イイ話

2021年2月28日 (日)

【耳学】「自分以外の名義」銀行口座は“税務調査”の対象になる!?

 税務調査官の呟き子育て大変ですよね。」に返事をしたら… 

幻冬舎 GOLD ONLINE 2021年2月28日(日)15時01分配信/小池誠一郎(税理士)

「両親のため」「子どものため」…家族の身を案じて貯蓄しているそのお金。名義は誰になっていますか? 親族をはじめとした「自分以外の名義」の口座にお金を預けていると「名義預金」とみなされ、税務調査の対象になってしまうことをご存じでしょうか。

そういえば、お子さん名義の預貯金がありますよね

 税務当局は、名義預金の存在に非常に過敏になっており、税務調査の重点チェック項目となっています。

 税務調査については、そのイメージをよくつかめないという人が多いでしょうから、その概要について簡単に説明しておきましょう。

 税務調査には、任意調査と強制調査(いわゆる査察です。映画『マルサの女』で有名になりました)がありますが、非常に悪質なケースを除いて、ほとんどの調査は任意調査です。つまり、調査対象となる人の同意のもとに行われます。

 しかし、任意調査とはいっても、税務署員は質問検査権という国家権力に基づいて調査をするわけですから、実質的には強制捜査に近いといえます。

 税務調査の連絡が入ると、大体1~2週間先の日取りで調査の日程を取り決めます。日数は会社、個人の規模にもよりますが、通常は1~2日間です。調査は税務署の調査部門の人が調査官となって1~2名で訪れます。

 帳簿等の資料について調査が行われるのは午後からで、午前中はヒアリングが中心になります。その時に、いろいろと相続に関する事情や家族関係などについて尋ねてきます。

 たとえば、調査時に調査官がヒアリングを行う時などには、相続人である配偶者に対して世間話や子育ての苦労話をしながら、それとなく「そういえば、お子さん名義の預貯金がありますよね」などと誘い水を向けてきたりします。

 名義預金に関しては、名義人本人が自由に処分できる状況にあるのかなど、贈与の成否を認定する上で、税務署の側にも微妙な判断を求められるところがあります。そこで税務調査の際に、相手の発言や態度などを通じて、調査官も名義預金と確信できるだけの心証を得ようと努めるわけです。

いずれにせよ、税務調査の俎上に載せられてしまうと、名義預金か否かは、後は税務署側の解釈次第ということになります。

相続税が安くなる目先の節税に注力しすぎた末路

そのような状況を避けるためには、「名義預金と疑われるような贈与は、はじめからしない」という心構えが求められることになるでしょう。ことに家族間の贈与は、なあなあの形で深い考えもなしに行われがちなので、最新の注意が必要になります。

「贈与すれば相続税が安くなる」というその「効果」だけに目を奪われるのではなく、贈与が成立するためには何が必要なのかという「要件」にもしっかりと目を向けることを忘れないでください。

事実をねじ曲げることは禁物

 そもそも、贈与について正確な知識を持っていれば、名義預金の過ちを犯すことはありません。しかし、多くの人は贈与のごく基本的な知識を「知らない」ために、本来であれば支払う必要のなかった相続税をとられ、そのうえ過少申告加算税のペナルティーまで課されるはめに陥っています。

 節税というと、支払う税金を安くする特別なノウハウばかりにが注目を集めがちですが、より大事なのは、むしろそのような知識不足によるつまらない失敗をせず、余計な税金を支払わないようにすることなのです。

 また、相続税対策において、一番大切となるのは「事実」です。事実が存在してさえいれば、税務署に対抗することができます。名義預金だと疑われないだけの「事実」があれば、税務調査とて全くおそれる必要はありません。

 名義預金について相談してくる方の中には、時折、「事実をねじ曲げてでもいいから、何とかならないか」と訴えてくるような人もいます。

 しかし、税務申告において、事実を隠したり歪曲したりするようなまねは絶対に許されません。事実を後で変えることはできません。だからこそ、相続が発生するまでの間に、十分な「事実」を準備しておくことを心がけてください。

預貯金の申告漏れには要注意

 なお、名義預金に限らず、預貯金に関しては納税者の側に初歩的な申告ミスが多く見られます。ことによくあるのは、親の亡くなる間際に銀行から多額の金銭を引き出しておきながら、その申告が漏れているような過ちです。

1000万円ありましたよね?蓋を開いてみればなんと…

 たとえば、亡くなった親の口座に1000万円もの残高があり、そのうち900万円を引き出してながら、相続税の申告書には預貯金の額が100万円しか記載されていないケースです。どう考えても税務署がこれを見過ごすはずはないと思うのですが、いまだにこのような申告をする人がいるのです。

 実際、税務調査の統計によれば、当初申告されていた所得と税務調査の結果判明した所得との金額の差が最も大きいのは預貯金となっています。ですので、預貯金の申告漏れにはくれぐれもお気をつけください。

税務調査の注意点について

 先ほど税務調査の概略を簡単に説明しました。そこでは十分にとりあげられなかった税務調査に関する一般的な注意点についても念のため触れておきましょう。

 税務調査は申告納税制度に立脚しており、その実効性を高める意味で国にとってはなくてはならない制度といえますが、来られる側、つまり納税者にとっては、最低でも3年間、最長では7年間も前の取引等をほじくり返されることになるのですから、たまったものではありません。

 この変化の激しい世の中にあって、明日をも知れない状況の中、何年も前に行った取引についてその是非を問われても、すでに記憶のかなたにあるような場合がほとんどでしょう。

 不正、不適切な処理を申告直後に指摘されては、直ちに訂正できるでしょうし、また税金も何とか納付できます。

 しかし、数年先になって指摘されても何のことだか忘れてしまったり、また、申告当時なら払えた税金も、税務調査時には支払えなくなっているようなことも現実に多々あります。したがって、申告納税制度を採用する以上は仕方がないかもしれませんが、税務調査は、納税者にとってはつらい制度といえます。

 特に合法であるか非合法であるかが不鮮明な、いわゆるグレーゾーンの取引(名義預金もその一つといえるでしょう)に関わる税務処理などは、数年先でないとその是非が分からないとすれば、誰だって自分有利に考えようとするものです。

税務調査乗り切ればいいや安易な考えが地獄を生む

 つまり、今の時点では良いか悪いかはっきりしないのであれば、当面自分にとって有利な処理をしたがるのが人間の心理です。

 そしてその結果、数年先の税務調査により、申告漏れ等を指摘され、税金の追徴を受け、大きなショックを受けることになるわけです。

 しかも、税金を追徴されれば、当初に支払うべきであった税金そのもの、つまり本税以外に過少申告加算税や延滞税といったいわゆる付帯税も加算されることになるので、当初からきちんと適正申告をしていた場合の税額よりも付帯税の分だけ多くなってしまいます。

 そのような事態を避けたいのであれば、やはり、「税務調査で指摘を受けなければよいだろう」と安易に考えるのではなく、グレーゾーンについても気を引き締めて慎重な税務処理を心がけることが大事になるでしょう。

 税務調査官何故お金ないんですか包み隠さず話しておけば… 

幻冬舎 GOLD ONLINE 2021年2月25日(木)9時01分配信/土田 士朗(税理士)

 家族の死後に慌てても、時すでに遅し。相続対策に求められるのは何よりも「早め早めの準備」です。

 話しづらいことも含めて本当のことを必ず伝える

 専門家を探す場合、相続税に関しては、やはり、税理士にサポートを依頼することになると思います。税理士をサポート役として使う際に、知っておくと、よりスムーズかつ効率的に節税対策を行えるポイントがいくつかありますので、ご紹介しておきましょう。

 まず、大原則として、相続税の申告に関して必要となる情報においては、他人にはあまり知られたくないと思っていること、話しづらいことも含めて、「本当のこと」をすべて税理士に伝えるようにしてください。

 ことスポット(単発)で依頼するような場合には、税理士は、ふだんから付き合いのある顧問先の相談を受けるような場合とは違い、依頼人の状況について全く何も把握していません。

 相続税対策を万全な形で行うには、依頼人の資産状況から家族構成、被相続人と相続人の関係など様々な事情を十分に理解しておく必要があります。どれだけの財産があるのか、依頼人にどのような事情があるのかによって、選択できる対策手段は大きく異なってくるからです。

税務調査官「なんでそんなにお金が少ないんですか?

包み隠さず話しておけば税務調査への対応もスムーズになる

 また、依頼人から、第三者には隠しておきたいと思うようなことでもしっかりと伝えておいてもらうことは、税務調査への対策を考えるうえでも非常に重要となります。

 たとえば、マンションやアパートを経営しており相当の不動産収入を得ているはずなのに、どういうわけかほとんど預貯金がないという人がいます。

 このような状態で、仮にその人が亡くなった後、相続人が、「預貯金は500万円しかない」などと申告すれば、まず間違いなく、なぜそんなに少ないのかと税務署から怪しまれることになります。いったん怪しいと思われたら、徹底的にすべてを疑われる、つまりは痛くもない腹を探られることになりかねません。

「お金の管理がしっかりとできていない=まともなわけがない=脱税をしているのでは?」というのが税務署的なものの考え方なのです。

 あらぬ疑いをかけられたくないのであれば、なぜ預貯金がほとんどないのか、その理由を明らかにする必要があります。

 もしかしたら、父親がひそかに交際していた女性に後先考えずにお金を渡していたために、手元からなくなってしまったのかもしれません(実際にあった話です。相続人である息子さんは、父親が女性に渡していたお金の額をしっかりと記録していました)。

 そのような事情があるのであれば、税務調査の際などに税理士が調査官に説明する、もしくは書類添付の添付書面に書き添えることで、脱税の疑いを避けることが可能となります。

 しかし、「恥ずかしいから隠しておきたい」とかたくなに”真実“を隠し通されてしまっていては、税理士としては何の手の打ちようがなくなるのです。

厄介すぎる…相続人の計画を妨げる意外な正体

相続が起きる前に税理士に相談すれば解決の選択肢も広がる

 ことにスポット的内依頼の場合にありがちなことですが、相続が発生した後になって、相続税対策を依頼してくる人がいます。

 しかし、具体的な相続対策のほとんどは、事前にできるものが中心であり、事後にできることは土地の評価額を下げる程度に限られます。そうしたことを考えると、やはり相続が始まる前に、ご相談をいただく方が、ベストの対策プランを組めることは否めません。

 しかも、対策を始めるのは早ければ早いほどよいでしょう。万が一、家長が認知症などを患い成年被後見人としての扱いを受けることになってしまったら、とりうる対策の選択肢が非常に限られることになります。

 たとえば、家長が成年被後見人でありその子どもが後見人となっている場合、相続対策として、不動産の有効活用を図ろうとするならば、さらに成年後見監督人が指名されることがあります。

 成年後見監督人には、家族以外の第三者、具体的には司法書士や弁護士等の専門家がつくのが一般的です。そして、子どもが、父親の不動産について有効活用を進めるうえで必要となる、不動産業者との契約などもろもろの法律行為をするためには、成年後見監督人の同意が必要とされています。子どもが、親の財産を不当に浪費したり、その財産価値を毀損したりするのを防ぐためです。

 この成年後見監督人からの同意を得ることが、実は、非常に厄介なのです。成年後見監督人は、基本的に、成年被後見人の資産の現状が大きく変わることに対して消極的です。

 たとえば、息子が、父親の所有する遊休土地に、父親名義で銀行から借り入れをして、収益物件を建てることを計画したとします。

 しかし、父親がすでに別にアパートを持っているような場合には、「現状で安定した賃料収入が得られているのですから、今のままでいいじゃないですか。何も、銀行からお金を借りてまで、これ以上、収益を上げようとしなくてもいいでしょう」などと言って、同意してくれない可能性が高いでしょう。

 そもそも、相続対策をしたからといって、成年被後見人自身にとっては何の利益にもなりません。

 成年被後見人を保護すべき立場にある成年後見監督人からすれば、そんな意味のないことのために、成年被後見人の財産を使ったり、あるいは借金を負わせるようなことを、「なぜ認めなければならないのだ」となるのも無理はないでしょう。

息子ファミレス建てたい母親を納得させた手段は…

成年後見監督人を動かすためにはテクニックが必要となる

 そのため、是が非でも、成年後見監督人の同意を得たいのであれば、成年被後見人にはできるだけリスクを負わせないような形で、不動産の有効活用を図る必要があります。

 そのような観点から例を一つ紹介しましょう。そのケースでは、亡くなった夫の土地等を息子とともに相続した妻が、成年被後見人になっていました。

 依頼人である息子は相続した土地の上にファミリーレストランの店舗を建てて有効利用することを望んでいたので、その店舗の建設費用等は母親に一切負担させない仕組みを考案しました。

 具体的には、まず、土地が二人の共有状態となって土地を分割し共有していたのを解消しました。そして、ファミリーレストランの店舗が建つところが息子のものに、また駐車場となるところが母親のものになるように分けました。

 そして、店舗、駐車場それぞれの土地について、息子と母親が別々に賃貸借契約を結べるような形に整えていきました(賃貸収入として、息子には100万円、駐車場収入として母親には50万円が入る計算でした)。

 この例のように、成年被後見人にとっては経済的な負担がなく、収入が増えるだけの仕組みを作り上げることができれば、成年後見監督人の同意を得られる可能性が高まるはずです。

 税務署さない露骨な相続税対策とは?

ダイヤモンドオンライン 2021年2月20日(土)6時01分配信/橘慶太(税理士)

 コロナ禍では、お金を増やすより、守る意識のほうが大切です。

 相続税は、1人につき1回しか発生しない税金ですが、その額は極めて大きく、無視できません。家族間のトラブルも年々増えており、相続争いの8割近くが遺産5000万円以下の「普通の家庭」で起きています。

 本連載は、相続にまつわる法律や税金の基礎知識から、相続争いの裁判例や税務調査の勘所を学ぶものです。著者は、日本一の相続専門YouTuBer税理士の橘慶太氏。チャンネル登録者数は4.8万人を超え、「相続」カテゴリーでは、日本一を誇ります。また、税理士法人の代表でもあり、相続の相談実績は5000人を超えます。初の単著『ぶっちゃけ相続 日本一の相続専門YouTuBer税理士がお金のソン・トクをとことん教えます!』も出版し(12月2日刊行)、遺言書、相続税、不動産、税務調査、各種手続きという観点から、相続のリアルをあますところなく伝えています。

ルール通りにやったのに、追徴課税!?

 国税庁が公表するルールブック(財産評価基本通達)に従って申告をしても、「あまりにも露骨な相続税対策」と認定されると、追徴課税される可能性があります。

 2019年8月27日、東京地裁より「相続開始の直前に購入した不動産は、明らかに相続税を少なくすることを目的としたものであり、このような不動産を路線価方式や、固定資産税評価により評価することは、他の納税者との間に非常に大きな不公平が生ずるため、不動産鑑定士が評価した金額で相続税を再計算し、相続税を追加で3億円納税しなさい」という衝撃的な判決がでました。

 「納税者は、国が公表しているルールブック通りに相続税を計算していたのに、そのルールを国が自ら否定するとは何事か!」と、実務家の中でも物議を醸しました。

 しかし私は、このケースでは、あまりにも露骨な相続税対策と言われても仕方ない部分があると思っています。

 国が定めているルールブックには、「【財産評価基本通達第6項】この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」という規定があります。

 今回のケースでも第6項が適用されたので、広い意味ではルールの範囲内であるとも言えます。東京地裁判決で、なぜルールブックの評価が否定されたのかについて解説します。時系列は次の通りです。

(1) 銀行へ相続税対策の相談(2008年5月)
(2) 孫を養子縁組(2008年8月)
(3) 不動産Aを8.3億円で購入(2009年1月)※借入6.3億円
(4) 不動産Bを5.5億円で購入(2009年12月)※借入4.3億円
(5) 相続発生(2012年6月)※不動産A評価額2億円、不動産B評価額1.3億円で申告(相続税0円)
(6) 遺産分割協議成立(2012年10月)
(7) 不動産Bを5.1億円で売却(2013年3月)

 論点を詳しく見ていきましょう。

 不動産Aは8.3億円で買ったものが、相続税評価額は2億円。不動産Bは5.5億円で買ったものが、相続税評価額は1.3億円。購入した金額と比べると、評価額は約4分の1まで減少しています。

 この購入額(時価)と評価額の差により、相続税は0円。当然、国税も黙っておらず、東京地裁においては国税側が勝利しています(今後の上級審はどうなるかわかりません)。

 この判決のポイントは、大きく3つ挙げられます。

税務署の逆鱗に触れた3つのポイント

 1つ目は、銀行に相続税対策の相談をした直後に孫と養子縁組をし、不動産を購入した点です。

 アドバイスの内容や時期を鑑みると、相続税を減らすための購入であることは明白でした。驚くべきことに、国税庁は「銀行がどのようなアドバイスをしたのか」も正確に把握していました。国税庁の調査能力のすさまじさがうかがえますね。

 2つ目は、銀行が不動産購入資金の貸し付けを行った際、社内の稟議書に相続税対策目的の不動産購入と書かれていた点です。

 税務調査では、こうした銀行の内部資料までもがチェックされます。これで、不動産を購入する目的が相続税対策であることが裏付けられたのです。

 3つ目は、相続が開始してから、わずか9ヵ月後に不動産を売却した点です。相続開始の3年前に購入し、相続開始後9ヵ月で売却しているという一連の流れを見ると、明らかに相続税を減らすことを目的とした取引に見えます。

 この3点を総合的に見て、不動産購入の主たる目的は相続税対策であると判断されたのです。

 判決文の象徴的な一文をご紹介します。

 「相続税の負担を免れる目的以外に他の合理的な目的が併存していたとしても、実質的な租税負担の公平を著しく害することに変わりなく」

 (1)不動産購入の主たる目的が相続税対策であり、(2)節税の効果があまりにも大きく、相続税対策をした人と、しなかった人との間で著しい不公平が生じていた。

 この2点が今回の判決のポイントになっています。

 今後も、たとえルールブックに従って相続税を計算したとしても、あまりにも大きな節税効果が生じるものについては、国税から否認されるかもしれません。

 

2021年2月21日 (日)

【似非科学】✍「騙される人&騙されない人」その傾向を探る

 エセ科学される人とされない人の 

日経ビジネス 2021年2月19日(金)16時51分配信

 科学が発達し、情報があふれる時代にどう生きるか。世界的な生命科学者である吉森保・大阪大学栄誉教授は、「科学的思考」こそが、これからの時代を生き抜く基礎教養になると説きます。研究者でなくても、科学的思考を身につけることで、エセ科学やフェイクニュースにだまされにくくなります。今回対談をしたのは、行動経済学の第一人者である大竹文雄・大阪大学大学院教授。行動経済学から見ても、「科学的に考える」力を持つことはとても重要だと大竹氏は言います。吉森氏の著書『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義』を切り口に、科学的思考について考えます。その前編です。

断言する人は科学的に怪しい

吉森保(以下、吉森):一昔前まで、生命科学は医師など特定の専門家だけが知っていればよいものでした。しかし今は違います。科学が急速に発展したので、いろいろな場面で生命科学が使われ、その知識が必要になりました。身近なところでも、新しいワクチンの技術が生まれたり、遺伝子組み換えの食品が増えたりなど、科学技術がどんどん複雑に、しかも進化が速くなっているので、自分にとって最良の判断をするのに科学的思考が必要なのです。

『LIFE SCIENCE』にも書いたのですが、特に「相関関係」と「因果関係」の違いを知ることはとても重要です。推察できるのが「相関関係」で、いろいろな実験などをした末に、これは確からしいぞ、となるのが「因果関係」です。この2つを知っていると、例えば「エセ科学」にだまされることはなくなると思います。

大竹文雄氏(以下、大竹):『LIFE SCIENCE』は、受験勉強の理科しか知らない文系の人にぜひ読んでほしいと思います。理系、文系と便宜上分けられていますが、考え方、この本でいうところの「科学的思考」は、やはり身につけておいて損はありませんので、文系だからといってこの考え方を知らないのはあまりにも惜しい。文系であろうと理系であろうと、大切なのは、まず疑問に思うことです。「何か変だな」と気づくのが第一歩です。

 研究者は、そのあと「なぜそうなっているのか」の仮説をたくさん立てます。そこから、実際に検証して絞ります。仮説を立てて検証するというのは、吉森先生が指摘しているように研究者でなくても必要な力ですね。この本にはいかにして仮説を立てるのか、「良い仮説」の発見のプロセスが多く描かれているところも印象的でした。

吉森:そうそう、私から見ると「皆さん、疑わなすぎだな」と思います。日常生活で、「あれっ」と思うことは意外に多いはずです。それを大事に「これは相関関係ではなく、きちんとした因果関係であるか」と考えることが大切です。

大竹:そうですね。ただ、文系からすると理系がうらやましい思うところもあります。本にも書かれていましたが、政府の緊急事態宣言の効果について因果関係を完全に調べることは不可能に近いわけです。理想は、同じ都市で緊急事態宣言を実施した場合とそうでなかった場合を比較することですが、現実にはできません。できることは、「緊急事態宣言を実施した都市」と「同じような条件で実施しなかった都市」を比較することです。

 ところが、似たような都市で、片方だけ緊急事態宣言を実施していないというケースは現実にはなかなかありません。できるのは、ボーダーライン同士の都市を比較することくらいです。東京が緊急事態宣言をしなかった場合にどうなったかを検討するには、比較対象はないですね。なんらかの理論モデルに基づいて、緊急事態宣言がなかった場合を計算して、それと比較することになります。このように、社会科学の場合は因果関係の証明にどこまで近づけるかは永遠の課題です。

吉森:その点は非常に重要です。状況に合わせて「これは効いたようだ」などと、たくさんの相関関係から「真実に近づく」ことをしていかなければなりませんよね。科学は確かに実験がしやすく、因果関係を確かめるための介入ができますが、それでも、やはり社会科学の悩みと方向は同じで、たどりつくのはようやく「確からしい」という答えです。

 「確か」ではなく「確からしい」です。神様ではないので、100%の「答え」にはたどりつかないんですね。だから、マスコミなどで、絶対にこれは大丈夫です!などと断言している人は、怪しいと思って間違いありません。これもエセ科学にだまされないための心得ですね。でも皆さん、科学者にすぐ「確かな」答えを聞いてきます。

答えなんてないから、一人ひとり自分の頭で考えなければならない

大竹:私も研究プロジェクトを立ち上げると、学生から「正解を教えてください」と言われることがあります。でも、分からないから研究プロジェクトを作ったんですよね。確かな答えはなくて、私たちが自分で考えてたどりつくしかありません。

吉森:今、正しいと思われているものが、数百年後に正しくないと分かることもたくさんあるでしょう。私がこの本を書いたのも、生活に科学的なものが入り込みすぎた中で、一人ひとりが自分の頭で判断することが大切だと思ったからです。

 教育の問題も大きいですよね。日本の場合、入試を突破するには素早く正解にたどりつくことが求められてきました。国単位で見ても、欧米に答えがあって、それをまねすれば良い時代が長く続きましたからね。

大竹:日本の戦後、つまり発展段階の頃は、先進国の政策や企業動向を調べて、コピーするのが効率的だったのは間違いありません。実際、その能力が高い人が社会でも重宝されました。ところが、日本が先進国になった今抱えている問題、例えば少子高齢化の答えは、世界中をいくら必死に探しても見当たりません。解は自分たちで考えなければいけません。そろそろ、発想を変えなければならないでしょう。

吉森:分かりやすいのが、新型コロナウイルスにどう向き合うかですね。世界中の誰も正解が分からない中、自分で判断しなければいけません。情報はあふれていますが、真実に近い情報もあればガセネタもある。

大竹:情報の見分け方についても書かれていますね。

吉森:はい。科学的思考に基づけば、ただテレビを見ているだけでも、インターネットを見ているだけでも、ある程度見分けることは可能になります。例えば、先ほども言いましたが、「断定するコメンテーター」は怪しい。科学には絶対に確かなことはないので、科学的思考に基づくなら「この仮説に基づけば、こういうことがいえます」としか言いようがないんですね。

大竹:『LIFE SCIENCE』の中で印象的だったのは、先生がビーズで実験をしたことです。吉森先生の専門のオートファジーが「細菌を攻撃する仕組みの機能」を確かめるために、本来なら細菌を使いそうなところでビーズを使っていました。詳しい説明は長くなるので、ぜひ本を読んでほしいのですが、この実験により、細菌を使っていないのに、オートファジーと細菌の関係性がはっきりした。吉森先生は、因果関係を明らかにするための実験計画のアイデアが素晴らしいです。超一流の研究者は、皆さんそうですが。

吉森:研究者はどんな実験をするかのひらめきが勝負というか、大切ですよね。この本では、理系の研究者の世界では、実は論文がどのくらい引用されたのかが1つの評価ポイントであることや、科学者がどういう経緯で「大発見」するのかを示す実験の様子なども書いてみました。それは、先ほどの話にも出ていたように、用意されている「答え」はなく、科学者はこう考えているということにプラスして研究の楽しさも伝えたいと思ったからです。

 ノーベル生理学・医学賞受賞者である師匠の大隅良典先生は、常々「科学は文化だ」とおっしゃっています。役に立たなくてもいいけれど文化であれと。ただ、芸術やスポーツならば見れば分かりますが、オートファジーは説明しないと、誰にも理解してもらえません。

大竹:みんなに面白いと思ってもらう姿勢が必要だと。

吉森:そうです。そのためには面白さを発信しなければいけません。

大竹:私も「経済学で景気を回復させることはできないのか」と役に立たないことを批判されることもあり、「そんなに経済は簡単じゃないよ」と愚痴の1つもこぼしたくなることがあります。そこで思ったのは、「役に立つ」ということを発信するのも重要だけれど、「経済学は面白い」ということも発信しなければいけないということで、一般向けの本も書いてきました。すべての研究者が発信する必要はありませんが、研究者が学問を維持発展させるには、興味を持ってもらえるようにすることも大事ですね。

後編『「行動を変える」のに結局、怖いメッセージが効かない理由』(下記)に続く

 行動変えるのに結局メッセージがかない理由 

日経ビジネス 2021年2月21日(日)7時00分配信

 科学が発達し、情報があふれる時代にどう生きるか。世界的な生命科学者である吉森保・大阪大学栄誉教授は、「科学的思考」こそが、これからの時代を生き抜く基礎教養になると説きます。今回は、行動経済学の第一人者である大竹文雄・大阪大学大学院教授との対談の後編です。行動経済学と生命科学は「人間は、まわりの環境に合わせて変わる」という点に注目しているところがよく似ています。環境によって、人間はどう変わるのか。吉森氏の著書『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義』を切り口に考えます。

細胞が変化すると、人間の行動も変化する?

吉森保(以下、吉森):大竹先生は著書『行動経済学の使い方』で、「人間は単純ではない」という前提を書かれていますが、それが興味深かったんです。生物学と似ていると思いました。生き物は、環境によって「進化」する場合があります。生き物は環境によって変わっていき、固定された存在ではありません。生き物を支える細胞一つひとつの仕組みも単純ではなく、同じ体の中でも、環境に対応できる部分もあればできない部分もある。行動経済学が想定している人間像も、これと似たようなものだなと感じました。

大竹文雄氏(以下、大竹):吉森先生に聞いてみたいとずっと思っていたのですが、「細胞が変化すると、それが形作る人間の判断も変わること」は起こり得ますか?

吉森:「環境に合わせて細胞が変わると、人間の行動も変わるか」ということですか? はっきりと「変わる」と言えませんが、可能性としてはとてもあると思います。著書『LIFE SCIENCE』にも書いていますが、細胞の中は、まるで人間の世界のような大きな社会なんです。交通網があったり、ごみ処理場があったりなど、細胞の中が一生懸命働いてくれているから、私たちは生命を維持していられます。人間はその細胞の集まりですから、中身が変われば、行動も変わることはあり得ますね。

人間は、それが損でも目先の小さなリスクを避けてしまう

大竹:それはとても面白いですね。人間の行動1つとっても、体ではさまざまなことが起こっているんですね。『行動経済学の使い方』にも書いているのですが、伝統的な経済学では、「人間は常に合理的な選択をする」と考えます。最高に頭のいい人間を想定しているんですね。もちろん、全員が常に賢いと考えているのではなく、競争にさらされている賢い人が勝者になるので、その人の行動を描写できれば経済の動きが分かるということです。

 ただ、最近になって、人間はかなり特定のパターンで「合理的」な行動からズレることが分かってきました。小さなリスクでも怖いと思ったり、逆に災害が迫ってきているのに大丈夫と思ったりします。損だけは絶対に避けたいと思いますし、嫌なことを先延ばしします。それに、金銭的な損得だけではなく感情に基づいて選択することも多いです。ちょっとした表現で、意思決定を変えてしまいます。それならば、他者が介入して、より良い判断を促すことが本人や社会の役に立つのではないかと考えたのが行動経済学です。

吉森:コロナ対策でも、どのような人間像を前提にするかで感染者数のシミュレーションが変わりますよね。例えば、疫学や感染症の研究者のモデルはシンプルです。感染リスクを恐れずに、どんなことが起こっても同じ行動を取り続ける人間が前提です。研究者自身もそれがシンプルだとは認識していますが。ですから、緊急事態宣言を解除すると、感染者数は爆発的に増えて元に戻ってしまうという議論になりがちですね。

大竹:一般的に、伝統的な経済学者は、新型コロナが本当に危険だったら人は自粛するはずだと考えます。それなら、一定の期間が経過すれば、「自然に感染者数が減少するのでは」とまず仮説を立てますよね。それでも減少しない場合にどう考えるかというと、「多くの人は、自分が感染しなければ問題ないと考えていて、自分の活動のせいで人に感染させてしまうところまで想像できていないのでは」という仮説を再び立てます。「他者のことまで考えない人が多いならば、人のことを考えない人に罰則を与えるべきだ」というのが、伝統的経済学です。

 でも、私たちには、もともと利他心があるけれど忘れがちだというように考えれば、「あなたの感染対策で人の命が助かります」という利他的なメッセージを発信することで感染者数は減少するかもしれません。これが行動経済学です。緊急事態宣言も、他者への感染防止の意識を促すことにあると考えるわけです。

学問を体系化すると、誰もが使えるようになる

吉森:生命科学と行動経済学は、非常に柔軟に現実を見ている点が共通していると思います。対談前編で、大竹先生は「理系がうらやましい」とおっしゃっていましたが、私からすれば行動経済学は応用範囲が広いのでうらやましい。例えば「ナッジ」(「ひじで軽くつついたりする」という英語。強制ではなく、選択する自由を残しながら、より良い方向に後押しする考え方)ですね。これは家庭でも国の政策でも使えますよね。

大竹:そうですね。新型コロナ対策でも手洗いの慣行や列に間隔を空けて並ぶなど多くの場面でナッジを見かけました。私も専門家会議のメンバーとして、「同じ内容でも表現の違いで意思決定は変わる」、「人ができることを押し出すことで損失を感じにくくなる」などの行動経済学の考え方を提唱してきました。例えば「帰省は控えて」より「ビデオ通話でオンライン帰省」と打ち出す方が効果が見込めるわけです。ただ、同じ呼びかけでは慣れが出てきてしまいますから、これからは状況に応じて発信する内容を変える必要があります。

 特に、「怖いメッセージ」は一時的にすごく効くのですが、長続きするのは、やっぱり楽しい方なんですね。ちょっとくじの要素があったりとか。人間は、楽しい要素がないと長続きしない、というのも行動経済学で分かってきました。

吉森:ナッジは医療にも絶対に有効ですよ。人々を、病気にならないようにどう行動させるかの仕組みをつくることができれば素晴らしいことです。これは完全に行動経済学の世界になります。そうなった時に、行動経済学という学問分野が存在しなければ、こうした仕組みを考える人がいても知として共有されませんから、有効な仕組みを提供される患者もいれば、提供されない患者も出てきてしまう。「学問が体系立てられる」と、広い範囲で、いろんな人が使えるようになります。だから、この意味は非常に大きいですね。

大竹:行動経済学が学問として成立していない頃は、ナッジは一部の天才肌の人が感覚的に使っていた職人芸だったと思います。ビジネスの世界では天才的なプランナーやコピーライターが駆使して購買意欲をかき立てていたでしょうし、政治の世界ではカリスマと呼ばれる政治家がよくも悪くも人々を誘導していたはずです。学問として成立したことで、天才でなくても効果的なマーケティングができるようになりましたね。

吉森:考え方によっては、簡単に悪用しようと思えばできるようになったともいえますが、体系立てられたことで、悪用を防ぐことも可能になったともいえますね。

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 羽生結弦卒業論文学術誌に異例の掲載担当教授絶賛 

女性自身 2021年2月23日(火)15時50分配信

「地震があってから、まだ羽生さんから返事はないです。けっこう停電があったり、断水があったりして、大変じゃないかと思っているんですけど……」

 こう案じるのは、羽生結弦(26)の大学時代に指導教授を務めた早稲田大学人間科学部人間情報科学科の西村昭治教授。

 '11年3月11日に発生した東日本大震災からまもなく10年を迎えようとしているさなか、東日本がふたたび恐怖に包まれた。2月13日深夜、宮城県と福島県を中心に強い地震が発生した。

「宮城県と福島県の一部で震度6強を記録しました。この地震による死者は出なかったものの、停電や地割れが起こる事態となりました」(全国紙記者)

 昨年9月に大学を卒業した羽生。フィギュアスケートのモーションキャプチャについて執筆した卒業論文は専門性の高い内容からも話題になっていた。

 今回の地震の少し前、西村教授はちょうどその論文について羽生と連絡を取り合っているところだったという。

「羽生さんの論文が今度、学術雑誌に掲載されることになって、その打ち合わせでやり取りをしていました。通常、卒論は掲載しないのですが、羽生さんの論文について知りたいという声も多く、何より出来がよかったので特別寄稿してもらうことになったんです」

 コロナ禍によって拠点であるカナダを離れ、現在は生まれ故郷である仙台で生活しているという羽生。西村教授は地震が発生すると、すぐにそんな羽生の安否を気遣うメールを送ったという。

 先の地震後、まだ羽生からのコメントは発表されていない。3月の世界選手権では被災地への思いとともにまた飛翔することだろう――。

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2021年2月16日 (火)

【特別読み物】『私』が『在宅専門医』になったワケ

 ALSになったら不倫をしていたってきた…だから幸せ」という患者に出会い在宅専門医になった 

yomiDr. 2021年2月11日(木)15時10分配信/佐々木淳(医師)

訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 

 首都圏で在宅専門の診療所15か所を運営する悠翔会を率いる医師の佐々木淳さん(47)。在宅医療が対象にするのは、自宅で最期の時を過ごすがん患者、神経難病、子どもの重い病気、穏やかに老衰に向かう高齢者……。回復して社会に復帰するのが難しい“治せない患者”を専門に診る医師としての道を選んだのは、医師人生を変えた出会いがあったからだ。佐々木さんに、在宅医療に進んだ理由などについて聞いた。(聞き手・渡辺勝敏)

ALSは進行すると眼球しか動かせなくなる

――悠翔会が発足して15年。首都圏の15か所の診療所で毎年900人を 看取(みと)っ ています。どうして、在宅医療専門の診療所を作ろうと思ったんですか。

 元は病気を治す治療医学をやっていて、東大の大学院で肝炎ウイルスの研究をしていました。医者は病気を治すのが仕事。ですから治らない状態になったら「申し訳ありません。残念ですが……」と説明をしていました。病気とともに生きるなんて不幸なことだと思っていたんです。そんな時にたまたまアルバイトで行った診療所が在宅医療をやっていて、そこで患者さんたちと出会い、感動したというか、衝撃を受けました。最も印象的だったのが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性です。

――ALSと言うと、筋力が次第に低下していって、進行すると眼球しか動かせなくなる神経難病ですね。安楽死を依頼した女性患者が亡くなり、昨年、医師が嘱託殺人罪に問われた事件がありました。

 手足が動かなくなるので、ある時点から食べ物は胃ろうから入れ、人工呼吸器が必要になります。病院の総合内科にいた時に時々ALSの患者さんがお見えになりました。僕はその患者さんやご家族にはこんな説明をしていたんです。

 「この病気では、だんだん動けなくなって最終的には眼球しか動かなくなります。そうなっても意識は非常に明瞭ですから、この状態で一生暮らしていくのはかなりつらいかもしれません。一度、人工呼吸器や胃ろうをつけると、ご家族はずっとお世話が必要になります。本当に残念なことなんですが、ある程度進行したら、何もせずに呼吸が止まったら自然に旅立つという選択もあります」

 今もこのような説明が病院で行われていると思います。

――究極の厳しい選択ですね。

 外来で診た女性が、人工呼吸器をつけて胃ろうでベッドの上で寝たきりになっているのを見た時、正直言うと、「この人やっちゃったな。かわいそうに」と思ったんです。呼吸が止まる時に、そのまま旅立つ決断ができなかったんだと。

人工呼吸器をつけて暮らすのはつらくない

――延命治療を受けながら生きていけるわけですから、人生を終える決断なんて、本人だけではなく、家族も耐えるのが難しい。

 それからこの女性のご自宅を訪問診療するようになりました。眼球の動きで文字を入力して、だいたい「今日も元気です」「大丈夫です」って書いてくれるんです。ある日、「今日は調子が悪いのでよく診てほしい」とあったので、何が起こったのか、と一瞬、緊張したんですが、続く文章を読むと、「昨日から鼻水が出て本当に困っています」。人工呼吸器をつけて明日何が起こるかわからない患者さんですから、「鼻水ですか」と気が緩んで笑ってしまいました。でも、考えてみると、私たちのように鼻をすすったり、自分で拭ったりすることができないので、つらいことなんですね。

 「でも、人工呼吸器の方がよほどつらいでしょう」と聞いたら、「人工呼吸器は全然つらくない。みなさんも呼吸する時は意識しないでしょう。私も普段は人工呼吸器につながっていることは全然意識しません」と返してくれました。

 「でも、人工呼吸器をつけている人はみなさんつらいって言いますよ」

 「それは、人工呼吸器の設定が下手だから」

 医者の腕が悪いからという内容が続きました。実際彼女は、人工呼吸器の設定を細かく変えるんです。トイレの時は疲れるからちょっと量を増やす、夜寝る時は換気量を減らすというように。私たちが生理的にやっていることを、ご主人と一緒に機械を微調整して、一日を快適に過ごしているんです。

 それまでは、訪問しても「大丈夫」というメッセージを見て、処方箋を置いて帰るだけでしたが、これをきっかけによく話をするようになりました。彼女はエッセーを書いていて、それ、とても面白いんですよ。

ALSになって不倫をしていた夫が戻ってきた…だから幸せ

――その女性と対話を深めるまでは、病気が良くならない患者として、型通りの診療をしていたということですか。

 そうなんです。それからいろいろな話を聞かせてもらいました。彼女は病気になって、最初は絶望したけど、今は病気にかかって良かったと思っている、と。なぜかと言うと、ご主人が彼女のことを振り向いてくれたから。ご主人はバリバリの商社マンで、週末にうちにいることなんてなくて、不倫をしていたことを彼女は知っていたそうです。

 ところが彼女が病気になって、「人工呼吸器をつけて生きる」と伝えた時に、ご主人は「支える」と言って、なんと会社を退職して仕事を変え、できる限り彼女と一緒にいて面倒をみるようになったそうです。

 人工呼吸器をつけるかどうか。その時に自分にとって本当に大切な存在は何かって、真剣に考えるきっかけをくれた、とご主人は話していました。そして、反省している、とも。彼女は、「病気になっていなかったら、すごく不幸な人生になっていた。体は動かせないけど、その代わりにもらったものはすごく大きい」と言うんですよ。

眼球の動きでエッセーを書いてSNSで社会とつながる

――そういう人生もあるんですね。

 彼女は元々美食家というか、食べることが大好きだったというので、食べられなくなって胃ろうをつけて、かわいそうだと思っていたんです。だけどALSは感覚の障害はないので、口に食べ物を入れれば味はわかるんです。お酒を飲みたい時には、口にガーゼを置いて、ワインやブランデーを注ぐと味も香りもわかる。酔いたい時は胃ろうからワインを入れると酔うことだってできるって教えてくれました。

 手足が動かなくなって、一日中、ベッドの上でゆっくり過ごしているけど、彼女に言わせると、手足が動かなくなった分だけ意識の中の活動範囲が広がって、その宇宙で自由に泳いでいるんですって。そこで思いついたことを文章にして、いろいろな人とSNSで連絡を取り合っているんですよ。

 はたから見ると、彼女はベッドの上の寝たきりのおばちゃん。でも、社会とつながって、存在を認知されて、いろいろな情報発信をして、家族の中にも居場所がある。だから今は幸せに生きている、と彼女は言うんです。

人は必ず病み衰える時がくる……それを残念なことにしたのは医者の価値観

――寝たきりでも社会とつながっている。そういうことができるんですね。その姿に医師として衝撃を受けたと。

 人間は必ず病気になるし、必ず衰えて死んでいく。このプロセスを、医療が及ばない残念な悲しいことにしてしまうと、すべての人生が最後は残念なことになってしまいますよね。本当は、病気があるかないか、障害があるかないか、体が衰えているのかどうか、というのは、人生のひとつの側面にすぎなくて、その人らしく生きることができれば、たとえ病気や障害があっても、人って幸せに生きられるって教えられたんです。

 自分が病院でやってきたことを振り返ると、患者さんを治療しているつもりだったけど、内科だから慢性疾患ばかりで、本当は治せないんですよ。最期は必ず何かの病気で亡くなります。死に向かって衰えていく時期は残念な悲しいものだという価値観を植え付けてきたのが、実は医者自身じゃないかって反省があるんです。

――そう考えた時、自分が目指す医療の形が見えてきたということでしょうか。

 人生で必ず迎える下り坂。それを楽しく過ごしていく。そういう価値観で生きる人が地域で増えていくと、何か起こったら救急車を呼ぶとか、できる限り延命治療をするというのはどこか違うと感じるようになると思うんです。一番大切なのは、自分の人生をどう生きるか、楽しむか。その中で道具として医療を使っていただく。「楽しい下り坂を支える」というコンセプトの在宅医療はあまりなかったので、自分で始めようと思って、大学院を退学して東京の都心に診療所を立ち上げたのが2006年。今年で15年になりました。

目指すのは、物語に基づく医療

 悠翔会の診療所では、初めて訪問を始める家庭には、自分たちの在宅医療の説明をした14ページのパンフレットを渡している。

 そこにはこうある。

 「患者さんにはそれぞれに物語があります。患者さんの言葉にじっくりと耳を傾け、納得・満足できる医療の選択肢を提供すること。科学的に有効であるというだけで、治療方針を押しつけるのではなく、患者さんとともに治療方針を考えていく。これをNBM(Narrative Based Medicine:物語に基づく医療)と言います。在宅医療はNBMを中心とした医療であるべきだと思います」

 ALSを生きるご夫婦がつぐむのもひとつの物語。それを在宅医療で支えたい。こう考えて、一人の医師が始めた診療所は、地域の求めに応じて増え、働く医師は62人になった。

 毒蛇から子供達守った飼い猫噛まれて犠牲 

Techinsight 2021年2月17日(水)6時00分配信

 民家の庭で遊んでいた一家のもとに毒ヘビが出現し、飼い猫が2人の幼い子ども達を守るために立ち向かった。ヘビを撃退したもののヘビに噛まれてしまった猫は、翌朝に天国に旅立ってしまった。この猫の勇敢な行動に「4本脚のヒーローだ」など多くの称賛の声が集まった。『9News』などが伝えている。

 豪クイーンズランド州サンシャイン・コーストに住むある一家の2人の幼い子ども達が、飼い猫の“アーサー(Arthur)”と庭で遊んでいた。穏やかに遊んでいたところ突然、イースタンブラウンスネーク(Eastern Brown Snake)が現れた。

 このヘビはオーストラリア東部を中心に生息し、その動きは素早く攻撃的な性格で知られている。しかもヘビの毒は世界で2番目に強く、人間が噛まれれば数分で倒れてしまうほどだ。

 そんなヘビが現れてパニックになったが、アーサーは勇敢にも2人の幼い子ども達を守るようにヘビの前に立ちはだかったのだ。アーサーが身を挺してヘビと闘っている間に、両親は子ども達を室内に連れていき安全を確保した。

 見事ヘビを撃退したアーサーはその場に倒れてしまったが、幸いなことにすぐ意識を取り戻した。誰もアーサーがヘビに噛まれた場面を目撃していなかったため、飼い主らは安堵したようだ。

 しかし翌朝になるとアーサーは再び倒れてしまい、動けなくなっていた。ここでようやく「ヘビに噛まれていたかもしれない」と気付いた飼い主はすぐ動物救急サービス(Animal Emergency Service、以下AES)へ運び込んだが、アーサーはすでに手遅れだった。

 AESは「ヘビに噛まれると倒れた後すぐに回復するという症状は、飼い主達にはあまり知られていません。アーサーはいたずらっ子でよくケガをして私達のところに来ていて、スタッフみんなから愛されていました。大変心苦しいことでしたが、アーサーは天使の羽を手に入れ、飼い主のもとを去りました」と述べており、アーサーはヘビの毒によって命を落としてしまったのだ。

 この事故がAESのFacebookに投稿されると、「小さな体に大きな心を持った、本当に勇敢な猫だね」「悲しいけれど、アーサーは正真正銘のヒーローだよ」「猫は家族を守るために、素晴らしい勇気を発揮することもあるんだ」「天国でも素敵な家族に会えるといいね」など多くのコメントが寄せられた。

 飼い主は「アーサーが子ども達の命を救ってくれたことは一生忘れず、記憶として心に残るでしょう」と語ったという。

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 サスカトゥーン-オーストラリアの家族の猫は、2人の幼い子供たちの近くでずるずる毒ヘビ​​と戦って死んだ後、「4本足の英雄」と呼ばれています。

 アーサーという名前のショートヘアの猫の悲惨な話は、ブリスベン、ゴールドコースト、サンシャインコーストで緊急の獣医ケアを提供するアニマルエマージェンシーサービスによるFacebookの投稿で語られました。

「ヒーローにはさまざまな形とサイズがあります」とグループは言いました。「彼の家族は、当然のことながら荒廃しており、彼を愛情を込めて思い出し、彼が子供たちの命を救ったことに永遠に感謝しています。」

 猫は、オーストラリアの地理誌が国の非常に有毒なヘビのトップ10の1つとしてリストしている東部の茶色のヘビが近づいたとき、家族の裏庭で2人の幼い子供たちをふざけて追いかけていました。アウトレットはまた、この種は攻撃性と敏捷性でよく知られていると述べました。

「アーサーはヘビを殺すことで若い家族を守るために行動を起こしました。「残念ながら、その過程で、アーサーは致命的な毒蛇咬傷を受けました」とグループは投稿に書いています。

 ポストは、子供たちを庭から連れ出す過程で、誰も実際の噛みつきを見たことがなく、「アーサーは崩壊し、すぐに何も問題がなかったようにすぐに回復した」と述べた。

 動物緊急サービスは、ヘビに噛まれた後に動物が倒れるのは一般的ですが、ペットの飼い主にとってはよく知られた事実ではないと説明しました。イースタンブラウンスネークからのヘビの咬傷は、進行性の麻痺を引き起こし、血液の凝固を止め、犠牲者を崩壊させる可能性があります。

 翌朝、家族はアーサーが再び倒れて起き上がれないことに気づいたとき、ブリスベンの北90キロにある田舎町タナワの病院に彼を急いで連れて行った。

「残念ながら、アーサーの症状はひどすぎて回復できませんでした」とグループは言いました。「彼が天使の羽を手に入れた後、彼の所有者がアーサーを去らなければならなかったのは、最も重い心でした。」

 アニマルエマージェンシーサービスのスタッフはアーサーにとって見知らぬ人ではなく、彼を「いつもいたずらをしている」「私たちの小さなヒーロー」と呼んでいました。彼は「事故に遭う前に以前私たちを訪ねてきて、私たちのチームにとても愛されていました」。

 子熊無許可飼育検挙を恐れ射殺した猟友会会員2名を逮捕 

毎日新聞 2021年2月17日(水)8時47分配信

 岩手県警生活環境課は16日、無許可で飼育していた子グマを射殺したとして、奥州市水沢黒石町の会社役員、及川次雄容疑者(77)と同町の農業で、県鳥獣保護巡視員の高橋貴容疑者(71)を動物愛護法違反(愛護動物の殺傷)と銃刀法違反(用途外発射)などの疑いで逮捕した。2人は射殺容疑については認めているが「狩猟の範囲内で、違法とは思わなかった」と一部否認している。

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 逮捕容疑は2020年6月下旬、両容疑者がニホンジカを捕獲するために仕掛けたワナに掛かった雌の子グマ(当時推定1歳)を「可愛いから」と及川容疑者宅で許可なく飼い始め、同年11月下旬、動物愛護法違反で捜査していた県警や市の動きを察知し、検挙を恐れてオリに入った子グマをライフル銃で射殺したとしている。

 県自然保護課によると、鳥獣保護巡視員は狩猟者として実績があり、法令に精通している人に委嘱しており、鳥獣保護区の見回りや違法な狩猟を取り締まる立場にあるという。両容疑者は岩手県猟友会の会員。

 県警生活環境課は16日、県猟友会に会員の法令順守意識の向上などを要望。同会は「再発防止を徹底する」と答えた。

 県警によると昨年11月25日、奥州署を訪れた及川容疑者が「実はクマを飼っているんだ」と話したことで発覚。2日後に署員がクマの死骸を見つけた。県警はクマを無許可で飼育し、その摘発を免れるために殺したとみている。

 及川容疑者はかわいいと思って飼っていたが、大きくなってきたのでいつか殺さなければならないと思っていたと供述していて、2人は「狩猟の一環だった」と銃刀法の容疑については否認している。

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及川次雄容疑者が無許可で飼っていたクマ岩手県警提供

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2021年2月 7日 (日)

【死生観】ヒトは「死んだら」どうなる✍「死後の世界」の捉え方

 人は死んだらどうなるのか…実はその答え既に決まっていた!

現代ビジネス 2021年2月7日(日)10時01分配信/橋爪 大三郎(社会学者)

宗教は「根拠のない気休め」なのか

 その昔、学生のころ、ゼミで教授が、こんな意味のことを言いました。

 「△△さんは気の毒に。重い病で助からないので、洗礼を受けたんだって。そうでもしないと心がもたないよ」

 教授は上から目線で、△△さんの信仰を眺めています。それはちょっと違う、と私は思いました。教授の考えは、たぶんこうです。

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1.人間は、死ねば、肉体も精神も、ただ存在しなくなる。
2.それ以外の考え方や信仰は、根拠のない気休めである。
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 世界にはさまざまな宗教があります。死んだらどうなるかの考え方があります。それを全部、「根拠のない気休め」とひとくくりにしてしまいます。

 この考え方を、「死のリアリズム」と名づけましょう。

 死のリアリズムは、「世の中で経験できることは正しい」「自然科学は正しい」と考えます。そして、霊や来世や死後の世界は認めません。宗教は怪しいとか、はまると怖いとか思っている「無宗教」のあなたは、この考え方をしているのです。

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「死のリアリズム」を超える

 死のリアリズムの、どこが問題か。

 第一に、傲慢であることです。死のリアリズムは、宗教は「根拠のない気休め」を、選択しているとみなします。けれども、死のリアリズムも、根拠のない選択をしている点では、同列なのです。自分も選択をしていることに、謙虚でなければなりません。

 第二に、死のリアリズムは、「このわたし」の死を、考えることができません。宗教はみな、「このわたし」の死を包み込む考え方をもっています。それに対して、死のリアリズムは、経験にもとづく常識と、科学とだけにもとづきます。

 どちらも、一般的な知識です。「このわたし」の死は、ただ一回の個別的な出来事です。一般的な知識では、決して考え切ることができないのです。

 「このわたし」の死は、死んだらどうなるかを「選択」しないと、考えることができません。いまこの文章を読んでいて、死のリアリズムで十分だと思っていたみなさんは、ぜひこのことを、胸に手をあてて、じっくり考えてみてほしいと思います。

 人生にピリオドを打つには、死のリアリズムを越えて進まなければなりません。

 このことに思い至るとき、世界のさまざまな人びとが、宗教をどう選びとって来たかについて、敬意が湧いてきます。それは、さまざまな人びとの生き方に、敬意を抱くことなのです。過去、日本で生きたさまざまな人びとに対しても。

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「死後」を選ぶことは「生き方」を選ぶのと同じ

 世界のさまざまな人びとは、死んだらどうなるか、さまざまに考えてきました。

 人間は、自分が死ぬと知って、生きている。それが人間の誇りです。どう死ぬかは、どう生きるかと、結びついています。死ぬとどうなるかを選ぶことは、生き方を選ぶのと同じことなのです。

 誰でも死ぬのは、一度だけ。ぶっつけ本番です。それなのに、死んだらどうなるかの考え方は、いくつもあります。それなら、とりあえず、どれかひとつに決めるしかありません。

 死ねば自分は、完全になくなる、と考えるのもひとつの態度です。これには、実は、二種類あります。

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 a. 自分が死ぬと、存在しなくなるでも、世界や人びとはまだ存在する
 b. 自分が死ぬと、存在しなくなるそして、世界や人びとも存在しなくなる
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 bのほうがある意味、一貫しています。でも、相続や遺言は無意味だと考えるはずで、けっこうメチャメチャです。aは、常識的な無神論者です。でも、「自分が死んだあと、世界や人びとはまだ存在する」は、根拠のない、信仰のようなもの。神を信じるのと、そう変わらないのです。

 常識と科学(だけ)を信じる、Aさんがいました。Aさんは、「このわたし」が存在することを、どう考えるでしょう。

 ビッグバンがあって、島宇宙ができて、超新星が爆発して、炭素や金属原子ができて、地球ができて、生物ができて、…人間ができて、「このわたし」がいる。数えきれない偶然の積み重なりです。「このわたし」が存在するのは偶然。合理的に説明できません。

 自分の存在は偶然、つまり謎です。合理的に考えても、世界の中心にはぽっかり、偶然の穴が空いているのです。

 一神教は、この偶然の穴を、「神の創造」で埋めます。「このわたし」が存在するのは神の意思である。世界を、常識と科学で考えていく、自分の合理的な態度は1ミリも変わりません。ただ、世界が、無意味な偶然ではなく、意味のある秩序に変わるのです。

 いま、一神教を例にあげましたが、この世界を合理的に生きる近代人の態度と、さまざまな宗教とは、両立するのです。

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「常識のある合理主義者が、信仰をもつ」とは

 ここまでみてきた宗教を、2行にまとめてみましょう。常識のある合理主義者が、信仰をもつとは、つぎのように考えることです。

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○ 一神教 神が、世界を創造し、人間を造った
 この世界のすべてのことは、神の意思により起こる

○ キリスト教 神が、世界を創造し、人間を造った
 イエス・キリストは、人間を愛し、人間を救う

○ 汎神論 この世界の至るところに、神が存在する
 人間は、この神聖な世界と調和して生きるべきである

○ 神道 世界は神々のおかげで、このように成り立っている
 人間は神々に感謝し努力もして、平和に暮らすべきである

○ インドの宗教 世界は因果の法則によって、このように運行している
 この因果の法則を覚ることには、最高の価値がある

○ 浄土宗 阿弥陀仏は衆生を救おうと、パワーを送っている
 念仏を唱えれば、阿弥陀仏の極楽浄土に往生できる

○ 禅宗 座禅して瞑想すれば、この世界の真理を認識できる
 それは、かつてゴータマが覚った真理と同等である

○ 法華宗 法華経の行者は、久遠実成仏に導かれて菩薩行をする
 この重要な教えは、法華経だけに書いてある
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 2行なので、わかりやすい。2行なので、覚えやすい。

あなたはどれを選ぶ?

 このなかに、あなたにぴったりのものがあれば、それを自分の宗教に選ぶことができます。そして、自分の死の理解、自分の生き方にすることができます。

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 死んだらどうなるか、自分で決めます。自分で決めないと、どうなるか自分でもわかりません。自分で決めて、そのつもりで生きると、「そのように生きて、死んだひと」になります。自分で思うように決めて、思うように死ねる。これはすごいことです。

 とのべておきながら、反対に、こうも言いたいです。どの宗教、宗派を選んでも、結局は同じこと。どれがよくてどれがだめ、ということはないのです。

 なぜか。それは、どの宗教も、「常識ある合理主義者」が自分の生き方の原則に責任をもって、社会を歩むために、プラスになるに決まっているから。

 科学と理性を信じるだけの合理主義者では決して満足できなかった、世界に空いたあの偶然の空白を埋めて、確信をもって他者と共に社会を生きていくことができるから。

 ひとつ、宗教を選んでみなければ、宗教のことはわからない。その宗教のことがわからないだけでなく、どの宗教のこともわからない。ひとつの宗教に真剣にコミットしてはじめて、ほかの宗教のことも、ああそうか、と内側からわかることになる。

 その意味で、どの宗教を選んだとしても、結局は同じことなのです。

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 死ぬのはこんなに怖い
 死ぬ瞬間はこんな感じです
 医者は本当のことは言いません

週刊現代 2012年12月20日(木)配信

生きたまま火葬される恐怖

「小学校2年生のとき、『自分が死ぬこと』ばかりを思って、毎晩のように泣いていました。たとえ死んでも、人の意識はしばらく肉体に留まっていると考えていたからです。その状態で火葬されれば、棺が炎に包まれて、棺の中にいる私に刻々と迫ってくる。あるいは、土葬で埋められた私の体中に蛆が湧きはじめる。それを思うと恐ろしくてどうしようもなかったんです」

 そう語るのは芥川賞作家で臨済宗妙心寺派福聚寺の玄侑宗久住職だ。

 人は必ず死ぬ。たとえ、どんなに老いに抗い、健康を維持しようと努めても、死は万人が受け入れざるを得ない宿命だ。

 では、死ぬ瞬間とは一体、どんなものなのか。暗闇に入るものなのか、痛いのか、何も感じないのか。

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 日本では年間約100万人が亡くなっている。しかし、その瞬間を正確に伝えてくれる人はもちろんいない。だからこそ、誰にとっても未知の領域に属する「死」は怖いと言える。そんな死について少しでも実感するため、次に紹介するALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者のケースを知っておくことは貴重だろう。

 ALSの罹病率は10万人に一人。ある日突然、身体に異変が起こり始める。原因不明、治療法はなく、全身の筋肉が不随になり、最後は呼吸筋も働かなくなってしまう。

 言ってみれば、ALS患者にとっての日常は、常に昨日までできたことができなくなってしまうことを自覚する日々でもある。意識と思考は鮮明なのに言葉を話すこともできなければ、食事も排泄の処理もできない。嚥下機能が失われているため、周囲は24時間、痰や唾液の吸引に追われる。中には「死にたいと思っても自殺することすらできない」という患者もいるのだ。

 相愛大学人文学部教授で浄土真宗本願寺派如来寺住職の釈徹宗氏がALSを患った知人男性について語る。

「以前はわずかに動く右手を使い、一日1行だけ日記を書いていましたが、今はそれもできない。彼は天涯孤独の身で多くの人たちの助けを借りながら、生命を維持し、毎日、ただ瞑想をしています。瞑想がうまくいくと『明日も生きよう』という気持ちになる。そうやって、彼は毎日を懸命に生きているのです」

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光に包まれた世界が見える

 このように死の一歩手前で踏みとどまり続ける人々がいれば、医師から死亡宣告された状態から生き延びた人もいる。

 バイクで走行中、信号無視の車に突っ込まれて転倒し、対抗車にも轢かれた40代男性のAさんは脳挫傷と大腿部の複雑骨折を負った。

「最初に搬送された病院では手に負えず次の病院に向かう際、ふと意識が戻り、医者が家族に『もうあきらめてください』と言っている声が聞こえ、怯えました。手術室の照明は今でも覚えています。この灯りが見えなくなったらオレは死ぬと言い聞かせて目を見開き、術中は『麻酔をしてくれ』と叫び続けたつもりなのですが、実際には声は出ておらず目も閉じていたそうです。再び意識が戻ったのは事故から3日後、集中治療室でのことでした」

 生と死の行き交う医療現場で働く医師たちは、しばしばこういった患者たちの「臨死体験」に遭遇する。

 ホームオン・クリニックつくば院長で『看取りの医者』の著者である平野国美氏はこう語る。

「死の淵から生還されたあと、〝三途の川を渡りかけた〟〝キラキラ光る世界が見えた〟とおっしゃる患者さんは何人もいます。ここで死ぬんだと思っていると、突然、ほっぺたを叩かれたような感じで、こちらの世界に引き戻されるらしい」

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 にわかには信じられないが、実は臨死体験をしたと語る人の体験談を聞くと、その内容には多くの共通する部分があるのも事実だ。

 アメリカの心理学者であるケネス・リング氏は自著『Life at death』で臨死体験のある102人の男女にインタビューをしている。それによれば、彼らは「光に向かう」「死を自覚している」「暗闇やトンネルに入る」「自身が身体から離脱する感覚がある」「(死んだ知人などの)人物、影を見る」「痛みの消失」など幾つかの核となる共通の体験をしているという。

 例えば、前述した「光」について、呼吸困難から生還したアメリカ人女性はこう語っている。

〈私は原っぱにいました。広い何にもない原っぱです。丈の高い、金色の草が生えていて、それがとっても柔らかくて、輝いていました。(中略)気持ちの休まる光でした。草は揺れていました〉

 育った国も、臨死状態に至った原因も異なるのに、なぜ人間は死の間際に同じような風景を見るのか。

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 前出の平野氏はこの現象についてこう分析する。

「人はある種のショックを受けた時、痛みを感じなくさせるために脳内麻薬を分泌します。昏睡状態に入る際も作用し、それが出た状態で見える世界が日本では三途の川と言われる世界だと思います」

 なかなか明快な答えは出ないが、先のリング氏のインタビューに応じた人のうち、実に70%もの人が臨死体験中に恐怖を感じることはなく、むしろ安らぎを覚えたと語っている。この事実は死を怖いと感じる人間にとっては、怖さを和らげる一助にはなるのではないだろうか。

 もちろん、死に直面したとき、人は誰しも臨死体験をするわけではない。

 前出の玄侑氏は自身の不思議な体験を語る。

「死とは『私』がほどけていく過程なんです。暑いのも、苦しいのも、痛いのも『私』であり、その『私』がどんどん変性しながらほどけていく。

 私は中学3年のとき、日本脳炎にかかって意識不明に陥ったんです。ところが、担当の看護士さんによると、昏睡状態のはずの私はベッドの上でちゃんと目を開け、身体を動かしていたという。いわば、私の身体がコンピューターだとすれば、ユーザーだけが急に替わってしまったような不思議なことが自分の身体に起きていた。この体験から人間が死ぬということは私が私だと思っている存在が〝無〟になることだと思いました。

 死ぬ数時間前まで『痛い、痛い』と言う人はいるでしょうが、いわゆる死、その瞬間に痛みはないようです。私の知り合いに5000人以上の方を看取ってきた医者がいますが、彼によると泣き叫びながら逝った方は一人もいないそうです」

 前出の平野氏も同様の意見である。

「ご臨終を迎える患者さんは何日か前から昏睡状態に入っていくので、自分が死ぬことさえわからないのではないかと思います」

 問題は、その瞬間が来るまでの月日をどう過ごすかにある。明晰な意識を保ったまま、死が間近に迫ってくるのを受け入れるのは大変な精神的な苦痛を伴う。

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絶対に死にたくない人

 たとえば、末期がんの宣告をされた患者がその後、自暴自棄に陥ることは珍しくない。ときに死への恐怖によって精神は崩壊する。大手大学病院の整形外科病棟に勤める看護士は語る。

「悪性骨腫瘍を患った男子高校生は化学療法で進行を抑えて手術をしたが転移も見つかった。明るい子でしたが『死』を考え始めると不安で不眠症になった。精神的にも不安定になり、『死ぬんだからほっといてくれ!』と暴れて同僚を噛む。抗うつ剤を投与し、精神科へ移りましたがまもなく亡くなりました」

 若さゆえの事例ではない。都内のホスピス科医師は「30~60代の患者こそ冷静な判断力を失う」と語る。

「やはり未成年の子供を持つ患者さんは死ぬことを受け入れない。印象的なのは50代で末期なのに代替医療に手を出して、1500万円くらい使った患者。効果がないのに嫁、娘も延命治療を止めない。身体中にスパゲッティのように管を巻きつけたまま死にました。

 40代の女性患者で自分が死んだ後、旦那が再婚することを恐れてパニックになる人もいましたね」

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 人々がこういった困難に直面するとき、釈氏は「仏教では生きることは苦しみとも説く」と指摘する。

「『死』について苦悩するのは、人間にしかできない特権です。確たる信念を持っても人の生死は人間の手でコントロールできない。生死に関する考え方は情況によって変化するものです」

 なるべく恐怖を抱かずに死の瞬間を迎えるための策として、一つ参考にしたい考え方がある。

「インドの聖地バーラーナシーには人を看取るための『死を待つ人の家』があり、人々は死が訪れるのをじっと待っている。彼らは宗教上、『輪廻』という概念を強く信じている。だから死や別れを恐れないのです。

 一方、今の日本人はどうでしょうか。昔の人は年を取り、自然にものが食べられなくなると、だいたい2週間ほどで枯れ木のようにやせ細り、亡くなっていった。しかし、現代人は様々な治療を講じて、むしろ、別の苦しみを増やしてしまっている。生きたいという我欲が死への恐怖を生んでいるのでは、という視点が欠けています」(釈氏)

 人間は死ぬために生きている。刻々と死に向かっていくことを理解して、老いや病を引き受ける。それが我々が目指すべき、恐怖を感じず死を迎える理想的な方法かもしれない。

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2021年1月25日 (月)

【特別読み物】MMA“レジェンド”「完敗」後、勝者を称える振る舞い

 マクレガーお前見事だ勝者称える姿米称賛一流振る舞い 

THE ANSWER 2021年1月25日(月)12時03分配信

帰路につく前にポイエーと握手しまた戦おうと呼びかけ

 米最大の総合格闘技「UFC」のコナー・マクレガー(アイルランド)は23日(日本時間24日)、UAEで行われた「UFC257」ライト級マッチ(5回×5分)で元同級暫定王者ダスティン・ポイエー(米国)に2回2分32秒TKO負けした。ふくらはぎを蹴る「カーフキック」を多数被弾し、足を止められて敗北。松葉杖姿で帰路についていた。屈辱的ともいえる敗戦を喫したマクレガーだが、舞台裏ではポイエーとたたえ合う姿が「一流の振る舞い」だと話題を呼んでいる。米メディアが報じている。

 引退を撤回しての1年ぶりの復帰戦でまさかの結末を迎えたマクレガーだったが、試合後は実に紳士だった。カーフキックで受けたダメージは大きく、松葉杖を付き会場を離れようとするマクレガーだったが、ポイエーの前で足を止めて2人は再び対峙。そしてマクレガーは握手を求め、健闘をたたえ合った。

 米紙「USAトゥデー」のスポーツ専門サイト「フォー・ザ・ウィン」はこの舞台裏でのやり取りに注目。「試合後のコナー・マクレガーとダスティン・ポイエーの舞台裏での一流の振舞いがシェアされる」として、一部始終をレポートしている。

 記事では「がっかりする敗北をしたにも関わらず、マクレガーはポイエーにリスペクトを見せた。舞台裏でのマクレガーとポイエーが健闘を称え合っている映像がある。映像から、マクレガーがポイエーに賛辞の言葉を贈っていることが分かる」と記し、2人がやり取りする動画を公開。そこでマクレガーは素直にポイエーを称えている。

 マクレガーは「お前は俺の足を壊したよ。素晴らしかった。見事だよ」「兄弟よ、お前とオクタゴンで戦えたことを誇りに思っている」と拍手を送り、「また戦おう」と再戦を呼びかけている。

 破天荒な言動、挑発的な発言でも話題を呼ぶことが多いマクレガーだったが、完敗を受け止めた大人な姿が注目を浴びていた。

完敗マクレガーをメイウェザー酷評自分の競技でも勝てないのか

THE ANSWER 2021年1月25日(月)9時31分配信

マクレガーと2017年に対戦したメイウェザー自分の競技でも勝てなくなっている

 米最大の総合格闘技「UFC」のコナー・マクレガー(アイルランド)は23日(日本時間24日)、UAEで行われた「UFC257」ライト級マッチ(5回×5分)で元同級暫定王者ダスティン・ポイエー(米国)に2回2分32秒TKO負けした。昨年3度目の引退を表明しながら撤回し、1年ぶりの復帰戦。2014年9月に下した相手に再戦で敗れた。かつてマクレガーと拳を交えたボクシングの元5階級王者フロイド・メイウェザー(米国)は自身のインスタグラムを更新し、酷評している。

 マクレガーは初回から優位に進めながらも、相手が執拗に繰り出したカーフキックでダメージを蓄積。足を止められると、左右の連打を浴びて敗れた。試合後は松葉杖をつき、右足を引きずりながら帰路へ。痛々しい姿で会場を後にした。

 下馬評は有利だったが、まさかのTKO負け。この結果を受けて、メイウェザーは痛烈なメッセージを送っている。

 ボクシングYouTube「RingIQ TV」インスタグラムアカウントが投稿した「なぜフロイド・メイウェザーの立ち振る舞いは嫌われているのに、同じような立ち振る舞いをしているコナー・マクレガーは愛されているのですか?あなたの考えを聞いてみよう」という文面を引用しながら、メイウェザーは「コナーは自分の競技でも勝てなくなっているそれなのに、パッキャオとボクシングで戦うことを交渉している誰もそんなことを見たくない残り物が残り物を食べているようだ」などとバッサリと斬り捨てている。

 マクレガーは戦前から6階級王者マニー・パッキャオ(フィリピン)戦が取り沙汰されるなどしていたが、メイウェザーは厳しく分析していた。

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 敗戦マクレガー四面楚歌”、対戦要求のユーチューバーまでが酷評 

eFight 2021年1月25日(月)16時49分配信

 1月24日(日・日本時間)に開催された『UFC 257』のメインイベントのライト級ワンマッチで元UFC世界ライト級暫定王者ダスティン・ポイエー(31=米国)に2R TKO負けした元UFC二階級同時王者コナー・マクレガー(32=アイルランド)に対し、“ライバル”達から厳しい声が上がっている。

 約6年前の前戦でマクレガーが僅か74秒のKO勝利を飾ったこともあり、今回の2度目の対戦も同じような結果になるのではと大方の予想だったが、実際はマクレガーがポイエーにカーフキックを効かされパンチの連打で仕留められるという“番狂わせ”な結末で大きな衝撃が走った。

 この敗戦を受けて、マクレガーにボクシングマッチで対戦要求をしていた世界的人気のYouTuberジェイク・ポールがすぐさま反応。24日に自身のSNSでオマエなんて1万ドル約100万円レベルだでもキャッシュ払いだぞ!と、嘲笑しながらこき下ろした。

 ポールは昨年、マクレガーに対し5000万ドル(約52億円)のファイトマネーのオファーを出すなど桁違いの対戦要求をしていたが、今回は“死者に鞭を打つ”ような挑発スタイルでアピールしている。

 また、この試合の結果次第で現役復帰する可能性を匂わせていたUFC世界ライト級王者のハビブ・ヌルマゴメドフはマクレガーの試合直後に自業自得の結果だチームを変え、オマエを王者にしたスパーリングパートナーから離れ、若手連中とスパーをやっていたからだ“現実”から遠く離れていたのさと、対象の名前を出さないものの明らかにマクレガーに向けてのメッセージと思われる内容を自身のSNSに投稿した。

 さらに、17年8月のボクシングマッチでマクレガーにTKO勝利したフロイド・メイウェザー・ジュニアは、年内実現の噂が上がっているボクシングマッチの「マクレガーvs.マニー・パッキャオ」戦を引き合いに出し、コナーは自身の競技ですら勝つことができないにも関わらず、ボクシングでパッキャオと戦うことを口にしている。そんな試合、誰も観たがらないさと、24日に自身のSNSで厳しい言葉を並べた。

 試合後の会見で「悲痛な思いだ」と敗戦を振り返ったマクレガー。これまで“唯我独尊”のスタイルで世界の格闘技界のアイコン的存在にまで昇りつめたが、ここからの“巻き返し”が見れるのか、注目が集まる。

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 UFC人気スターカーフキックTKO負…再起戦プランは?

THE PAGE 2021年1月25日(月)6時26分配信

 総合格闘技の「UFC257」が23日(日本時間24日)、アラブ首長国連邦・アブダビのヤス島に特設された「UFCファイトアイランド」で約2000人の観客の前で行われ、メインのライト級5分5ラウンドでは、元2階級制覇王者のコナー・マクレガー(32、アイルランド)が元UFCライト級暫定王者で同級2位のダスティン・ポワリエ(32、米国)に2ラウンド2分32秒にTKO負けするという番狂わせが起きた。

 マクレガーはポワリエが繰り出すカーフキックで右足を破壊され左右のKOパンチを浴びてオクタゴンに沈んだ。ポワリエはRIZINバンタム級王者の堀口恭司(30)と同門のアメリカントップチーム(ATT)所属。堀口が大晦日に朝倉海(27、トライフォース赤坂)を倒したチーム直伝のカーフキックが勝負を決めた。

 マクレガーは試合後「カムバックしたい」と宣言したが、どんな再起プランが練られるのか。両者の総合での通算成績はマクレガーが22勝5敗、ポワリエが27勝6敗1無効試合となった。

衝撃的結末に会場は騒然

 マクレガーの右足のふくらはぎが赤く変色し始めていた。

 2ラウンドの2分を過ぎると、突然、マクレガーの動きが失速した。1ラウンドまでは圧倒していたパンチのスピードもパワーも消えて空振りが目立ち始めた。執拗に蹴られ続けたカーフキックが効いていたのだ。

 ステップインができなくなったせいか、マクレガーは距離をつめて起死回生の左フックを狙う。だが、パンチは空を切り、逆にそのタイミングで同時に至近距離からカーフキックを蹴られた。2ラウンドに入って9発目となるカーフキックがカウンターの役目を果たしたのか。マクレガーはガクっと膝を曲げてバランスを崩した。

 現ライト級王者のハビブ・ヌルマゴメドフ(ロシア)や、元ライト級王者のエディ・アルバレス(米国)、元フェザー級王者のマックス・ホロウェイ(米国)ら、数多くの強豪との試合をこなしてきたポワリエは、その隙を見逃さなかった。

「今日はテクニカルな試合をしようと考えていた。ショットに頼らずに相手をしっかりと見ることを頭に入れていた。ボクシングもキックボクシングもスキルとしてできるがやみくもに打つのはダメだと考えていた。彼のカウンターに気をつけなければならなかったからね」

 ここまでディフェンスに徹して、あえて殴り合いに応じることを控えていたポワリエは、体を入れ替え、マクレガーに金網を背負わせ、一気にパンチの猛ラッシュに出る。

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 防戦一方となったマクレガーは強烈な左フックを浴びて反応が鈍くなると、そこに追撃の右フックを打たれ腰から崩れ落ちた。そこにトドメの右のパウンドを一発。レフェリーが試合を止め、マクレガーは右手で頭を抱え大の字になった。

 まさかの衝撃的結末に場内は騒然。マクレガーにとってキャリア5敗目となるが、過去は、すべてグラップリングによる1本負けで、オクタゴンにのされるTKO負けは初めてである。セコンドの肩を借りてコーナーの椅子に座ったマクレガーは、カーフを蹴られた右足のダメージが酷くてしばらく立ち上がることができなかった。

 両手を突き上げてオクタゴンを一周したポワリエは、「ハッピーだが、サプライズではない。満足はしている。コナーは、プロ中のプロ。試合を受けてくれたことに感謝しているしリスペクトしている。だが、今日はオレのいいパンチが当たった。なんでもタイミングが大事なんだ。今日はオレの勝利だった」と、淡々と試合を振り返った。

 UFCのライト級では王者のヌルマゴメドフが引退を宣言しているためランキング2位のポワリエと4位のマクレガーのこの試合が事実上のライト級頂上決戦と言われていた。それゆえ、ポワリエも「これがタイトルマッチと言ってもおかしくないだろう。オレがチャンピオンだ」と吠えた。

 互いに健闘を称え合った後にマグレガーもオクタゴン内でインタビューに応じた。

「長く試合から離れていたからね。この結果は仕方がない。足に(カーフが)効いてしまった。スタンドで動ききれなくなった」

 やはりカーフキックが勝敗を分けたのだ。

 ポワリエのセコンドにはATTの“名参謀”マイク・ブラウン氏の姿があった。堀口が大晦日の「RIZIN.26」で朝倉海にリベンジを果たした際にも来日し、「カーフキックから崩す」という戦略を授けた名トレーナーである。

 堀口が朝倉の足を破壊したカーフキックは、通常のローキックとは違い、膝下のふくらはぎをピンポイントで狙ってダメージを与える特殊なキック

 この数年で、MMAの世界でトレンドになっている武器だが、マイク・ブラウン・トレーナーは、「カーフを総合で最初に使い始めたのはATTなんだ。うちがカーフの発祥の地だ」と自負していた。

 堀口もカーフの効用を「一度ダメージを与えると、それがラウンド中に回復しないのがカーフの特長」と説明していた。

 試合後の会見に松葉杖をついて現れたマクレガーは「防ぐ動きはしたが、私の足は完全に死んでいた。筋肉が破壊されてしまった。まるでアメリカンフットボールの試合後のようにだ。だから焦って勝負に出たんだ」とも語った。ATT直伝の“堀口カーフ”が大番狂わせを起こしたのである。

 ポワリエも、堀口同様、リベンジ戦だった。両者は2014年9月に「UFC178」でフェザー級で対戦していて、その時はマクレガーが左フックを炸裂させ、わずか1ラウンド1分46秒でTKO勝利を収めていた。

 今回は階級を上げて6年4か月ぶりの再戦になったが、戦略家のマイク・ブラウン氏が、カーフでダメージを与えながらの待機戦法を授けたのだろう。ポワリエは、1ラウンドには、片足タックルからテイクダウンを奪い、ケージ際で組み合い、マクレガーが得意とする打撃戦の時間を作らせなかった。

 一方のマクレガーは、パンチを見切り左ストレートからトリッキーな右アッパーを何発もヒットさせるなど1ラウンドは優位に運んでいたが、そこで仕留めきれなかったことが響いた。

「ポワリエは堅実でいいディフェンスをしていた。私がパンチで攻めたときも彼はよく守った」とマクレガー。カーフキックを腕でキャッチして反撃に転じるシーンもあったが対策は不十分だった。

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 マクレガーにとって昨年1月のドナルド・セラーニ(37、米国)戦で衝撃的な1ラウンド40秒TKO勝利を飾って以来1年ぶりの復帰戦だった。同6月にはSNSで通算3度目の引退表明をしていた。それだけに初のTKO負けのショックから4度目の引退宣言が口をつく可能性もあった。だが、ハッキリと再起を宣言した。

「またカムバックしたい。自分はアクティブでいたいんだ。ビジネスを続けるためには動きを止めてはダメだと思う。すぐにもやりたい。また立て直していく」

 そうなると気になるのは再起路線だ。

 ESPNや、米のMMA専門メディア、英サン紙なども、次に誰と対戦するかの予想記事を掲載している。マクレガーはUFCとの契約が4試合残っており、試合前には「1年半で7試合したい」とも語っていた。

 当初、ビッグマネーが期待されるプロボクシングの6階級制覇王者で現WBA世界ウェルター級スーパー王者のマニー・パッキャオ(42、フィリピン)とのボクシングルールによる異色マッチの話が水面下で具体化しているとも報じられていた。しかし、マクレガーが負けてその気運は一気に萎んでしまった。

 再起戦はオクタゴンでの試合になるだろう。

 ポワリエは、試合後、「マクレガーとの再戦に興味がある」と、再戦を受ける考えを明らかにした。だが、この試合を放映したESPNが、今後の見通しを伝える記事の中でリストアップした候補は、そのリベンジマッチではなく、過去1勝1敗のネイト・ディアス(35、米)との3度目対決、引退を宣言したままの現ライト級王者、ヌルマゴメドフとの再戦、UFC8連勝中のチャールズ・オリベイラ(31、ブラジル)、ライト級1位のジャスティン・ゲイジー(32、米)、同5位のトニー・ファーガソン(36、米)の5人の名前だ。

 UFCのダナ・ホワイト社長は試合後に「ディアスとの3試合目がマクレガーに空いている。3試合目はいつでもある」と語り、またマクレガーが、2018年に敗れ、ずっと再戦が噂されていたヌルマゴメドフもツイート。

おまえがチームを変更するから、こういうことが起きるんだおまえをチャンピオンにしたスパーリングパートナーから離れて、現実から離れたガキらとスパーリングしているからだと挑発的なコメントを出した。

 この発言にマクレガーは、試合後の会見で、すぐさま反応。

「彼は何がしたいんだ。復帰したいのか。失礼なコメントだな。復帰したいのなら再び戦おう。だからオレはここ(UFC)にいるんだ」

 ただヌルマゴメドフはまだ引退を撤回していない。マクレガーが勝っていれば、彼を再びオクタゴンに引っ張り出す可能性も高まっていただろうが、こうなっては現実的ではない。

 セミファイナルで、左フックからのパウンドの嵐で、ライト級6位のダン・フッカー(30、ニュージーランド)を2分30秒でTKOで下して鮮烈のUFCデビューを飾った元Bellator ライト級王者のマイケル・チャンドラー(34、米国)、オリベイラ、ポワリエの3つ巴で、ライト級の暫定王座、あるいは、王座を空位とすれば正規王座を争う可能性が高い。

 マクレガーの復帰戦も、この戦いの行方を見ながらになるだろう。

 5000万ドル(約52億円)のファイトマネーを提示してマクレガーに異色対決を呼びかけていたYouTuberのジェイク・ポールは、「おまえの価値は、もう10000ドル(約104万円)だ」と、痛烈にディスった。

 だが、ESPNは、番狂わせの敗戦でもマクレガーの市場価値が急落したとはとらえておらず「彼はダンスパートナーに困らない」と記している。

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 習主席そっくりさんというだけでプロフィール写真不許可とされる中国の特殊事情 

Yahoo!コラム 2020年5月18日(月)16時30分配信

 欧州在住の中国人オペラ歌手、劉克清氏の動画チャンネルがブロックされた問題で、劉克清氏が香港メディアの取材に対し「チャンネルの問題は解決された」と明らかにした。習近平・中国国家主席をほうふつさせるプロフィール写真を別のものに差し替えた結果、問題なしと判断されたという。中国で習主席の一強体制が続くなか、当局がそのイメージ管理に神経を尖らせている様子がうかがえる。

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その写真、使うべきではない

 劉克清氏は2019年9月、中国企業が開発・運営するショートビデオのプラットフォーム「抖音(TikTok)」にチャンネルを開設。美しい声で歌う方法を指導するビデオを公開し、37万人を超える賛同を得るほどに人気を博していた。ところがチャンネルが突然閉鎖された。(参考資料:「あなたは習近平主席にそっくりすぎる」――顔を問題視されてアカウントを閉じられた中国オペラ歌手)

 劉克清氏は5月10日、SNS上で視聴者に対し、「私の抖音チャンネルにあるプロフィール写真が『規則違反ではないか』と通報され、閉鎖されました」「現在、審査の結果を待っています」と状況を説明した。「画像違反とされたのは今回で3回目になる」とも付け加えた。

 ただ、ほどなくしてチャンネルは復活したようだ。

 香港ケーブルテレビは5月13日、ウェブサイト上で、劉克清氏へのインタビュー動画を配信した。その中で劉克清氏は次のような見解を示している。

「(通報者が)私の写真を他の人のものと勘違いして『このプロフィール写真は使うべきではない』と考えたのだと思います。彼ら(抖音側)も私に『使えない』と言ってきました。“これは、勘違いされたな”と感じましたね」

 プロフィール写真を、“習主席似”のものからコンサート時に撮影されたものに変更したところ「問題なし」と判断されたという。

 ただインタビューの際、ケーブルテレビ側が「あなたの写真はいったい誰に似ているのか」と改めて確認を求めたが、劉克清氏はその問いに答えようとしなかったそうだ。

 劉克清氏は1989年以来、欧州で活動し、最近はドイツに住んでいる。新型コロナウイルスの集団感染が最初に起きた中国湖北省武漢の市民らを励ますため、今年1月下旬に曲を作った。

 香港ケーブルテレビの取材を受けた際、劉克清氏は「体は海外にあっても、心は依然、祖国とつながっています。我々はいつも祖国のためにあります。すべての力を使って、あなた方のために歌います」と言って、その曲をピアノで弾き語りした。「ああ、武漢! 私たちはあなたのために歌う ああ、武漢! あなたは私たちの希望だ」

イメージを傷つける恐れ徹底排除

 中国では習主席の「神聖化」が進む。共産党最高指導部の中でも習主席だけは「核心」と呼ばれ、別格の指導者であることが強調されている。新型コロナウイルス感染に関連した記者会見でも、発言者はほぼ「習近平同志を核心とする党中央」という表現を使い、忠誠の気持ちを前面に押し出している。

 一方で、尊厳を傷つける情報や行為は徹底的に排除される。

 今回の件でも、仮に、習主席を思わせるプロフィール写真を野放しにして、それが原因で習主席のイメージが損ねられるようなことになれば、抖音側にも処分が及ぶ恐れがある。抖音側がチャンネル閉鎖に踏み切ったのも、こうした事態を避けるために事前に手を打ったのではないか。

 ちなみに、中国のネット上で今回の件に関する書き込みは見当たらず、中国最大の検索エンジン「百度」で検索してもヒットしない。劉克清氏の件を伝えた香港ケーブルテレビの報道も、閉鎖の事実は伝えたものの「習近平国家主席」という固有名詞は扱われていない。このため筆者はこの件に関する情報を主に、中国政府に批判的な論調で知られる香港紙「リンゴ日報」や台湾メディアから得ている。

 習主席の一強支配の裏で、それに対する不満もくすぶる。

 上海で2018年7月、30歳前後の女性が、立て看板に描かれていた習主席の顔に墨をかけて「習近平の暴政に反対する」と声を荒げ、その様子を撮影した動画をSNS上にアップする“事件”が起きた。

 中国本土で習主席を公然と批判するのは極めてまれであり、そのイメージを汚す行為は中国社会に強い衝撃を与えた。このあと、各地で類似の行為が相次いだようで、当局は習主席の看板を一時的に撤去するよう指示したとも伝えられた。

 動画をアップした女性はその数時間後、行方がわからなくなった。中国の人権問題支援情報サイト「維権網」などによると、女性は法的根拠を示されないまま当局に事実上監禁され、昨年11月に解放された際には失語状態で全身がむくんでいたという。親族は「全く別人になった」といい、何らかの薬を過剰に投与された可能性も指摘されている。

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関連エントリ 2019/01/01 ⇒ 【平成31年元旦】平成は4月30日まで✍「新元号」は4月1日発表予定

 

2020年12月28日 (月)

【特別読み物】追悼・なかにし礼(享年82歳)満州から逃げる列車の中で・・・・

追悼・なかにし礼毒蝮三太夫男が惚れるような男

スポニチアネックス 2020年12月26日(土)13時54分配信

立川談志さんが付けたの芸名も

 タレントの毒蝮三太夫(84)が26日、TBSラジオ「ナイツのちゃきちゃき大放送」(土曜前9・00)にゲスト出演。23日に心筋梗塞のため82歳で亡くなった作詞家で直木賞作家のなかにし礼さんのエピソードを語った。

 毒蝮は「なかにし礼さんよく存じ上げてるの。礼さん礼さんって言ってね。いい男だよ、二枚目。女性からも人気あるよね」としみじみ。「男がほれるようないい男だった」とその生きざまを表現した。

 さらに「なんとなく話が合ってね、よく食ったり飲んだりしたこともある」として、なかにしさんは「(立川)談志の弟子だったんだよ。落語が大好きだった」と回顧。談志さんがつけた芸名は立川礼談房(れいだんぼう)」だったと明かし、「礼さんが嫌がって…名乗らなかったんで、世間で知られないで終わっちゃった」と語った。

 「落語が好きで粋なところがあったのよ。歌の歌詞とは全く正反対のユーモアとか諧謔(かいぎゃく)とか洒落っ気があった」と思い出を述懐。「惜しい方、素晴らしいセンスを…生きていてほしかった」となかにしさんをしのんだ。

 追悼・なかにし礼こだわり作詩家作詞家 

日刊スポーツ 2020年12月26日(土)8時01分配信

「北酒場」「石狩挽歌」などの作詞家で、直木賞作家のなかにし礼(なかにし・れい)さん(本名中西礼三=なかにし・れいぞう)が23日午前4時24分、心筋梗塞のため都内の病院で死去した。82歳だった。

 なかにし礼さんとは90年代半ばに、テレビ朝日系の情報番組「ワイド! スクランブル」で、一緒にコメンテーターを務めたことがあった。控室で新聞用語の話になったことがあった。

 なかにしさんに「新聞は作詩家ではなく、作詞家と書きますよね。いつからですか」と問われたことがあった。明確な時期は答えられなかったが「歌の場合は詞で、ポエムの場合は詩と使い分けています」と説明した。会話はそれで終わったが、その後、なかにしさんが詩と詞にとてもこだわっていることを知った。

 なかにしさんはインタビューで「詩は限りなく音楽に近いけど、音楽なしでもひとり歩きできるもの。詞は限りなく言葉に近い音楽」と話しているのを知った。自分の答えがなんと稚拙だったか恥じた。

 そして歌詞に何を求めるかに関しては「自己表現です。作品は作者に一番似ている。作品そのものが作者の肖像画であり、似顔絵なんです」。日本屈指の表現者の隣に、コメンテーター然として座っていた自分自身を恥ずかしく思う。

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 追悼・なかにし礼満州から逃げる列車で母は自分で逃げ生きなさい」… 過酷な人生を襲う心臓発作と食道がん「書き残すべきことを次の世に 

yomiDr. 2020年12月25日(金)11時10分配信/斉藤勝久(ジャーナリスト)

一病息災

 「港町ブルース」「北酒場」など多くのヒット曲を世に送り出した作詞家で直木賞作家のなかにし礼さん(82)が23日、死去しました。若い頃からの心疾患、2012年には食道がんが見つかるなど、病と向き合い続けた人生を、6年前の取材に語っています。

 「天使の誘惑」「今日でお別れ」「北酒場」。レコード大賞を3回受賞した売れっ子の作詩家だった。

 作家に転身して直木賞を受賞。執筆やコメンテーターとしての活躍を続ける。根底には、浮き沈みの激しい過酷な人生体験があった。その苦労から、心臓は発作を繰り返す。食道がんが見つかると、心臓の負担を考え、手術をしないで治す選択をして病魔と闘った。

 満州(現中国東北部)の旧ソ連国境に近い牡丹江で1938年(昭和13年)に生まれた。北海道・小樽から4年前に渡ってきた一家は造り酒屋を始め、裕福になっていた。「中国語やロシア語なども使って、他国の子供たちと遊んでいました。日本とは違って、軍国少年にはならなかった」

 45年8月、ソ連軍の侵攻で、生活は一変。母、姉との逃避行が始まった。現地を出る最後の軍用列車にまぎれ込んだが、ソ連戦闘機が迫ってきた。

 家族で逃げようとすると、母は「ここに隠れていなさい」と座席の下に潜り込ませ、自分は別に逃げた。列車は機銃掃射に襲われ、車内で多数の軍人が死んだ。戻ってきた母は惨状を見て、幼い息子に「これからは母さんの言うことも信じてはいけない。自分で逃げ、生きなさい」と諭した。

 「母のあの言葉に目覚めて以来、自分で考え、決断していくようになった。今も変わりありません」

27歳で激しい心臓発作

 母、姉と恐怖の逃避行。行けども行けども、日本人の死体が転がっていた。終戦後の1年余、ハルビンで物売りをして暮らした。

 再会した父はソ連軍に連行され、2か月後に帰ってきた時は健康を害し、間もなく死亡。満州(現中国東北部)で資産家だった父の全てを失い、1946年(昭和21年)秋、引き揚げ船で帰国した。

 北海道・小樽の父の実家で、新しい生活を始めた。学徒出陣して戦死したと思われていた兄が、復員。次々と無鉄砲なことを始め、一家を何度も混乱させる。

 兄は借金してニシン漁に手を出し、失敗。担保の実家を失った。この悲しい体験は、後に作詩した「石狩挽歌」の元となる。

 親類を頼って青森市に移り住んだ。小学校では「満州、満州」といじめられた。7年後、兄の住む東京に。しかし、兄とけんかして家を飛び出し、アルバイトをして食いつないだ。

 19歳の時、シャンソン喫茶で働いた。フランスの流行歌が好きになり、フランス語学校に通い、歌手に頼まれて訳詞を始めた。

 4年遅れで大学に入り、最初の結婚。新婚旅行先のホテルで偶然、声をかけられた俳優の石原裕次郎さんから、人生を変えるアドバイスを受けた。「日本の歌を書きなよ」

 2年後、27歳で作詩家活動に入る矢先、突然の激しい心臓発作に襲われた。

誤診に遭い心筋梗塞に

 27歳の心臓発作には、原因があった。「これからの人生をどうはばたいていくか、悩んでいたのです」。歌謡曲の作詩を始めようとしていたが、妻は夫が翻訳家や大学教授への道に進むことを希望した。この溝は離婚に発展していった。

 45日間入院した病院で誤診にあった。「若者が心臓発作を起こすはずがない。これは自律神経失調症だ」と。心臓の薬は与えられず、効かない薬ばかり飲まされた。その結果、後でわかったが左心室が壊死えしし、心筋梗塞になってしまった。

 作詩家としてデビューし「知りたくないの」「恋のフーガ」などヒット曲を連発した。しかし、心臓発作が続き、何度も救急車で運ばれた。

 ようやく、心臓病の主治医が見つかった。しかし、ヒットメーカーの弟を食い物にする兄の借金の肩代わりに、何度も苦しめられた。評判を落とし、再起不能とまで言われた。そのたびに心臓の薬をなめながら、「時には娼婦しょうふのように」など起死回生の名曲を発表していった。

 人生の恩師、石原裕次郎さんの生前最後の歌「わが人生に悔いなし」など、訳詞を含め約4000曲を作詩。だが、昭和が終わると作詩への意欲が消えた。

 1992年(平成4年)、54歳で再び大きな心臓発作に襲われた。意識を失い、目覚めるまでの8時間に臨死体験もした。

赤くただれた腫瘍 転移も

 激しい心臓発作で、死ぬと思ったが、生き返ることが出来た。これを機に、人生でやり残していた「作家」になることを決意した。

 書いてみたいことが、たくさんあった。「まず、満州(現中国東北部)体験。100万人を超える満州からの引き揚げ者がいたのに、その実情を伝える本格的な小説はほとんどなかった」

 しかし、作詩家から作家への転身は、簡単ではなかった。「100メートル走のランナーがマラソンを走る感じ。7年ほど世間との連絡を絶ち、多くの小説を読み直して懸命に勉強しました」

 2作目の「長崎ぶらぶら節」が、2000年に直木賞を受賞。翌年には満州からの引き揚げ体験を描いた「赤い月」を出版した。「満州の語り部」ならではの作品だった。

 心臓病の方は、信頼できる医師とも巡り合えて、大きな発作はなかった。しかし、12年2月、のどの不快感と、むかつき、嘔吐(おうと)感に悩まされるようになった。

 胃カメラ検査の結果、食道がんが見つかった。4センチぐらいの赤くただれた腫瘍で、初期ではなく、ステージ2の後半と診断された。食道近くのリンパ節への転移が始まっていた。

 自覚症状はあった。2、3か月前からの、のどの違和感に加え、口臭や声のかすれを感じることがあった。「自分だけは、がんにならないと思っていたが……」

 「死」が頭をよぎった。

「陽子線治療」自分でたどり着く

 見つかった食道がんは、発症1年3か月と推定された。精密検査を毎年3月に受けてきたが、前年は東日本大震災があった。大きな被害を見て、自分の健康に一喜一憂する後ろめたさも感じ、検査を受けなかった。早期発見の機会を逃した。

 コメンテーターをしていたワイドショーで、病名を公表し降板した。4人の医師が異口同音に手術を勧めた。しかし、持病がある心臓は健常者の約半分の能力しかない。手術には耐えられそうになかった。

 手術を促す医師に、手術をしないと「余命半年」だと示唆された。手術も仕方ないか、と思うこともあった。だが、満州(現中国東北部)逃避行での母の言葉がよみがえる。「だれも信じてはいけない。自分で生きなさい」

 自問した。「自分の命の問題なのに、いつから聞き分けのいい大人になったのか。自己主張して、すべて自分で決め、新しい世界を切り開いてきたのに」。がん治療の“常識”に抵抗して、自分で治療法を見つけると決意した。

 夫婦でインターネットで調べ、たどり着いたのが先進医療の「陽子線治療」だった。放射線治療の一種だが、エックス線と違い、病巣に効率よく照射できるので、副作用が少ない。患部以外のダメージを抑えることができるので、心臓に不安があっても治療はできる。

 「これだ」と確信した。

「夢の治療」で腫瘍が消えた

 聞き慣れない「陽子線治療」の病院に朝一番で電話した。食道がんはこの治療の適用対象に明記されていなかったが、面談した主治医は「完治をめざしましょう」と言ってくれた。

 まず、心臓病の主治医の病院と連携して抗がん剤治療を行い、食道の腫瘍を半分に縮めた。この後の陽子線治療は1回30分。初めの25分は食道の動きなどの計測が行われ、最後の5分間、患部に陽子線が照射された。これを6週間で計30回。

 全工程が終わり、1か月後の検査で腫瘍が消えたのが確認された。2012年秋、半年ぶりに仕事を再開、コメンテーターを務めるテレビ番組にも復帰した。

 「夢の治療」といわれるが、実施施設は全国で約10施設。普及しないのは理由がある。医療機器が1基約80億円で、健康保険の対象にならない先進医療のため、患者の自己負担が約300万円かかる。欧米ではこの倍近い負担だという。

 「多くの人が高いと言うが、自分の命に値段をつける気にはなれない。この治療を早く健保適用にして、実施病院を増やすよう、国が努力すべきです」

 がんから生還し、我が国の行く末がいっそう気になってきた。言うべきこと、書き残すべきことを、きちんと次の世に伝えていこうと誓っている。

評伝 なかにし礼 心臓病と闘いながら、多彩な分野でヒット作品連発

nippon.com 2020年12月28日(月)18時10分配信/斉藤勝久(ジャーナリスト)

「天使の誘惑」「今日でお別れ」「北酒場」で作詩家としてレコード大賞を3回受賞し、直木賞作家でもあった、なかにし礼さんが2020年12月23日に亡くなった。82歳。多彩な分野でヒット作品を連発したが、その根底には浮き沈みの激しい人生体験があり、その苦労で20代から心臓の病とも闘い続けていた。

満州で逃避行中、母の諭しで目覚める

 筆者は6年前の2014年5月、なかにしさんを取材した。聞きたかった少年時代の満州(現中国東北部)の話を詳しく語ってくれた。インタビューは闘病記を書くために2時間程度という予定だったが、「どうぞ、なんでも聞いてください」と1時間の延長を許してくれた。

 なかにしさんは1938年(昭和13年)、旧ソ連国境に近い牡丹江で生まれた。一家は北海道・小樽から4年前に移り住み、造り酒屋として裕福になっていた。「中国語やロシア語なども使って、他国の子供たちと遊んでいた。日本とは違って、軍国少年にはならなかった」

 しかし、45年8月、ソ連軍の侵攻で、生活は一変し、母、姉との逃避行が始まった。ソ連戦闘機が迫ってきたので母と別れて逃げた。「これからは母さんの言うことも信じてはいけない。自分で逃げ、生きなさい」と諭す母の言葉で、なかにし少年は目覚めたという。この言葉は生涯、何度も思い出すことになる。

 ハルビンまで逃げ、避難民として1年余、まだ7、8歳の少年は物売りを続けた。父は亡くなり、資産をすべて失って、引き揚げ船で日本に帰国。貧しい生活から解放され、空は晴れ、見知らぬ祖国に帰れる喜びが、後に「恋のハレルヤ」の歌になる。

 北海道の父の実家で暮らしたが、復員した兄が一家を何度も混乱させた。借金をしてニシン漁の投機に手を出した兄が、失敗して担保の実家を失う。この辛い体験が、後のヒット曲「石狩挽歌」の元となった。

 親類を頼って移り住んだが、小学校では「満州、満州」といじめられた。兄が住む東京に来たものの、兄とけんかして家を飛び出し、シャンソン喫茶で働いた。フランス語学校に通い、歌手に頼まれた訳詞をした。それでお金を貯め、4年遅れで大学に入った。

 最初の結婚で新婚旅行中に、ホテルで偶然、俳優の石原裕次郎から声を掛けられ、「外国の歌より、日本の歌を書きなよ」と勧められたのが転機となった。

27歳で誤診のため心臓に病魔

 だが、27歳で作詩家活動に入る矢先、突然、激しい心臓発作に襲われた。これからの人生に悩んでいたのが原因だ。入院した病院の医師が「自律神経失調症」と誤診したため、効かない薬ばかり飲まされ、左心室が壊死して心筋梗塞になった。それ以後、長い間、心臓に病魔を抱えることになった。

 デビュー曲は「知りたくないの」。有名な歌い出しの「あなたの過去など知りたくないの」について、なかにしさんは「周りから、歌詞に『過去』という言葉は聞いたことがない。変更しろ、と迫られたが、絶対に譲らなかった」と語っていた。なかにし流のユニークでしゃれた歌詞はその後、持ち味になっていく。

「恋のフーガ」「今日でお別れ」「グッド・バイ・マイ・ラブ」などヒット曲を連発したが、心臓発作で何度も救急車で運ばれた。人気が出た弟を食い物にする兄の借金の肩代わりにも苦しめられ、評判を落とし、再起不能とさえ言われた。心臓薬をなめながら、起死回生となる「時には娼婦のように」、恩師、石原裕次郎の生前最後の歌「わが人生に悔いなし」を発表した。

 訳詞を含め約4000曲を手掛けたが、昭和が終わると作詩への意欲が消えてきた。1992年、54歳で再び大きな心臓発作に襲われた。目覚めるまでの8時間に臨死体験もした。生き返ったことを機に、人生でやり残した「作家」になることを決意した。

「作詩家の仕事が短距離の100メートル走なら、マラソンを走るのが作家」と覚悟した。7年ほど世間との連絡を絶ち、多くの小説を読み直して懸命に勉強した。98年の第1作は兄との確執を描いた自伝小説「兄弟」。いきなり直木賞候補となり、翌年の「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞した。

 2001年には、満州からの引き揚げ体験を元にした「赤い月」を出版した。「100万人を超える満州からの引き揚げ者がいたのに、その実情を伝える本格的な小説はなかった。守ってくれると信じていた関東軍は一足先に逃げ出し、本土が食糧難だから帰ってくるなと言われ、苦労して帰国したら引き揚げ者と差別された『棄民』(政府によって切り捨てられた自国民)がいたことを、作家として書きたかった」と力を込めて語っていた。

自分で見つけたがんの治療法

 その後も順調に著作を続け、テレビのコメンテーターとしても活躍したが、12年に、のどの不快感などから食道がんが見つかった。医師は手術を勧めたが、持病がある心臓は手術に耐えられないと直感した。

 医師からは、もし手術をしないと「余命半年」と言われた。迷う中で、満州での逃避行の時の母の言葉がよみがえった。「誰も信じてはいけない。自分で生きなさい」

 がん治療の“常識”に抵抗して、自分で治療法を見つけることにした。インターネットで調べ、先進医療の「陽子線治療」にたどり着いた。放射線治療の一種だが、病巣だけに照射できるので、患部以外のダメージを抑えることができる。これなら、心臓に不安があっても大丈夫と判断した。健康保険の対象外だったので高額負担となったが、治療がうまく進み、半年後に仕事が再開できるまでに回復することができた。

 がんからの生還後は、「我が国の行く末がいっそう気になってきた。言うべきこと、書き残すべきことを、次の世に伝えていく」と誓い、精力的に活動を続けた。しかし、15年にがんの再発を公表。20年に入り、持病の心臓疾患が悪化して、入退院を繰り返していた。死因は心筋梗塞だった。

多才にして気遣いの人

 筆者は6年前に取材して別れ際、なかにしさんから「この本も、記事を書くのに役立つかも」と、自著「兄弟」をいただいた。大変、参考になったことは言うまでもない。6回の新聞連載を読んだなかにしさんから「大変素晴らしい記事にして下さって ありがとうございます。」というファクスもいただいた。

 また、取材の前日には、なかにしさんの方から確認と、「あすはよろしく」という趣旨の丁重な連絡をいただいた。なかにしさんは大ヒットメーカーにして直木賞作家のおごりがない、気遣いの人だった。筆者はこれが多くの人に好かれ、「いい男」だと言われる理由だと思ったのを覚えている。

 コロナ禍で、将来の針路を語ってほしかった一人が逝ってしまったことが悲しい。

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関連エントリ 2020/12/24 ⇒ 【羽生結弦】Xmas参戦<全日本フィギュア>SP&FS✍新プロ投入!!

 羽生結弦を支えるパワースポット「長田神社特製お守り身につけ、いざ全日本選手権へ出陣  

東スポWeb 2020年12月25日(金)5時15分配信

 パワースポットが幸運をもたらすか――。フィギュアスケート男子で五輪2連覇を達成した羽生結弦(26=ANA)が、今季初戦となる全日本選手権(25日開幕、長野・ビッグハット)へ必勝態勢で臨む。新型コロナウイルス禍で開催される今大会、羽生は葛藤の末に出場を決めたという。歴戦の王者にとっても全てが未知数だが、今回は力強い援軍がある。どんな時も支えてくれた〝神様〟が近くで見守っているのだ。

 久々に公の場に姿を見せた王者は、銀盤で汗を流すと「僕にとって久しぶりのことだったので、楽しい感覚もありました」とかすかな笑みを見せた。新プログラムには注目を集める人類初のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)は入れず、来年3月開催予定の世界選手権(スウェーデン・ストックホルム)の代表枠を意識。「この試合を必須として、出なくてはいけない。僕自身の希望を何とかつなぐために出させていただいた」と決断に至った経緯を明かした。

 とはいえ、出場には苦悩がつきまとった。今季は新型コロナウイルス禍のリスクを回避して、グランプリ(GP)シリーズを欠場。「現状、いわゆる第3波と言われる波が来ている状況で僕が出ていいものか。かなり葛藤がありました」。さらには「悩み始めると、どうしても自分の負のスパイラルに入りやすい」と自己分析しつつ「その中でうまくコントロールするすべだとか、一人だからこそ深く分析したりとか」と考えを巡らしてきたという。

 そんな羽生にとって、今大会は絶好の開催地となった。会場のビッグハットから南東へ約6キロ。長野市若穂川田には強力なパワースポット「長田神社」がある。縁もゆかりもない土地柄の神社に出会ったのは2014年ソチ五輪の前のこと。知人を介して同神社のお守りをもらうと金メダルを獲得した。その後も定期的にお守りを作ってもらい、練習や遠征、試合の時はいつも身につけてきた。以来、羽生の栄光と挫折をすべて見守ってきたのだ。

 湯本正通宮司(70)は「彼は常に自分の力を信じているが、勝負には運も必要。自分が100を出しても、相手が110を出せば負ける世界。だから彼は運も強く信じるのです」と話す。湯本宮司によると、羽生は神様が見える脳に入ってくると口にしてるようで、自分を見失いかけた15年GPファイナルスペイン・バルセロナでは長田神社のご神木の神様が『大丈夫』って言う声が聞こえたと不思議なパワーを受けて優勝したという

 いまやファンの間でも「聖地」として知られるほど有名になったが、今回はその〝お膝元〟での開催。長田神社に出合ってから長野で行われた大会は2戦2勝だから心強い。

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 今大会前、羽生は現在の願いを神社に伝え、それをもとに特製のお守りを作ってもらったという。「自分を信じて、楽しく滑れば必ず金が取れると伝えました」(湯本宮司)。運を引き寄せ、ライバルだけでなくコロナという強敵にも打ち勝つ。

 

2020年12月 6日 (日)

【タイソン54歳】✍なぜ「彼は世界を熱狂させる」のか・・・・

54歳マイク・タイソン何故世界を熱狂させるのか『栄光』と『転落』にみるボクシング人生 

J-CASTニュース 2020年11月30日(月)19時46分配信

 ボクシングの元統一ヘビー級王者マイク・タイソン氏(54)=米国=が2020年11月28日(日本時間29日)、元世界4階級王者ロイ・ジョーンズJr氏(51)=米国=とエキシビションマッチを行った。エキシビションマッチは2分8ラウンドの特別ルールで行われ、結果は引き分けに終わったが、レジェンドの約15年ぶりのリング復帰に世界中のボクシングファンが熱狂した。

復帰のきっかけはSNSの練習動画

 タイソン氏のトレードマークである黒色のトランクスに黒色のリングシューズ。さすがにスピード、スタミナは現役時代のものとは比べものにならなかったが、体を小刻みに左右に振りながら相手の懐に飛び込む姿にかつてのタイソン氏を重ねたファンも多いだろう。このエキシビションマッチに向けて45キロ絞ったという肉体は、リタイアしたボクサーのものとは思えぬほど引き締まり、かつての「鉄人」は54歳になっても「鉄人」だった。

 エキシビションマッチとはいえ、タイソン氏の約15年ぶりとなるリング復帰は世界中から注目された。その注目度の高さはタイソン氏のファイトマネーの額に表れている。米国メディアの報道によると、このエキシビションマッチでタイソン氏は10億円以上の報酬を受け取るという。井上尚弥(大橋)がジェイソン・モロニー(オーストラリア)戦で得たファイトマネーが約1億円だったことを考えれば、引退してもなおタイソン氏のボクシング界における商品価値が破格であることが分かる。

 タイソン氏のリング復帰のきっかけは、タイソン氏が自身のSNSに投稿した練習動画だった。今春、タイソン氏がSNS上で練習動画をアップすると世界中のファンが反応。迫力満点のミット打ちにファンは熱狂し、練習動画が世界中に拡散した。これに格闘技プロモーターが黙っておらず、タイソン氏に数々のオファーが舞い込んだという。タイソン氏自身、リング復帰を願っていたところもあったようで、SNS上でのファンの後押しもあってリング復帰が実現した。

ヘビー級の迫力に打ちのめされた日本のファン

 世界中のボクシングファンは、54歳になったタイソン氏の背中に何を求め、何を見ているのか。そして、なぜここまでタイソン氏に惹かれるのか。

 1980年代後半、タイソン氏は「世界最強」の称号をほしいままにした。86年11月に史上最年少の20歳5カ月でWBC世界ヘビー級王座を獲得し、その後WBA、IBFのベルトを奪い3団体の王座を統一。88年3月には東京ドームで防衛戦を行い、トニー・タッブス(米国)を2回TKOで破り防衛に成功。本場ラスベガスのリングを東京ドームに移して行われた一戦でタイソン氏が見せたパワー、スピード、テクニックは衝撃的なもので、日本のボクシングファンはヘビー級の迫力に打ちのめされた。

 タッブス戦から2年を経て、東京ドームに再び衝撃が走った。90年2月、ジェームス・ダグラス(米国)との防衛戦。そこに2年前のタイソン氏の姿はなかった。試合前のスパーリングでパートナーを相手にダウンを喫するなど調整不足が指摘されており実際、試合当日は主武器であるスピードはなく、パンチにもキレが見られなかった。ダグラスから一度はダウンを奪うも仕留めきれず、タイソン氏はKO負けで3本のベルトを失った。プロキャリアで初の黒星だった。

 この2年の間にタイソン氏のボクシングキャリアに大きな影響を与える出来事が起こっている。世界的なプロモーターであるドン・キング氏と手を組むようになり、トレーナーのケビン・ルーニー氏と決別した。ルーニー氏は長年にわたりタイソン氏を指導し、私生活でも家族同然の間柄だった。タイソン氏の師であるカス・ダマト氏亡き後、タイソン氏の後見人としてともにキャリアを歩んできた人物であり、そのルーニー氏がチームから外れたことでタイソン氏のボクシングが荒れ始めたといわれている。

トラブルメーカーとしてダーティーなイメージが...

 ダグラス戦での敗戦後、タイソン氏がリングで再び輝きを放ったのはほんのわずかな時間だった。96年3月にフランク・ブルーノ(英国)を破りWBC王座を獲得し9月にWBA王座を獲得。その後、イベンダー・ホリフィールド(米国)にタイトルを奪われ、ホリフィールドとの再戦で失格負け。この再戦でタイソンはホリフィールドの耳を噛みちぎり、「耳噛み事件」としてボクシング史に刻まれている。

 「耳噛み事件」以降もリングの内外で自身をコントロールすることが出来ずトラブルが絶えなかった。トラブルメーカーとしてダーティーなイメージがつきまとい、その後は世界のベルトを巻くことはなかった。「栄光」と「転落」。タイソン氏のボクシング人生は波乱続きだったが、ボクシングの技術に目を向けると、洗練された防御技術、相手の急所を的確に打ち抜く技術は歴代のヘビー級王者のなかでもトップクラスだろう。

 タイソン氏は完成されたファイターだった。アマチュアでしっかりとキャリアを積み、米国五輪予選の決勝まで進んだ実績を持つ。トップアマからプロに転向するも世界王座に初挑戦するまで27試合をこなしている。天性のパンチ力に加え、卓越した防御技術とステップワークは実践で培ったもので、これら豊富なキャリアがタイソン氏のボクシングの「完成度」を裏付けている。パワーだけでない世界最高峰の防御技術。そして巨漢ボクサーをなぎ倒す強烈なダウンシーン。全盛期のタイソン氏は何もかもが異次元だった。

 SNS上での動画配信から始まった今回のタイソン氏の復活劇。海外の専門メディアには批判的なものもみられるが、海外メディアの論調はおおむね好意的である。54歳にしてなお「鉄人」であり続けるタイソン氏は、リングに復帰した理由について「人々を励ますため」と語っている。新型コロナウイルス関連の暗いニュースが続くなか、世界のボクシングファンが待ちわびたレジェンドの復帰。タイソン氏のパンチひとつひとつが強いメッセージとなって世界中に届けられたことだろう。

 54歳のタイソン本物の世界戦よりも人気を集めた!有料放送の視聴契約数120万で売り上げ63億 

THE PAGE 2020年12月3日(木)7時32分配信

 プロボクシングの元世界ヘビー級3団体統一王者のマイク・タイソン(54、米国)対元4階級制覇王者、ロイ・ジョーンズ・ジュニア(51、米国)のエキシビションマッチ(11月28日・米国ロスアンゼルス)のPPV(有料テレビ放送)の視聴契約数が約120万件だったことが3日、明らかになった。

 複数の海外メディアが報じたもので売り上げは約63億円にのぼるという。ファイトマネーとしてタイソンは約10億円、ジョーンズは約3億円が最低保証されていたが、この売り上げからの歩合でプラスアルファされる方向だ。

 タイソンとの次のエキシビションマッチの対戦相手として“耳噛み事件”があったイベンダー・ホリフィールド(58、米国)や、東京ドームで、タイソンを倒す“世紀の番狂わせ”を起こしたジェームス・ダグラス(60、米国)らが名乗りを上げているが、これだけの銭を稼ぐのだから次期対戦相手に行列ができるのも無理はないのかもしれない。

フューリーvsワイルダー戦を35万件上回る

 タイソン人気は不滅だった。15年ぶりのリング復帰となった54歳のタイソンは、51歳のジョーンズと2分8ラウンドの特別ルールのエキシビションマッチで対戦。WBCが用意した3人の元世界王者の非公式採点は、忖度がありドローとなったが、45キロの減量に成功した鍛えられた肉体から繰り出されたタイソンのパワフルなパンチと俊敏な動きはファンやメディアの喝采を受けた。現役時代を彷彿とさせる、ダッキングなどのテクニックや高速コンビネーションも披露していた。

 この試合はPPV放送され、視聴価格は44.99ドル(約4600円)に設定されていたが、なんと視聴契約数が約120万件に達したというのだ。英国のザ・サン紙は、「タイソン対ジョーンズ戦は、米国で120万件以上のPPVを売り上げ、驚きの4500万ポンド(約63億円)を荒稼ぎした」との見出しを取って報じている。

 同紙が比較したのは、2月に行われたタイソン・フューリー(英国)とデオンテイ・ワイルダー(米国)のWBC世界ヘビー級戦の数字。この試合は注目の再戦でフューリーが劇的なTKO勝利を収め、PVVの視聴契約数は、約85万件あったが、今回の試合はエキシビションでありながら、35万件あまり、それを上回ったのである。

 ただ同紙によると、タイソン・フューリーvsワイルダーの試合の視聴価格は、タイソンvsジョーンズ戦よりも3000円ほど高く設定されていたため、売り上げ自体は約71億円ありタイソンのエキシビションマッチよりも上だったという。

 同紙は「54歳のタイソンは、土曜日の夜に16分間で約10億5000万円を手にしたと理解されている。これは1ラウンドで約1億3000万円、1分あたりで約6500万円、1秒あたり約109万円となる。またジョーンズが手にする金額もタイソンのそれを大きく下回ったわけではない」とも伝えた。ファイトマネーの最低保証からの逆算だ。

 英国のスポーツ専門ラジオ局のトークスポーツも、この試合の視聴契約数がフューリー対ワイルダーの再戦よりも35万件も上だったことに注目。

「試合前には失望に終わるのではないかと疑念のあった試合だが、成功した試合として知れ渡ることに疑いはない。視聴者はリング内での展開に満足し、この試合は金銭的な成功を収めた」と評価している。

 ちなみにボクシングのPPVの過去最高記録は、2015年5月に行われたフロイド・メイウエザー・ジュニア(米国)対マニー・パッキャオ(フィリピン)の“史上最大の決戦“で約460万件。売り上げは、約500億円に達したと言われている。

 タイソンの現役時代の最高視聴件数は、1997年に行われたホリフィールド(米国)との再戦の199万件。いわゆる“耳噛み事件”が起きた因縁のWBA世界ヘビー級戦である。

 その58歳になるホリフィールドが「誰もが望む試合。俺とやらない理由はないだろう」とタイソンとの3度目の対戦を要望するプレスリリースを発表。1990年に東京ドームでタイソンにKO勝利する“世紀の番狂わせ”を演じた“バスター”ダグラスも、もう60歳になるが、USAトゥデイ紙のインタビューに「もう一度対戦したい」と語るなど、次から次へと対戦希望者が出ている。エキシビションマッチで、これだけの金額を稼げるのだから、彼らがタイソン戦を熱望するのも当然なのかもしれない。

 タイソンは、「これからはもっと良くなる。次も戦う」と、エキシビションマッチの継続の意向を明かした。だが、同時に「もうエゴはない」と、あくまでも今回のリング復帰はチャリティーが目的であり、これらの収益を慈善事業団体に寄付する考えであることを表明している。

 リング戻ってきたマイクタイソン全米どう見たか 

Forbes JAPAN 2020年12月2日(水)8時00分配信/長野 慶太(ジャーナリスト)

 引退後、14年ものあいだ試合から遠ざかっていた「地上最強の男」マイク・タイソン(54歳)がリングに帰ってきた。 

 11月28日、ロサンゼルスのステープルズ・センターで、2人の元ヘビー級世界チャンピオンが闘った。エキシビションマッチという建前だが、カリフォルニア州の管理・許認可団体であるアスレチック・コミッションの裁定を受けている試合だ。

難航したタイソンの闘う相手

 不幸な幼少時代と、12歳までに51回も逮捕された少年院時代を経てプロボクサーとなったマイク・タイソン。2005年に引退したあとも、離婚やアルコール中毒症に苦しむなど、絶えない人気とは裏腹に、私生活では苦闘を続けてきた。

 しかし、2011年に国際ボクシング殿堂に殿堂入りをして以降は、俳優業やライブのコメディショーなどに挑戦し、総再生回数約1億回の視聴を稼ぐユーチューバーとして若い世代からも人気を博している。

 今回の対戦相手は、ボクシング史上最高の身体能力を持つと言われるロイ・ジョーンズ・ジュニア(51歳)。重量パンチを武器に、2003年には、106年ぶりとなるミドル級出身者によるヘビー級世界王座獲得を果たした選手だ。

 フットワークが軽快で、攻撃の幅が広い。通算66勝を収め、そのうち47試合がノックアウト勝ちというレジェンドで、なによりたった2年前まで現役だったということで、タイソンの対戦相手としても文句なしと前評判が高かった。

 コロナ禍のなか、無観客のリングとはいえ、ペイパービュー(見たい番組に課金する)方式で放映されたこの試合は、視聴料だけで1億円を稼いだとされ、まさに今年の全米のスポーツで最大の話題の1つとなった。

 タイソンは引退した翌年の2006年に、このようなエキシビションマッチをやると宣言していたが、最初の試合が不評に終わり、それ以降やることはなかった。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によってアメリカが世界一の死者を出し、ほとんどの州でロックダウンの緊急宣言下にあった今年の4月、タイソンはチャリティ・ボクシングをやろうと思っているとユーチューブ上で発表していた。

 今年54歳になるタイソンに対して、スパーリングならともかく、本気の試合などできるはずがないという専門家の指摘も多かった。が、それとは裏腹に、全米のスポーツファンの間では、噂が噂を呼び、本当にやったらどうなるかという、まるで映画「ロッキー・ザ・ファイナル」(シリーズ第6作でロッキーがエキシビションで再びリングに戻ってくる)のような盛り上がりを見せていた。

 ところが、なかなかいい対戦相手が見つからなかった。オーストラリアのボクシングプロモーターがラグビー選手と対戦させるアイデアを出したこともあったが、タイソンは、ボクシングに対する不敬になる恐れがあると拒絶し、やるのなら本物のボクサーとやると断じていた。

 また一時は、タイソンに試合中に耳をかじられた因縁の相手、イベンダー・ホリフィールドもリング復帰に興味を示し、両サイドが契約に向かうかと思われていたが、これもなかなか進行せず、結局7月23日に、今回のジョーンズと契約を交わすこととなった。

 当初試合は9月12日に行われる予定だったが、チャリティ・イベントとしての収益を上げるために、場所も屋外サッカースタジアムからロサンゼルスの象徴とも言うべき屋内イベントセンター、ステープルズ・センターにして、試合日も11月28日とした。

メディアではタイソン勝利の声が…

 当の試合の結果は、引き分けだった。しかし、ニューヨーク・タイムズのベテランスポーツ記者ケビン・ドレイパーが指摘しているように、誰の目から見ても、スタミナをなくし、全身で息をしていたジョーンズと比べ、タイソンは往年のオーラを放ち、スタミナもスピードもパンチ力も現役の頃と比べても見劣りがしなかった。

 ジョーンズはクリンチを繰り返すことに専念するしかない防戦だったが、タイソンは放ったパンチの数も有効打数も圧倒的で、「タイソンが間違いなく勝っていた」との評が大方だった。

 ドレイパー記者は、「2人の健闘は想像以上だった」と試合のクオリティを誉める一方、引き分けという試合のジャッジは「まるでジョークだ」と苦言も呈していた。

 また、ジョーンズは試合後に、タイソンのボディブローに相当なダメージを受けたことを告白している。確かに、最終ラウンドが終わった後も、まだやれると意欲を見せたタイソンに比べて、ジョーンズはそこが限界という感じだった。

 CBSスポーツのジャーナリスト、ブライアン・キャンベルも、タイソンの勝利は明らかだったと分析。無観客でも十分であった盛り上がりを讃えながらも、ジャッジだけが本気を出さなかったことが唯一の難点だと手厳しいコメントを残した。

 いずれにせよ、この試合には、54歳と51歳が闘い、多くのスポーツファンに勇気と希望を与えたと賞賛の声ばかりが集まった。特筆すべき点は、2分間8ラウンドという16分を、この2人が最後まで本気で闘い抜いたことだった。

 このファイトマネーで3億円をジョーンズが稼ぎ、タイソンは10億円を稼いだと言われているが、タイソンはすべてのファイトマネーをチャリティに献じると公式発表している。

 試合直後のインタビューでタイソンは、現役選手との公式試合への復帰についても質問を向けられると、笑顔でかわしてコメントを避けたが、このエキシビションマッチを今後ももっとやっていきたいと意欲を示した。

 またタイソンがチャリティの大義のなかで、本気のボクシングをやることのほうが、若い時の自分がやってきたことよりもずっと意味があるとまで言って、ファンを沸かせていたのが実に印象的だった。

 レジェンドボクサー達が復帰を目指す「お金だけじゃない」理由 

NumberWeb 2020年12月6日(日)17時05分配信/「ボクシングPRESS」杉浦大介

 マイク・タイソン復帰戦の前後、米国内の盛り上がりは随分と凄いものがあった。

 11月28日、54歳になった元世界ヘビー級王者がロサンジェルスのステイプルスセンターで51歳の元4階級制覇王者ロイ・ジョーンズ・ジュニアと対戦。もちろん正式試合ではなく、2分8ラウンドのエキジビションマッチである。それでも、他にも多くの競技が行われた土曜日の夜、米スポーツ界で最大の話題は間違いなくこの一戦だった。普段はボクシングに見向きもしないニューヨークタイムズまでが特集を組み、ソーシャルメディアもタイソンのニュースで持ちきりだった。

往年の武器だったボディ打ちとアッパーも……

「何年もの時が流れても、タイソン戦はやはり特別だ」

 ヤフースポーツの大ベテラン記者、ケビン・アイオリがそうツイートしていた通り、すべてはタイソンのカリスマ性ゆえだろう。現役時代同様、ガウンなし、漆黒のトランクスという懐かしのスタイルで登場したタイソンは、ゴングが鳴るとかつてのように頭を振って前に出た。往年の武器だったボディ打ちとアッパーで、ジョーンズを追い込んでいく。ラウンドが進んでもタイソンのスタミナは意外なほどに衰えず、クリンチで時間を稼ぐのは3歳も若いジョーンズの方だった。

 2人のレジェンドは8回をフルに戦い抜き、タイソン優勢に見えたが、WBCによってあてがわれた3人の特別ジャッジによる採点は三者三様のドロー。普段は微妙な判定が出ると騒ぎになるが、あくまでエキジビションのこの日はその必要もない。

「なんで誰も俺のことを心配してくれないんだ? 15年ぶりの戦いだったのに。(ジョーンズは)2年前まで現役だったのに、みんな彼の方を心配しているよ!」

 試合後のインタビュー時、テレビのアナウンサーがジョーンズの体調を懸念する質問をした際、タイソンはそんなふうに言葉を挟んで笑いを誘った。

 ユーモアと余裕たっぷりのやりとりからも、主役が誰であったかは明らか。タイソンの知名度を考えれば無観客での開催は残念ではあったが、全米のお茶の間は沸き返っただろう。かつての英雄が久々に主役に戻った異色のファイトは、何が起こるかわからないパンデミック下に相応しいイベントにすら思えたのだ。

元スーパースターたちの復帰ブーム

 ボクシング界では元スーパースターの復帰が軽いブームになっている感がある。メキシコの英雄フリオ・セサール・チャベス(58歳)は、同国人の元5階級制覇王者ホルヘ・アルセ(41歳)とチャリティーマッチシリーズを開催。2021年にはマルコ・アントニオ・バレラ(46歳)対エリック・モラレス(44歳)というかつてのメキシカン中量級ライバル同士が、似たような形で拳を交えると伝えられている。

 公式試合のリングに戻ってきた選手もいる。45歳になった元世界スーパーウェルター、ミドル級王者セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)は8月に復帰戦を行い、無名選手相手に7回KO勝ち。最近では“ゴールデンボーイ”のニックネームで親しまれた元6階級制覇王者オスカー・デラホーヤまでもが47歳にして復帰を宣言した。デラホーヤは2008年にマニー・パッキャオ(フィリピン)に敗れて引退以降、何度も再起の噂が立ち消えになってきただけに、今回も実現するかは定かではないが、少なくとも練習を積んでいるのは事実のようである。

 次々とリングに舞い戻る元スーパースターたちに対して、通常、冷ややかな視線が多くなるものだ。なぜかといえば、復帰の理由が金銭面であることが多いから。現役時代の栄光が忘れられず、大金の魅力に惹かれてカムバックを望み、失敗するアスリートはボクサーに限らず枚挙にいとまがないのが現実である。

なぜレジェンドたちは温かく迎え入れられるのか

 しかし――。現在までに復帰したか、あるいはカムバックを考えているレジェンドたちのモチベーションは少々違う印象がある。チャベスとアルセはチャリティーマッチの売り上げをパンデミックの中で奮闘する医療関係者に寄付したと伝えられている。マルチネスに関しても、アメリカでのプロモーターだったルー・ディベラは「リング内外で成功を収めたマルチネスは金銭的には問題がない」と述べていた。

 デラホーヤの再起には自前のプロモーション会社、ゴールデンボーイ・プロモーションズを活気づけるためという意図もあるように感じられるが、本人が経済的に厳しくなっているという話は聞かない。

 そんな中で、彼らがリングを目指す理由はどこにあるのか。もちろんそれぞれ状況、事情は違うものの、新型コロナウイルスによるパンデミックが少なからずレジェンドたちの復帰のモチベーションに影響しているのは間違いないのだろう。

 メキシコの英雄たちの例にとどまらず、困っている人々のためにお金を生み出したい、助けになりたいといった慈善活動的な動機はもちろんあるはずだ。また、自粛期間中に自分に向き合った上で、あるいはトレーニングに費やす時間が増えた結果として、リングに戻りたくなった元名選手もいるに違いない。真打ちのタイソンも例外ではなく、今回のエキジビション登場はお金のためではないことを繰り返し強調していた。

「人々を励ますためにこの試合をやったんだ。この年齢でも頑張っていて、体調も戻した。そこを見てほしかった」

 ジョーンズ戦後のそんな言葉を聞いて、「Almost too good to be true(素晴らしすぎて嘘みたい)」と感じたファンもいたかもしれない。今回の試合でタイソンは1000万ドル以上を保証されたと伝えられており、大半を寄付にあてるとしても、復帰の背景にビッグマネーの魅力がまったくなかったと言われたら疑わしく思える。

 ただ……その一方で、オンラインで公開されたファイトウィークイベント中の姿を見ていても、試合前後の表情を思い出しても、今回のタイソンは確かにお金だけを追い求めているオールドファイターには見えなかったのも事実である。

 リング内外でトラブルに見舞われた元王者の晩年は厳しいものだったが、最後の試合から約14年を経て、見違えるように生き生きとしていた。「(引退時は)リングを去れてハッピーだった。ただ、今の私には意欲がある。どれだけ良いファイトができるか世界に示したい」という言葉も偽りには聞こえなかった。

 リング上で戦う姿も貫禄たっぷり。そのパフォーマンスは人々の予想以上に上質なもので、おかげでイベント全体が引き締まった。だからこそ、視聴に49.99ドルが必要なPPVシステムで放送された今回のエキジビションマッチ後、アメリカでも不満の声はほとんど出なかったのである。

コロナ禍が生んだユニークなカムバックは続くか

「この試合を終えられてハッピー。また先に進んでいくよ」

 久々のリング登場を終え、タイソンは気持ちよさそうにそう述べていた。イベンダー・ホリフィールド、レノックス・ルイスらもタイソンが提唱する「レジェンド・オンリー・リーグ」への参加に興味を示しており、名選手のカムバックブームが今後も続く可能性はある。ただ、これから誰がリングに立とうと、やはりタイソンの復帰戦以上に人々の心を揺り動かすことはあるまい。

 おそらくパンデミックの中だからこそ実現したタイソンのユニークなカムバック。様々なことがうまくいかない2020年の中で、「人々を励ますため」のファイトは、“コロナ禍の産物”としてボクシングファンの心に刻まれていくのかもしれない。

 ディスレクシア読字障害闘ってきた海外セレブ達 

BAZAAR 2020年11月25日(水)18時22分配信

 ディスレクシアとは、文字の読み書き学習に困難を抱える障がいのこと(読字障害)。英語話者の1~2割に何らかの程度でこの障がいを抱えていると言われていて、海外セレブの中でも闘ってきた人が多い。文字が読めないことによる学校退学やいじめなどの苦しみを乗り越え、華やかに活躍するセレブたちをここでチェック!

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トム・クルーズ

 ディスレクシアを世の中に広めたと言われているのがトム。子どものころ、ディスレクシアのためにいくつもの学校を転々とし、いじめにもあい、つらい思いをしてきたことを、これまでたびたび告白してきた。

 俳優になってからも脚本の文章が理解できず、テープに録音してもらってセリフを覚えていたのは有名な話。トップスターの仲間入りを果たすことになった『トップガン』の撮影時にも、実は操縦理論が理解できなくて、レッスンを投げ出してしまったことも...。

 その後、努力の甲斐もあり障がいを克服したトムは、同じようにディスレクシアに苦しむ子どもたちを支援する活動を続けている。

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キーラ・ナイトレイ

 キーラも6歳の時にディスレクシアの診断を受けた。雑誌『GQ』のインタビューの中で、『ドクター・ドリトル』や『ラスト・クリスマス』などの映画脚本家として知られるエマ・トンプソンの脚本を、ディスレクシアを克服するために使ったことを明らかにした。エマと一緒に仕事をしていた母親に脚本の一部を渡され、「もしもエマ・トンプソンが字を読めなかったら、絶対に克服している。だからあなたもエマのように読む練習をはじめなさい」と言われたそう。

 今でも録音読書で学習したり、色付きの眼鏡をかけて文章の文字が混じって見えないように工夫するなどの努力を続けている。

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オーランド・ブルーム

 全世界で大ヒットを記録した『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでキーラと共演したオーランドも、キーラと同じくディスレクシアに長年悩んできた1人。

 幼少期は本を読むのも文字を書くのも大変で、俳優の道に進んでからもセリフを覚えられないためオーディションに落ちたり、自ら出演を辞退したりしたこともあったそう。

 聖書の朗読などで現在は改善されていて、自分自身の存在が同じように苦しむ子どもたちの励みになればとカミングアウト。恵まれた容姿の裏側では、努力でハンディに立ち向かっている。

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ジェニファー・アニストン

 20代前半のころ、たまたま行った眼科検診でディスレクシアであることが判明したジェニファー。2015年に、『ハリウッド・レポーター』のインタビューの中で「それまでは自分は頭がよくなくて何も覚えられない人間だと思っていたの。診断されたことで子ども時代に経験したいろんなトラウマが理解できたわ」と告白している。

 また斜視の傾向があるため、写真を撮影するたびに修正が必要なことも同時に明らかにしている。

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キアヌ・リーブス

 ハリウッドのトップスターとして華やかな人生を送っているように見えるキアヌも、実はディスレクシアに長年苦しんできた。

 ディスレクシアのため高校を退学せざるを得なくなり、「私は多くの生徒のようにできなかった」と辛い過去についてたびたび語っている。しかしシェークスピアなどの演劇への強い関心があり、そのことが舞台芸術学校に入学することにつながり、ハリウッドへの道を切り開いてくれたと語っている。

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 資産520億 ジョージクルーニー25自分で髪を切ってる 

女子SPA! 2020年12月2日(水)8時45分配信

 2018年度「世界で最も稼いだ俳優」に選ばれた超大物俳優のジョージ・クルーニー(59)。下積み時代には極貧生活も経験したというが、売れっ子になった今では、推定資産は5億ドル(約520億円)とも言われている。過去には友人たちにそれぞれ1億円ずつ贈り話題になったが、そんな羽振りの良いジョージが「髪は自分でカットしている」と明かし、反響を呼んでいる。

25年間自分で髪を切っている

 このたび、米対談番組『CBSサンデー・モーニング』に出演したジョージ。新型コロナウィルスの感染が拡大するなか、どのような生活を送っているかについて話題が及んだ際、だいぶ前からセルフカットしていることを明かした。

「25年間自分で髪を切っている。見てよ、僕の髪って藁(わら)みたいなんだ。だから簡単にカットできる。ミスもあまりしない。『フロービー』っていう商品を何年も前に購入してね。子供の頃に見た掃除機とバリカンが一体化したあれさ。まだ、持ってるよ。だって本当に使えるから!」

『フロービー』は米カリフォルニア州で大工をしていた男性Rick Hunts氏が開発した商品で、1980年代にテレビショッピングで紹介されたことをきっかけに人気に火が付いた。

 価格は99米ドル~140米ドルで、日本円にすると約1万円~1万5000円。ジョージのように、1度購入したら長い間使い続ける人も多いようだ。実際、ジョージが出演した対談番組の放送後には、多くの『フロービー』ユーザーたちがSNSにコメントを投稿。「ジョージのおかげで、自分もフロービーでヘアカットしていることをおおっぴらに言えるぞ」「うちの父親もずっと使い続けてる」などと書き込んでいる。

 さらに、放送後には一時公式サイトにアクセスできない状態に。

 ヘアカットするのはあくまで自分の髪だけで、妻アマル・クルーニーの髪を切れるほどの腕前はないとも明かしているジョージ。そんな大スターのちょっとした告白が、大反響を呼んだ。

極貧時代を助けてくれた友人に感謝の1億円

 ジョージは今回、駆け出しの俳優として故郷のケンタッキー州からロサンゼルスへ移った頃のエピソードも披露している。

「あれはロサンゼルスへ引っ越すことにした1982年。かなり使い古された76年製のモンテカルロ(車)を持っていたんだ、サビだらけだった。ガソリンを入れて、エンジンをチェックし、3日間ドライブし続けた。エンジンはかけっぱなし、切ったら戻らなくなると思って。 でここに到着するや壊れた。そして自転車を買って、1年半の間、街中どこのオーディションに行くにも、それに乗って行っていたよ」

 この話を聞いてもわかるように、ジョージは下積み時代に極貧生活を経験。住む家もなく、友人の家を渡り歩いていたという。そんな苦難の時期を乗り越え、売れっ子俳優となったジョージは、これまで支えてくれた友人14人に約1億円をプレゼント。大金の入ったスーツケースをそれぞれの友人に渡し、感謝の気持ちを伝えたという。

 この驚きの出来事について、ジョージはのちにこう語っている。

「成功できたのは、35年間、自分を助けてくれた友人たちのおかげ。貧乏で金がなかった頃、家のソファーで寝かせてくれたり、お金を貸してくれたりした。みんなは、助けが必要だった時に助けてくれた。だから生きているうちに、恩返しがしたいと思った」

 また社会活動も積極的に行っており、犬の保護施設への寄付や、コロナ対策支援として世界各地にある6団体に合計100万ドル(約1億900万円)以上を寄付したと報じられている。

 有名人になっても、セルフカットして散髪代を節約しつつ、必要なところには大金を惜しみなく使うジョージ。そんなところも、「顔だけでなく心もイケメン!」と言われる所以かもしれない。

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ジョージクルーニー、スーダン大使館前デモ身柄拘束

 AFPBB News 2012年3月17日(土)13時40分配信 

 米俳優ジョージ・クルーニー(George Clooney)さんが16日、米首都ワシントンD.C.(Washington D.C.)のスーダン大使館前で抗議活動中に身柄を一時拘束された。クルーニーさんは他の参加者とともに、スーダンでの人権問題についての抗議活動を行っていた。

 大勢の取材陣のカメラが取り囲む中、父親でジャーナリストのニック・クルーニーさん(Nick Clooney、78)を含む10数人のメンバーらを率いて抗議活動を行っていたクルーニーさんは、退去を命じる警官の3度にわたる警告を無視した。

 その後警察はクルーニーさんと他の抗議活動参加者らにプラスチック製の手錠をかけ、警察車両へ誘導した。現場では何百人もの支持者らが「スーダンは食糧を武器に使うのをやめろ」と書かれたプラカードを掲げて取り囲み、スーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領を非難するスローガンを叫んでいた。

 クルーニーさんは3時間身柄を拘束された後、立ち入り禁止区域へ侵入した罰金として100ドル(約8300円)を支払い釈放された。

 長らくスーダンの人権擁護活動を展開してきたクルーニーさんは数日前、ひそかにスーダンの南コルドファン(South Kordofan)州を訪れていた。支援団体らによると、同州では少なくとも25万人が深刻な食糧不足に陥っているという。

 クルーニーさんは釈放後、記者団に対し「人災によって何万人もが亡くなる可能性が高い。これは飢饉ではなく、スーダン政府が引き起こす悲劇だ」と述べた。

 拘置所での扱いは「非常に乱暴」だったとクルーニーさんは冗談を言い、自分の知名度で南コルドファン州に注目が集まることを期待すると語った。

 同国では6週間後に雨期に突入し道路事情が悪化するため、支援物資の運搬が難しくなる。

 身柄拘束の直前、クルーニーさんは集まった支持者らに「世界最悪の人道危機を招かないために、今すぐスーダンに支援物資を届けられるようにさせなければなりません」と訴えた。

 クルーニーさんは、「2つ目の要求はごくシンプルなこと。スーダン政府は女性や子どもなど、罪のない自国民の無差別な殺害や強姦をやめるように。それと、国民を飢えさせないようにしろという事だけです」と語った。

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 ジョージ・クルーニー、プロポーズ時💕20分も片膝ついていた ! 

BAZAAR 2020年12月11日(金)18時55分配信

 ジョージ・クルーニーが、国際人権弁護士の妻アマルと、3歳になる双子のアレクサンダーとエラとの生活についてシェアした。
『ET Canada』の最新インタビューで、ジョージは双子がどちらの親の方が好きかなど、それぞれの子どもの性格について明かしている。また、子どもたちの将来の職業については、なりたいものになってほしいと断言した。

「娘は妻の方に似ているような気がする。ちゃんと整理するし、とても賢い。息子はとにかく人にイタズラするのが好きなんだ。どこから来ているのかわからないけど、たぶん母親に似たんだろうね」とジョークも。

 ジョージとアマルは2013年に出会い、熱烈な恋愛期間を経て1年後に結婚。ジョージは最近、CBSの『Sunday Morning』で「アマルと一緒になったことで僕の人生がすっかり変わったのは間違いない。彼女のすることや彼女のすべてが自分のことより限りなく重要だと思ったのは初めてのことだった」とシェアした。

 さらに婚約したときのことを振り返り、なんと約20分間も片膝をついていたことを明かした。「付き合っていたときに結婚について話したことはなかったけれど、彼女に突然尋ねたんだ。彼女がイエスと言うまで、私は20分ほど片膝をついていた。そしてついに言ったよ。『見て、腰が砕けそうだ』ってね」

 そして、結婚後これほどすぐ父親になるとは予想していなかったが、父親であることを受け入れ、楽しんでいると語った。

「2人のおチビちゃんたちが生まれて、とても充足感がある。こんなふうになるとは思っていなかったよ」

 ジョージは最新映画『ミッドナイト・スカイ』の役作りのための減量によって、膵炎になってしまい、入院したとも報じられた。「体重を減らすのに必死になってしまって、自分の身体に気を遣えていなかったんだ」

 それでも妻のアマルと元気な双子に支えられて、幸せな生活を送っているに違いない。

 

2020年11月13日 (金)

【日経平均】9日ぶり反落<コロナ“第3波”✍列島襲来>再々拡大に警戒感

 東京株〕9日ぶり反落=コロナ再拡大警戒感 

時事通信 2020年11月13日(金)15時30分配信

 前日まで続伸し過熱感が漂う中、欧米で新型コロナウイルスの感染が再び拡大したことで警戒感が強まり、売りが優勢となった。日経平均株価は前日比135円01銭安の2万5385円87銭と9営業日ぶりに反落。東証株価指数(TOPIX)は23.01ポイント安の1703.22と続落した。

 銘柄の82%が値下がりし、値上がりは16%だった。出来高は13億3373万株、売買代金は2兆7215億円。

 業種別株価指数(全33業種)はゴム製品、不動産業、空運業の下落が目立った。

 週末で手じまい

 13日の東京株式市場は終日軟調だった。12日の欧米株式市場で新型コロナウイルスの感染拡大に対する警戒感が強まり、リスク回避の動きが鮮明になった。東京市場でもこの流れが続き、利益確定売りが優勢。週末を控え、断続的に手じまい売りが出た。ワクチン開発期待で上昇が続いた後とあって「コロナへの警戒感がスピード調整のきっかけとなった」(銀行系証券)。

 日経平均株価は下落して始まり、午後には下落幅が約300円に拡大した。その後、値がさ株であるファーストリテ株が堅調だったため日経平均の下げ幅は縮小したが、地合いは弱く、約8割の銘柄が値下がりした。

 コロナの感染拡大の悪影響が大きい不動産株や空運株、陸運株などが売られた。一方で、ゲームなど「巣ごもり関連」と呼ばれる銘柄がにぎわった。

 東京外為〕ドル104円台後半=材料難揉み合い 

時事通信 2020年11月13日(金)15時30分配信

 13日午後の東京外国為替市場のドルの対円相場(気配値)は、新規材料が乏しい中、1ドル=104円台後半でもみ合っている。午後3時現在は104円88~88銭と前日(午後5時、105円27~28銭)比39銭のドル安・円高。

 前日の海外市場では、新型コロナウイルスの感染再拡大への警戒感から欧米株式が下落。東京時間ではリスク回避ムードや米長期金利の低下を受けて、午前9時台に105円を割り込んだ。その後は実需勢のドル買いが入って104円80~90銭台で下げ渋り、もみ合っている。

「市場では104円80銭を割ろうとする動きが続いているが、新たな材料がなければ105円台前半に戻り、居心地のいい水準に落ち着くのではないか」(FX会社)との声があった。

 新型コロナウイルスの感染再拡大による経済停滞の懸念からドルは上値が重い展開が続いている。

「米大統領選が終わり材料が乏しい中、市場はコロナ関係に反応しやすくなっている」(国内銀行)との指摘があり、ワクチンをめぐっては「楽観ムードから今後はあら探しをする展開となりネガティブ材料が出やすいのではないか」(先のFX会社)との見方があった。

 ユーロは対円で小幅安、対ドルで上昇。午後3時現在、1ユーロ=123円82~83銭(前日午後5時、123円92~93銭)、対ドルでは1.1806~1806ドル(同1.1771~1771ドル)。

 全国コロナ新規感染者1700超、2日連続最多 

毎日新聞 2020年11月13日(金)21時06分配信

 新型コロナウイルスの感染者は13日、全国で新たに1709人が確認され、初めて1700人を超えた。1日当たりの感染者数は12日の1653人を上回り、2日連続で過去最多を更新。クルーズ船の乗客乗員を合わせた国内の感染者数は11万6125人、死者は12人増えて1898人となった。

 東京都は374人で、3日連続で300人を超えた。大阪府は過去最多となる263人の感染を確認。北海道は235人で、前日に続き200人を超えた。また愛知県は148人、神奈川県は146人で、依然として大都市圏や北海道を中心に感染拡大が深刻化している。

 一方、長野県は過去最多の23人の感染を確認。茨城県も最多だった前日と同数の26人だった。山口県では繁華街のクラスター(感染者集団)の発生が確認されるなど、地方でも感染が広がりつつある。

岩手県盛岡市飲食店クラスター医師ら6人コロナ感染

岩手日日新聞 2020年11月13日(金)23時06分配信

 盛岡市と県は13日、新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が同市大通の飲食店「ヌッフ・デュ・パプ」で発生し、新たに岩手医科大附属(矢巾町)、盛岡赤十字(盛岡市)、県立宮古(宮古市)各病院の医師5人を含む6人の感染が確認されたと発表した。現時点で院内感染は発生していないという。県内の感染は、12日夜発表の9人を含め計57人となり、相次ぐクラスターの発生により感染が拡大している。

 市などによると、感染が確認されたのは、岩手医大のいずれも医師の50代男性、20代女性(以上盛岡市)、20代男性(矢巾町)と事務職員の30代女性(盛岡市)、盛岡赤十字病院の40代医師男性(盛岡市)、宮古病院の20代医師男性(宮古市)。発熱や倦怠感などの症状があり、いずれも感染症指定医療機関に入院している。

 県内外の医師を含む医療関係者約20人が7日、同店でプライベートの会食をし、県外の医師1人を含む7人の感染が確認された。

 岩手医大では、関連する職員111人を検査し、不検出だったことから今後は通常通りの診療を行う。盛岡赤十字は、114人を検査し現時点で74人が不検出。今後患者38人の検査を予定している。感染した医師が担当していた血液内科外来は、当面休診とする。宮古は、感染した医師が派遣先の医療機関に勤務し、7日以降勤務実績がないことから、院内での濃厚接触者はおらず休診はしない。

 4件目のクラスター発生を受け県は、医療体制について、現在のフェーズ1(発生初期)から、フェーズ2(発生拡大期)の引き上げを検討していることも明らかにした。

 医師少数の本県で、複数の医師が感染したことによる地域医療への影響について、野原勝県保健福祉部長は「さらに感染が増えれば医療体制が逼迫する可能性はあるが、現時点では重大な影響を及ぼすものではないと考えている」との認識を示した。

 市では感染の可能性がある飲食店利用者の特定が難しいとして店名を公表した。従業員2人も感染が確認されているとし、今後詳細を発表する予定。10月24日~11月11日の利用者を最大で1日100人程度の約2000人と想定しており、市保健所や管轄の保健所へ相談するよう呼び掛けている。

滝沢女児ら9人

 12日夜には10歳未満~50代の計9人の感染が確認された。

 盛岡市などによると、感染が確認されたのはクラスター(感染者集団)関連で、同市菜園の飲食店「海鮮季節料理おおいし」で感染した経営者の家族で60代看護師女性のほか、店舗を利用したいずれも滝沢市の50代自営業男性と40代無職女性、10歳未満女児の家族の計3人。

 盛岡中央消防署葛巻分署関連では、職員の家族でいずれも滝沢市の50代会社員男性、50代教職員女性の計2人。

 10日に感染が確認された久慈市の県北広域振興局の職員関連では、県庁に勤務する県農林水産部の20代女性、同局農政部の20代女性と20代男性の計3人。県職員の4人はクラスターが発生した盛岡市大通の飲食店「ヌッフ・デュ・パプ」で7日に会食し、感染したとみられる。

 滝沢市では、教職員と女児の感染確認を受け、市内の小学校2校について、15日まで休校の措置を取った。対象は1500人程度で、今後濃厚接触者の状況などを踏まえ対応する。

 株で2億円稼いだ現役サラリーマンの教え「底値買い天井売りの罠 

ダイヤモンドオンライン 2020年11月14日(土)6時01分配信/弐億貯男

 大卒入社3年目のこと。貯金100万円を元手に、
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『10万円から始める! 割安成長株で2億円』の著者・弐億貯男が、
すべてのサラリーマンにおすすめの投資スタイルを手取り足取り伝授する。
「会社の人は誰も知らないけれど、実はボク、いつ会社を辞めても大丈夫なんです!」――弐億貯男

底値も天井も後から ふり返ってわかるもの

 「株式投資は、底値で買って天井で売れば最大限儲かる」

 こう聞くと、株式投資で儲けるのは簡単に思えます。

 しかし、実際に株式投資をやってみると、それは難しいことがわかります。

 底値と思って買った株がさらに下がり続けたり、天井だと思って売った株がさらに上がり続けたりすることがあるからです。

 底値も天井も神のみぞ知るようなもので、あくまでも後からふり返って、「あのときが底だったのか」とか「あのときが天井だったのか」とわかるものなのです。

 株価は景気(経済動向)と密接に関連していますが、底値で買おうとしても、現在進行系で「いまが景気の底だ!」とはわからないものです。

 今年は新型コロナウイルスの蔓延により、景気が悪化して株価が急落し、いまでは「コロナ・ショック」と呼ばれるようになっています。

 コロナ・ショックでは、日経平均株価が2月下旬から急落し、3月19日に1万6552円83銭と約3年半ぶりの安値を付けましたが、あの日に「いまが底値だ!」と判断できた人が果たしていたでしょうか?

 底値というものは、やはり後からふり返ってわかることであって、その時点では、いまが底なのか、さらなる株価の下落が待ち構えているのかは判断がつきません。

景気が悪くなったときに 投資を始めるのは正解

 景気が悪化しているときに株式投資をはじめるという考え方は、目の付け所が良くて正しいと思います。

 実際、株価が下落した今年2月後半から、多くの証券会社で新規口座開設数が増加したそうですから、「今が投資のチャンスだ」と考えて株式投資をはじめた人が多かったのでしょう。

 ただし、景気の底に達してから反転するまで1~2年かかる可能性もあります。

 そうなれば、景気の底から反転するまでに膨らむ保有株の含み損に耐えかねて損切りしてしまい、相場から退場しかねません。

 そうならないように、少なくとも余裕資金を一度に全額投入することは、手控えたほうがいいと思います。

 一方、保有株を天井でピンポイントに売るというのも至難の業です。

 私は2008年のリーマンショックの際、非正規雇用の労働者の雇い止めが発生しているのを見て、株価が大幅下落していた業務請負の銘柄を買いました。

 その後の景気回復の過程で、その銘柄の株価は50倍くらいまで上昇したのですが、私は底値から株価が2倍くらい上昇したところで利益確定してしまいました。

 底値と同じく天井の株価も事前に予測することはできませんし、その時点で「いまが天井だ」とわかるものでもありません。

 結局、底値も天井も、後からふり返ってわかるものなのです。

 だからこそ、株価が上昇して、ある程度含み益が膨らんだところで、利益確定したいという誘惑に駆られるのです。

 やはり、底値で買って天井で売り、最大限に儲けようというのは難しい。

 言うは易し、行うは難し、なのです……。

 刺激を与えない”ほうが人は創造性が高まる 

ダイヤモンドオンライン 2020年11月14日(土)6時01分配信/ブルース・デイズリー

 イギリスからの翻訳書『Google・YouTube・Twitterで働いた僕がまとめたワークハック大全』が本年9月に発売された。コロナ禍で働き方が見直される中で、有益なアドバイスが満載な1冊だ。著者のブルース・デイズリー氏は、Google、YouTube、Twitterなどで要職を歴任し、「メディアの中で最も才能のある人物の1人」とも称されている。本書は、ダニエル・ピンク、ジャック・ドーシーなど著名人からの絶賛もあって注目を集め、現在18ヵ国での刊行がすでに決定している世界的なベストセラー。イギリスでは、「マネジメント・ブック・オブ・ザ・イヤー 2020」の最終候補作にノミネートされるなど、内容面での評価も非常に高い。本連載では、そんな大注目の1冊のエッセンスをお伝えしていく。

なぜ、僕たちは”せっかち病”に陥っているのか?

 最近、ある人から興味深い話を聞いた。その人が子どもの頃、仕事から帰ってきた父親が、ただ椅子に座っていることが多かったというのだ。

 テレビも見ないし、ラジオも聞かない。本も読まないし、誰かと話をするわけでもない。ただ、椅子に座り、静かにじっとしていた。何を考えているの、と尋ねても、「別に」としか答えない。

 積極的に何かを思考しているのではなくて、ただ穏やかに心の中を見つめているだけだからだ。

 現代では、こんなふうに何もしないことは、風変わりで非生産的な行為だと思われている。世の中には刺激が満ちあふれ、すべきこともたくさんあり、行動的であることがよしとされている。

 そんな時代では、何もしていないことは野蛮であり、時間の無駄だと見なされる。こうして僕たちはみんな、”せっかち病”にかかっているのだ。

 それは、必ずしも悪いことではない。忙しく動き回っているからこそ、僕たちには多くのことを成し遂げられる可能性がある。

 「仕事を頼むのなら、忙しい人に頼め」というビジネスの世界の格言もある。僕たちは、行動こそが生産性を向上させると信じているのだ。

 ニューヨーク・タイムズ紙は2004年の記事で、街中の交通量の多い交差点の横断歩道の歩行者用ボタンが、ピーク時には青信号までの時間を短縮する仕組みにはなっていないことを報じている。

 歩行者はボタンを押したことで目の前の信号が早く青になったような感覚を得るが、これはプラセーボ効果にすぎない。

 細かく調整された交通システムは、通勤で急いでいる歩行者ではなく、大量の自動車をうまく捌くことを主眼にしてつくられている。

 世の中にはこんなふうに、”早く何かを終わらせなければならない”という思いに駆り立てられているせっかちな僕たちの気を紛らわせるためにつくられた、ダミーのシステムがいくつもある。

 なぜ、僕たちは”せっかち病”に陥っているのか?

 絶えず過剰な刺激にさらされている現代人は、”すべきことを全部終わらせられない”という絶え間ない不安につきまとわれている。

 インターネットが普及したことで仕事量も増えた。米カリフォルニア州の市場調査会社ラディカティ・グループによれば、現代人は1日当たり平均で約130件のメールを送受信している。

 この数字は世界中のメールユーザー全28億人を対象にしたもので、先進国のオフィスワーカーは毎日200件近くのメッセージを送受信していると考えられている。

 そして、会議だ。

 企業の大半は、社員が会議に費やしている時間の正確な記録をとっていない(たぶん、世間にそれを知られるのを恥ずかしいと思っているからだ)が、最近の調査によれば、イギリスの平均的な会社員は週に16時間を会議に費やしている。

 アメリカの管理職は週に23時間を会議室で過ごしているという調査結果もある。

急かされている気分になったら本当に急ぐべきかと自問する

 問題はメールや会議だけではない。現代人が毎日処理している情報の量は、めまいがするほど膨大だ。

 情報化時代への対処方法を脳科学の視点から解き明かした『The Organized Mind』の著者ダニエル・J・レヴィティンはこう述べている。

 「2011年にアメリカ人が1日に処理している情報の量は1986年の5倍だ。そのデータ量は新聞175紙分に相当する。仕事以外の余暇の時間にも、毎日34ギガバイトまたは10万ワードの情報を処理している」。

 その結果、人々は常に不安な気持ちにさせられている。僕たちの親の世代なら、手書きの「やることリスト」のいくつかが残っていたら、不安になったかもしれない。

 僕たちは受信トレイを空にしたときにちょっとした喜びを感じることはあるが、それすらもどこか他の場所でやり残したことがあるのを忘れているかもしれないという不安で打ち消されてしまう。

 ”せっかち病”は深刻な症状だ。常に仕事から離れられないと考えている人の不安レベルが高いという調査結果が出ているのもそのためだ。

 イギリスでは、従業員が会社を休む理由の半分が、仕事上のストレスから生じた病気によるものだ。仕事の多さやプレッシャーは、僕たちを病気にしているのだ。

 この切迫感に抗うために、何ができるか。

 まずは、”いつも忙しくしているからといって、良い仕事ができるわけではない”と自覚することから始めよう。

 ロンドンの有名な建築家グループの1人から、こんな愚痴を聞かされたことがある。

 「会議は、以前は週に1回だけだった。必要なことはその会議ですべて話しあい、あとは仕事に打ち込めばよかった。それが、いまは会議だらけだ。会議についての会議をしているといった有様だ」。

 その結果、業績は良くなったのだろうか。

 「会社が手がけている建物の数は、以前と変わらない。違いは会議が増えて、仕事がキツくなったことだけさ」。

 次に考えるべきは、その仕事の緊急度を見極めることだ。「ASAP」(as soon as possible
=できるだけ早く)という仕事の世界でお馴染みの頭文字は、僕たちの職場に不要な不安を引き起こしている。

 ソフトウェア企業ベースキャンプ社の創業者は言う。

 「ASAPという言葉は膨張する。いつのまにか、ASAPというラベルを貼ることが、仕事を片づけるための唯一の手段になってしまう」。

 急かされているような気分になったときは、本当にそれがASAPでしなければならないものなのかを自問してみよう。

 急ぐ必要があるものとそうでないものをうまく分別できるようになれば、自分の心を冷静に見つめられるようにもなるし、周りにも良い影響を与えられる。それは、良い労働環境をつくることへの貢献にもなる。

 じっくりと自分と向きあう時間や、あえて何もしない時間も必要だ。心の平穏や静寂を感じる瞬間はストレスレベルを下げるし、創造性も高まる。

 「退屈」の研究で知られる英セントラルランカシャー大学のサンディ・マン博士は、デフォルトネットワークの力を利用すべきだと主張している。

 「ぼんやりと考えごとをして、心をさまよわせていると、人の思考は意識を超えて、潜在意識に入り始める。それは、さまざまな結びつきを可能にし、極めて大きな価値をもたらす」。

 つまりデフォルトモードに入ると、脳の中にある異なるアイデア同士が意外な形でつながり始める。エネルギーは、急いで何かをすることではなく、楽しい夢の状態を歩き回ることへと向けられる。

 ただしこの状態に入るには、退屈さとじっくりと向きあう必要がある。携帯電話で遊んだり、オーディオブックを聴いたりしてはいけない。心を刺激から解放しなければならないのだ。

 逆に、せっかち病に陥るときは、悪循環に嵌まっていることが多い

 「人はストレスを感じると、注意の対象を素早く切り替えるようになることがわかっている」。この分野の研究者であるグロリア・マーク博士は言う。

 当然ながら、落ち着きなく注意の対象を切り替えるほど、さらにストレスは高まる。こうした状態が続くと、長期的に甚大な悪影響も生じ得る。

 毎日夜になると、スマートフォンで次々に画面を切り替えながらSNSやネットサーフィンなどをして過ごしている10代の若者を長期的に調べた研究がある。

 その結果、2年後、自分の将来や社会問題の解決策を考える際、これらの子どもたちの想像力や創造性が低下していたことがわかった。

 冒頭の仕事を終えて帰宅するとしばらくじっと椅子に座っていた父親は、何もしていないわけではなかった。

 それは、自由に心をさまよわせるための時間だったのだ。

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2020年10月24日 (土)

【耳学】ノーベル経済学賞2020受賞<オークション理論>とは何ぞや!?

 ノーベル経済学賞に電波オークション日本のTVは説明できない? 

J-CASTニュース 2020年10月22日(木)17時00分配信/高橋洋一(内閣官房参与)

 今年(2020年)のノーベル経済学賞は、アメリカのスタンフォード大学のポール・ミルグロム氏とロバート・ウィルソン氏の2人が受賞した。

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 その受賞理由を、スウェーデン王立科学アカデミーは「電波の周波数の割り当てなど、従来の方法では売ることが難しかったモノやサービスに使われる新たなオークションの制度設計を行い、世界中の納税者などの利益につながった」としている。

導入議論は以前からあったが...

 かつては世界各国とも、電波について誰に割り当てるべきかは政府が判断する「比較審査」方式がとられていた。しかし、政府がそれを適切に行える能力もないし、せいぜい既得権を作るのが関の山だ。

 というわけで、実務でオークション(入札)がとられてきたし、それとともに、学会での研究も進み、今回受賞したミルグロム氏やウィルソン氏も制度設計を行い、2G周波数オークションを成功させた。それは、3G以降に多くの国でのオークション導入につながったわけで、たしかに多くの国の納税者の利益になった。

 ところが、この受賞理由を、日本の地上波テレビはまともに説明できない。というのは、先進国で電波オークションを導入していないのは日本だけだ。今では、インド、タイ、台湾、パキスタン、バングラディッシュ等にも広がっている。

 もちろん、日本でも、議論は以前からあった。例えば、1995年行政改革委員会規制緩和小委員会などだ。筆者は、総務大臣補佐官として総務省に出向したこともあるが、そのとき、通信と放送の融合の研究会での議論を間近で見た。研究会の内外において総務省(郵政省)、携帯事業者・放送事業者など既得権者が強力に反対していた。

 もっとも、世界各国でオークションが導入されているのは、基本的に携帯電話の周波数帯への新たな割当だ。本来は放送事業者の周波数帯はあまり関係ないはずだが、なぜか放送関係者は、「電波オークション」と聞くと、条件反射し過剰反応する。「電波オークション」という言葉は、地上波では事実上禁句だ。

 国民共有財産を売るときには会計法では入札を原則としている。なのに、電波になると、その入札の要素が一切に無視されて割当が続けられてきたのは不思議だった。

ようやく法改正も、今後の設計制度次第に

 しかし、ようやく2019年に電波法改正で「価格競争の要素を含む新たな割当方式」が創設された。先進各国から20~30年以上遅れて、やっと電波オークションができうる制度になった。ただ、この改正で、入札の要素を入れられるようになったものの、その割合が1%なのか99%なのかは、今後の制度設計次第である。

 現状では、放送は、地上波テレビ用だけで470-710MHzで40チャンネル分も占めていて、貴重資源の利用方法としてはあまりにもったいない。

 いまさら放送のために電波オークションをしても、インターネット技術が進み安価に放送ができるようになったので、それほどのニーズはないだろう。むしろ、現時点では、5G導入に際して転用ニーズのほうが高いだろう。5Gの次の6Gも技術は似ているので、転用ニーズは今後10年程度もあるだろう。アメリカ、中国などではそうした動きになっているので日本もそれに対応していかなければならない。

++ 高橋洋一プロフィール高橋洋一(たかはし よういち) 内閣官房参与、元内閣参事官、現「政策工房」会長 1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。20年から内閣官房参与(経済・財政政策担当)。著書に「さらば財務省!」(講談社)、「FACTを基に日本を正しく読み解く方法」(扶桑社新書)、「国家の怠慢」(新潮新書、共著)など。

 日本でされた電波オークション」がノーベル経済学賞受賞 

ニッポン放送 2020年10月24日(土)13時50分配信

 ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(10月20日放送)に数量政策学者の高橋洋一が出演。ノーベル経済学賞を受賞した「オークション理論」について解説した。

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ノーベル経済学賞~オークション理論

飯田)ノーベル経済学賞が出ました。授賞理由は「オークション理論の改善と新たな形式の発明」というものです。

高橋)90年代にあった話なので、古い原理なのですけれどね。総務省にいたときに電波オークションをやりたかったのですが潰されました。ノーベル賞授賞理由のときに「電波オークションによって、世界の納税者がみんな得をした」と解説していたのですが、残念ながら「日本を除いて」です。

飯田)1994年にアメリカで電波オークションをやったときに、今回受賞した2人の学者さんは実際の制度設計でなかに入っていたのですよね。

高橋)もちろんそうです。電波オークションはもともと会計法です。会計法というのは原則入札です。会計法から考えると、国民共有財産を入札するのはごく自然な話です。

飯田)電波と言われると電波法の方を思いますが、会計法の方なのですね。

高橋)国民共有財産ですから。それをどのようにやるかは随意契約してはいけなくて、原則入札です。そういう意味では、オークションというのは、まさしく会計法を具体化する手段です。

飯田)オークションと英語で言いますが。

高橋)入札ですよ。

飯田)電波オークションと一言で言っても、アメリカでやった方式とヨーロッパ各国でやった方式といろいろ違いますよね。

高橋)ざっくり言えば、入札は入札で一緒です。でも随意契約とはまったく違います。

飯田)新規参入を募った方が高い金額で売れたりしたところがあったけれども、一方でやっていたら途中で潰れてしまう会社が出て、市民に不利益が生じたのではないかと指摘する人もいますが。

高橋)随意契約とどちらがいいかという話です。オークションの方がミスが少なくまともです。随意契約で変なところに割り当てて、ずっと続いているよりはフェアでいいでしょう。だから会計法では入札しろと書いてあります。

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 ノーベル経済学賞受賞、最新オークション理論の活用を急げ 

JBpress 2020年10月21日(水)6時01分配信/坂井 豊貴(慶應大学経済学部教授)

 2020年10月12日午後6時45分。私はNHKの局内で、 経済部の人々と一緒に、ノーベル経済学賞の発表を待っていた。私の役目はその年の受賞者や受賞理由を説明することだ。我々はスウェーデンの発表会場が中継されるモニター画面を眺めている。会場にはまだ選考委員が到着していないが、すでに世界各国からの記者で熱気にあふれている。

 やがて記者会見に臨む選考委員会の少数名が、会場に入ってきた。いったい誰が来るのだろう。ああ、アンダーソンがいる。選考に深く関係した選考委員しか、この会場までは来ない。今年は遂にミルグロムだ。ミルグロムと同じく理論の実用化に注力するアンダーソンなら、偉大なる先駆者ミルグロムをどうしても選びたいだろうから。

 選考委員らが着席。すべての記者の雑談が止まり、会場は静まりかえった。走る緊張。選考委員長のフレデリクソンが受賞者と分野、そして受賞の理由を読み上げた。 オークション理論の発展と新方式の開発について、ポール・ミルグロムとロバート・ウィルソンにノーベル経済学賞を授賞するとのことだ。会場には小さなどよめき。より専門的な内容についてアンダーソンが解説を始めた。きっと選考委員1年目の彼は、自分がなすべき仕事をできたことについて、一定の安堵と興奮を覚えているだろうと勝手に想像する。

 蓮實重彦は随筆「文学の国籍をめぐるはしたない議論のあれこれについて」で、「そもそも、ノーベル文学賞というものは、スウェーデン・アカデミーというあくまでお他人様が集団的に演じてみせる恒例の年中行事」だと呆れるように述べた(『随想』に所収)。おっしゃる通りである。そのうえで、このお祭りのような年中行事に、私を含む多くの経済学者は結構な関心をもつ。

 私が受賞できないことは申し訳ないのだが、自分の尊敬する学者や分野が受賞するのは嬉しいものである。さらにそこにはフェアネスへの関心まで伴う。「この人はもらうべきだ」「この人の貢献を認めないのはアンフェアだ」と思う人に、もらってほしいのだ。私にとってその人とはミルグロムであった。

ついに見識を示せた選考委員会

 2012年にアルヴィン・ロスとロイド・シャプレーがノーベル経済学賞の桂冠に輝いた。「安定配分の理論とマーケットデザインの実践について」という授賞理由であった。近年の経済学は、具体的な現実問題を解決する工学的アプローチが盛んになっており、その潮流を先導するのが、マッチング理論とオークション理論を両輪とするマーケットデザインである。

 なお、ここでいう「工学的」アプローチの対義語は、市場や人間活動の一般原理を探る「理学的」アプローチとなろう。個別具体的な問題を解決するよりは、一般理論を構築しようという態度は「理学的」である。

 これはあくまで私の感覚だが、2012年のノーベル賞は、明らかにミルグロムを外したものであった。マーケットデザインを授賞分野にするならば、工学的アプローチ自体のパイオニアのような、ミルグロムが入って然るべきである。しかも賞の定員は3人だから、彼を入れることは制度的に可能なのである。

 なぜこれまでミルグロムが外されてきたのか。邪推はいろいろと思い付くが、それを開陳するのは止めておこう。何であれ、賞というのは受ける側でなく、授ける側の見識が問われるものだ。遅くなりはしたが、ノーベル経済学賞の選考委員会は、一定の見識が備わっていることを今回の授賞で示せた。影響力ある賞が不見識だと社会的な害が大きいので、これは良いことである。

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周波数オークションでの新開発

 ここではミルグロム、そしてウィルソンの貢献の偉大さを簡単に説明したい。

 まず両者は1994年に始まった、米国における周波数オークションの制度設計者である。そこで彼らは「同時競り上げ式」という新方式を開発し、2013年までに8兆円を超す収益を国庫にもたらした。

 なお、このオークションは通信事業に必須の周波数免許を事業者に販売するものだ。日本は先進国でほぼ唯一、オークションではなく総務省が行政裁量で免許を割り当てており、周波数オークションはいまだ広くは知られていない。

 簡単に言うと、ミルグロムとウィルソンらは、「机と椅子を上手く売る方式」を開発した。机と椅子はバラ売りするほうがよいのか、セット売りのほうがよいのか、これは単純なようで難しい問題である。片方だけ欲しい客も、セットでないと欲しくない客もいるからだ。売る側としては、バラ売りとセット売り両方の可能性を最後まで捨てずに売りたい。

 そこでミルグロムとウィルソンは、「机と椅子を個別に競り上げ式オークションで売る、ただし両方の競り上げが止まるまではどちらのオークションも開きっぱなしにする」方式を開発した。細部はさておき、このような方式にすると、バラ売りで欲しい人も、セット売りでないと欲しくない人も、ともに入札に参加できる。

 周波数オークションでは、さまざまな地域や帯域の周波数免許があって、事業者はさまざまな組み合わせに対して「これは欲しい、これはいらない」と判断する。その状況は「机と椅子」だけよりも、ずっと複雑である。同時競り上げ式オークションはその複雑な状況で理想的に機能した。

 ミルグロムの著書『オークション理論とデザイン』(東洋経済新報社)は、原題を「Putting Auction Theory to Work」という。直訳すると「オークション理論を実際に機能させる」となろう。彼とウィルソンは、それまで理論家が紙と鉛筆だけで描いていたオークション理論を、社会に実装したのだ。

実用性を高めてきたオークション理論

 ウィルソンの有名な研究は、共通価値オークションについてのものである。従来、オークション理論で入札者は「自分にとって、この商品の価値はこの数値」といった価値づけをもつとされていた。これを「私的価値」という。一方の「共通価値」は「誰にとってもこの商品の価値はこの数値」といったものだ。例えば、ある地域の油田の採掘権は、共通価値である。誰がその地域で油田を採掘しても、出てくる石油の量は等しいからだ。

 さらにミルグロムは「相互依存価値」というものを考案した。これは私的価値と共通価値の両方を併せ持つもので、商品の価値は、各人にとっての私的な部分と皆で共通する部分からなる。土地は相互依存価値の典型例だ。土地の価値は、各人がその土地にもつ私的な愛着と、資産性という皆で共通する部分からなるからだ。

 私はデューデリ&ディールという会社でチーフエコノミストとして、土地をオークションで売却する事業に携わっている(*)。そこではオークション方式の設計や修正にオークション理論を活用しているが、相互依存価値モデルは、我々の考察の土台になっている。私の経験でいうと、ウィルソンやミルグロム以前のオークション理論は、あまりビジネスでの実用に耐えるものではない。土地や金融商品のように資産性がある商品は、金銭規模が大きいためオークション実施のメリットが大きいのだが、私的価値モデルでは扱えないからである。

経済学のビジネス活用は早いほど有利

 学問は、再現性や一般性をきわめて高く尊重する、特殊な人間活動である。その特殊性は非常にビジネスに向いている。まずは成功を再現したり、失敗を再現しないために、学問は有用である。そして、あるケースでの成功を、他の一般ケースに拡張するために有用である。

 正直に言うと私は「経済学やオークション理論が役に立つのか」といった議論には、いまは全く関心がない。そのようなステージはとうに終わっており、あとは使って利益を得るか、そのようにしないかを自分で選ぶだけだからだ。日本でも経済学のビジネス活用は脚光を浴びている。いまはアーリーアダプターが成果を上げ始め、より広い導入が進みつつある。富の源泉が、物資や工場といった有形資産から、知識や情報といった無形資産に変わる時代においては、起こるべくして起こっていることである。

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 (*)デューデリ&ディールでは「オークション・ラボ」というワークショップを定期的に開催し、オークション理論に関心のある来場者の方々と交流している。拙著『メカニズムデザインで勝つ ミクロ経済学のビジネス活用』(日本経済新聞出版)では、オークション・ラボの様子をまとめた。経済学のビジネス活用に関心ある方は、本記事と併せてお読みいただきたい。

 ノーベル経済学賞受賞は10人以上、「ゲーム理論研究者が多い 

ダイヤモンドオンライン 2020年10月11日(日)6時01分配信

 世界的に有名な企業家や研究者を数多く輩出している米国・カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院。同校の准教授として活躍する経済学者・鎌田雄一郎氏の新刊『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)が発売され、たちまち重版となり累計2万部を突破した。本書は、鎌田氏の専門である「ゲーム理論」のエッセンスが、数式を使わずに、ネズミの親子の物語形式で進むストーリーで理解できる画期的な一冊だ。

 ゲーム理論は、社会で人や組織がどのような意思決定をするかを予測する理論で、ビジネスの戦略決定や政治の分析など多分野で応用される。最先端の研究では高度な数式が利用されるゲーム理論は、得てして「難解だ」というイメージを持たれがちだ。しかしそのエッセンスは、多くのビジネスパーソンにも役に立つものである。ゲーム理論のエッセンスが初心者にも理解できるような本が作れないだろうか? そんな問いから、『16歳からのはじめてのゲーム理論』が生まれた。

 各紙(日経、毎日、朝日)で書評が相次ぎ、竹内薫氏(サイエンス作家)「すごい本だ! 数式を全く使わずにゲーム理論の本質をお話に昇華させている」、大竹文雄氏(大阪大学教授)「この本は、物語を通じて人の気持ちを理解する国語力と論理的に考える数学力を高めてくれる」、神取道宏氏(東京大学教授)「若き天才が先端的な研究成果を分かりやすく紹介した全く新しいスタイルの入門書!」、松井彰彦氏(東京大学教授)「あの人の気持ちをもっとわかりたい。そんなあなたへの贈りもの。」と絶賛された本書の発刊を記念して、著者が「ダイヤモンド・オンライン」に書き下ろした原稿を掲載する。

ノーベル経済学賞とゲーム理論

 ゲーム理論がビジネスで実際に役立つ例は、グーグルやフェイスブックなど枚挙にいとまがない。そして、ゲーム理論を学ぶことは日常生活でより良い意思決定をするために一役買う。「ゲーム理論」の思考法を身につけていることは、現代ビジネスパーソンに必須であろう。

 しかしこのゲーム理論、学術的にはどう見られているのだろうか?

 ゲーム理論は数学の一分野であり、経済学・生物学・社会学・政治学など広い学問分野に応用先がある。中でも経済学とのつながりは密接だ。ゲーム理論家もしくはゲーム理論に関わる研究をした研究者にノーベル経済学賞が授与されたことがあることからも、これはよく分かる。(「ノーベル経済学賞」は正式には「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」と呼ばれるそうであるが、ここではそう固いことは言わずに、単に「ノーベル経済学賞」という呼称を使う。)

 本稿では、ノーベル経済学賞の歴史を通じてゲーム理論がいかに「重要理論」であるかを見ていこう。もちろんノーベル経済学賞の対象になったから必ず重要であるとか、そうでないから重要ではないということではないが、それでも同賞受賞は理論の重要性の一つの指標になるだろう。

 また、私自身経済学博士を持つゲーム理論家であるので、この「経済学」という切り口でなら、自信を持ってゲーム理論の重要性の説明ができる。さらに、今年(2020年)のノーベル経済学賞受賞者の発表は、明日(10月12日)である。明日の発表の前に、せっかくだから基礎知識をつけておこう。もしかしたら、今年のノーベル経済学賞はゲーム理論家に贈られるかもしれないから。

 ノーベル経済学賞が初めてゲーム理論家に与えられたのは、1994年のことだ。この年に、いわゆる「ナッシュ均衡」で知られるジョン・ナッシュ氏、そしてその「均衡」という概念をより現実的な状況の分析に対応できるように拡張することに成功したジョン・ハルサニ氏およびラインハルト・ゼルテン氏が、ノーベル経済学賞を受賞した。

 ナッシュ氏は『ビューティフル・マインド』というハリウッド映画でその半生が描かれたので、皆さんも聞いたことがあるかもしれない。

 彼らの受賞は大いにゲーム理論界隈を盛り上がらせた。もっと早くにゲーム理論家の受賞が決まってもよかったのではないかとの声もあったようだが、一説によると統合失調症を患っていたナッシュ氏の回復を待っての授与だったということだ。

 ナッシュ氏の前にゲーム理論への功績で他の誰かに受賞させるわけにはいかないほどナッシュ氏の功績は甚大であったので、ナッシュ氏の回復を待った、というわけだ。

 その後、堰を切ったかのように、数多くのゲーム理論家が同賞を受賞している。専門家によって誰をゲーム理論家と呼ぶか、もしくはどの年の受賞をゲーム理論と結びつけるかは見解の分かれるところだろうが、私の勘定では今のところ16人ものゲーム理論家もしくはゲーム理論に関わる研究をした人物がノーベル経済学賞を受賞している(記事末の[付録]にあるリストを参照)。

著者が出会ったノーベル賞経済学者たち

 なぜそんなにも多くの受賞者が出ているのか? それはひとえに、ゲーム理論が実に様々な社会状況の分析に応用できるということにあると、私は考える。ゲーム理論の守備範囲の広さを感じていただくために、受賞者のうちの何人かを、ここで簡単に紹介しよう。紹介するだけではつまらないかもしれないので、私が幸運にも直に接することのできた受賞者たちの素顔を、皆さまにもおすそ分けしたい。

 2005年にはロバート・オーマン氏およびトマス・シェリング氏が受賞した。特にオーマン氏はゲーム理論界の巨人であり、現代のゲーム理論に及ぼした影響は甚大である。受賞理由は人々の間の長期的関係の分析であるが、それ以外にも「知識」に関する数学的研究や、ナッシュ均衡を発展させた均衡概念(「相関均衡」という)の研究を通して、ゲーム理論の発展に大きく寄与してきた。

 彼の論文はどれも、私のようなより現代の研究者が読んでも示唆に富み、ワクワクするものだ。オーマン氏は私の学部生時代の指導教官の指導教官の指導教官の指導教官である。つまり学問上の曽々祖父にあたるわけだ。

 というわけで彼と学会で初めて話した時は非常に緊張したのを覚えている。間違えて「私はあなたの学問上のひ孫なんです」と自己紹介したら、「いや、ひひ孫だね」と訂正された。

 2012年にはアルヴィン・ロス氏とロイド・シャプレー氏がマッチング理論への貢献で受賞した。マッチング理論とは、新入社員を希望部署に配属させたり、研修医の配属先病院を決定したり、生徒の入学先学校を決定する際に使える理論であり、ここにもゲーム理論が役立つ。

 ちなみにロス氏は実験経済学にも多大な功績があり、シャプレー氏は協力ゲームと呼ばれる分野や人々の間の長期的関係の理論への貢献を通じゲーム理論黎明期を支えた重要人物である。

 また、ロス氏には私の博士論文審査委員になってもらい、大変お世話になった。ノーベル賞をもらうほどの研究者というとどこか性格的な欠陥がありそうだという先入観があるかもしれないが、彼は周囲からの信頼も厚く、「いい人」を絵に描いたような人格の持ち主であった。

 2014年にはジャン・ティロール氏が、「市場の力と規制についての分析」への貢献でノーベル経済学賞を受賞した。ティロール氏は特に、市場が限られた数の大企業で支配されている状況を分析したが、その分析にゲーム理論が使われたのだ。

 ティロール氏はこのように市場や規制といったゲーム理論の応用的分野での貢献でも知られるが、ゲーム理論を純粋理論として研究した成果でもよく知られている。

 彼は、応用ゲーム理論の話から純粋ゲーム理論の話まで、どんな研究アイディアの話をしても的確なコメントを返してくる、スーパーマンのような研究者だ。

 実は我が家族で南フランスはトゥールーズのティロール家を訪ねる機会があったのだが、これまたひどく緊張したものだ。もう8年も前のことだが、私の震える手でカチカチ鳴るティーカップの音が高い天井に響き渡ったのを、今でも覚えている。

 このように、経済学で重要とみなされている様々な分析に、ゲーム理論が活用されてきた。今年のノーベル経済学賞も、下馬評だと、実はゲーム理論家がもらう公算はそれなりに高そうだ。こんなゲーム理論が実際どんなものなのか、知っておいた方がいいと思いませんか?

 [付録]
 最後に、ゲーム理論関係のノーベル経済学賞受賞者リストを紹介する。丸括弧は、ゲーム理論関係ではない同時受賞者で、角括弧が、公式受賞理由である。受賞理由をそれぞれ丁寧に解説することはスペースの関係上できないが、ゲーム理論の守備範囲の広さを何となくでいいので実感していただければ、と思う。

 1994年: ハルサニ氏、ナッシュ氏、ゼルテン氏 [非協力ゲームの理論における均衡の先駆的分析に]
 1996年: (マーリーズ氏、)ヴィックリー氏 [非対称情報下での誘引の経済理論への基礎的貢献]
 2001年: アカロフ氏、スペンス氏(、スティグリッツ氏)[非対称情報下の市場の分析に]
 2005年: オーマン氏、シェリング氏 [ゲーム理論分析を通じて紛争と協調の理解を推し進めたことに]
 2007年: ハーヴィッツ氏、マスキン氏、マイヤーソン氏 [制度設計理論の基礎を築いた貢献に]
 2012年: ロス氏、シャプレー氏 [安定的な分配とマーケットデザインの実用に]
 2014年: ティロール氏 [市場の力と規制の分析に]
 2016年: ハート氏、ホルムストローム氏 [契約理論への貢献に]

※ 鎌田雄一郎(かまだ・ゆういちろう)
1985年神奈川県生まれ。2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)。

 

2020年10月19日 (月)

【醜聞】同情せずにはいられない<金メダル有力候補の不倫報道>その“賢妻”独占インタビュー

 瀬戸大也選手の優佳さんこのままでは家庭が壊れてしまうかもと思っていました 

現代ビジネス 2020年10月19日(月)7時02分配信

 水泳日本五輪代表の瀬戸大也選手の不倫が週刊新潮で報じられたのは、2020年9月24日のこと。保育園のお迎えの前の時間を使った不倫という衝撃と、それ以外の浮気の話も露出し、世論は騒然となった。ANAの契約解除、味の素などの広告契約終了、競泳日本代表主将辞退に加え、10月13日火曜日には日本水泳連盟から年内の活動停止、2020年下半期のスポーツ振興基金助成金推薦停止、今後の教育プログラム受講などの処分を言い渡された。

 妻の優佳さんは飛込の元日本代表だが、2017年に瀬戸大也選手と結婚。自身は第一線を退き、瀬戸選手を支えるためにアスリートフードマイスターの資格も取得した。2018年6月には第一子、そして2020年3月には第二子も出産している。
優佳さんは一体今回の問題をどのように考えているのか。率直な思いを聞いた。

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馬淵優佳(まぶち・ゆか)1995年2月5日、兵庫県出身。実父は元日本代表飛込ヘッドコーチの馬淵崇英氏。父の指導のもと、3歳から飛込の練習を始める。小学4年生のときから本格的に競技をはじめ、2009年には東アジア大会3メートル板飛込みで銅メダル獲得。2011年には世界選手権代表選考会3メートル板飛び込みで優勝、世界選手権に初出場。立命館大学進学後も日本学生選手権2連覇を達成する。2017年に瀬戸大也選手と結婚し、サポートに徹するために現役を引退。2018年に第一子、2020年に第二子を出産。
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感情の糸がプチッと切れた

 「私が今回のことを知ったのは、報道が出る2日前です。週刊誌の編集部から夫に掲載の連絡が入ったあと、彼から『話がある』と打ち明けられました。

 その日、私が娘たちと一緒にいたのは夫の実家。義父は不在でしたが義母がおり、2人きりで話したいという彼の言葉に従って、2人になれる場所で事の経緯を聞きました。不思議なことに……話を聞かされた自分がそのとき何を思ったか、夫にどんなふうに返したか、振り返ってみても一切思い出せないのです」

 そう言った途端、目にたくさんの涙があふれてきて、優佳さんは話せなくなってしまった。5分ほどもたっただろうか。落ち着きを取り戻すと、しばらくたって絞り出すように言葉を選ぶ。

 「――すみません、今も話そうとするとあの時の感情が蘇ってしまって、上手く言葉にできませんが……。そのときは感情の糸がプチッと切れた感じと言いますか、怒りと悲しみが同時に襲ってきたと言いますか……。嘆き悲しむというのとも違う、あれは人生で初めて味わう感覚でした。

 ただ何を言ったかは記憶にないものの、彼にぶつかっていったことだけははっきり覚えています。翌日、なぜか腕が筋肉痛になったくらい。彼は『これからはちゃんとするから』と謝ってくれましたが、あまりにショックが大きすぎて、何を言われても心に響かなかった。事情を知った義母も、『なぜ? 』と唖然としていました。

 混乱した精神状態のまま夫や子どもたちと向き合うのは難しく、2人の娘の世話は一時的に義父母にお願いすることに。私はマスコミを避けるため、とりあえず自宅を出て過ごすことになりました」

アスリート瀬戸大也を全うする責任

 その2日後、週刊誌に記事が出ると、テレビもネットもSNSもそのニュースで溢れかえった。そして優佳さんのSNSには様々な「意見」の書き込みもあった。実際にのぞいてみると、中には週刊誌の報道内容を細かく再現したり、過去の幸せな写真を揶揄するような書き込みもある。

 「馬淵優佳名義でやっている私のSNSには、たくさんのコメントが寄せられました。心無い言葉もあったものの、そのほとんどがあたたかい声援で……。『私の味方になって応援してくれる人がこんなにいる』と勇気をいただきました。本当にありがたかったです。

 周囲からは『書き込みで荒れるだろうから、コメント欄を閉鎖した方がいいのでは? 』と言われました。でも、私はそうはしたくなかった。そもそもネガティブなコメントを気にしている余裕などなかったですし、そんなことでせっかくいただいた励ましの声まで消してしまうのはもったいないと感じたからです」

 そこに見えるのは、「被害者であるかわいそうな妻」の姿では決してない。

 「なかには『法を犯したわけではないのだし、夫婦で話し合って解決すれば済むこと』という意見もありました。もちろん普通のご家庭の場合はそうですよね。ただ私たちは、それではいけないと思ったのです。

 夫は“競泳日本代表の瀬戸大也”という肩書きと共に、メディアを通して『良き父・夫として家庭を守っているアスリート』という姿を見せてきました。そういうキャラクターを前面に出して広告などの仕事をしてきた以上、彼にはそれを全うする責任があります。

 それにも関わらず夫は自らの軽率な行動で、今日までお世話になってきた方々、スポンサーの方々、そして何より瀬戸大也を応援してきてくださった方々の信頼を裏切り、いろいろな人を傷つけてしまった。もちろん私もずっと苦しいですが、これはもう『夫婦の問題』だけで済ませていいことではないと思うのです」

一度でも問題を起こしたら、すべてがダメになるよ?

 実は優佳さんは夫の「変化」を感じていたのだという。

 「これまで家族として、夫には幾度となく助言をしてきました。スポンサーは、選手の成績に対してのみ大金を払っているわけではありません。『瀬戸大也というキャラクターにお金を出しているのだから、支えてくれている人たちを裏切るような行為はしないでね。たった一度でも問題を起こしたら、すべてがダメになるよ』と。でも残念ながら、その声は夫に届かなかったわけですが……。

 少し前までの彼は、驕ったところのない、本当に前向きに競技に打ち込む人でした。最初の子が生まれた時(2018年)も忙しいなか育児を手伝ってくれましたし、練習に仕事、忙しい合間を縫って家族の時間もしっかり作ってくれました。休みの日もアクティブに時間を作ってくれるから、時には心配になっちゃうくらいでした。

 そんな彼が変わってしまったのは2019年の末頃から。東京オリンピックに向けて練習を頑張り、世界記録を出すなど成績も右肩上がりになってきて、このままいけば金メダルが取れるのではないか――。そんな空気が高まってきた時期でした。

 世間の注目度は一気に上がり、一歩外へ出れば皆が『あっ、瀬戸大也だ』と振り返る。成績が良くなるにつれて、彼を取り巻く人の数も増えていきました。なかには夫の気持ちが浮ついていると気づいて助言してくれた人もいたはずですが、それでもどこかで大丈夫だろうと高をくくっていたのでしょう」

今年オリンピックがあったら家族は終わっていた?

 リオ五輪でメダルを取り、その後に世界選手権で優勝、3種目でメダルを取り、東京五輪に内定、どんどん力を伸ばしていった瀬戸選手。しかし東京五輪の影響はそれまでとはレベルの違うものだったようだ。

 「私は正直、今回の件は『神様が起こしたこと』ではないかと思っています。いま思い返してみても、あの頃の大也はちょっと変わっていて……。自分の愛していた人ではない感じとでも言うのでしょうか。昔の写真と見比べると明らかに顔が違っていて、表情に険がありました。

 今年、予定通りオリンピックが開催されていたら、たぶん私たち家族は終わっていたと思います。私の中には『彼が金を取ったら家庭は崩壊するだろうな』という確信に近いものがありました。このまま金メダルを取ったら、いよいよ手のつけられない『裸の王様』になってしまうと感じたのです。

 オリンピックの延期が決まったことに関しては、彼とはほとんど話をしていませんでした。なぜなら東京オリンピックにすべてを賭けてきた人に、何を言えばいいのかわからなかったからです。延期の知らせに、当然ですが夫はものすごく落ち込んでいました。『もう競泳をやりたいかどうかわからない』とまで言っていたくらいです。

 でも、その時の私は、オリンピックよりも不安な気持ちが先立っていました。オリンピックだけが全てじゃないし、人生には金メダルを取るより大事なことがたくさんある。まずそれをちゃんとしないと、これから先、彼を応援することはできないと思っていたからです。

 そういうこともあって、彼には『別にやめてもいいんじゃない? 』と言いましたし、正直ホッとしてもいたんです。『ああ、彼が変われるチャンスをもらった』って。もちろんここに向けて夫をはじめ多くの人が全力で合わせてきたのに、それがずれてしまったのはとても残念なんですが、それくらい彼個人の変化に危機感を抱いていたんです」

ポジティブというイメージに縛られていた

 「ただ、」優佳さんは続ける。

 「かばうわけではありませんが、彼にはプレッシャーもあったと思います。メディアには金メダルに1番近い男と謳われ、世間の期待は高まる一方。ポジティブであることを公言している夫でも、さすがに重圧を感じていたはずです。

 しかも、当時私は2人目の子を妊娠中。自分と子どものことでいっぱいいっぱいで、夫の心の内を聞いてあげられる余裕がなかった。もともと弱音は吐かない人ではありますが、そんな状況で余計に言い出しにくかったのかもしれません。

 また彼自身にも、『ポジティブ』というイメージに縛られていた部分はあったような気がします。ポジティブでいることは大切ですが、苦しくないわけがないのだから、本当に心を許している相手には、弱い部分を見せてもいいんじゃないかなと思うんですけどね……。

 そんな時に決まったのがオリンピックの開催延期です。街でかけられる声も『頑張ってください』から『残念だったね』に変わっていくなか、それでも彼は笑顔で『頑張ります! 』と前向きな言葉を返していた。もしかしたら、心の中と表に出す言葉の間にものすごいギャップがあって、それも彼のフラストレーションの一因になったのではないかと思います。

 もちろん、だからといって今回のような行為をしていいことにはなりませんが、彼の姿を近くで見ていて、そんなふうに感じていたのも事実です」

そんなゆるい覚悟で結婚したわけじゃない

 目の前にいるのは、「五輪代表のスーパースターに浮気されたかわいそうな妻」というよりも「瀬戸大也という人を愛して結婚し、現実に向き合っているひとりの女性」の姿だ。「でも、別れたほうがいいのではとおっしゃる人も多いのではありませんか?」と聞くときっぱりとこう答えた。

 「今回の報道が出た時、もちろん別れることも頭を過りました。でもあまりのタイミングに、途中から『神様が私たちを試してるんじゃないかな? 』と思い始めたんですよね。これは『瀬戸大也は一度どん底に落ちないと変われない』というメッセージなのだろうと。

 人間である以上、誰だって失敗はします。大事なのは、その失敗から何を学ぶか。結婚式で『病める時も健やかなる時も』と誓った以上、私自身この騒動を経た彼がどう変わるか見届けてからじゃないと離れられない。

 今の段階で、感情的になって離婚することは簡単です。紙にサインをすればいいのですから。でもそれでは『あのあと大也は変われたんだろうか? 』というモヤモヤが残ったままになってしまいます。

まずはしっかり夫婦で向き合って、それから判断しても遅くはない。そもそも私は、そんなゆるい覚悟で結婚したわけじゃありません。ただただ彼と一緒に居たくて、彼の夢を一緒に追い掛けたかった。離婚をするのは、事の顛末を見極めてからでも遅くはないと思うようになったのです」

本当に、ものすごく好きだったなあって

 優佳さんは25歳だ。25歳の女性が、出産直後で大変な中で浮気をされ、怒り狂って悪口を言っても、おかしくない。

 「私の気持ちについて、ここまで詳しく彼本人に話してはいません。ただ『今年オリンピックがあったら家族は終わりだと思っていた』ということは伝えました。あまりピンと来なかったのか、彼は『ふうーん? 』みたいな反応でしたけど。

 私の両親は心配して『もう兵庫へ戻っておいで』と言ってくれます。でも、私にはここに至るまでの幸せな記憶があることも確か。今回の一件で、今までのいい思い出が全て消えてしまうわけではないので、叶うなら以前の幸せだった頃の関係性に戻りたい。

 19歳で出会って、大好きになって、選手としてのキャリアを全部捨てても一緒にいたいと思った相手です。今回のことがあってよくわかりました。本当に、ものすごく好きだったなあって。

 現在、夫とは折に触れて連絡を取り合っていますが、前に進みたい意欲はあるものの、つい喧嘩腰になってしまう部分もあって難しいです。ただ、娘たちのことはつねに気にかけているようです。今回のことで何も得るものがないと単に失っただけで終わってしまうので、彼にはここが正念場であることを自覚して頑張ってほしい。今の私に言えるのはそれだけです」

 実は今回のインタビューをするに至ったのは、今年の夏ごろ、優佳さんにFRaUwebで連載いただく話をしていたゆえだった。3歳から飛込みをはじめ、トップのアスリートとして経験を積み重ねながら、夫を支えるためにも競技生活を引退した優佳さん。彼女に、「瀬戸大也の妻」としてだけではなく、母であり、ひとりの女性である「馬淵優佳」という人生を歩んでいくなかで気づいたことを伝える連載をしていただこうと進めていたのだ。

 3月に出産したばかりだったので、お子さんのことが落ち着いたら始めましょう、そう話している矢先の不倫報道だった。

 これだけの騒動になり、連載そのものも難しいのではないかとも思われた。しかし、「私は自分の人生をきちんと生きたいです」と、優佳さんは連載をはじめることも、そしてその前に本音を語ることも決断した。

 瀬戸選手にも、この優佳さんの言葉をぜひ読んでほしい。現実から逃げず、甘い言葉だけを言うではなく、瀬戸選手のことを愛し、心から考えているからこその言葉が、ここにはあふれている。

 妻が語る瀬戸大也「ストレート過ぎて、新しい人種みたい(笑)」 

Smart FLASH 2020年2月2日(日)6時00分配信

「いま思うと、もっと早く彼と出会っていたら、私自身がもっとポジティブな発想で、競技生活を送ることができたのかもしれないですね」

 瀬戸優佳さん(24)が、いまや “日本のエース” になった夫との出会いをこう振り返る。

 2010年のワールドジュニアで、「3m飛板飛込」に出場して銅メダルを獲得し、2011年の世界水泳にも出場した優佳さん。その後、2017年5月に結婚した。夫は、東京五輪競泳男子200m、400m個人メドレー日本代表の瀬戸大也(25)だ。

 瀬戸は、脂の乗ったいま、自国開催の五輪に挑む運に恵まれ、日本中の期待という “重圧” を背負う存在だ。

「彼は、もちろん金メダルを目指していますが、最高のパフォーマンスを見せてくれると思います。常に発想がポジティブで、『できない』が彼のNGワード。私と正反対の半生を過ごしてきた人ですから」

 元選手としても夫を支える優佳さんが、自身の競技人生や彼との馴れ初め、そして素顔を明かしてくれた。

「小学校入学前から泳いでいた私は、小1で飛込を始めることになりました。コーチである父は厳しく、礼儀・挨拶がなってないと、ゲンコツが飛んでくるほどでした」

 優佳さんの父・崇英さんは、中国・上海市出身の元飛込選手で、26歳で妻・優陽さんと来日。1964年の東京五輪をはじめ、五輪3大会に出場した馬淵かの子さんが主宰する「JSS宝塚スイミングスクール」でコーチとなり、日本国籍を取得して、馬淵姓となった。

 きたる東京五輪で6度めの出場となる寺内健(39)や、超新星の玉井陸斗(13)など、飛込のトップ選手を育成しつづけてきた父は、「我が子には甘い」というわけにはいかなかったのだ。

「1から10まで、すべてできなければ怒られるので、完璧を目指していくと、『怒られたらどうしよう』というネガティブな発想になってしまっていた。そんな “減点思考” では、『挑戦しよう』という気持ちが生まれませんでした」

 それでも、高校選手権を連覇し、世界水泳に出場するなど順風満帆な競技人生を送っていたが、立命館大進学後は、腰の怪我に悩まされることに。

 2014年、大学2年のとき、そんな優佳さんに人生を変える出会いが。

「試合で宝塚(兵庫県)に来ていた彼を友人に紹介されて、食事をしたんです。彼は、前年の世界水泳で優勝して注目され、『次のリオ五輪は』と、期待されている存在でした」

 取材中に見せる人懐っこい笑顔が印象的な瀬戸は、当時の優佳さんにどう映ったのか?

「いい意味で、“無邪気で子供っぽい少年” でした。私に『好意がある』のを隠し切れない、メールの文面とか……」

 思い出すように笑みを浮かべて、優佳さんが続ける。

「だって、次に会う約束をするメールも、『2人で行きましょう!』とストレートに書いてあるんです(笑)。もう、新しい人種に会った気がして、私も『いいよ!』と返して……」

 優佳さんに、その “新鮮さ” は、どう作用したのか?

「彼と話していて、育った環境の違いが、人間性に影響することがわかりました。大也は、『親に怒られたことがない』って言うんです。『怒られず褒められて』あれだけの選手になるんだから、すごい。うちとは真逆の教育方針でした」

 瀬戸自身も、こう語っている。

《家でネガティブな発言をすると、「なぜそんなことを言うのか」と父に注意されました。悔しい結果に終われば、母が「(萩野)公介君がいるから強くなれる」と前向きな言葉をかけてくれた。我が家では「できない」はNGワードでしたね》(「日経ビジネスアソシエ」2018年8月号)

 このポジティブ思考が、瀬戸のバックボーンなのだ。

 一方、父の教育で礼節や忍耐力が備わっていた優佳さんにとって、自分になかった「積極性」を発揮している瀬戸は、「生きていくうえで大切な人」に変わってきていた。

 しかし2016年。瀬戸は金メダルを有力視されて臨んだリオ五輪で銅メダルに終わった。

「直後の落ち込みようから、私も重い気持ちだったんですが、帰国時に『俺、4年後にヒーローになるから近くで見ていて!』と笑うんです。私が『この人すごい!』と思った瞬間でした」

 優佳さんの中で、「この人と離れたらいけない」という感覚は “確信” となり……

「自分が選手として五輪に出たいというより、『大也をサポートしたい』という気持ちになりました。『落ち込むことがあっても、彼と一緒にいたら幸せにしてくれる』と」

 2017年5月24日、瀬戸の23歳の誕生日に婚姻届を提出。同月に優佳さんは現役を引退し、翌年6月に長女・優羽ちゃん(1)を出産した。

 3年近い結婚生活のなかで、優佳さんは瀬戸の “スーパースターぶり” に、何度も遭遇したと苦笑する。

「まずは結婚前の2017年、彼がいきなり『断食ダイエットする』と言いだして。麻布のキックボクシングジムに通いはじめたんですが、彼は2日でギブアップしちゃって、すぐにハンバーガーと牛丼を食べていました(笑)。結局、3日間完遂したのは私だけ」

 次に、愛犬・ラフちゃんが家族に加わることになった、2018年4月のエピソード。

「ホームセンターに家具を見に行ったとき、ペットコーナーで急に、『運命感じた!』って大也が言いだして。妊娠中だった私は当然反対で、彼も一度は車に戻ったんですが、『もう1回、見に行こう!』って始まって……」

 夫妻は、1時間以上の激論を交わし、最終的には「じゃんけん」で妻が敗退。

「私もアスリートの血が流れているので、『勝負に負けたら仕方ない』って認めちゃったんですね(笑)」

 そして、公式記録にも残る、2018年のトライアスロン出場。

「シーズンオフに、『佐渡国際トライアスロンに出る』って言いだして……。通常の2倍の距離のレースですよ。さすがに、ご両親まで反対したんですが、『俺は出るから』って聞かない。

 それで、もう少しおとなしいレベルの『九十九里トライアスロン』への出場で、“手打ち” になりました(笑)」

 結果は、約700人中93位という普通の成績だった(スイムは言うまでもなくトップ)。

 こんな “突っ走っちゃう” スーパースターを、優佳さんは「100%は阻止することなく、許しながら、大目に見ながら」コントロールしている。ときにはストップをかけながら。

 そして1月18日、東京五輪イヤーの初戦、北京でのチャンピオンシリーズでは、200mバタフライで、12年ぶりに日本記録を更新する1分52秒53のタイムで優勝。

「五輪では、いままで見たことない主人の笑顔を見たいですね。以前と全然違うのは覚悟です。家族が出来たことで、責任感が出て、バシッと目標が揺るがないんです」

 パパとなった日本競泳界のエースが、4年前の雪辱に燃えている。

 東京五輪内定妻が語る瀬戸大也「塩素の匂いが好き」 

Smart FLASH 2019年8月1日(木)21時11分配信

 東京五輪200m個人メドレー、400m個人メドレー代表に内定した瀬戸大也選手が、7月31日、記者会見に登壇した。W杯東京大会(8月2日~、東京辰巳国際水泳場)に400m個人メドレーで参加することを受け、「コンディションも調子もいいので、しっかりいい記録を狙いたい」と意気込みを見せた。

 瀬戸は、韓国で開催された「世界水泳2019」で、上記2種目の金メダルを獲得。通算4つの金メダルとなり、北島康介の記録を抜いた。その躍進の秘密はどこにあるのか。

「瀬戸の好調ぶりを支えているのは、飛び込み選手だった優佳夫人の手料理なんです。結婚して2年たちますが、料理が苦手だった夫人が『アスリートフードマイスター』の資格を取り、しっかり栄養管理しているそうです」(スポーツ記者)

 2019年7月25日の日刊スポーツで、優佳夫人が瀬戸の食事について語っている。

「主人は汁物が好きで、主菜、主食、副菜もそろえてます。アスリートの食事というと丼のバーンと思われがちですが、バランスが整った食事が特長。

 試合前1週間は練習量が減るので、普段と同じ量だと太ります。でも炭水化物=米はエネルギーなのでとってほしい。梅干し、こんぶ、のりとご飯のおともを用意して、おかずを少なめにします」

 ジュニア時代から知り合いだった2人だが、交際に至ったのは、瀬戸選手の猛アタックだった。親交のあった飛び込み選手に紹介してもらったという。当初はやんわり断られたが、「ちょっとでいいから」と粘った。

 初めは交際をためらっていた優佳夫人だが、瀬戸との結婚を決意したのは「匂い」だったという。それは香水でも体臭でもなく、プールの塩素の香りだ。

「自分がずっと塩素の匂いをしてたんで、(相手もその匂いだったから)落ち着くんです」と3月13日放送の『戦え!スポーツ内閣』(MBSテレビ)で明かしている。

 さらに、スポニチ7月29日の記事によると、夫人は2年前に挙げた結婚式で会場を塩素の匂いで満たすことを提案したという。知人に頼み、塩素の香りがする香水を入手したが、残念ながらイメージと違ったため、実際には使わなかったそうだ。

 2人の間には昨年6月、長女が生まれている。子供も「塩素」の匂いが好きになるかどうかはわからないが、妻の献身的なサポートで、W杯東京大会でも大いに活躍することだろう。

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