばれている。

 現在、竜涎香を排泄するのはマッコウクジラとコマッコウクジラの2種と思われる。

 古くから高級香水の原料としても使われ、香りを持続させる効果がある保留剤としても使用される。そして漢方薬としても使われ、神経や心臓に効果があるとされている。

 性の活性化、香りの媚薬とも言われ、頭痛、風邪、てんかんを防ぐ作用を持つともいわれ重宝された。また、神経や心臓に効果のある漢方薬としても使用されていた。

 日本でも 「チフス」「腸閉塞」「下痢」に効くということで万能薬と知られる。

 独特な香りは動物的であると同時に、特に女性の嗅覚を刺激する。アンバーグリスは、他の動物性香料と同じで、嗅覚を通してホルモン機能に働きかけるフェロモン。

 女性の媚薬としてとても優れた効果を持つ香水で、豪奢で酔わせるような力を持つ。 女性は、この香りを付けると異性に与える不思議な効果が体験できるという。

 1820年に竜涎香の香りはフランス人の化学者によって人工的に作り出されたが、2012年には代替物を、モミの木と酵母菌から作られ話題を呼んでいる。

 英ウェールズ地方で発見されたアンバーグリスには50万ポンド(6700万円の)価値が付けられた。

 2006年には約14㌔の「竜涎香」を見つかり、その当時(1g当たり20米ドル)で、約30万米ドル、日本円にすると約3400万円(1ドル=115円)。直近では2013年に約16万ドル(約1500万円)の価値がある「竜涎香」が見つかっている。

 色はランクによって灰色、琥珀色、黒色などで、大理石状の模様を持ち形は海辺の小石のようにやや丸みを帯びて、楕円形、菱形など色々。

 今でも、この高価な竜涎香が日本のどこかの海岸に流れ着いているかもしれない。知らない人が見ればただの石にしか見えないだろうが、見る人が見れば黄金塊になる。 竜涎香の識別方法には熱した針で調べるやり方がある。

 イギリスの少年、高価なを発見 

National Geographic日本版 2012年8月31日(金)配信

 昔から香料として珍重されてきた龍涎香(りゅうぜんこう)。マッコウクジラの腸内で生成される結石で、海岸に漂着した塊が偶然見つかる場合がある。イギリスの少年チャーリー・ネイスミス(Charlie Naysmith)君も発見の幸運に恵まれた1人だ。

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 数日前、南西部ドーセット州の海岸を父親と散歩していたネイスミス君(8歳)は、風変わりな石にふと目が留まった。早速自宅に持ち帰りインターネットで調べてみると、貴重な龍涎香とわかったという。重さは600グラムで、4万ポンド(約500万円)ほどの値が付くと見られている。

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 龍涎香は香水の原材料として広く用いられており、高級ブランドが香りを持続させる保留剤として利用する場合が多い。

 龍涎香の芳香には、土や麝香(じゃこう)に似た香りや甘い匂いなど、さまざまな種類がある。高級香水に利用できる品質だと、30グラムで数十万円の値が付くこともある。

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 アメリカでは、絶滅危惧種であるマッコウクジラの龍涎香を香水の原材料として使用することは禁止されているが、フランスなどでは現在も活発に取引されている。

 龍涎香の生成プロセスについては、今も完全には解明されていない。イカのクチバシなど未消化のエサを、粘性の分泌物で包み込み体外へ排出する生態はよく知られており、この排出物が海を漂う間に固化したと考えられている。

 かつては口から出ると思われていたが、現在では肛門という説が有力である。

 龍涎香に関する記事は、米ナショナル ジオグラフィック誌10月号にも掲載される予定。

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香水の原材料として高値で取引される龍涎香資料写真)。イギリスの少年チャーリーネイスミス君は、この4倍重い塊を発見した果たしていくらの値が付くのだろうか

ペロリ古代マッコウクジラ海の殺し屋

AFPBB News 2010年7月1日(木)14時30分配信 

 巨大なあごと歯を持ち、自分の体の半分ほどの大きさのクジラを捕食していたと考えられる新種のマッコウクジラ類の化石をペルーで発掘したと、ベルギーの研究チームが1日の英科学誌ネイチャー(Nature)に発表した。

 ベルギー王立自然科学博物館(Royal Belgian Institute of Natural Sciences)のオリビエ・ランベール(Olivier Lambert)氏らは、ペルーのピスコ(Pisco)でマッコウクジラ類の頭とあごの骨を発掘した。あごの上下には、人間の前腕ほども長く太い歯がびっしりと生えていた。

 名作「白鯨(Moby Dick)」の作者名(ハーマン・メルヴィル)にちなんで「レビアタン・メルビレイ(Leviathan melvillei)」と名づけられた全長14メートルのこの巨大クジラは、1200~1300万年前に生息していた。象牙のような頑丈な歯で大きな獲物をしっかりととらえ、鋭い歯先で体を引き裂いて捕食していたとみられ、海における食物連鎖の頂点の座を巨大サメと分け合っていたと考えられるという。

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ヒゲクジラを襲う新種の古代マッコウクジラ類レビアタン・メルビレイLeviathan mellvillei)」の想像図現在のペルー沿岸に生息していたとみられる

 

2021年2月13日 (土)

【ナショジオ】✍「パンデミックは偶然ではない」と言えるワケ

 パンデミックは偶然ではない 予防世界的な自然保護政策 

NATIONAL GEOGRAPHIC 2021年2月13日(土)18時08分配信

哺乳類や鳥類に未知のウイルスは170万種、うち85万が人間に感染する恐れ

 新型コロナウイルス感染症のようなパンデミック(世界的大流行)のリスクを大幅に減らすため、自然や野生生物の保護に数百億ドルを投資するよう、世界は政策を大きく転換するべきだ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の生物多様性版とも呼ばれるグループ「IPBES」が、そのような警鐘を鳴らす報告書を発表したのは2020年10月29日のこと。

 報告書では、野生生物やその生息地が減るせいで、人間が新たな感染症にさらされるリスクについての研究を総括している。これによると、生物多様性の保全は感染症の予防にもつながり、「予防する戦略がなければ、パンデミックの発生頻度や拡散速度が高まり、犠牲者は増え、世界経済はかつてないほど壊滅的な影響を受けるだろう」と、その言葉は重い。

 具体的には、動物に由来する新型コロナ感染症、エイズ、インフルエンザ、エボラ、ジカ熱、ニパウイルス感染症などの野生動物から人に感染する病気、いわゆる人獣共通感染症の拡散を防ぐ取り組みが提言されている。感染源となる動物はコウモリ、鳥類、霊長類、げっ歯類が多く、哺乳類や鳥類には未知のウイルスは推定170万種も潜んでおり、その半数が人間に感染する恐れがあるという。

 新型コロナ感染症のパンデミックが続くいま、この提言は当たり前に聞こえるかもしれない。だが、科学者は以前から、森林破壊の増加が感染症の大流行につながると警鐘を鳴らし続けていた。報告書の著者らによれば、人間の活動で環境への負荷が増え、人と野生生物の距離が近づくにつれて、パンデミックの発生数が増えているのは決して偶然ではない。

積み重なっていた数々の証拠

 森林の伐採が急速に進む地域では、実際のところ普通は野生生物の間でのみ発生する感染症が人間にまで広まる例がよく見られる。森林破壊の結果として、ニパウイルス、ラッサウイルス、マラリアやライム病を引き起こす寄生虫など、深刻な病を引き起こす病原体が人間にも広まっていることを示す科学的証拠はこの20年間でたくさん見つかっていた。

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 たとえば、ブラジルでは過去、マラリアの感染を1940年の年間600万例から20年後にはわずか5万例にまで減少させた。にもかかわらず、その後の急速な森林伐採と農業の拡大に伴い、感染者の数は着実に増加してきた。

 マラリアは蚊に寄生するマラリア原虫による感染症で、現在は年間2億人以上が感染し、約50万人が亡くなっている。

 2019年10月、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校地球研究所の疾病生態学者、アンディ・マクドナルド氏と米スタンフォード大学のエリン・モーディカイ氏は、アマゾン盆地の森林伐採がマラリアの伝染に及ぼす重大な影響を学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に報告している。論文によると、2003年から2015年までの期間において、森林の消失はマラリアの感染に確かに影響しており、焼失した森林が年間10パーセント増加するとマラリアの症例が3パーセント以上増えるという。

 恐ろしい病気を運んでくるのは蚊だけではない。森から追い出された動物によって広がることもある。

 西アフリカのリベリアでは、森林を伐採してパーム油のプランテーションを作ると、通常は森にすむようなネズミがヤシの実を求めて大量に集まってくる。厄介なことに、なかにはラッサウイルスを保有しているネズミがいて、その糞尿に接触すると人間が感染する。

 ラッサウイルスはエボラウイルスと似たような症状を人間に引き起こし、リベリアでは感染者の36パーセントが死亡した。深刻な感染症を引き起こすウイルスをもつげっ歯類は、パナマ、ボリビア、ブラジルの森林伐採地域でも確認されている。

 こうした経緯をたどるのは熱帯の病気とは限らない。マクドナルド氏の研究は、米国北東部における森林伐採とライム病との間に奇妙な関連があることを示唆している。

 欧米では大きな社会問題となっているライム病の原因菌ボレリア・ブルグドルフェリ(Borrelia burgdorferi)は、森林に生息するシカの血を吸うマダニから感染する。ところがこの細菌は、人間が分断した森に生息するシロアシネズミからも見つかっている。

 人への感染は気候が温暖になるほど増えて、かつては存在しなかった場所に現れる可能性が高まるかもしれないと、世界の感染症の追跡調査を行うニューヨークの非営利団体「エコヘルス・アライアンス」の疾患生態学者、カルロス・ザンブラナ=トッレリオ氏は指摘する。

 そうした病気が森林周縁部にとどまるのか、それとも人の中に居着いて流行を引き起こすのかは、ウイルスの感染方法にかかっていると、米フロリダ大学新興病原体研究所の疫学者エイミー・ビットー氏は言う。たとえば、コロナやエボラのようなウイルスは、人から人へ直接感染する。理論上は人間がいる場所であれば、世界中いたるところに移動できる。

「また別の、もしかすると複数の病原体が、この先、同様の経緯をたどるとは考えたくありません。それでも、その可能性を考えて準備をしておくべきでしょう」とビットー氏は言う。

中途半端な規模では無意味、莫大な対策費用でも割に合う

「本当に重要なのは、今行うべき対策の規模を知ることだと思います」と、自然保護団体「コンサベーション・インターナショナル」の気候科学者で、森林の消失がもたらす影響が専門のリー・ハンナ氏は話す。氏は報告書の査読者でもある。「これまでより一段階引き上げるという程度ではいけません。かつてないほどの水準にまで拡大する必要があります」

 報告書は、パンデミック対策を監督する国際委員会や、生物多様性の保全への経済的なインセンティブ、そして研究や教育への投資を提案している。こうした制度改革により、パーム油の生産や、森林伐採、放牧などの縮小が期待できるという。

 また、感染症のホットスポット(一大流行地)になりつつある場所を特定し、接触のリスクが特に高い人々により手厚い医療を提供するのにも役立つだろう。

 将来のパンデミックのリスクを減らす対策をすべて講じるには、毎年400億~580億ドル(約4兆1400億~6兆円)もの費用がかかると著者らは推定している。だが、パンデミックが発生した場合の経済損失が数兆ドル規模に上ることを考えれば割に合うはずだと付け加える。2020年10月12日付けで「米国医師会雑誌(JAMA)」に発表された論文によると、新型コロナ感染症によるこれまでの経済損失は米国だけで16兆ドル(約1660兆円)以上だ。

 来たる2021年5月には国連の生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)が開催され、各国が世界的な目標と国家戦略を策定する機会が設けられている。だが、その計画案に含まれる国際的な取り組み「キャンペーン・フォー・ネイチャー」のディレクターを務めるブライアン・オドネル氏は、ブラジルなど大規模な森林破壊が発生している国々が資金や支援を十分に確保しないことなどが目標達成の障害になっていると述べる。

「各国政府は景気刺激策には巨額を投じていますが、自然保護に関する新しい大規模財政支援策は、まだ具体的なものが見られません」

 今回の世界的なパンデミックが「大きな目覚まし」になることを望むとオドネル氏は語る。「一部の人たちにはアラームが聞こえています」。だが、「まだ眠ったままの人があまりに多すぎるのです」

 自然界や危機的な状況にある野生生物そのものの保護には積極的になれなかったとしても、人間の健康のためには自然を保護せざるを得ない。今回の報告書によって、その点を意思決定者には理解してほしいとハンナ氏は願っている。

「自然を保護する利己的な理由があるのです。自然保護は私たち自身を守ることにつながります」

 嘴マスク蘇る死体パンデミック奇妙産物 

NATIONAL  GEOGRAPHIC 2021年1月31日(日)18時07分配信

恐ろしい疫病はいつの時代も迷信や誤情報を広げてしまうものなのか

 新型コロナ感染症のパンデミックでは、フェイクニュースや誤った情報の氾濫も問題となっている。一方、ペストのパンデミックが起きたかつてのヨーロッパでは、風変わりな産物や迷信が登場した。原因不明の疫病に対する人々の反応は往々にして奇妙であり、そこには新型コロナ感染症の誤情報がはびこる今も教訓にできる一面があるかもしれない。

 たとえば、17世紀のヨーロッパではペストの治療にあたる医師たちが、独特な防護服を身にまとい、鳥のクチバシのようなものが付いたマスクを着用していた。以来、この格好は不吉なイメージを帯びるようになるのだが、それにしてもなぜこんな形のマスクを使ったのだろうか。

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 それは、恐ろしい病気の本質を理解できていなかったからだ。

 何世紀にもわたり、ヨーロッパでペストが大流行を繰り返すなかで、富める者にも貧しい者にも公平に治療がほどこされるよう、ペストに襲われた町は専門家の「ペスト医師」を雇うようになる。彼らは予防薬やペストの解毒薬と信じられていたものを処方し、遺言に立ち会い、検死を行なった。その際に、クチバシ付きのマスクを着用する専門医が現れた。

 このマスクは、17世紀のフランスの医師シャルル・ド・ロルムが考案したとされている。フランス国王ルイ13世をはじめ、多くのヨーロッパの王族を治療した医師だ。

 彼は、香料入りのワックスを塗ったコート、ブーツとつながる丈が短めのズボン、シャツのすそをズボンの中に入れること、ヤギ革製の帽子や手袋を身に着けることなど、治療にあたる際の服装について書き記している。ペスト医師は、患者を触る(直接の接触を避ける)ための杖も持っていた。

 なかでも、マスクはとりわけ異様だった。ペスト医師はゴーグルとマスクを着用していた、とド・ロルムは続けている。マスクの鼻は、「長さ15センチのクチバシのような形で、中に香料を入れていた。穴は鼻孔近くの左右に1箇所ずつの2つしかなかったが、呼吸をするのには十分だった。クチバシに仕込んだハーブの香りを、吸い込む空気にまとわせることができた」という。

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 ヨーロッパ中のペスト医師が同じ格好をしていたが、この見た目は特にイタリアで象徴的なものとなった。ペスト医師は仮面を使用するイタリアの演劇やカーニバルの定番になり、今日でも人気が高い。

 しかし、この近寄りがたい服装は、ただの不気味なファッションなどではない。先に書いたように、医師を瘴気(災いを起こす気)から守ろうとする防護服だった。

 病気の細菌説が広まる以前、ペストは毒された空気を介して伝染し、人の体液のバランスを乱すと信じられていた。甘い香りや刺激臭は、ペストに汚染されたエリアを浄化し、伝染を予防できると考えられていた。当時よく用いられたのは、花やお香、その他の香料だった。

 ペスト医師は、毒蛇の肉の粉末、シナモン、没薬(植物の樹脂)、蜂蜜など、55種類を超えるハーブや他の材料を混ぜ合わせた解毒薬をマスクに詰めていた。ド・ロルムは、このマスクのクチバシの形状が、医師が吸う空気に解毒薬を十分に行き渡らせると考えていた。

 実際には、ペストはペスト菌(Yersinia pestis)により引き起こされる。動物から人に感染し、ノミに噛まれたり、ペスト菌に汚染された体液や組織と接触したり、肺ペスト患者のくしゃみや咳によって放たれた飛沫を吸い込んだりして感染する。

 今見れば奇妙なマスクも防護服も、当時はありがたがられていただろう。ペスト医師を一目で見分けるのにも役立ったかもしれない。だが結局のところ、ペスト医師の防護服や治療法は、ほとんど効果がなかった。

「残念ながら、近世のペスト医師の治療戦略は、延命や苦痛の緩和、治癒には、ほぼ効果がなかった」と歴史学者フランク・M・スノーデン氏は書いている。本当に効果のある科学的な予防法が確立されるのは、病気の細菌説と抗生物質が登場してからだ。

中欧の奇妙なうつぶせ埋葬、蘇る死者を恐怖か

 恐ろしいペストのパンデミックは、人々の死生観や宗教観に影を落とし、迷信をはびこらせ、埋葬の習慣にまで影響を与えたという研究結果も発表されている。

 2014年、スイスの人類学者アメリー・アルタラウゲ氏は、数世紀前の共同墓地で見つかった奇妙な墓を調査するよう指示された。340ある墓の中で、その1つだけが際立っていた。中年の男性がうつぶせに埋葬されていたのだ。

 曲がった肘の内側には、硬貨がいっぱいに詰まった財布と鉄製のナイフがあった。服の下に隠していたのだろう。硬貨から推定された埋葬時期は1630~1650年。スイスのこの一帯でペストが流行していた時期だ。

「家族も葬儀屋も遺体を調べたくなかったように見えます」とアルタラウゲ氏は話す。「埋葬するとき、すでに遺体の腐食が進んでいたか、あるいは感染症にかかっていたため、誰も近づきたくなかったのではないでしょうか」

 うつぶせの埋葬は極めてまれだが、東欧のスラブ語圏などには記録が存在する。遺体を切断したり、石の重りを付けたりといった風習と同じく、遺体が墓から逃げ出さないようにすることで、吸血鬼や死者のよみがえりを阻止できると信じられていた。

 アルタラウゲ氏はこの発見をきっかけに、うつぶせで埋葬された遺体をスイス、ドイツ、オーストリアのドイツ語圏で探すことにした。その研究結果は2020年に学術誌「PLOS ONE」に発表されている。

 中央ヨーロッパのドイツ語圏における900年分のうつぶせの埋葬の記録を100件近く分析したところ、データからは埋葬習慣の大きな変化が示唆された。アルタラウゲ氏らはこの変化を、ペストによる死や、よみがえった犠牲者が生きている人に取りつくという迷信と関連づけている。

東欧の不死者アンデッド)」の影響か

 ヨーロッパでは14世紀前半あたりから、うつぶせの埋葬が増加し始める。この変化は壊滅的なペスト流行の時期と一致する。1347年から流行が始まったペストはヨーロッパ全域で猛威を振るい、数千万人もの命を奪った。

 埋葬が追いつかないほどのペースで死者が増えると、遺体が腐敗する光景や音が日常になり、人々を不安にさせた。遺体は膨らんで変形し、腸に充満したガスが予期せぬタイミングで耳障りな音を放つ。朽ちて干からびた遺体は表現のしようがなく、肉体がしぼむと体毛や爪が伸びたように見える。

 腐敗中の「遺体は動き、音を出します。自身の肉体や、遺体を覆う布を食べているように見えるかもしれません」とアルタラウゲ氏は話す。

 中世のヨーロッパの人々は、こうした目の前の音と光景を説明しようと試み、東欧のスラブ語圏に広まっていた「不死者(アンデッド)」の概念に注目した可能性がある。「ドイツには、吸血鬼(の概念)はありません」とアルタラウゲ氏。「ですが、遺体が動き回るという考え方はあります」。これも、14世紀半ばに最初のペストの感染拡大が発生してから間もなく、東欧のスラブ語圏から西欧に伝わった概念だった。

複数の人が急に亡くなる出来事と、超自然的な力

 それ以前のドイツ語圏には、良い幽霊があの世から戻ってきて愛する人に警告したり、助けたりする物語があった。しかしペストが流行すると、幽霊は別の形を取るようになった。よみがえる死者、あるいは歩くしかばねだ。

「悪霊に関するこうした変化は1300~1400年頃に起きました」とドイツ、テュービンゲン大学の考古学者マティアス・トプラク氏は説明する。氏は今回の研究に参加していない。

 アルタラウゲ氏らは中世の民間伝承に手掛かりを求め、「ナハツェーラー」の物語に着目した。ナハツェーラーは「遺体をむさぼる者」というような意味で、飢えた遺体が自身の体と体を覆う布を食べ、その過程で遺族の生命力を奪うとされている。

「歴史文献には、異常な死や不慮の死を遂げた者がナハツェーラーになると記されています」とアルタラウゲ氏は説明する。「ペストの流行中には、コミュニティーで最初に死んだ人がナハツェーラーになると考えられていました」

 パンデミック下のヨーロッパでは、この言い伝えには説得力があった。死者の近親者が葬式を終えてから数日以内に発症し、病に倒れるという出来事が相次いでいたため、死者の呪いのように思えたに違いない。

 当時はまた、「再び歩く者」を意味する「ヴィーダーゲンガー」も恐れられていた。墓から現れ、コミュニティーにつきまとう遺体のことだ。「悪事を働いた人や、予期せぬ死でやり残したことがある人、誰かに償ったり復讐したりする必要がある人は、ヴィーダーゲンガーになる可能性があると考えられていました」とアルタラウゲ氏は説明する。

「こうした迷信の背景にはどれも、1つの社会で複数の人が急に亡くなるという出来事があったに違いありません」とトプラク氏は話す。「人々が超自然的な存在に責任を負わせ、死者の復活を阻止しようと手を打ったと考えれば筋が通ります」

 だがしかし、うつぶせ寝で埋葬した死者が再び歩き始めることはなかったし、パンデミックが止まりもしなかった。それでも迷信を信じ続けてしまうのが人間の本性なのだろう。インフォデミックに揺さぶられる現代でも、それはあまり変わっていないのかもしれない。

 不遇の天才、手洗いを勧めた医師とコロナウイルスの発見者 

NATIONAL GEOGRAPHIC 2021年2月6日(土)18時03分配信

新型コロナウイルス感染症に関連する、報われなかった過去の偉業から

 中国武漢で謎の肺炎の集団感染が報告されてから1年あまり。コロナウイルスの素早い特定に始まり、次々とワクチンが開発されるなど、未知の病原体に挑む研究や対策の速さには驚くべきものがある。

 それもこれも、過去からの積み重ねがあったおかげだ。ただし、それらすべてが当初から正しく評価されたわけではない。ここでは、新型コロナウイルス感染症に関係する重要な発見をしたにもかかわらず、不遇だった2人の研究者を紹介しよう。

 1人目は、手洗いの大切さを発見した“消毒の父”ことハンガリー人の医師ゼンメルワイスだ。手洗いに感染症を防ぐ大きな効果があることは、いまや誰でも知っている。だが、このアドバイスは、19世紀にはむしろ非常識ですらあった。

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 1840年代のヨーロッパでは、子どもを産んだ母親が、産褥(さんじょく)熱と呼ばれる病気で亡くなるケースが多かった。ハンガリー人の医師、ゼンメルワイスセンメルヴェイス)・イグナーツはこの問題に関心を持ち、原因の調査に乗り出した。

助産師と医師で患者の死亡率に奇妙な差

 ゼンメルワイスが勤めていたオーストリアのウィーン総合病院には、ふたつの産科病棟があった。一方は男性医師たちが、他方は女性助産師たちが担当していた。ゼンメルワイスは、助産師が赤ちゃんを取り上げたときに、産褥熱による母親の死亡率が半分ほどであることに気が付いた。

 この現象を説明するため、多くの仮説を検証した結果、ゼンメルワイスは原因を発見する。なんと解剖用の死体だった。

 医師と医学生は午前中に解剖実習を行い、午後に産科病棟での診察やお産に対応していた。一方で、助産師たちは解剖用の死体と接触する機会はなく、産科病棟でのみ働いていたのだ。

 当時は医師が診察の前に手を洗う習慣はなく、ゼンメルワイスは「死体の微粒子」が医師や学生を通じて母親たちに移されているのではないかとの仮説を立てた。病原菌説はまだ提唱され始めたばかりであり、ゼンメルワイスは問題の物質を「腐敗性動物性有機物」と呼んだ。医師との接触で、患者たちにこうした物質が移り、産褥熱で亡くなっているというわけだ。

医学界からバッシング

 1847年、ゼンメルワイスは学生や部下の医師たちに手洗いを義務付けた。部下たちが自分の手や道具を洗うようになると、医師たちが担当する産科病棟での死亡率は大きく低下した。

 1850年の春、ゼンメルワイスは権威あるウィーン医学会で講演し、大勢の医師の前で手洗いの効果を説いた。しかし、彼の説は当時の医学の常識に真っ向から反していたため、医学界から拒絶され、その手法も論理も非難されてしまう。

 歴史学者たちは、ゼンメルワイスの説が患者の死を医師のせいにしたことも拒絶された理由だろうと考えている。産科病棟での死亡率を大きく低下させたにもかかわらず、ウィーン総合病院は手洗いの義務付けをやめてしまった。

 その後の年月は、ゼンメルワイスにとって困難なものだった。失意のうちにウィーンを去った彼は、ハンガリーのペスト(現ブダペスト)で再び産科病棟に勤める。ここでも彼は手洗いを励行し、ウィーンと同じように母親たちの死亡率を劇的に低下させた。しかし、どんなに多くの命を救っても、彼の理論は認められなかった。

 ゼンメルワイスは1858年と1860年に手洗いについての論文を書き、その翌年には本を出版している。だが、彼の理論は医学界の主流派に受け入れられなかったどころか、産褥熱の原因は別にあるとする医師たちから大きな批判を浴びてしまう。

 数年後、ゼンメルワイスの健康が悪化し始めた。梅毒またはアルツハイマー型認知症を患っていたとも言われている。精神病院に送られたゼンメルワイスはほどなくして亡くなった。

 彼の死から2年経った1867年、英スコットランド人の外科医ジョゼフ・リスターもまた、感染症の予防策として手や手術道具の消毒を推奨した。彼を批判する者もいないわけではなかったが、1870年代には、手術前に手を洗う習慣を取り入れる医師が増え始める。

 ゼンメルワイスの功績も次第に認められるようになり、彼の論文は、のちにルイ・パスツールの病原菌説につながり、患者の治療法や、病気の原因および感染経路の調査方法を変えていった。

 医師がこまめに手を洗うようになったのは1870年代のことだが、日常的な手洗いの重要性が広く知られるようになったのはそれから100年以上も経ってからだ。そして1969年、ブダペスト医科大学はその名をゼンメルワイス大学と改称した。清潔さが医療を改善すると粘り強く説いたものの、報われなかった彼に敬意を表して。

コロナウイルス発見の物語、却下された彼女の論文

 1966年にコロナウイルスを発見したジューン・アルメイダ女史も、不遇をかこった研究者の1人だ。画期的な顕微鏡技術を開発し、その前にコロナウイルスを報告していたにもかかわらず、彼女の論文はひどい誤りと判断され却下されていた。

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 英国スコットランドに生まれたアルメイダは、バスの運転手をしていた父親らと共に貸アパートに暮らしていた。学業に優れ、大学進学を望んでいたものの、家計にはその余裕がなかったため16歳で学校を中退。正式な学校教育を終えないまま、グラスゴー王立診療所で一介の検査技師として働き始め、顕微鏡を使って組織サンプルの分析を行うようになる。

 その後、ロンドンの聖バーソロミュー病院で同様の職を得て、後に夫となるベネズエラ人アーティスト、エンリケス・アルメイダと出会った。2人はカナダへ移住し、彼女はトロントにあるオンタリオがん研究所で電子顕微鏡を使う職に就く。

 この職場で彼女は新たな顕微鏡技術を開発し、まだだれも見たことがなかったウイルスの構造に関する論文を複数発表する。アルメイダが開発した顕微鏡技術は、シンプルでありながら、ウイルス学の分野においては革命的だった。

 電子顕微鏡で難しいのは、見ているものがウイルスなのか、細胞なのか、それともほかの何かなのかを見極めることだ。この問題を解決する手がかりとして、アルメイダは、ウイルス感染歴がある人から採取した抗体を使う方法を思いつく。

 アルメイダが抗体でコーティングした小さな粒子を試料に加えてみたところ、その粒子がウイルスの周りに集まって、ウイルスがあることを知らせてくれた。この技術のおかげで、臨床医が電子顕微鏡を使って、患者のウイルス感染を診断できるようになった。

質の低いインフルエンザと査読者が誤解

 自らが開発した顕微鏡技術が広く認められつつある頃、アルメイダはロンドンに戻り、聖トーマス病院医学校に職を得た。そして1964年、アルメイダ氏のところに、風邪研究所を監督していたデビッド・ティレル博士から連絡が入る。

 ティレルのチームは、病気の少年からインフルエンザのようなウイルスのサンプルを採取していたが、培養がうまくいかずに行き詰まっていた。従来の手法が通用しないことから、彼らはそれがまったく新しいタイプのウイルスなのではないかと考え始めていた。

 選択肢に窮したティレルは、アルメイダにサンプルを送り、あなたの技術でウイルスを特定してほしいと伝えた。手元の資材が限られていたにもかかわらず、アルメイダは、ティレル氏の期待以上の成果を上げる。

 アルメイダはウイルスの鮮明な画像を作成しただけでなく、以前の研究で類似のウイルスをふたつ見たことを覚えていた。ひとつはニワトリの気管支炎、もうひとつはネズミの肝炎の研究だった。彼女はそのどちらについても論文を書いていたが、いずれも却下されていた。画像がインフルエンザウイルスの質の低い写真に過ぎないと査読者に判断されていたのだ。

 ティレルとアルメイダらが顔を合わせて研究成果について議論をしている最中、この新たなウイルス群をなんと呼ぶべきかという話になった。画像をひと通り眺めた後、彼らは、丸い光の輪に包まれているかのようなその構造に着想を得て、ラテン語で冠を意味する「コロナ」という言葉を選んだ。「コロナウイルス」誕生の瞬間だ。驚くべきことに、このときアルメイダはまだ34歳だった。

久しく忘れられていた偉業

 アルメイダはウイルス学者としては1985年に引退したものの、その後も好奇心旺盛に活動を続けた。一時は聖トーマス病院にアドバイザーとして復帰し、後天性免疫不全症候群(AIDS)を引き起こすHIVウイルスをいち早く高画質画像でとらえ、発表することに尽力した後、2007年に77歳で亡くなった。

 聖トーマス病院でアルメイダと共に働いた英アバディーン大学の細菌学名誉教授、ヒュー・ペニントン氏は、彼女は自分にとって素晴らしい指導者であったと述べている。

「彼女は間違いなく、同世代のスコットランド人科学者の中でも傑出した人物ですが、残念ながらほとんど顧みられることがありませんでした」。英ヘラルド紙の取材に、ペニントン氏はそう答えている。「しかし皮肉なことに、今回の新型コロナ感染症の流行によって、アルメイダ氏の業績が再び脚光を浴びることになったのです」

 アルメイダが開発した技術は、迅速かつ的確にウイルスを同定するために現在も使われている。彼女が初めて電子顕微鏡でコロナウイルスを目にしてから57年がたった今、その業績はこれまで以上に重要性を増している。

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2021年2月 9日 (火)

【耳学】“首長竜”は「恐竜」ではなく『爬虫類』の仲間である

 ネッシーより不思議淡水域に暮らした謎多き“首の短い首長竜 

現代ビジネス 2021年2月9日(火)11時01分配信/安田 峰俊(ルポライター)

首長竜は恐竜ではありません

 プレシオサウルスやエラスモサウルスに代表される首長竜は、中生代に生息した水生の爬虫類だ。竜脚類の恐竜を連想させるような長い首を持つものも多い(後述)が、分類学的には恐竜とは比較的遠い生き物で、実はトカゲやヘビの仲間に近い。

 とはいえ、首長竜はネッシーなどの水生未確認生物のモデルとして広く知られている。映画『のび太の恐竜』や小説の『遠い海から来たCOO』など各種の一般向けコンテンツでもおなじみであることから、恐竜に次いで親しまれている古生物だと言ってもいいだろう。

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 また、1968年に福島県で発見されたフタバサウルス(フタバスズキリュウ)や、北海道で発見されたホベツアラキリュウ(発見地の穂別地域では後に「むかわ竜」の愛称を持つ恐竜カムイサウルス※右壁奥の全身骨格化石も発見される)のように、一昔前まで日本では恐竜化石の発見例が限られていたのに対して、良好な状態の首長竜化石の発見例が多かった。これも日本での首長竜人気の理由かもしれない。

 いっぽう、日本の隣国である中国において、首長竜や魚竜などの水生爬虫類の化石発見例は意外に少ない。もちろん発見例はゼロではないが、中生代の中国大陸は陸地だった地域のほうが多かったらしく、恐竜をはじめとした陸生の生き物の化石のほうがよく見つかるのだ。

首が短い首長竜

 だが、発見例が少ないことは重要性が低いことを意味しない。今回紹介するのはそんな中国の首長竜、ビシャノプリオサウルス(璧山上龍:Bishanopliosaurus)の話だ。

 ちなみに首長竜(Plesiosauria)は、日本語では「首長竜」と呼ばれてはいるものの、実は長い首を持つおなじみの体型のプレシオサウルス類と、首が短いプリオサウルス類に大きく分けられる。

 ビシャノプリオサウルスは、後者の“首が短いタイプの首長竜”である。なんだかややこしいが、あくまでも日本語の訳語ゆえの問題なので仕方ない(なお、中国語の場合はPlesiosauriaは「蛇頸龍」と訳されているので、この手のズレた表現は生まれない)。

毛沢東の死後間もない時期の発見

 ビシャノプリオサウルスの化石が見つかったのは1978年1月だ。四川省江津地区璧山県(現在の重慶市璧山区)鳳凰人民公社に所属する熊永祥たちが、近隣の梓桐人民公社にある団結炭鉱において道路建設をおこなっていた際に発見した。

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 巨大な脊椎動物の化石を見た熊永祥が、四川省航空区域地質調査隊に手紙を書いて報告したところ、調査隊員の曽紹良が現場に派遣されることになった。曽は化石を仔細に検討したうえで一部を持ち帰り、中国科学院古脊椎動物・古人類研究所に標本を送って鑑定を依頼する。

 結果、やがては中国恐竜学の著名な研究者となる董枝明(Dong Zhiming)はこれが中国で最初に見つかった良好な状態の首長竜化石であるとして、模式種としてビシャノプリオサウルス・ヨウンギ(楊氏璧山上龍:Bishanopliosaurus youngi)と命名。1980年に論文を発表した。

推定4メートル

 董枝明の論文においては、ビシャノプリオサウルスはジュラ紀前期に生息したとされ、全長は推定4メートル(後年の研究では、おそらく幼い個体だったとみられている)。化石は頭骨が失われ、頚椎も7つしか見つからず失われている骨が多かったが、胴体部分や尾についての保存状況は比較的良好だった。

 ビシャノプリオサウルスの頚椎は横に短く縦に高い形をしており、おそらくプリオサウルス類(首の短い首長竜)とみられた。また董枝明は、ビシャノプリオサウルス肩帯や腰帯の様子は、イギリスのジュラ紀前期の地層から見つかったロマレオサウルス(Rhomaleosaurus)にたいへんよく似ていると考えた。

 また、ビシャノプリオサウルスが見つかったのと同じ年代の地層からは、シノプリオサウルス(Sinopliosaurus)や、水生生活に適応したワニの仲間であるテレオサウルス(Teleosaur)の化石が出ている。

 ゆえに董枝明は論文の末尾で、ジュラ紀の四川盆地付近には海溝があったか、もしくは海と接続する巨大な河川が流れており、海生の爬虫類が海から遡上していたのではないかとする推論を記した。

日本人研究者、ビシャノプリオサウルスを論じる

 さて、文化大革命からほどない中国古生物研究の復興期である1980年に発表された論文はやがて忘れられてしまい、また(すくなくとも中国では)恐竜よりもずっとマイナーな首長竜であることから、ビシャノプリオサウルスについてもながらく注目されなかった。

 だが、今世紀に入りビシャノプリオサウルスに再び光が当たる。しかも、きっかけを作ったのは日本人研究者だった。

 現在は首長竜研究の大家として知られる佐藤たまき(現、東京学芸大学教育学部自然科学系准教授)が、カナダのカルガリー大学の大学院博士課程に在学中だった2003年、中国人研究者の李淳(Li Chun)と呉肖春(Wu Xiaochun)とともに、ビシャノプリオサウルス・ヨウンギの再研究をテーマにした論文を発表したのだ。

淡水域にいた首長竜

 論文の内容は、ビシャノプリオサウルスの骨格を再検討して特に腰周辺の部分について復元をやりなおしたことや、ビシャノプリオサウルスと他の首長竜との系統関係に不明点が多い(必ずしもロマレオサウルスに近いとは限らない)ことを確認しつつ、おそらくプリオサウルス類には含まれると論じたこと──などもある。

 しかし、より興味深いのは、ビシャノプリオサウルスが出土した地層に熱帯淡水域の動植物の化石の堆積が見られることを根拠に、ビシャノプリオサウルスが淡水域に生息していた首長竜であることをより詳しく論じた点だ。

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 実のところ、淡水域で生きていたとみられる首長竜は、イギリスやカナダ、オーストラリアなどでも見つかっているようだ。実は中国でも、1985年に報告されたユジョウプリオサウルス・チェンジャンゲンシス(澄江渝州上龍:Yuzhoupliosaurus chengjiangensis)が、まだ研究が進んでいないものの淡水で暮らしていたのではないかとみられている。

川首長竜はいたか?

 現代の自然環境においても、バイカルアザラシやヨウスコウカワイルカのように、一生を淡水域で暮らす水生の哺乳類が存在している。さらに、たまに河川を遡上する例まで挙げれば、イルカやアザラシが川に入ってくることはそれほど珍しくない。

 かつてのビシャノプリオサウルスやユジョウプリオサウルスが、たまたま河川に迷い込んだ個体にすぎなかったのか、誕生から死ぬまで淡水域で暮らす種だったのかはまだはっきりしない。だが、後者である可能性は普通にあり得る。

 恐竜時代の生き物のなかでも、首長竜はその特異な体型もあって(プリオサウルス類は首が短いことが多いのだが)私たち現代人のロマンをかきたてやすい生き物だ。そんな彼らが海から遠く離れた湖や川の中上流域にもいたかもしれないと想像すると、やはりワクワクしてしまう。

 新種つかっているのに注目されない竜脚類の仲間 

現代ビジネス 2020年7月7日(火)11時00分配信/安田 峰俊(ルポライター)

 中国を代表する竜脚類といえば、全長約22~26メートルの巨体と長い首を持つマメンチサウルス(Mamenchisaurus:馬門溪龍)だ。

 ジュラ紀中期~後期に生息したこの恐竜は、中華人民共和国の建国から間もない時期に労働者によって発見されたという政治的な宣伝効果も持っていた。そのためか国際的にも有名である。たとえば日本でも、中国の恐竜が多数登場する『ドラえもん』31巻の「恐竜さん日本へどうぞ」(1984年)にマメンチサウルスが登場しており、恐竜ファン以外からも広く名前を知られている。

 いっぽう、実はマメンチサウルスよりも早い時期に発見されているものの海外での知名度はイマイチなのが、同じ竜脚類のオメイサウルス(Omeisaurus:峨眉龍)だ。

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 マメンチサウルスと近い仲間でジュラ紀中期に生息した、全長12~14メートルほどの恐竜である。全長のなかで首が占める割合はマメンチサウルス以上にながく、背骨部分の約3倍、尾の約1.5倍に及んだという。

 実はオメイサウルスは、種レベルでの仲間が多数見つかっているほか、最近になっても新種が報告されるなど、なかなか話題が豊富である。今回は、マメンチサウルスの陰に隠れがちな月見草恐竜、オメイサウルスについて詳しく見ていくことにしよう。

自貢一帯で最初の恐竜化石、1915年に発見

 オメイサウルスの名前は、その漢字名からもわかるように四川省の名山・峨眉山(がびさん/Mount Omei)にちなむ。これまでに6~7種が報告されている仲間の多くは、四川省自貢市(現地名)の一帯で見つかることが多い。

 この自貢付近で、研究者によって最初に恐竜の化石が確認されたのは、なんと辛亥革命からほどない1915年だ(余談ながら、中国で最初に発見されて学術的な考察がなされた恐竜化石は、1902年に見つかったマンチュロサウルスである)。

 当時中華民国中央資源委員会には、アメリカの地質学者ジョージ・ラウダーバック(George Davis Louderback、1874-1957)が招聘されていた。その際に彼は四川省中南部で石油や天然ガス資源を調査した。そして、栄県付近の川原で獣脚類とみられる歯と大腿骨の化石を発見したのだ。

 もっとも、この時点でラウダーバックは化石をそれほど重視しなかったらしく、標本はアメリカに持ち帰られてカリフォルニア大学の古生物博物館に眠ることになった。

 やがて約20年が経ってから、アメリカの古生物学者C・L・キャンプ(Charles Lewis Camp、1893-1975)がこの標本を見つけ、恐竜の歯の化石であることに驚いた。そこで、キャンプはさらなる調査のために四川省に飛んだのである。

スイカ山で竜脚類を発見

 1936年春、四川省に到着したキャンプは、ラウダーバックが調査したルートをなぞりながら化石探しの旅をはじめた。彼に同行したのは、今では「中国古生物学の父」としても知られる生物学者の楊鍾健(Chung Chien Young、1897-1979)である。

 楊とキャンプのコンビは過去にラウダーバックが化石を見つけた地点を特定することはできなかったものの、調査を通じて5ヵ所の化石発掘ポイントを発見した。

 そのうちのひとつが、栄県の中心部から東に1キロほど離れた西瓜(スイカ)山の山中だ。彼らは西瓜山近くの小さな丘の上の砂質泥岩からひとかけらの化石を発見。その場所を試しに掘ってみたところ、1.5メートルもの肋骨らしき化石があらわれる。

 発掘におおむね12日間ほどを費やして、頭部と尾を除くほとんどの骨が見つかった。肋骨や脊椎、頚椎、仙骨、左上腕骨などが発見され、保存状態も良好だったのだ。

仲間は多く見つかっている

 この竜脚類の化石は北京の楊の研究室へ送られ、日中戦争下の1939年、彼がオメイサウルス・ジュンシエンシス(O. junghsiensis:栄県峨眉龍)として報告した。これがオメイサウルスの模式種である。

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 その後、オメイサウルスの仲間とされる恐竜は四川省や重慶市(1997年までは四川省に所属)から数多く見つかるようになった。

 その多くは文化大革命後の1970~80年代に化石が見つかり、新種報告がなされている。楊自身が報告したものとしては、1958年に重慶市長寿県(現在は長寿区)の水力発電用ダム工事現場で発見されたオメイサウルス・チャンショウエンシス(長寿峨眉龍:O. changshouensis)がある。

 もっとも、一部の種名についてはその後に疑問名ではないかと議論になったり、近年になってからオメイサウルスではなくマメンチサウルスの仲間ではないかとする指摘がなされたりと、まだまだ中国の恐竜研究が黎明期だった時期の発見であるだけに混乱も少なくないようである。

2020年にも新種報告

 オメイサウルスの仲間は近年になっても化石が見つかっている。なかでも最も新しいのは、2020年2月に報告された、全長16メートルほどと推定されるオメイサウルス・プシエンニ(普賢峨眉龍:O. puxiani)だ。

 見つかったのは重慶市雲陽県普安郷の山のなかであり、周囲一帯は後の研究によって、世界的な規模の恐竜化石群であることが判明した。

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 2015年年初に普安郷の住民からの恐竜の化石らしきものを発見したとの報告を受け、国土部門は直ちに露出部分の調査及び一時的な保護作業を開始した

 調査結果により、沙溪廟組岩層から上に約5キロの範囲内に、露出した恐竜の化石があることが分かった。その中心エリアの露出した部分の長さは550メートル

 国土資源部の批准を経て、2016年10月に普安郷古生物化石発掘作業が全面的に始まった緊急発掘作業により、すでに長さ150メートル、厚さ2メートル、高さ8メートルの恐竜化石壁が形成されている。壁の面積は1155平方メートルで、17ヵ所の化石密集小エリアが含まれる

 調査によると、壁の中にはまだ大量の恐竜の化石が残っており、少なくとも深さ20メートルに埋蔵しているとみられている中心エリアから約1キロ離れたジュラ紀前期自流井組地層の中にも、密集した恐竜の化石が露出しており、今後さらなる発掘・研究作業が続けられる予定だ。(『人民網』日本語版 2017年6月29日

大量死で生まれた恐竜化石壁

 2020年6月9日付の『光明日報』によると、この恐竜化石壁からは、竜脚形類・竜脚類・獣脚類・鳥脚類・剣竜類など各種の恐竜の化石が見つかった。さらに海生爬虫類の首長竜類やカメ類、二枚貝など海の生き物の化石も発見されている。その数は、2020年6月までに1万点近くにのぼるという。

 中国の著名な恐竜学者・徐星(Xu Xing、1969-)の見立てによれば、この土地は1億6000万年ほど前は湖の岸辺だったようだ。しかし、幾度かの大規模な災害により生物の大量死が発生。それがこの「恐竜化石壁」が成立した事情だとみられている。

 オメイサウルス・プシエンニは、2017年に全身の化石が掘り出されており、全身の約40%が見つかった。仙骨の形、首の構造などが、いずれもこれまでに見つかったオメイサウルスの仲間とは大きく違うため、新種として報告されたようである。

 中国最古参に近い恐竜としての存在感を放ちつつ、2020年の新種発見ニュースまで、オメイサウルスはさまざまな話題を提供し続けている。地味だが出場機会が多い、いぶし銀の中国恐竜だと言えるだろう。

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 人気の双頭シマヘビ急死4年半の生涯の成長記録 

J-CASTニュース 2021年2月9日(火)14時03分配信

 爬虫類ショップ「マスターオブドラゴン」(横浜市)で飼育されていた、1つの身体で2つの頭を持つ「双頭シマヘビ」が、2021年2月4日に亡くなった。約4年半にわたり成長を見守り続けた同店が公式ツイッターなどで発表した。

 たくさんの人々に愛されてきた双頭シマヘビについて、「マスターオブドラゴン」の店主・日野原創さんが6日、J-CASTニュースの取材に応じた。

運命的な何かをこの子達に感じました

 突然の別れだった。日野原さんは4日、ツイッターでその死をこう伝えた。

「本日2月4日、原因不明ですが双頭シマヘビが急死しました。昨日もいつもと変わらずの2人でしたが突然です。飼育年数、約4年半、毎日明日も元気でいてくれるかな?と思いながら飼育していましたが、その時はあまりに急でした。もっと長生きさせてあげたかったですが、、成長を見守ってくれた皆様ありがとう」

 双頭シマヘビは長らくネットニュースやSNSなどでも注目を集め、多くの人に愛されてきた。それだけに、SNS上では驚きとともに数多くの哀悼の声が寄せられている。

 関西地方で2016年、生まれたての状態で発見された双頭シマヘビ。

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 日野原さんによれば、自然界でこうしたヘビが見つかるのは希少だ。日野原さんは、発見者からSNSを通じて譲り受けたという。

「元々マスターオブドラゴンの店主がアマチュアバンドをやっていた時のバンド名がTWO HEADだった事もあり運命的な何かをこの子達に感じました」

 希少な双頭シマヘビの飼育は、試行錯誤を重ねた。日野原さんはまず、片方の頭からエサを与えて様子を見た。

「双頭の個体の中には内臓が繋がっていないものもいます。見つかったときは赤ちゃんの柄だったので、まだ1回も餌を食べていない可能性もありました」

 無事に糞をするのを確認出来たら、もう片方の頭からも同じように餌を与えて様子を見た。順番に餌を与えるのは、どちらの頭から食べても内臓がしっかり機能するか確認するため。その結果、どちらの頭からも無事に餌を消化できることが分かった。

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 日野原さんは双頭のシマヘビが少し成長してから、病院に連れていった。まだ小さかったので負荷のかかるMR検査などはできなかったが、レントゲン写真だと内臓は1匹分しかないように見えた。

さらに成長すると新たな発見が

 双頭シマヘビが成長すると、また新たな発見があった。ヘビの腹には、まさに「ジャバラ」のような平たい横長の鱗がある。このような腹の真ん中に、普通のシマヘビには見られない「筋」のようなものが見つかった。そしてこの筋を境に左右の鱗にズレが確認できた。このことから日野原さんは、本来は双子だったものがくっついて生まれてしまった「ツーボディ」のシマヘビだったのではないかと推測している。

「本来は卵の中で双子だったものが、くっついて生まれてきたんでしょうね。くっつきかた次第では、カメとかだとたまに足も増えていることがあります。ただ、ヘビはもともと手足がないから分かりづらかったのですが、その筋を見た時に2匹がくっついたものなのだと分かりました。さらに普通のシマヘビより体が太かったので、やはり2匹分なんですね」

 臓器は共有しているようにみられるものの、2匹のシマヘビたち。日野原さんは2つの頭からエサを与えた。

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 見に来た客からは、「胃が一つなら食べるのはどちらかで良いのか」という質問もしばしば寄せられた。しかし日野原さんは、片方だけに餌を与えていれば、脳と内臓の感覚がちぐはぐになってしまうのではないかと懸念した。

「人間でいえば1人だけにあげるってわけにもいかないじゃないですか(笑)また脳は2つなので両方に与えないと、食べてないのにお腹いっぱいな状態が続く事になる。そして1匹がストレス感じて衰弱したら、もう1匹も弱っちゃうんで」

たくさんの出会いをもたらした双頭シマヘビ

 双頭シマヘビは脳が2つあるため、動きにぎこちなさが表れることもあったが「割と上手く」動くことができていたという。月に一度は脱皮を行い、約110センチメートルまで成長した。

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 手塩にかけて育ててきた双頭シマヘビの、突然の死。日野原さんは取材の最後、応援し続けてきた人々に向けて、こう述べた。

「双頭シマヘビに会いに来てくれた皆様、SNSで成長を見守ってくださった皆様、本当ありがとうございました。爬虫類が苦手な方からも『爬虫類に興味を持った』『または好きになった』など色々な人からありがたいお言葉をいただきました。またこの子達がきっかけで色々な方に出会えた事もありました。まだまだニッチな爬虫類の世界ですが、爬虫類を取扱う人間としてはこの子達に今は感謝しかありません。ありがとうございました」

 

2021年2月 5日 (金)

【特別読み物】なぜ<顔は前向きなのか>口の発達から進化を考える

 なぜを向いてる生物進化をの発達から考えてみた 

現代ビジネス 2021年2月5日(金)11時01分配信/馬場 悠男(国立科学博物館名誉研究員)

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 ごはんをお腹いっぱい食べたい! ――太古の昔から、生物は命をつなぐエネルギーの吸収が最重要課題でした。膜を通して吸収するより効率良い吸収方法、つまり体の前端に取り入れ口を設けたのです。この時、「顔」の歴史は幕を開けたのでした。 やがて、入れるばかりの穴は、咀嚼機能を獲得し、食性の変化とともに、「顔」として複雑に変化していきました。今回は、顔のオリジナル構造ともいえる口を中心に、「顔」のできる過程をみていきたいと思います。
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あなたの顔は、環境に適応するための努力の結晶

 あなたが鏡を見ると、あなたの顔が見える。それはあなたが他人に見せている、あなた自身の姿にほかならない。では、あなたの顔はどこからやってきたのだろう。そしてこれから、どこへ行くのだろう。

 そもそも動物の顔は、食べるためにできあがった。やがて、外界のさまざまな刺激を感知するようになり、さらには情報を発信するように進化してきた。顔には、さまざまな動物がそれぞれの環境に適応するために努力してきた工夫が満載されている。だからあなたの顔は、動物進化が長い時間をかけて生みだした、究極の傑作なのだ。

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 顔には、身体の部品(器官)のうち眼、鼻、口、耳などが集まっている。しかし、なぜこれらが1ヵ所に集まっているのか、そしてその領域を我々がなぜ顔と見なすのかはわからない。そこで、そもそも顔はどのような動物にあるのかを考えてみよう。

顔と認識できる条件とは

 イヌやネコなどの哺乳類、ツバメやフクロウなどの鳥類、ワニやヘビなどの爬虫類、カエルやサンショウウオのような両生類に顔があるのは、疑いがない。そこには、我々の顔と同じように眼、鼻、口、耳が集まっている。

 鳥類、爬虫類、両生類の耳は、「耳介」がないので見つけにくいが、鼓膜が皮膚に露出しているのでそれとわかる。

 魚類では、口と眼はすぐにわかっても目立った鼻と耳はない。それにもかかわらず、我々はそれを顔と見なしている。

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 これらの顔はいずれも、左右対称という「体制」(身体の基本デザイン)を持ち、その正中部に前から後ろに連なる「脊椎」によって構成された「脊柱」を持つ脊椎動物なので、共通の基盤に立っていると理解してよい。では、節足動物ではどうだろうか? 

 脊椎動物とは体制の違うカブトムシやエビ、あるいはムカデのような節足動物にも顔がある。ただし、口と眼はあるが、鼻と耳は別のところにある。匂いを嗅ぐ鼻の役割は触角に、呼吸器としての鼻の役割は胸部から腹部の体節ごとの気門に、そして耳の役割は脚にある。

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 これらの動物の顔はそれなりの存在感を持っているが、脊椎動物の顔と相同(起源を同じくする)と見なしてよいかどうかは難しい。頭部を形成するという大きな意味では相同だが、個別の部品に関しては相同とはいえないからだ。

 節足動物も、左右相称と分節構造という体制を持ち、前後の区別があることにおいては脊椎動物と同じである。では、前後の区別さえない、さらに原始的な動物ではどうだろうか? 

はじめに口ありき

 左右相称の動物は、一般に、決まった方向に比較的速く動き(速く動くために左右相称になったともいえる)、その方向が「前」になる。前端が、変化しつつある外界に最初に出会うのだ。

 食物に最初に近づくのも前端である。したがって、前端に口があり、そのほかの感覚器も集中することが望ましい。逆に見ると、口を前にして、一定以上の速さで動くと食物が入ってくるので、そのような動物に顔ができたともいえる。

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 一定の方向に移動する動物の口が、咀嚼器のはじまりとなり、そのまわりに感覚器が集中することで、基本構造ができあがったのである。つまり、動物の顔はまず、水中の動物に、口がつくられたことから始まったのだ。このことを「はじめに口ありき」という言葉で端的に表現したのが、立教大学名誉教授で日本顔学会の初代会長だった香原志勢(こうはら ゆきなり)である。

 では、その顔のはじまりである口は、その後、どのように発達していくのだろうか? ヒトにもつながっていく脊椎動物の口の進化を追ってみよう。

口が動きを獲得したのはいつ?

 単なる穴である入り口が、口として独立するのに重要なのは顎であると言えよう。例えば、脊椎動物の原初の姿を示すといわれる頭索動物のナメクジウオには、身体の前端下面に口があり、眼や鼻はない。光は、脊髄につながる眼点で感じ取っている。おそらく、最初の脊椎動物もこのような姿をしていたことだろう。

 ナメクジウオの口は、多数の細かい外触手によって水底の餌を探して吸い込む構造になっているが、顎はないので単に吸い込むだけだ。

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 円口類の一種であるヤツメウナギには、普通のサカナである顎口類のような顎はない。そのため無顎類とも呼ばれるが、口が吸盤のような構造をしていて、大きな魚に吸いついて暮らしている。

 口の中には鋭い歯がたくさんあって、皮膚をえぐり、体液を吸い取っていて、吸いつかれた魚は死んでしまうこともある。ヤツメウナギの暮らしぶりにはあまり共感はできないが、口と眼があるので、立派に顔を持っているように見える。ただし、彼もまた、顎がないので咀嚼することはない。

 ヤツメウナギという名前の由来は、顔から頸にかけて8つの眼があるように見えることだが、そのうちで本物の眼はいちばん前の眼だけであって、残りの眼らしきものは鰓孔(さいこう)、つまりエラの孔である。

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 鰓孔はサメなどの軟骨魚類全般に見られる構造で、口から入った水を排出するための孔なのだ。硬骨魚では、鰓が集められ、鰓蓋の下にしまい込まれたので、鰓孔はなくなった。

 7つの孔の間には、酸素を吸収して二酸化炭素を放出する鰓と、それを支える鰓弓(さいきゅう)という骨がある。この鰓弓のうち、前方のものが発達して、上下の顎骨になった、というのが脊椎動物の顎の"はじまり物語"とされている。

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 顎骨という頑丈な構造を持つ顎をつくりだした有顎類のなかから、デボン紀には、ダンクルオステウスなどの板皮類が栄えたことがある。彼らは太さが1メートルもある巨大な頭部を持ち、顎の骨がそのまま鋭い切縁を形成していた。それは、消化器の入り口が積極的に餌を捕らえようとすることで「顔」の存在感を高めたことを意味している。

"捕らえた"餌を"噛み砕く"

 獲物を捕らえて噛み砕く道具として、顎の骨の次に発明されたのは歯である。それは、軟骨魚のサメの皮膚にある骨瘤のような組織(皮歯)から発達したと考えられている。

 硬骨魚になると、多くの種が餌を丸呑みしてしまうようになったため、歯が生えていないものや小さな歯しかないものもいる。立派な鋭い歯が顎にたくさん生えているのはタイである。

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 両生類と爬虫類は、餌をとるために上下の顎を持ち、歯が生えているという構造は似ている。いずれも歯は尖っていて、獲物を捕らえるか食いちぎるが、哺乳類のように噛みつぶすことはできない。それは鼻腔と口腔を隔てる口蓋が不完全なので、ゆっくり噛みながら息をすると、食物が気管に入って窒息するからでもある。

 爬虫類になると、顎骨にしっかりと歯が植わるので、強力な捕食行動が可能である。しかも、何回でも生え替わる「多生歯性」のため、万が一、折れても心配がない。私はそうではないが歯医者嫌いとしてはうらやましいかぎりだろう。

 ただし、爬虫類の歯はどれも同じ形で(これを「同形歯性」という)、犬歯のように尖っているので、細かく噛み砕く機能はない。大きな獲物は食いちぎって丸呑みしてしまう。

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 大きな餌を丸呑みすると、消化に時間がかかる。だから一般的に彼らは代謝速度が遅く、活発ではないし、寒い地域は苦手である。ヘビのように、大きな餌を食べたらしばらく動かない、冬には冬眠するという作戦を採らざるを得ない場合もある。

 哺乳類では、歯が切歯・犬歯・前(小)臼歯・後(大)臼歯と機能ごとに分化した「異形歯性」のため、とくに臼歯によって「細かく噛み砕く」ことができるようになった。これは硬く繊維質の多い食物を消化しやすくする効果がある。

 その結果、食いちぎった硬い食物をゆっくり噛んで、唾液も混ぜて消化しやすくなった。つまり、エネルギー生産の能率がよくなったのだ。そのことが、体毛の発達と合わさって、体温を高く保ち、活発な行動や、寒冷環境で棲むことを可能にしたのである。

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 さらに、歯と顎骨の間には、前述した歯根膜ができて、歯に加わる強い衝撃を吸収するとともに、神経分布が密になることで微妙な圧力を感じて、咀嚼力を調整している。自分の歯をそっと触ってみると、いかに歯根膜が敏感かわかる。

 ただし、哺乳類の歯は、乳歯から永久歯へと1回しか生え替わらない「二生歯性」となったので、歯は大事にしないといけなくなった。

 哺乳類がエネルギーの生産能率を高め、生存環境を広げることになった口の機能発達は、異形歯性のためばかりではない。歯と密接に連動する、ある構造が関与している。

哺乳類には、歯の相棒、頬がある

 生類や爬虫類は、餌を丸みしてしまう。大きななら食いちぎることはあっても、噛み砕くことはない。それは、すべての歯が尖っていて(同形歯性)、細かくみ砕くことができないからだ。鼻腔と口腔も完全に分離されていないので、ゆっくりみながら息を吸うと食物が気管に入ってしまうこともある。

 哺乳類の特徴は、文字通り「乳で育てる」ことである。栄養豊富な乳があるから赤ん坊がよく育つことは、いうまでもない。イルカのように乳を舐めとる動物もいるが、乳を吸う場合には、口腔を陰圧にして、頬(正字では、偏が「夾」)と口によって口腔を密閉すると都合がよい。

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 前にも述べたとおり、哺乳類の歯は爬虫類とは違って機能別に特殊化している異形歯性だ。哺乳類にとって頬が必要なのは、臼歯で食物をよくむときである。単純に食物がこぼれないためだけではなく、舌(舌筋)と頬(頬筋)が内と外から協力して、食物を上下の歯の間に適切に押し込むことが必要なのだ。ときどき失敗して舌や頬を噛んでしまうことがあるくらい、舌とは歯と密接している。

 細かく食物を噛み砕けば、消化が速いので、哺乳類は爬虫類に比べて代謝が高く、一定の体温を維持しながら活発な運動ができる。寒い地域でも暮らせるようになったのは、頬によって、口の機能は飛躍的に高まったためでもある。

 もともと口と顔の関係は、「食う」という生物としての最重要課題を満たすことから始まった。食う機能にはのちに、攻撃や威嚇という機能も含むようになる。しかし、残念ながら咀嚼器官は、我々ではすでに退化している。

 たとえば、臼歯は猿人になって拡大した。そして、原人以降では、歯全体が退縮した。これらの変化は人類が異なる環境に暮らしの場を広げていった際に、生息環境によって食物の質が違い、それに歯と顎が適応するからだ。犬歯は、攻撃の道具となり、暴力性と関係するが、初期猿人の時代には急速に退縮した。なぜこのような変化が起こったのかは、また別の機会に改めてお話ししたい。

ヒトならではの赤い唇は、何のためにある?

 本来は消化管の入り口の縁取りにすぎなかったにもかかわらず、頻繁にちょこまか動いて、顔の中ではやけに目立っている唇も忘れてはならない。ヒトに特有の唇は、解剖学では「赤唇縁」と呼ばれ、皮下脂肪がないので、毛細血管が透けて赤く見える。

 一般には、赤唇縁があるのは赤ん坊が乳首にうまく吸いつくためといわれる。ヒトの女性の乳房は、ほかの哺乳類と違って皮下脂肪が多いので、乳首がめり込んでいるからだ。ちなみに、乳房に皮下脂肪が多いのは、丸いお尻の魅力がここに転換したともいわれる。

 しかし、微笑んだり、甘い言葉を発したりして微妙に動く唇が、強烈なセックスアピールになることは誰でも知っている。古来、女性が口紅を塗る理由もそこにある。

 また、肌の色が白いと唇が小さくても赤い色が目立つが、肌の色が濃いと唇にもメラニンが多くなり赤い色が目立たない。そこで、たとえばアフリカ人に典型的なように、肌の色が濃い人々ほど、唇が大きい、あるいは縁が盛り上がって目立つようになっている傾向がある。赤ん坊吸乳仮説よりセックスアピール仮説が有力な根拠の1つだ。

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 人類進化的に見れば、直立二足姿勢の発達とともに、咀嚼器官が退縮して歯列が後退したために、唇とその付近の皮膚の立体感が生まれた。そして、審美あるいは性選択の観点では、唇の上下の凹みと隆起は、唇の魅力をさらに引き立てている。とくに、陰影が勝負の大理石や石灰岩の彫刻を見るとそれがよくわかるだろう。

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 こうして、「はじめに口ありき」で食物の取り入れ口は、食物や生活、行動の場の拡大にともなって咀嚼器として発達し、それとともに顔が顔として確立するようになった。ヒトでは、自由に動く手の獲得と、それがもたらした道具や文化の発達によって、意味を表す区切りをもつ有節音声言語をしゃべることが機能として重要になったことも忘れてはならない。顔全体で見るなら、口以外の目や耳といった主に感覚器官の発達も、顔の形成に関係している。

 この度、ブルーバックスより刊行された『「顔」の進化』では、こうした「顔」の形成の過程や人類学的な背景について、より詳しく解説した。ご一読のうえ、あなたの顔の由来と不思議を知るきっかけとなれば幸いである。

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「顔」の進化
あなたの顔はどこからきたのか
そもそもなぜ顏があるのか? 顏は何をしてきたのか? 太古の生物の体の最先端に、餌を効率よく食べるために「口」ができたときに、顏の歴史は幕を開けた。その後の激動は、いかにしてあなたの顔をつくったのか? 思わず鏡を見たくなる、顏に刻まれた進化の妙! 
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2021年1月31日 (日)

【横綱鰮】新種の深海魚「ヨコヅナイワシ」✍駿河湾で発見!

 駿河湾で新種深海魚発見ヨコヅナイワシと命名。

時事通信 2021年1月30日(土)5時31分配信

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 駿河湾で全長が最大1メートル38センチある新種の深海魚を発見したと、海洋研究開発機構が30日までに発表した。

 セキトリイワシ科の中で最も大きく、和名は「ヨコヅナイワシ」と名付けられた。

 駿河湾では漁業や魚類調査が長年行われており、大きな新種が見つかるのは珍しい。深海の食物連鎖の頂点近くに位置するとみられ、生態系を守るためには生息範囲や個体数、寿命の解明が必要という。

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 駿河湾に1㍍超の深海魚「ヨコヅナイワシ」海洋機構研究チーム発見 

毎日新聞 2021年1月25日(月)19時00分配信

 静岡県沖の駿河湾で、海洋研究開発機構などの研究チームが全長1メートルを超える新種の深海魚を発見した。駿河湾の深海で食物連鎖の頂点に君臨し、体長30センチ程度の「セキトリイワシ」の仲間の最大種とみられることから、「ヨコヅナイワシ」と命名した。報告をまとめた論文が25日、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載された。

「日本で一番深い湾」として知られる駿河湾の生態系は未解明な部分が多い。

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 チームは2016年、底はえ縄漁で調査し、水深約2100~2600メートルの深海から計4匹の未知の大型魚を釣り上げた。全長は1・22~1・38メートル。うろこは鮮やかな青色で、「生きた化石」とも呼ばれる深海魚シーラカンスをほうふつとさせる姿だった。

 コンピューター断層撮影(CT)や遺伝子解析を実施した結果、大相撲の関取が名前の由来とみられるセキトリイワシ科に分類される新種と判明。胃の内容物の分析から、他の深海魚を捕食し、生態系の頂点に位置していることも分かり、横綱にちなんで命名した。

 チームは海底で泳ぐ姿の撮影にも成功。高い遊泳能力と大きな口を生かして捕食しているとみられるという。

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 深海は海の中で最も広大な領域だが、浅い海域におけるシャチのような生態系の頂点に位置する捕食者は海域によって異なり、ほとんど知られていない。

 海洋機構の藤原義弘・上席研究員は「漁業はより深い海で行われるようになっているが、頂点捕食者が漁によって絶滅の危機にひんすれば、生態系のバランスが大きく崩れる可能性もある。深海の頂点捕食者の種類や役割を調べ、海の持続的な利用につなげていきたい」と語る。

 体長体重25 新種の深海魚ヨコヅナイワシ駿河湾で発見 

朝日新聞デジタル 2021年1月25日(月)19時00分配信

 静岡県沖の駿河湾の水深2千メートルを超す深海から、体長1・4メートル、体重25キロに達する新種の魚を海洋研究開発機構などのチームが見つけた。90種以上いるセキトリイワシ科の魚の中で最も大きく、駿河湾の深海域で生態系の頂点に位置すると考えられるため、「ヨコヅナイワシ」という和名が付けられた。

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 発見したのは、同機構海洋生物環境影響研究センターの藤原義弘・上席研究員や河戸勝・准研究副主任たちだ。25日付で科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表した。

 2016年に駿河湾で、神奈川県立海洋科学高校の実習船「湘南丸」を使って深海はえ縄による調査を実施し、青みがかった体色をした未知の深海魚4匹を捕らえた。

 これらは、頭部にうろこがないことなどから、セキトリイワシ科に属するとみなされた。

 だが、一般的な大きさが30~40センチの同科にあっては巨大、背びれがしりびれより体の前にある、うろこの列が多い、背骨の前後の構成数が異なるといった形態的特徴を持つ。

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 近縁種とも遺伝的に差があることから新種と判断された。学名はナルセテス・ショウナンマルアエ(Narcetes shonanmaruae)で、調査に使った湘南丸にちなんだ。

 なお、セキトリイワシ科は、食用にされるマイワシやカタクチイワシなどとは全く異なるグループになる。

 駿河湾食物連鎖の頂点大型深海魚コヅナイワシとは… 

SciencePortal 2021年1月27日(水)15時54分配信

 静岡県沖駿河湾の水深2000メートルを超える深海で見つかった巨大魚が新種であることが分かった、と海洋研究開発機構(JAMSTEC)が25日発表した。この新種は深海に生息するセキトリイワシ科の魚の中でも全長1メートルを超え、重さは最大約25キロに及ぶ“横綱級”であることから「ヨコヅナイワシ」と命名された。駿河湾深海における食物連鎖の頂点に立っている可能性が高いという。

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 JAMSTEC地球環境部門海洋生物環境影響研究センターの藤原義弘・上席研究員、河戸勝・准研究副主任らのチームは、2016年の2月と11月に神奈川県立海洋科学高等学校の実習船「湘南丸」を使って静岡県沖の駿河湾口で深海底調査を実施した。

 その結果、水深2171~2572メートルの深海の調査で巨大な魚4匹を見つけ捕獲した。深海に生息するセキトリイワシ科の魚は大きくても全長35センチ程度だが、4匹はこれよりもはるかに大きく、全長122~138センチ、体重は14.8~24.9キロもあった。

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 JAMSTECの研究チームは、これらの巨大魚を捕獲後、詳細な形態観察や遺伝子解析を行った。従来のセキトリイワシ科の魚と比べると、背びれと臀部(でんぶ)のひれの位置関係や青いうろこの並び方が異なるほか、体の大きさの割には目が小さいものの口は大きく、上下のあごに発達した歯が並んでいる、といった多くの外見的特徴があることが明らかになった。

 また、セキトリイワシ科の魚はゼラチン質のプランクトンを主食とするが、見つかった巨大魚の胃からは魚を食べた痕跡が見つかり魚食性であることが分かった。さらに遺伝子解析結果から、これまでのセキトリイワシ科の魚と遺伝的に差があることも判明したという。研究チームはこれらの調査結果から、この巨大魚はセキトリイワシ科として最大種となる新種と断定。ヨコヅナイワシと命名し、学名は調査船の名前をもらって「ナルセテス・ショウナンマルアエ」(Narcetes・shonanmaruae)とした。

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 藤原上席研究員らはヨコヅナイワシの体の組成や深海での生態も調べた。体内のアミノ酸に含まれる窒素を分析すると食物連鎖の上位にいるか下位にいるかが分かる。窒素分析の結果、ヨコヅナイワシは駿河湾で泳ぐ魚を食べる食物連鎖の最上位に立っている可能性が高いことを突き止めた。水深約2600メートルの深海に設置したカメラは、この巨大魚が海底付近を活発に泳ぐ姿を捉えたという。

 研究チームは「駿河湾のような近海で1メートルを超える魚がそれまで未発見のまま生息していたことを考えると、海洋生物の多様性に関する知見はまだまだ不十分なことが分かる」などと指摘。今後も地球環境変動が深海生態系に及ぼす影響などの調査研究を続けるという。研究結果の論文は、25日付の英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載された。

 ヨコヅナイワシ駿河湾トッププレデター(最強捕食者) 

ねとらば 2021年1月26日(火)20時30分配信

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 国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)は25日、静岡県沖の駿河湾深海域にてセキトリイワシ科の新種を発見したと発表。「ヨコヅナイワシ」と命名しました。

 同機構の深海生物多様性研究グループは2014年より、駿河湾の深海域の調査を開始。2016年2月および11月に、全長140センチ、体重25キロに達するセキトリイワシ科の魚類を採集しました。

 分析の結果、採集魚類は一般的によく知られるセキトリイワシ科魚類(最大標準体長は平均約35センチ)よりも非常に大きく、これまでに知られるどの同科魚類とも異なる特徴を示したことから、同科最大の新種と判断。

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 また食性調査の結果、同種は駿河湾の生物の中で最も高い栄養段階を示し、同種を食すものがいない頂点の捕食者“トップ・プレデター”の可能性が極めて高いことがわかりました。

 トップ・プレデターは一般的に個体数が少なく、乱獲などによる消失の危険が高い生物。また研究が盛んな海域である駿河湾での1メートルを超える新種の発見は、海洋生物の多様性に関する知見がまだまだ不十分であることを示します。

 同機構は今後の展望について「生態系への影響力があり、脆弱で環境変動の影響を受けやすいトップ・プレデターの深海域における多様性と役割の解明が急務」「これまでに実施されている調査方法に加え、迅速かつ簡便に海洋生態系の現状を把握することができる新たな手法の開発に早急に取り組む」としています。

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 さて、こちらの亀も“新種発見かも!?

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🔍ミドリガメ(スライダー系)の頭部に、草亀の胴体(黒くて丸い甲羅/長い長い尾)まさかのハイブリッド(2020年11月2日生まれ)個体かな?
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 名古屋溜池外来種との交雑ガメ 在来種駆逐 

朝日新聞デジタル 2010年4月4日(日)16時2分配信

 外来種と在来種が交雑したカメが、名古屋市内のため池で見つかった。飼育下ではなく、野生で交雑した可能性があるという。専門家は、交雑によって遺伝子の汚染が広がり、在来種の生息地を圧迫する可能性を指摘する。

 交雑したカメが確認されたのは、名古屋市昭和区の住宅街にある「隼人(はやと)池」。市や市民が昨年9月に調査した際、35匹の在来種のカメのほか、外形からは種を分類できないカメが9匹見つかった。

 愛知学泉大の矢部隆教授(動物生態学)らが8匹のDNAを分析したところ、台湾や中国南部などに生息するハナガメと在来種との交雑カメと確認。2匹はニホンイシガメとの交雑カメで、6匹はクサガメとの交雑カメだった。元の3種類のカメは同じイシガメ科だが、属が異なる。ハナガメはペットとして国内に入り、放されたとみられる。

 交雑カメは見た目も、親世代の特徴が交ざっている。ハナガメは頭部から前脚にかけて黄緑色のストライプ模様があるが、クサガメは線や点が混在している。一方、交雑カメは頭の上側がストライプで、下側にはクサガメに似た模様が入っている。

 甲羅の裏側も同様だ。ハナガメは側面に斑点模様があるが、ニホンイシガメは全体的に黒く、模様がない。一方、交雑カメはまだら状に黒っぽく、斑点模様が表れている。

 矢部教授によると、ライオンとヒョウが交配したレオポンなどはふつう生殖能力がないが、交雑カメは繁殖してしまう。これらのカメは、核の形や染色体の数が同じため、交雑する可能性が高い。メスは交尾から数年間は体内に精子を保存でき、交雑の確率を高めるという。

 矢部教授は、交雑が繰り返されて遺伝子の汚染が広がることを懸念する。「生物は進化によって地域に合うように遺伝子を構成している。交雑してしまうと、遺伝子が劣化して、地域の遺伝集団が衰退する可能性がある」と話す。

 また、交雑が広がる過程で、交雑カメによって在来種が駆逐されるおそれもある。

 ハナガメは、ニホンイシガメやクサガメより体が大きく、1回に産む卵も多い。交雑カメはハナガメの特徴を持つため、エサや生息地域が重なった場合、在来種より優位になるという。矢部教授は「交雑カメが増えて在来種が減れば、その地域固有の生態系が変わり、生態系の多様性が失われてしまう」と指摘する。

 こうした在来種への影響や交雑のおそれなどから、環境省はハナガメを「要注意外来生物」に挙げる。10月に名古屋市で開かれる生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、こうした外来種問題も重要課題となる。

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2021年1月22日 (金)

【暗号資産】流出のNEM(ネム)「不正交換」容疑✍31人を立件

 ビットコイン急落の要因 イエレン発言とコインチェック暗号資産流出 

Yahoo!コラム 2021年1月22日(金)12時07分配信

 ビットコインは日本時間の8日の朝に、一時4万ドルを超えた。2017年につけた最高値の2倍以上になった。過剰流動性相場が暗号資産にも影響していたのかもしれないが、かなり投機的な動きであったことは確かである。

 ビットコインは名前にコインが付いており、当初は仮想通貨と呼ばれていた。しかし、これだけ値動きが激しいものは通貨とは呼べない。呼称も結局、暗号資産と改められた。しかし、これが金融資産といえるかどうかも怪しいところではある。投機対象物と見ざるを得ない。

 しかし、そのビットコインに代表される暗号資産には、別途利用価値があったようで、それが浮き彫りにされたのず、3年前のコインチェック暗号資産流出事件であった。

 NHKは22日に、「3年前、いわゆる仮想通貨=暗号資産の大手交換会社「コインチェック」から580億円相当の暗号資産が流出した事件で、警視庁がこのうちおよそ200億円分について、不正に流出したと知りながら別の暗号資産との交換に応じたとして、数十人を検挙していたことが捜査関係者への取材で分かりました。」と伝えた。

 3年前の2018年1月に暗号資産の大手交換会社「コインチェック」から「NEM」と呼ばれる暗号資産、およそ580億円相当が外部からの不正なアクセスを受けて流出した。

 その後、匿名性の高い闇サイトで通常より安い価格での交換が呼びかけられた。これは犯罪で得た資金を合法的なものに見せかける、いわゆるマネーロンダリングが目的であるのは明白で、不正に流出したと知りながら別の暗号資産との交換に応じた医師や会社役員など数十人が組織犯罪処罰法違反などの疑いで逮捕または書類送検された。

 一方、流出そのものに関わった人物の特定には至っていないようである。暗号資産は利用者の氏名など個人情報を登録した取引所を介さなければ、所有者や受け取り手を特定するのが難しく、匿名性が高いとされている。3年間もの間、人物の特定には至っていないこともそれを示す。それだけ犯罪に使われやすいものともいえよう。

 これに対して、米国の次期財務長官に指名されたイエレン氏は19日の議会公聴会で、、暗号資産(仮想通貨)に関わるマネーロンダリングやテロリストの利用等、犯罪に利用される点が課題だと指摘した。

 これを受けてバイデン米新政権が仮想通貨の規制を強める可能性が強まったとして、ビットコインが21日の取引で約10%程度も急落し、それにコインチェック暗号資産流出事件による検挙報道が追い打ちを掛けて、一時3万ドルの大台を下回ったとみられる。

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 NEM流出、不正交換容疑31人立件 主犯格不明 

朝日新聞デジタル 2021年1月22日(金)11時55分配信

 暗号資産(仮想通貨)交換業者のコインチェック(東京)が2018年1月、ハッキングされて約580億円分の暗号資産NEM(ネム)が流出した事件で、警視庁は22日、計約188億円分のNEMを別の暗号資産と交換したとして、これまでに6人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の収受)容疑で逮捕、25人を書類送検したと発表した。流出させた人物はわかっておらず、同庁は捜査を続ける。

 事件の発覚は18年1月26日。顧客の暗号資産を保管していた口座の「暗号鍵」がハッカーに盗まれてNEMが流出し、ウェブ上で約150の口座に入金された。発信元を追えない「ダークウェブ」上にNEMを別の暗号資産と交換する闇サイトが現れ、不正と知りながら交換する人が続出。約1カ月半でほぼ全てが交換された。

 サイバー犯罪対策課によると、これまでの捜査で、ハッカーがコインチェックの社員のパソコンをマルウェア(悪意あるプログラム)に感染させ、同社のネットワークサーバーに侵入したことがわかった。

 同社が提携していた海外の大学の関係者を装い、「あなたの暗号資産の記事を学術誌に掲載したい」といったメールを送信。テレビ会議への参加を要請し、メールに添付したマルウェアをダウンロードさせたという。

 警視庁がこれまでに立件した31人は東京、大阪、広島など13都道府県の23~43歳の男。認否は明らかにしていない。

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流出NEM交換容疑ダークウェブ188億円

共同通信 2021年1月22日(金)2時00分配信

 2018年に暗号資産(仮想通貨)交換業者「コインチェック」から約580億円分のNEM(ネム)が流出した事件で、警視庁は22日、盗まれたネムと知りながら他の仮想通貨に交換したとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)の疑いで、これまでに13都道府県に住む23~43歳の男31人を立件したと明らかにした。

 逮捕は6人、書類送検が25人。交換額は流出時のレートで計約188億円としている。匿名性の高い「ダーク(闇)ウェブ」のサイトで取引し、最多の交換額は1人当たり約67億円で、最少は約3千円だった。

12月取引首位XRP、去年値上がりしたのはNEM

1/81/14 暗号資産ブロックチェーンNEWS

coindesk JAPAN 2021年1月15日(金)6時31分配信

ブロックチェーンコンテンツ協会が社団法人化

 ブロックチェーンコンテンツ協会は1月8日、社団法人化したと発表した。同協会は2020年2月、ゲーム、SNSなどのブロックチェーン上のコンテンツに係わる企業によって任意団体として設立された。

 社団法人化にあたって協会のガイドラインの改訂したほか、Open Contents Token共通仕様である「Oct-Pass」が当協会に移管されたことも明らかにした。「Oct-Pass」は、異なるアプリケーションやブロックチェーン間でNFTを相互利用することを目的として、協会会員のdouble jump.tokyo、CryptoGames、フィナンシェ 、スマートアプリがの4社が共同策定したもの。同協会が、仕様変更に関するパブリックコメント募集、仕様変更の承認、協会活動規模の拡大などを主導するという。

2020年12月の暗号資産取引ランキング 販売所ではXRPが首位──GMOコイン

 GMOコインが1月12日に発表した2020年12月の取引ランキングで、販売所ではXRPがシェア30.6%で首位となったことが分かった。12月はSECによるリップル提訴の影響で大きく注目された。

 このほか、取引所(現物取引)では、BTCがシェア50.6%で首位。取引所(レバレッジ取引)では、BTC/JPYがシェア91.6%で首位で、いずれも11月からの変動はなかった。

ビットコインの急落、デリバティブ取引のポジション整理が引き金に:市場関係者

 ビットコイン(BTC)の価格は週末にかけて大幅に急落した。デリバティブ市場で買い持ち(ロングポジション)していた一部のトレーダーがポジション清算に動き、現物市場の下げ圧力につながったようだ。

 ビットコインは一時、3万305ドルまで値を下げた。1月11日21時時点(協定世界時=日本時間12日6時)で、3万3277ドル付近で取引されており、過去24時間で10.9%下落した。

 価格は10時間移動平均線を上回っているが、50時間移動平均線を大きく下回っており、テクニカルチャートは横ばいから弱気を示している。

VISA、フィンテック企業買収を断念──米司法省の提訴を受けて

 米司法省(DOJ)は1月12日、米カード大手のビザ(Visa)が、フィンテック企業プラッド(Plaid)の買収を正式に断念したと発表した。同省は昨年11月、反トラスト法(独占禁止法)に違反しているとしてビザを提訴。ビザはオンライン・デビットカード市場を独占しており、消費者と加盟店の双方から毎年数十億ドルもの手数料を得ていると主張していた。

暗号資産市場、2025年までに5倍の3兆ドルに:米企業が予測

 暗号資産(仮想通貨)市場は、2025年までに5倍に成長し、3兆ドル規模になる。米デジタル資産金融会社のバックト(Bakkt)ホールディングスが予測した。

 バックトは1月12日、特別買収目的会社(SPAC)のビクトリー・パーク・キャピタル(Victory Park Capital)との合併による株式公開に関する投資家向け説明会を開催。その会の中で市場予想を発表した。発表文によると、合併により同社の企業価値は約21億ドルに達するとの見通しも明らかにした。

LayerXがクラウド請求書サービスを開始

 LayerXは1月13日、クラウドでの請求書処理業務を可能にする請求書AIクラウド 「LayerX INVOICE」の提供を開始すると発表した。同社は、紙の目視確認や手入力での処理が前提となっていた請求書処理が効率的になり、オンラインで業務を完結することができるとしている。

ダイが加わり、トロンが脱落:CoinDesk 20“銘柄”入れ替え

 昨年10月~12月期の暗号資産(仮想通貨)取引の活発化は、CoinDesk 20に1つの変化をもたらした。主要暗号資産をリストしたCoinDesk 20から、トロン(TRX)が脱落し、メーカー(Maker)のステーブルコイン・ダイ(DAI)が復活した。取引高の増加は、CoinDesk 20の暗号資産の中でもさまざまであり、この四半期に減少した暗号資産もある。だが、入れ替えはトロンのみだった。

 新しいCoinDesk 20は以下のとおりだ。

金融庁、リップルは証券ではないとの見解:報道

 金融庁は1月13日、暗号資産リップル(XRP)を証券とは考えていないとウェブメディアのThe Blockに述べ、発行元であるリップル・ラボ(Ripple Labs)を提訴した米証券取引委員会とは異なる見解を示した。

 The Blockによると、金融庁は、リップルは日本の法律下では証券としての要件を満たしていないと述べたという。

米暗号資産運用のグレイスケール、リップルの投資ファンドを廃止

 世界最大級の暗号資産(仮想通貨)運用会社、グレイスケール・インベストメンツ(Grayscale Investments)は1月13日、同社が運用するグレイスケール・リップル・トラスト(Grayscale XRP Trust)の廃止作業を開始したと発表した。

 グレイスケールは、暗号資産「リップル(XRP)」のポジション清算によって得られた現金は、出資者に分配する述べた。金額の詳細は明らかにしていない。

2020年最も値上がりしたのはネム──コインチェック2020年の利用動向

 コインチェックが1月13日に2020年のサービスの利用動向を公開、2020年の値上がり率No.1はネム、ビットコインは第3位になったこと、口座開設は11月、取引は12月に2020年の最大値を記録したことなどが分かった。

 同社によると、Coincheckで取扱っている暗号資産(14通貨)のうち、2020年で最も値上がり率が高かったのは「ネム(NEM/XEM)」。2020年末時点のネムの価格は20.099円を記録し、1年間で5.8倍と大きく値上がりした。

 同社は、2021年2月に処理速度の向上やセキュリティ強化を含む大型アップデートである「シンボル(Symbol/XYM)」のローンチを控えており、それに対する期待がネムの価格上昇の要因の一つであることがうかがえると分析している。

 このほか、ネムに次いで値上がり率が高かったのは「イーサリアム(ETH)」「ビットコイン(BTC)」で、2020年末の価格はそれぞれ2019年末の5.3倍、3.8倍を記録した。

 ビットコイン急落の理由欧米での売却アジアのレバレッジ取引バイデン政権 

coindesk JAPAN 2021年1月22日(金)12時11分配信

 ビットコインは21日午前中に再び値を下げ、ヨーロッパとアメリカの取引時間中に3万1000ドル付近まで下落。投資家は短期的な利益確定に走った。

 日本時間22日11時40分時点では3万600ドル付近、24時間で約11%、値を下げた。

欧米での大規模な売り

 韓国のデータサイト「クリプトクワント(CryptoQuant)」によると、アメリカとヨーロッパにおける売りの深刻さを示す1つの指標は、コインベース(Coinbase)のビットコイン/米ドル(BTC/USD)ペアと、バイナンス(Binance)のビットコイン/テザー(BTC/USDT)ペアの差、いわゆる「コインベース・プレミアム」だ。

 コインベース・プレミアムは21日4時17分(米東部時間=協定世界時9時17分)に、マイナス212.79ドルまで下落した。

「テザーとの小幅な価格差から、コインベースでは自ずと20ベーシスポイント(1ベーシスポイント:1万分の1)ほどバイナンスよりも高く取引されるはず。つまり、より低い価格で取引されている場合は、本当にきわめて弱気な状態を意味する」と、クリプトクワントのキ・ヨン・ジュ(Ki Young Ju)CEOはCoinDeskの取材で答えた。

 テザー(USDT)は、暗号資産(仮想通貨)業界で最大のステーブルコイン。裏づけとなっている米ドルと完全に同額ではないが、近い価格で取引されるテザーは、バイナンスやアジアの取引所の顧客にとって、ビットコインを取引するための人気の手段となっている。

アジアとアメリカの取引

 コインベース・プレミアムは21日、アジアの取引時間中に大幅なマイナスとなったが、これはアメリカのトレーダーが今回の反落に関係していないという意味ではない。

「アメリカのトレーダーは、アジアでの安値を見込んで取引しようとしている」と、暗号資産分析企業トレードブロック(TradeBlock)のジョン・トダロ(John Todaro)氏は話す。「プレミアムが下落した時間によっては、アメリカのトレーダーはそれを見越して売却したことを示す可能性がある」

 アナリストやトレーダーによると、今回のビットコイン下落の要因は複数あるという。つまり、特にアジアにおけるレバレッジの巻き戻し、市場に参入する買い手が枯渇しているという懸念、新しいバイデン政権の暗号資産政策についての不透明感などだ。

「機関投資家の売却もある程度はあったが、大規模なものではなかった」と、スイス・ジュネーブに拠点を置くスイスクオート銀行(Swissquote bank)のクリス・トーマス(Chris Thomas)氏はコメントした。「引き金は、アジアの取引時間の遅い時間帯でのレバレッジされたポジション。レバレッジされているため、市場を大きく動かす」

テクニカル分析

 テクニカル分析では、市場は12月11日からの上昇トレンドを崩し、2万9000ドル~3万ドルの範囲で新しい支持線を探しているとトレーダーは語った。

「さらにその下の支持線は、61.8%フィボナッチリトレースメントの2万6700ドル」と、投資会社テルリアン(Tellurian)のパートナー、ジーン-マルク・ボネファス(Jean-Marc Bonnefous)氏は説明する。

「ただし、待ち望まれた下落局面で買うと期待されていた新しい投資家の資金が入ってこなかった場合の話だ」

 フィボナッチリトレースメント:中世イタリアの数学者フィボナッチが考案したフィボナッチ数列を応用したテクニカル分析手法の一つ。ある期間の最高値・最安値の価格差から、支持線や抵抗線を割り出す。

 ボネファス氏によると、ビットコイン市場に参入する伝統的な投資家やトレーダーの数がこの数カ月で増加したことにより、値動きはよりテクニカル主導になっている。それ以前は、主にビットコインの需要と供給に影響されていたと同氏は指摘した。

ビットコイン価格は、時間足チャートで10時間移動平均と50時間移動平均を下回り、短期的な弱気サインを示している。

バイデン新政権と市場の不透明感

 ヘッジファンドをはじめとする複数の機関投資家は、市場の不透明感を利益確定の口実として使っている可能性があるとトダロ氏は言う。アメリカやヨーロッパの伝統的金融プレイヤーの多くは、ビットコインが急激に上昇する前に市場に参入しており、現在の価格を考慮すると、高い利益を得られる水準にあるだろう。

 だが一部の潜在的投資家は、バイデン政権がビットコインや暗号資産について、どのような政策を展開するのかがわからず、不安を感じているのかもしれない。

「売りのタイミングと、(その売りが)コインベースなどのアメリカの取引所で孤立して起きたことを考えると、バイデン政権の成立に伴う地政学的側面も示している可能性がある」とトダロ氏は指摘した。

「バイデン大統領が次期財務長官にジャネット・イエレン(Janet Yellen)氏を指名したことは、『含み益に対する課税』の提案の可能性を浮上させた。これは暗号資産投資家と、あらゆる資産の投資家に影響を与えるもので、売りにつながったのかもしれない」

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2021年1月11日 (月)

【特別読み物】簡単に「ピザを『平等に』分ける」方法

 数学者が「ピザの喧嘩しないについて本気で考えてみた 

現代ビジネス 2021年1月10日(日)17時31分配信/原口 忠之(数学者)

 家族や友人とイタリア料理店でピザを注文した際に、ピザの分け方が問題になったことはないでしょうか? 少なくとも筆者なら、切り分けられた自分のピザが他の人と比較して小さいと、文句の1つくらい言ってしまうかもしれません。このような時、もし平等にピザを分割する方法があれば、みんながもっと幸せに食事ができるような気がしませんか? 実は、中学生レベルの数学を利用して誰でもとても簡単にピザを均等に分ける方法があるのです。

 ここでは、“ピザの定理”と呼ばれる公式を利用してピザを分ける方法を紹介します。

 (共著:奈良学園大学准教授 安東雅訓)

何人で分けても平等に美味しくピザを食べたい

 それでは、具体的にピザの分け方を考えてみましょう。まずピザの2等分は簡単ですね。ピザの中心を通るようにピザをカットするだけです。次に、ピザを4等分にするには先程の切り口とピザの中心で垂直に交わるようにカットすればよいですね。

 では、ピザを6等分するには、どうすればよいでしょうか。一般的にはピザを2等分したあと、それぞれのピースでさらに2回ずつカットしますよね。その時、切り終えたあとの中心角がおおよそ60度になるようにカットすれば均等になります。とはいえアバウトでも60度に分けるのは難しいですよね。ここでまず三角比の性質を利用すると、比較的60度に近い切り口で切ることが可能です。下の図1をご覧ください。

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 まず原点Oを通るように線分ABでピザをカットします。目算でよいので、線分OBの中点Cをとり、ピザの周上にDCとABが垂直になるように点Dを推測します。その点Dから中心Oを通るようにピザを線分DEでカットすると

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OC:OD:DC=1:2:√3
----------

 となるため、∠DOC=60°となります。以下同様の手法を用いて線分FGでピザをカットすると6等分に近い形で、ピザを分けることができます。

 しかし、これら3つの例(2等分、4等分、6等分)は、全てピザの中心を通ってカットすることを前提にしています。

 では、もしピザをカットした際に中心からずれたとき、平等にピザを分けることができるでしょうか。

ピザの定理を使ってみると?

 このような時でも“ピザの定理”を使えば均等にピザを分けることができるのです。ピザの定理の主張は以下のとおりです。

----------
ピザの定理【参考文献[3] L. J. Upton, Solution by Michael Goldberg】
自然数nを4の倍数とする。円盤上の任意の点Pに対して、n本の直線を次の条件を満たすようにひく。
1.n本の直線は1点Pで交わっている。
2.各直線とのなす角がすべてπ/nである。
このとき、分割された2n個のピースをうまく選ぶと、いつもn/2等分することができる。
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 理解しやすくするために、具体的な例を考えてみましょう。下の図2はn=4のとき、つまり2人で分ける際の方法を紹介しています。ここでは、これを第一ピザの定理と呼ぶことにします。後でこの証明のアイデアを紹介します。

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第一ピザの定理

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点Pを通る4本の直線に対して、点Pを頂点とする角が45°とする。このとき、斜線部分のピースの面積の総和と白色のピースの面積の総和は等しい。(図2を参照)
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 つまり、上の定理は、1つとばしにピースを選んで分けて食べれば2人は均等量のピザを手に入れられるというわけです。オリジナルのピザの定理を利用すれば、n/2等分できるわけですから、2人で分けるだけでなくnに必要な数を代入すると、3人、4人、5人、6人……とで均等にわけることができますよ。

ピザの定理の歴史と証明のアイデア

 一般のピザの定理は1968年にチャレンジ問題として、参考文献[3]“Problem 680”, Mathematics Magazine 41にUpton氏が紹介しました。最初に証明を与えたのは、Michael Goldberg氏であり、その他にも多くの数学者がこの定理の別証明や一般化した命題を紹介しています(参考文献[2]に複数の証明が紹介されています)。

 数学が好きな方ならこの証明は極座標を用いた積分を利用して、各ピースのピザの面積を求め、選び方を考えれば証明できるのではないだろうかと、予想されるのではないでしょうか。このアイデアでの証明は動画(https://www.youtube.com/watch? v=TyUP__bJW2A)で紹介されています。

 しかし、実は中学校で学習する初等幾何の知識のみでも、この定理に証明を与えることができます。

 次の動画(https://youtu.be/yej27bB72k0)で、初等幾何の知識のみを利用した第一ピザの定理(n=4)の証明を紹介しています。

 また、一般論の証明を確認したい方は、参考文献[1] The Baumkuchen Theorem (https://arxiv.org/pdf/2012.10938.pdf)をご参照ください。

初等幾何を利用して証明してみよう

 次に、第一ピザの定理を、初等幾何を利用して証明する際に必要となるアイデアを紹介します。図3をご覧ください。線分OPを半径とする円盤D'上で分割方法(補題1)を考え、全体の円盤Dから円盤D'を除いたバームクーヘンB上で分割する方法(第一バームクーヘンの定理)を考えます。そして、これら2つの分割方法を併せて考えることで第一ピザの定理を証明します。

 右斜線のピースの総和が円盤Dの1/2になることを示せればよいのですが、証明は読者の方に委ねます。ヒントは各右斜線のピースを円盤D'とバームクーヘンBで分けて、組み合わせを考えてみてください。詳細は動画(https://youtu.be/yej27bB72k0)で紹介しています。

 次の補題1で、中学校で習う円周角の定理、三角形の面積の高さに注意すると容易に示すことができます。興味のある方は証明してみてください。条件3は条件2から明らかです。

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補題1
内側の円盤D'上において次が成り立つ。
1.四角形A1A2A3A4は正方形となる。
2.右斜線部分の2つのピースの和は円盤D'の面積の1/2となる。
3.白い部分の3つのピースの和は円盤D'の1/2となる。
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バームクーヘンも分けてみよう

 次に紹介する第一バームクーヘンの定理は、もう少し一般化できますが、ここではピザの定理を証明することに焦点をあてているため、次の主張に留めておきます。詳細を知りたい方は参考文献[1]をご参照ください。

第一バームクーヘンの定理

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図3において、バームクーヘンB上の向かい合うピースの面積の和はバームクーヘンBの面積の1/4になる。

 上記の定理の証明も、初等幾何の知識のみで証明を与えることが可能ですが、少々複雑です。そのため、ここでは割愛します。(参考文献[1]や動画 https://youtu.be/yej27bB72k0 をご参考にしてください。)

 いかがでしたか。複雑な証明の話はさておき、次回、複数人でピザを分ける際に、ここで紹介した三角比やピザの定理を使って切り分けてみても面白いかもしれません。

学生はピザの定理を証明できるか余談

 筆者がピザの定理を知ったのは、大学院生の頃のことです。同じ院生室の友人(共著者の安東)が研究集会でピザの定理を知り教えてくれました。そのとき、積分を利用すれば証明できそうであるため、あえて初等幾何のみを利用しての証明はできないだろうかと盛り上がりました。さすがに初等幾何のみで証明を与えることは難しいかと思いきや、安東さんは見事証明を完遂しました。

 当時高校で非常勤講師をしていた私はこの問題を生徒にも知ってもらいたいと思い授業中に紹介してみました。さすがに“初等幾何のみで証明しましょう”という制約はしていませんが、興味をもった数名の生徒が授業終了後もこの問題に真剣に取り組んでくれました。さて、証明ができた生徒はいたと思いますか? なんと1名の生徒が積分を利用した解答をもってきたのです。証明したのは彼のお父さんで、実は私の大学院の副指導教官でした。

 この話にはまだ続きがあります。それから約1年後、院生室の後輩が次のように言いました。「先輩!! ゼミの先生から、おもしろい数学のパズルを教えてもらいました」と……。話を聞いてみると、ゼミの先生はあの副指導教官で、おもしろいパズルとはピザの定理だと言うのです。安東さんと私は院生室で大笑いしました。数学者が数学を学ぶ人につい話したくなるピザの定理。ピザを分けるだけが魅力ではないようです。

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 【参考文献】
[1] M. Ando and T. Haraguchi, The Baumkuchen Theorem, https://arxiv.org/abs/2012.10938
[2] Rick Mabry and Paul Deiermann, Of Cheese and Crust: A Proof of the Pizza Conjecture
and Other Tasty Results, American Mathematical Monthly, 116(2009)423–438.
[3] L. J. Upton, Problem 660, Math. Mag. 41(1968)163.

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 トランプの置き土産UFO&宇宙人情報公開 

東スポWeb 2021年1月12日(火)11時30分配信

 先月下旬にトランプ米大統領が署名した2021年度情報機関授権法に、なんとUFO(未確認飛行物体)およびUAP(未確認航空現象)の情報開示に関するものがあった。11日までにニューヨーク・ポスト紙やCNNなどが報じている。

 米情報機関が収集したUFOなどのデータの詳細な分析報告書を180日以内に、連邦議会に提出するように国家情報長官や国防長官らに命じたもの。海軍、FBI、CIAなどが収集した極秘情報が報告書に盛り込まれることになる。

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 これは上院情報委員会起草の21年度情報機関授権法についての「委員会コメント」という指示書がもとになっている。委員長のマルコ・ルビオ上院議員が懸念しているのは、UFOなどが敵対国によるものなのか否かということ。法案成立の12月28日から180日以内なので6月25日までに報告書を提出しなければならない。

 かつて、ジョン・F・ケネディ大統領は亡くなる10日前にCIA長官に対して、ソ連のミサイルと混同しないようにUFOを別途精査するよう命じた。しかし、暗殺されたためストップになった。

 UFO研究家の竹本良氏は、こう語る。

「UFO問題についてはCIAやFBIは情報公開法(FOIA)に基づいてトップシークレット以下の情報は、かなり開示してきました。今回はトップシークレットを上回るUSAP(不認可特別アクセス計画)などの上位クリプト(暗号化物)領域の情報公開を迫っているのです。ここには水爆、宇宙人、反重力、フリーエネルギー機関、JFK暗殺などの、これまで触れることができなかった情報が、たんまり蓄積されているのです」

 トランプ氏のとんでもない“置きみやげ”だ。

 竹本氏は「今回の情報開示命令は上院情報委員会の委員会コメントによるものなので、バイデン氏が大統領に就任しても実行しなくてはいけないのです。UFO研究家にとっては、ここまで知恵を働かすトランプ氏に軍配を上げたい気持ちが湧き起こってきます」と指摘する。

 

2020年12月23日 (水)

【特別読み物】2020年✍興味深かった「考古学的発見」を振り返ってみる

2020年の興味深かった  考古学的発見  まとめ

GIZMODO 2020年12月19日(土)21時30分配信

過去の人々の生活に思いを馳せる。

 考古学はタイムマシーンのように時をさかのぼることができる学問です。次元転移装置の代わりに、考古学者たちは地中レーダーや走査型電子顕微鏡、DNAシークエンシングといったテクノロジー、そして古き良きシャベルを使います。学者たちの研究のおかげで、復元された過去からかつての物事を想像することができます。

 2020年を振り返ってまず思い浮かぶのは考古学ではないでしょうが、決して考古学的にハズレ年だったわけでありません。今年の考古学ニュースの中でも特に興味深かった12の発見を振り返ります。

シャベルを使わずに発掘された、地中に埋まったローマの古代都市

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 リモートセンシング技術のおかげで、イタリアの考古学者らは土を掘り起こすことなく、地中に埋もれていた古代ローマの都市ファレリ・ノーヴィの建物や記念碑、通路に水管の配置を記した地図が作成できました。この都市はローマから北50kmにあって、人々は紀元前241年頃から紀元700年頃まで暮らしていたとか。地中レーダーが収集した280億個のデータポイントはまだ十分に分析されていないため、この地図はまだ初歩的なものだと考えられています。

2000年の時を経て姿を現した、ペルーのネコの地上絵

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 UNESCOの世界遺産ナスカの地上絵を見るために使われていた天然の展望台にあったネコの絵は、作業員たちが偶然発見したものです。37mに及ぶこの地上絵は2,000年前のパラカス文化のもの(ですから厳密にいえば、ナスカ文化の作品ではありません)。巨大なネコの絵はひどく劣化していたため長く見過ごされていましたが、最近の修復作業で見る者に顔を向けているというディテールが明らかになりました。

女性ハンターの人骨が見つかり、先史時代の性別による役割分担が覆される

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 南米のアンデス高地で、大きな獲物用の狩猟道具と一緒に埋葬された9,000年前の若い女性の人骨が発見されました。この事実は大昔の性別による役割分業が公平だったことを示唆しています。17~19歳で亡くなったこの女性はビクーニャを狩るために尖頭器を使っていたと考えられます。また、彼女の墓から見つかった食肉を処理するための道具は、女性が獲物を解体していたことも示唆しています。

 発見した科学者らは考古学の文献を読み直して、女性が大きな獲物用の狩猟道具とともに埋葬されていた件をいくつも見つけました。科学者らは「現代のジェンダー構造は過去のそれを反映してないもの」であり、「(過去の科学者たちが)性別による役割分担についていい加減な推測」を行なっていたと述べている。

蒸発ではなく焼かれていった、古代のベスビオ火山噴火の犠牲者たち

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 紀元79年にベスビオ火山が噴火した際、古代ローマの都市ヘルクラネウムの町民たちはパニックに陥り海辺のボート小屋へと逃げました。これまでの学説では石造りの小屋の中で亡くなった人々は高温により蒸発して即死したといわれていましたが、今年発表された研究によると火山の有毒な煙で徐々に窒息していったのだとか。彼らの体は室温が400℃に達する小屋の中で死後焼かれていったのです。

1000年前のイランで、ステンレスの前身となる合金鋼が作られていた

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 9月に発表された論文によれば、1,000年ほど前の古代ペルシャ人たちは現在でいうところのステンレス鋼の先駆けとなる合金鋼を作っていたそうです。この合金鋼はクロミウムを1~2%とリン2%を含有しており、剣、短刀、鎧などを作るために使われていました。厳密には「ステンレス」とはいえず(リンが加わっていたため)かなりもろかったものの、るつぼ鋼の装入物に意図的にクロム鉄鉱(この場合クロマイト)を入れていたという最初期の証拠になります。

アメリカ先住民が欧州人よりも早くにポリネシアに到達していた可能性

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 7月に発表された研究は、アメリカ先住民たちがヨーロッパの入植者たちより300年も前に南太平洋の島々に航海していたことを示唆するものでした。南米からの集団がポリネシアへと数千マイルに及ぶ壮大な旅をしたのは西暦1200年ごろだったと遺伝学的な証拠が示しています。彼らは現地の人々と交雑して、遺伝子を残していったのです。そしてその祖先が1380年ごろラパ・ヌイ(またの名をイースター島)など他の島々に居住するようになった。

ストーンヘンジ近くの奇妙な円形構造物

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 ストーンヘンジ近くのソールズベリー平原で作業していた考古学者が、4,500年前の巨大な円形構造の遺跡を見つけました。この構造物は慎重に配置された20の竪穴から成り、大きなもので深さ5m、幅は10~20mもあったとか。各竪穴は中心部から平均して864m離れて円形に並んでいて、英国で発見された先史時代の構造物として最大級のものだと考えられています。建造された目的は不明ですが、神聖な場所の境界線を示すためかもしれません。

縄を発明したのは恐らくネアンデルタール人

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 フランスで発見された4万1000年前の細縄の断片は、縄を発明したのがネアンデルタール人だと示唆しています。この発見以前、繊維を紡いで糸にする技術の最古の例は約1万9000年前のイスラエルのものでした。

 今回の断片は、複数の繊維がより合わさって糸になり、その糸で縄が編まれていました。考古学者らはこの縄が一緒に発見された石器の取っ手をつけるためか、石器を運ぶためのバッグなどの一部に使われていたと考えています。

20万年前の人間の寝床は、草と灰を重ねて作られていた

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 石器や解体された骨、焚き火台や洞窟壁画といった物証から過去を垣間見ることはできますが、考古学者たちは先史時代のもっと日常的な側面を明らかにしようと奮闘しています。そういった意味で、南アフリカとエスワティニ近くのレボンボ山地の岩窟住居にあった、22万7000年前の人類がどのように寝ていたかを示す初歩的な寝床の発見はとても重要です。

 この寝床は灰の層の上に草の束を敷いたもので、灰と草の組み合わせのおかげで寝る面は快適かつ清潔で、灰の層がよじ登ろうとする虫を寄せつけなかったとか。寝床は害虫駆除のため定期的に焼き払われ、その上に新たな草の層が重ねられていました。

60頭のマンモスの骨でできた氷期の構造物

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 ロシアの都市ヴォロネジに近いコステンキ11で、毛がついた何百ものマンモスの骨でできた構造物が発見されました。マンモスの骨でできた構造物はこれまでも発見されてきましたが、こちらの構造物は大きさは12.5mと考古学史上最大級で、およそ2万5000年前と最古のものです。この構造物は氷河期の厳しい冬からの逃げ場となり、食料を備蓄する場所だったのかもしれません。

氷が融けて露わになった、ヴァイキング時代の山道

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 写真に写っているミトン、靴、馬用スノーシュー、ソリの一部、首輪につながったままの犬の遺骨は中央ノルウェーのかつては山道だった場所で見つかった遺物の一部。ヨートゥンヘイム山地にある山道は1,000年以上もの間使われていて、西暦1000年ごろのヴァイキング時代が最盛期でした。今回の発見や過去の同様の発見は、気候変動のせいで氷原が融け出したことによるものです。

古代ブリトン人にとってニワトリと野うさぎは、崇拝の対象だった

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 4月に発表された論文によると、ニワトリと野うさぎは約2200~2300年前にブリテンにもたらされた当初、食物ではなく崇高な生き物として扱われていたそうな。どちらも珍品であり神々と結び付けられていて、ディナーのメインディッシュにされるようになったのはローマ帝国時代が終わってからのことでした。

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クジラ座にある銀河団「MACSJ0025」青紫色の部分が「暗黒物質(ダークマター)」の存在を示している

 に包まれた“仮想物質”=ダークマターとは?

SORAE 2020年12月23日(水)21時05分配信

 夜空に輝く星々をはじめ、星雲、銀河といった天体は、私たち自身の目や望遠鏡・人工衛星などを使って観測することができます。しかし、私たちの目に見える存在が宇宙のすべてというわけではありません。

 宇宙に存在する物質・エネルギーのうち、約27%が「ダークマター(暗黒物質:dark matter)」と呼ばれる仮説上の物質、約68%が「ダークエネルギー(暗黒エネルギー:dark energy)」と呼ばれる仮説上のエネルギーとされています。私たちが知覚している通常の物質は、残りの5%でしかないと言われています。

 未知の物質ダークマターは宇宙と素粒子の謎を解明する重要なカギとなっていて、世界中の研究者が探索を行っています。

ダークマターが存在している証拠

 ダークマターは電磁波(可視光、電波、X線など)を発しないので望遠鏡で観測することはできませんが、質量を持っているので、通常の物質に重力を介して影響を及ぼします。そのため、以下のような重力が引き起こす現象によってその存在が推測されています。

1) 銀河の回転

 回転している物体には、回転の中心から離れる方向に遠心力が働きます。銀河の中心の周りを公転している円盤部の星々も同様で、遠心力は銀河の回転スピードが速いほど強くなります。この遠心力と銀河に存在する物質による重力が釣り合うことで、公転する星々は銀河から飛び出すことなく周り続けることができます。

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 ところが、銀河の回転速度を実際に測定してみると、銀河を構成する恒星の質量から算出された釣り合いの取れる値と比べてかなり速いのです。この回転速度による遠心力と釣り合うためには、実際に輝いている恒星(通常の物質)以外に大きな質量をもつ「何か」の存在が不可欠です。このことから、光(電磁波)を発しない物質、つまりダークマターが大量に存在すると考えられています。

2) 重力レンズ効果

 もう一つの重要な手がかりは「重力レンズ」です。重力レンズとは、遠方の天体(銀河など)と私たちの間にある別の銀河や銀河団の重力によって遠方の天体を発した光の進む向きが曲げられることで、遠方の天体の像がゆがんで見える現象です。重力レンズによる効果は、夜空の複数の方向に同じ銀河の姿が見える事象として観測することができます。

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 遠方の天体と私たちの間にある銀河・銀河団の質量が大きいほど、遠方の天体を発した光の曲がり方も大きくなります。ダークマターを直接見ることはできませんが、天体の像がゆがんで見える様子を詳しく観測することで、重力レンズ効果をもたらしている銀河や銀河団に存在するダークマターの質量を推定することができるのです。

謎に包まれるダークマターの正体

 銀河の回転速度や重力レンズ効果の観測結果をもとに、ダークマターが存在することはわかります。それでは、ダークマターは何からできているのでしょうか?

 ダークマターの正体については幾つかの仮説が立てられていますが、現在有力視されているのは「未発見の素粒子」です。理論上存在が予想されているものの見つかっていない素粒子は幾つかあり、そのうちのどれかがダークマターなのではないかと考えられています。たとえば東京大学宇宙線研究所の「XMASS(エックスマス)」実験では、「弱く相互作用する重さがある粒子」を意味する「WIMPs(Weakly Interacting Massive Particles)」の一種「ニュートラリーノ」や、「アクシオン」といったダークマター候補の素粒子を検出するためのデータ収集が2019年3月まで行われました。

 また、過去には惑星や小惑星、白色矮星、褐色矮星、中性子星、それにブラックホールといった、あまり光らない(電磁波を出さない)「暗い天体」がダークマターの候補として検討されてきました。特に銀河を取り巻く希薄な領域「ハロー」に存在する見えにくい天体は「MACHO(Massive Compact Halo Object, Massive Astrophysical Compact Halo Object)」と呼ばれて探索が行われましたが、現在ではダークマターにおいてMACHOが占める割合は少ないと予想されています。

宇宙の大規模構造とダークマター

 現在の宇宙は、銀河の集団である「銀河団」が連なったフィラメント状の構造と、銀河が希薄な領域「空洞(ボイド)」が複雑に絡み合った網の目のような構造をしています。

「宇宙の大規模構造」と呼ばれるこの構造は、次のように形成されたのではないかと推測されています。初期の宇宙に存在したわずかな「ゆらぎ」をもとに、ダークマターの密度にもゆらぎが生じます。密度の高い部分はさらに多くのダークマターを引き寄せていき、その重力によって通常の物質であるガスが次第に引き寄せられます。やがて集まったガスから最初の世代の星々や銀河が形成されるようになり、銀河は星形成活動や衝突・合体を経て成長し、現在に至ったというのです。

 このように、現在観測されている宇宙の巨大な構造、その成り立ちにはダークマターが密接に関係していると考えられています。

 

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