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2020年12月18日 (金)

【特別読み物】突然<YouTube>が見られなくなったら・・・・

 YouTube落ちた日ユーザーはどこへ行ったデータで解析 

ITmediaビジネスonline 2020年12月18日(金)7時50分配信/古田拓也(1級FP技能士)

 世界から突然YouTubeが消えたとき、人々はどこに居場所を求めるのだろうか。

 12月14日、Googleのサービスの多くが利用できなくなった。日本時間の20時45分~21時35分に、YouTubeやGmailをはじめとして、認証が必要なすべてのサービスを含めて大規模なシステム障害が発生した。

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 原因はGoogleの内部ストレージにおけるディスク容量の割り当て問題。中央ID管理システムの容量が少なくなってしまったことで認証が必要なサービスを中心に機能不全に陥ってしまったのだ。

 障害が復旧するまでにかかった時間は、わずか45分間程度。しかし、世界に与えたインパクトは甚大である。例えば日本では、YouTubeの動画を見られなかった人々がニコニコ動画に殺到するという動きをみせた。短期間での異常なアクセス数の高まりによって、ニコニコ動画も一時的に視聴やページ表示に不具合をきたすという結果となったのだ。

 このように、圧倒的なシェアを誇るYouTubeがなくなったとき、ユーザーはインターネットのどこに居場所を求めたのだろうか。今回はGoogle Trendsのデータからインターネットユーザーの動向を日米で比較した。

ニコニコとTwitterに流れた日本ユーザー

 まず、障害発生時の日本の動きに注目してみよう。YouTubeが落ちたとされる14日の21時近辺に、大きく分けて2つの山が浮かび上がる。

 それはTwitterとニコニコ動画だ。YouTubeがダウンした時間帯とちょうど重なるかのように検索トラフィックが急増している。一方で、Facebook、インスタグラム、Netflixは障害発生時も特段の検索トラフィック増は確認できなかった。

 一方で米国は異なる状況だ。同じく14日21時近辺のグラフを確認すると、Twitterにやや小幅な伸びが見られるものの、最も利用度が高まったのはFacebookである。もともと利用度が高い周期にあたるものの、障害発生時における検索トラフィックの角度は最近でも最も鋭いため、Facebookへ流入した人々が増加したといってよいだろう。

 驚くべきは、水色で示した競合の動画配信サイトの推移ではないだろうか。日本では2番手の印象が強いニコニコ動画が、YouTubeの不具合と同時に流入を増加させた。

 反対に、米国における「動画配信サイト」への影響はほとんど現れなかった。米国では複数の動画配信サイトが存在しているが、米国における2番手、3番手の動画サイトでも、障害発生時に特段の流入増加はみられなかったのだ。グラフに採用したDaylyMotionをはじめとしたさまざまな動画配信サイトで流入増が観測できなかった。

 なぜ日本と米国でこれほどの差が生まれたのだろうか。その要因は大きく分けて2つある。

YouTubeの次にニコニコが選ばれた理由

 まずは、動画配信サービス市場における「需要の代替性」が日本市場については高く、米国市場においては低いということがあるだろう。

 NTTドコモ系列のシンクタンクであるモバイル社会研究所の調査によれば、我が国における動画サイトにおいて、YouTubeが62.3%、ニコニコ動画が9.1%という結果となった。

 YouTubeの利用度と比較すると、ニコニコ動画はその15%程度の利用度であるが、主にサブカルチャー主体のコンテンツを得意としていたり、動画のコメントを画面上に表示していたりするという独自性によって、競争の激しい動画サイト市場で生き残っている。その結果、日本では決して無視できない量のアクセス数があるため、YouTubeでアップロードしている動画をニコニコ動画にも並行してアップロードすることで知名度を向上させようとする動画投稿者も存在する。

 今回、トラフィックが大幅に向上した背景には、これらの要因がニコニコ動画のYouTubeに対する「需要の代替性」を高めたことによると考えられる。

 そもそも、需要の代替性とは、商品の機能・用途・品質等の要素に基づき、需要者側から確定する異なる商品間の代替度をいう。商品間の代替度が高いほど、競争関係が強くなる。

 この観点から考えると、ニコニコ動画は、YouTubeと同じ動画がアップロードされやすい環境にあり、YouTubeが不調のときにはニコニコ動画にアップロードされている動画が補完的な立ち位置となりやすい。

 その結果、ユーザーの認識としては「YouTubeがなくなったらニコニコ」という動きとなったと推測される。一方で米国ではYouTubeが“国産”動画サイトであることもあり、独占的な立ち位置を確保していることで2番手、3番手の「補完性」が高まらず、結果としてYouTubeの代替となりにくかったのではないだろうか。

 もう1つの要素が時差にあるだろう。日本時間では午後8時45分というゴールデンタイム中に障害が発生したが、米国西部における太平洋標準時では午前3時45分と早朝であった。ニューヨーク時間でもその時刻は朝6時45分と、米国ではインターネットユーザーが多くない時間帯であったことも両国における影響度に差が生まれたことは留意しておくべきだ。

 今回はYouTubeを中心に障害発生時のユーザー動向を確認したが、1つのプラットフォームの稼働中断ないしは停止がもたらす影響は年々大きくなっている。

 グーグルサービス障害 メール動画一時停止 

共同通信 2020年12月14日(月)22時41分配信

 米グーグルで14日、障害が起き、日本を含む各国で動画投稿サイト「ユーチューブ」や「Gメール」「グーグルカレンダー」など幅広いサービスが一時停止した。グーグルは影響を受けた大半の利用者で問題は解消したとしている。

 障害が起きたのは14日午前7時(日本時間午後9時)ごろ。約1時間でおおむね復旧した。利用者はグーグルのサービスに一時的にアクセスできなくなった。Gメールは送信してから受信するまで、通常より時間がかかった。

 グーグルの広報担当者は声明で「内部ストレージ(記憶装置)関連の問題で認証システムが約45分間停止した」と説明し陳謝した。

 米グーグル複数サービス障害一時アクセス不可 

時事通信 2020年12月14日(月)23時21分配信

 米IT大手グーグルは14日、メールサービスの「Gメール」など提供する複数のサービスで障害が発生したことを明らかにした。

 利用者が一時的にアクセスできなくなったが、障害の理由などは不明。

 グーグルのウェブサイトによると、クラウドサービスの「グーグル・ドライブ」や地図アプリなど20種類以上の幅広いサービスで障害が起きた。同社は早朝に障害を把握したが、その後1時間程度でサービスの大部分が回復した。

 傘下の動画投稿サイト「ユーチューブ」も14日朝にツイッターで、利用者がアクセスできなくなったと発表したが、その後復旧した。

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 バイオで人体改造した“超人兵器開発目指す中国 

JBpress 2020年12月10日(木)6時01分配信/渡部 悦和(前第36代東部方面総監)

 米国の情報コミュニティ*1
を統括する米国家情報長官(DNI)ジョーン・ラトクリフ(John Ratcliff)がウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に投稿*2

し、「中国は米国の最大の脅威である」などと厳しく中国を批判している。 そして、投稿文の中で中国人民解放軍がバイオテクノロジーを使い、兵士を改造し「超人兵士(スーパー・ソールジャー)」を生み出す人体実験を行っていると指摘した。

 現役の国家情報長官が一般紙にこれらの驚くべき内容を記述するのは非常に珍しいことであり、その注目点をまとめてみた。

WSJへの投稿文の注目点

 ラトクリフ長官の投稿文の注目点は以下の通り。

 中華人民共和国が今日の米国にとって最大の脅威であり、第2次世界大戦以来世界中の民主主義と自由に最大の脅威をもたらしている。中国は、経済的、軍事的、技術的に米国と地球のその他の地域を支配するつもりだ。

 中国の経済スパイのやり方は、「奪い、コピーし、取って代わる(rob, replicate and replace)」ということだ。中国は米国企業から知的財産を奪い、技術をコピーし、世界市場で米国企業に取って代わろうとしている。

 2018年、中国の風力タービン製造業者である華鋭風電(シノベル)が米国のスーパーコンダクターから企業秘密を盗んだ罪で罰則が課せられたが、米国には損害が出た。

 盗難により、米国企業は10億ドル以上を失い、700人の雇用を失った。今日、シノベルは、盗難ではなく創意工夫と努力によって合法的なビジネスを構築したかのように振る舞い、風力タービンを世界中に販売している。

 FBIは、知的財産の窃取に関与した中国人を頻繁に逮捕している。例えば、ハーバード大学の化学部長は今年逮捕されるまで、中国への情報提供の報酬として、月額5万ドルを受け取ったが、これに関し米国当局に虚偽の陳述をした。

 中国の知的財産の窃取は、米国に年間5000億ドルのコストを強いている。

 *1=国家情報長官は、米連邦政府に属する16個の情報機関(CIA、FBI、DIA、NSAなど)の人事・予算を統括する。

 *2=John Ratcliff 、“China Is National Security Threat No. 1”、WSJ

 習近平主席は、中国を世界一の軍事力にすると宣言しているが、そのために米国防省の機微技術を盗んでいる。

 米国の諜報機関は、中国が生物学的に強化された能力を備えた兵士(筆者注:いわゆる「超人兵士」)を誕生させるために、人民解放軍の兵士に対して人体実験を実施した。

 つまり、中国当局の「パワーの追求」には倫理的な限界はないのだ。

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 中国は、新興技術において世界クラスの技術開発を行っている。インテリジェンス機関は、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)などのハイテク企業を利用して、ソフトウエアや機器への脆弱性の導入など、悪意のある活動を行っている。

 ファーウェイや他の中国企業はこれを否定しているが、5G通信を支配しようとする中国の取り組みは、情報を収集し、通信を妨害し、世界中のユーザーのプライバシーを脅かす北京の機会を増やすだけだ。

 中国はすでに、共産党のイデオロギー的統制を脅かす米国のウエブ・コンテンツを制限し、米国本土に対するサイバー攻撃機能を強化している。

 中国は今年、米国の数十人の議員と議会の補佐官を対象とする大規模な影響工作に従事した。中国当局は、米国でこの種の影響工作を定期的に実施している。

 ラトクリフ長官は下院と上院の情報委員会に、中国がロシアの6倍、イランの12倍の頻度で米国の国会議員を標的にしていると証言している。

 これらの脅威に対処するために、年間850億ドルのインテリジェンス予算内で、資源をシフトし中国に焦点を当てている。

 このシフトは、米国の諜報機関が政策立案者に中国の意図と活動についての洞察を与え、必要なリソースを確実に維持するためだ。

 諜報機関内では、健全な議論と考え方の転換がすでに進行中だ。冷戦中に活躍した才能のある情報分析者と運用者は、常にソビエト連邦とロシアに焦点を当ててきた。今世紀の変わり目に活躍した人々にとっては、テロ対策が最優先事項だった。

 しかし、今日、我々は目の前にある事実を直視しなければいけない。つまり、中国が今後の米国の主要な国家安全保障上の焦点である。

 米国以外の国々もこのことを理解しなければいけない。世界は2つの完全に互換性がないイデオロギー間の選択肢を提示されている。

 中国の指導者たちは、個人の権利を共産党の意志に従属させようとしている。彼らは企業に対して政府の統制を行使し、権威主義的な監視国家によって市民のプライバシーと自由を破壊している。

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 世界を暗闇に引き戻すための中国当局の努力が失敗すると想定すべきではない。中国は、自らがトップでない世界秩序は歴史的に異常であると信じている。それを変え、逆転させることを企図している。

 中国当局は、米国との永続的な対立に備えている。ワシントンも準備すべきである。

 リーダーは、脅威を理解し、それについて率直に話し、それに対処するための行動を取るために、党派の分裂を越えて取り組む必要がある。

 米国人は、ファシズムの惨劇を打ち負かし、鉄のカーテンを倒すまで、常に立ち上がってきた。

 我々の世代は、独自のイメージで世界を再形成し、支配的な超大国としての米国に取って代わろうとする中国への対応によって評価されるであろう。

人民解放軍、超人兵士育成の野望

 米国の大手メディアMSNBCは、ラトクリフ国家情報長官の投稿文を紹介しているが、特に超人兵士に注目した記事*
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を掲載している。以下は、その要約だ。 

 ラトクリフ長官は、中国が「生物学的に強化された能力」を有する超人兵士を目指して、人民解放軍のメンバーに対して「人体実験」を実施していると記述している。

 中国当局のパワー追求には倫理的な境界はない。中国は、「キャプテン・米国」、「ブラッド・ショット」、「ユニバーサル・ソルジャー」などのハリウッド映画に描かれている種類の「超人兵士」を誕生させようとしている。

 新米国安全保障センター(CNAS)の人民解放軍専門家エルザ・カニアと中国問題のコンサルタントで元海軍将校のウィルソン・ヴォーンディックは2019年、バイオテクノロジーを戦場に適用するという中国の野望に関する論文「中国の軍事バイオテクノロジー最前線(China’s Military Biotech Frontier)」を発表した。

 その論文では、中国が遺伝子編集技術を使用して兵士のパフォーマンスを向上させることについて書いている。

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 具体的には、遺伝子編集ツールCRISPR( クリスパー)を使用した中国の研究を紹介している。

 (筆者注:CRISPRに関しては、中国の南方科技大学の賀建奎准教授が2018年11月29日、世界で初めてCRISPRを使いゲノム編集した双子の赤ちゃんを作り出したと主張し、世界に衝撃を与えた。CRISPRは「分子のはさみ」を使って、ゲノム上の特定の箇所を任意に削除したり置き換えたり、修正することができる技術だ)

 (理論的には、受精卵のDNA情報を一部削除したり改変することで、遺伝由来の難病を予防できる。しかし、世界の科学者は、受精卵のゲノム編集について深刻に懸念している。特に西側の科学者は、健康な人々のパフォーマンスを高めるために遺伝子を操作しようとすることは非倫理的であると考えている)

 CRISPRを活用して将来の戦場で人間の能力を高める可能性は、現時点では架空のものに過ぎないが、中国の軍事研究者がその可能性を探求し始めている兆候がある。

 中国の軍事科学者と戦略家は、バイオテクノロジーが「軍事における革命(RMA)の新たな戦略的制高点(焦点)」になる可能性があると一貫して主張してきた。

 *3=Ken Dilanian、“China has done human testing to create biologically enhanced super soldiers”、MSNBC

バイオテクノロジーによる軍事革命目指す

 エルサ・カニアらの上述の論文は、人民解放軍の「解放軍報」の記事*
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を参考にしているが、以下にその要約を紹介する。超人兵士のアイデアはここから出ている。 

 戦争のパターンを変えた多くの発明は生物学の発展と密接に関連している。人類は、鳥の羽の研究により、航空機の羽を設計し、戦闘機を生み出した。

 コウモリの超音波ポジショニング能力を模倣することにより、レーダー技術を発明した。イルカの超音波研究から、水中の世界に浸透するソナー技術を発明した。バイオテクノロジーは、生物学による軍事革命をもたらすであろう。

 エンゲルスは、「技術の進歩が軍事目的で使用されるようになると、指揮官の意志に反して、戦闘方法に変化を引き起こす」と指摘した。

 生物学の技術とその他の最先端技術の融合は、国防科学技術の革新と発展を推進し、兵器、戦闘理論、戦争パターンなどに広範囲にわたる効果を生み出す。

 バイオテクノロジーは、武器や装備品の飛躍的な開発のために新たな情報を提供する。例えば、高性能のバイオニクス(生体工学)とバイオマテリアルの適用は、武器や装備品の新たなマテリアルを提供する。

 生体分子の特定の認識に基づくバイオセンシング技術は戦場の状況認識の手段と能力を変える。

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 バイオコンピューターは、従来のコンピューター空間、熱放散、並列処理の物理的限界を打ち破り、軍用コンピューターに革命を引き起こす。

 一方で、破壊的な武器や装備の開発のための技術も提供し、人間の意識を妨害して制御する新しい脳制御の武器や装備を開発し、それによって従来の戦闘スタイルを無効にし、戦争の無人化を可能にする無人戦闘プラットフォームを開発できる可能性がある。

 バイオテクノロジーは、将来の戦闘プラットフォームがヒューマン・マシン統合とインテリジェンスの移行(「低インテリジェンス」から「高インテリジェンス」への移行)を可能にする。

 実験室では、脳とコンピューターのインターフェース兵器が検証されている。一方で、情報ベースの「低インテリジェンス」から脳のような「高インテリジェンス」への転換を可能にする戦闘プラットフォームが開発されている。

 将来的には、人間の脳のような情報処理システムは、高性能の低電力コンピューティング、高度にインテリジェントな自律的意思決定、アクティブな学習、その他の革命的ブレークスルーを達成し、高度にインテリジェントな自律戦闘部隊の出現を促進する。

 *4=「生物科技将成为未来军事革命新的战略制高点」 、2015年10月6日03付の「解放军报」

 さらに、「生命をコントロールする権利(制生权)」、「脳をコントロールする権利(制脑权)」、「知性をコントロールする権利(制智权)」という新しい理論が生まれる。

 将来、生物体の兵器化が現実化する中、非伝統的な戦闘スタイルが登場し、「生物フロンティア」が国防の新たなフロンティアとなる。

 人間の脳を利用・制御できるようになることで、物理領域や情報領域から認知領域への戦闘領域の拡大が加速し、陸・海・空・宇宙・電磁波・サイバー空間に次ぐ新たな戦闘空間となる可能性がある。

 将来的には、「Internet of Brains(脳のインターネット)」は、インターネットとIoT(Internet of Things)に続く全く新しいネットワークになり、生物学的インテリジェンスが最新の情報技術を完全に統合し、超えることを可能にする。

 最後に、人民解放軍のバイオテクノロジーを活用した軍事革命やその一環としての超人兵士の誕生という野望はまだ実現できていない。

 しかし、倫理や生命の尊厳などあらゆる制約事項に捕らわれない超限思想で将来戦を考える中国は手ごわい。

 これにいかに対処するかは自衛隊の大きな課題である。

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2020年11月20日 (金)

【異常気象?】千葉県<九十九里浜✍全域>大量のハマグリ出現!

 九十九里浜大量ハマグリ『採取禁止』持ち去り相次ぐ…漁業関係者「死活問題」「採取は密漁 

千葉日報 2020年11月20日(金)11時59分配信

 九十九里浜の各地で、海岸に大量のハマグリが打ち上げられているのが確認されている。一帯の漁業権を持つ九十九里漁業協同組合の担当者は「水産資源が枯渇し死活問題になりかねない」と困惑。ハマグリを持ち帰る一般の人も相次いでいる。

 同組合によると、山武市から一宮町にかけての九十九里浜一帯で、1週間ほど前から打ち上げられているのが見つかっている。潮が引いた後に、大粒のハマグリが砂地を埋め尽くす状況が連日繰り返されているという。

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 千葉県漁業資源課によると、死んだ貝などが局所的に打ち上げられることは2年に1回ほどあるが、今回のような規模は記録に残る限り初めて。同課の担当者は「漁業にどれほどの影響があるか分からず、定期的に調査していかなければ」と話している。

 また、海岸の様子がテレビのニュースで紹介されたこともあり、ハマグリを拾いに来る一般の人も。19日午後、九十九里町の片貝海岸周辺では、膝まで水に漬かり貝を採取する人が何人もいた。千葉市から来たという若い男性は、1時間ほどで発泡スチロールの箱をいっぱいにしていた。

 一方、稚貝を放流するなどして資源管理をしてきた同組合は「ハマグリには漁業権が設定されているため一般人の採取は密漁にあたる」と指摘。地元の東金署も巡回を増やして警戒を強化し、浜や周辺道路などで採取しないよう呼び掛けている。

 同組合は漁業関係者らと一緒にハマグリを海に戻す作業を繰り返しているが、終わりが見えない状況だ。担当者は「将来的に九十九里浜からいなくなってしまったら本当に困る」と表情を曇らせている。

 九十九里浜全域で大量ハマグリ発生、専門家「文献でも確認できず 

ABEMA TIMES 2020年11月19日(木)19時32分配信

 18日、千葉県の九十九里浜の浜辺に打ちあげられていた大量のハマグリ。15日に撮影された写真では、大量のハマグリが波打ち際を埋め尽くし、足の踏み場もないほどだ。実は今月10日ごろから連日、九十九里浜の全域で大量のハマグリが打ちあげられているという。

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 九十九里浜全域には漁業権が設定されていて、一般の人がハマグリを許可なく獲ることは禁止されている。違反した場合は20万円以下の罰金に処されるが、大量のハマグリを求め浜辺には人が集まっていた。中には200個近く獲ったという人も。地元の漁協はハマグリを保護して沖合に戻していて、勝手に持ち帰らないよう呼び掛けている。

 突如として打ち上げられた大量のハマグリについて、貝の専門家である千葉県立中央博物館の黒住耐二上席研究員は「大量にハマグリの大きな個体が打ちあがったというのは聞いたことがないし、実際に文献で確認できることはなかった。極めて珍しい現象だと思っている」と話している。

 九十九里浜「ハマグリ大量打ち上げ騒動」大地震前兆か? 

東スポWeb 2020年11月19日(木)11時30分配信

 大量のハマグリ打ち上げは何のサインなのか? 千葉・九十九里浜の海岸で、今月11日から大量のハマグリが海岸に打ち上げられている。原因は不明で、県や地元の漁協も対応に苦慮している。神奈川・三浦半島で発生している異臭騒動と合わせ、大地震の前触れとして警戒する声も上がっている。

「これだけの規模のハマグリが打ち上がったのは、なかなかない」と、千葉県の漁業担当者が困惑を隠せない、ハマグリの大量出現だ。
 県によれば、北は匝瑳市堀川浜から南は長生郡までの約40キロにわたる海岸に11日夜から断続的に打ち上げられたハマグリが見つかっている。

 その数はあまりに多すぎて、県や漁協でも把握できないほど。エリアによっては集中的に打ち上げられている箇所もあり、数千個レベルでは収まらないとみられる。

 気になるのは原因だが、現時点では全くもって不明。最近、天候の異変や、海水に異常があったこともないという。県の水産総合研究センターは貝を持ち帰り、調査しているが、「(生きている貝は)砂に潜ることができるし、特に痩せたりもしていない。これだけの数ですから、誰かがばらまいたということはなく、自然現象です」。

 九十九里沖はハマグリの絶好の漁場として知られるが、生息環境の変化で漁獲量は増減が激しく、その生態もまだ謎が多い。海岸に打ち上げられたことは過去にもあるというが、県では「平成元年(1989年)の夏場にある程度のハマグリが打ち上がった記録があるが、今回は規模が大きい」と、過去に例を見ないという。

 この謎の現象に対し、防災関係者の間では、大地震の前触れとなる「宏観(こうかん)現象」ではないかと危惧する声が多い。東日本大震災の前にもクジラやイルカの大量打ち上げ、深海魚のリュウグウノツカイが漂着したことなどが、宏観現象だったのではないかといわれている。科学的根拠はないとされているが、無関係とも言い切れないため、独自で情報収集している自治体もある。

 防災アナリストの金子富夫氏は「今年6月から、横須賀や横浜など三浦半島で発生している異臭はいまだ原因が分かっていません。そこに今回のハマグリ大量打ち上げ。関東エリアの東と西ですから何らかの地殻変動が起きていて、連動している可能性がある。大地震が起きる前の予兆現象かもしれないと、自然からの警鐘ととらえた方がいい」と話す。

 日本は現在、新型コロナの第3波が到来しているさなかだ。金子氏は「もし、この状況で首都直下地震が発生したら大変なことになる。東京はもちろん、国内の医療態勢が逼迫している中で、何十万人ものケガ人が発生すれば、東京崩壊、日本崩壊にもなりかねない」と心配する。

 その上で金子氏は「食料品の買い置き、緊張感ある生活形態、地域社会のあり方の考え直しなどをさらに継続することが、コロナ禍で発生するかもしれない大規模地震への備えになる」と説く。コロナ第3波と大地震は、最悪のダブルパンチだけに発生しないことを祈りつつ、用心するに越したことはない。

新型コロナ後遺症”、意識失い嘔吐・記憶曖昧などまで侵入か

朝日新聞デジタル 2020年11月14日(土)6時00分配信

 新型コロナウイルスは脳にも感染し、「深刻な脳障害を起こす恐れがある」という報告が相次ぐ。髄膜炎や脳炎、意識障害のほか、記憶障害が出る人もおり、後遺症が心配される。脳の中で何が起きているのか。

 3月、山梨県に住む20代の男性が新型コロナに感染した。意識を失ったままけいれんし、嘔吐したまま床に横たわっていたところを家族が発見。救急車で山梨大病院に運ばれた。

 脳を覆う脳脊髄液をPCR検査で調べると、新型コロナ陽性だった。頭蓋骨と脳の間の髄膜が炎症を起こす髄膜炎とみられ、脳のMRIでは記憶領域にあたる海馬に炎症があった。

 退院後は日常生活に問題はないものの、直近1、2年間の記憶があいまいになったという。新型コロナへの感染が関係していると疑われているが、明確な原因はわかっていない。

 英国では、発熱や頭痛を訴えた後に意識障害を起こした59歳の女性が、入院後に新型コロナに感染していることがわかった。MRIで脳の腫れや出血が確認され、急性壊死(えし)性脳症と診断された。集中治療を受けたが、入院10日目に死亡したと報告されている(https://nn.neurology.org/content/7/5/e789)。

 ドイツのチームは7月、新型コロナの神経症状について、92本の論文や報告を分析した(https://link.springer.com/article/10.1007/s00415-020-10067-3)。感染者の20%に頭痛、7%にめまい、5%に意識障害があった。髄膜炎や脳炎、手足がまひするギラン・バレー症候群も数例ながら報告された。

 コロナ第3波襲来菅政権に対し風向き変わった 

現代ビジネス 2020年11月21日(土)6時31分配信/歳川 隆雄(ジャーナリスト)

批判を浴びたにも拘わらず

 マスコミ各社の世論調査から菅義偉内閣支持率を見てみる。新型コロナウイルス感染者数が急増する中で、内閣支持率は健闘しているのだ。

 NHK(調査実施は11月6~8日):支持56%、不支持19%、「朝日新聞」(同14~15日):支持56%、不支持20%、「毎日新聞」(同7日):支持57%、不支持36%、「読売新聞」・日本テレビ合同調査(同6~8日):支持69%、不支持22%、共同通信(同14~15日):63.0%、不支持19.2%、テレビ朝日(同14~15日):支持55.9%、不支持22.5%――である。

 菅首相が今臨時国会の衆参院予算委員会で「日本学術会議問題」(推薦した6人が拒否された)について、野党から「学問の自由を侵すもの」と徹底追及されただけでなく、学者・識者からの批判を浴びたにも拘わらず高い内閣支持率を維持しているのだ。

 驚いたのは、政権との距離を持つ、というよりも批判的な社論で知られる「朝日新聞」は支持が前月比3ポイント増の56%、不支持は同2P減の20%だったことである。「読売」はともかくとして、筆者が相場観として参照する「共同」も支持が2.5P増で不支持は2.7P減である。

 菅首相は最近、すこぶる上機嫌であり、政権運営に自信を増しているというのだ。一体全体、なぜなのか。

大統領選に比べたら…

 今なお「敗北宣言」を拒み続けるドナルド・トランプ米大統領と、来年1月20日の次期政権誕生に向けての人事に着手し、新たな政策を披露し始めたジョー・バイデン次期大統領が対峙した第59回アメリカ合衆国大統領選――。

 米国の政権移行期に出来した混乱を目の当たりにした日本国民は、政権党の自民党総裁選を経て安倍晋三政権から菅政権へ平和裏に移行したことを高く評価しているということなのか。民主主義体制と自由主義経済を標榜する国家では「当然」であることが当然でなくなったことに呆然としながらも、何だかんだ言っても「日本って良い国じゃん」という気持ちなのか。定かではない。そうは言っても、国民は「ベター(よりマシ)論」から判断しているようだ。

 では、菅首相ご本人は当然ながら目指しているだろうが、果たして菅政権はこれから4年間の「本格政権」になるのだろうか。その可能性は相当程度ある。政界には「運も実力のうち」という言葉があるが、ツキに恵まれれば菅長期政権は十分考えられる。

 その「ツキ」というのは、言うまでもなく世界的なパンデミックと国内のコロナ感染の収束の目途がつくということである。

 それ如何で来夏の東京五輪・パラリンピック「有観客」開催が成功裏に実現するからだ。問題はそれだけではない。菅氏が首相の座を掛けて政治決断した「Go Toトラベル」の先行きもコロナ次第である。

神のみぞ知る

 ところが、今週になって瞬く間に東京を筆頭に政令指定都市でコロナウイルス感染者が激増している。所管する西村康稔経済財政・再生相が思わず「神のみぞ知る」と漏らすほどの勢いである。

 菅政権が感染対策に全力投球していることは承知している。それでも治療薬やワクチンの開発・供与は時間との闘いであり、多分にツキも関わって来るのは否定し難い。これまでの政権・国会運営を振り返ってみれば分かるように、菅氏は明らかにツキまくっていた。

 しかし、ここに来て菅氏が胸中に秘める来年初頭の衆院解散・総選挙に黄色信号が点滅し始めたのだ。この数日に永田町では早くも9月総選挙説が取り沙汰されるようになった。

 これまで筆者は一貫して「1月19日解散・2月7日投開票」、「1月22日解散・2月28日投開票」のいずれかであるとの見立てを披瀝してきた。この見立てを修正せざるを得なくなるのか未だ分からない。

 菅氏が運に見放されたのかどうかは、11月連休明けの来週末の政府新型コロナウイルス感染症対策本部発表を待つ他ない。

はぐらかし批判回避菅首相答弁鉄壁ゼロ回答

西日本新聞 2020年11月16日(月)10時51分配信

 臨時国会で答弁能力を不安視された菅義偉首相だが、一問一答形式の衆参予算委員会での初論戦をひとまず乗り切った。焦点の日本学術会議問題では譲歩せず、会員任命拒否の理由を一切明かさない答弁ぶり。有識者に読み解いてもらうと、「鉄壁」「はぐらかしてばかり」と評価が分かれた。

 「人事に関することなので、お答えは差し控える」。今月2~6日に開かれた予算委。任命拒否に関する質問が核心に迫ると首相はこう繰り返してかわし、立憲民主党の枝野幸男代表から「壊れたレコードのようだ」とやゆされた。

 麗沢大の川上和久教授(政治心理学)は「たたかれても理由は絶対言わない、との覚悟を感じた。野党の時間切れを狙った戦術だろう。失言もなく『鉄壁のガースー(首相の愛称)』は健在だ」と分析。「全集中の呼吸で答弁させていただく」と人気漫画「鬼滅の刃」のせりふを引用した点も「話題をつくることで批判の矛先をそらしてみせる」テクニックだったとみる。

 「総合的、俯瞰的な活動を求めたい」「閉鎖的、既得権益のようになっている」と、学術会議に関する首相の主張は二転三転。「多様性が大事」としながら、任命拒否した6人のうちには若手や女性の研究者も含まれ、野党側は「支離滅裂」と批判。審議はたびたび紛糾した。

 街頭で国会質疑を上映する「国会パブリックビューイング」に取り組む上西充子法政大教授は「質問に正面から答えておらず、臨機応変な判断が見られなかった」。加えて首相が、内閣府と学術会議の間の事前調整がなかったことを拒否の背景の一つとして持ち出したことを「調整に応じなければ任命拒否する、忖度しろということか」と疑問視した。

 では、話す様子はどう映ったか。企業人らを対象にプレゼンテーションの方法を教えている「ベストスピーカー教育研究所」(大阪府)の高津和彦所長は、首相の答弁の声量が「官房長官時代に比べ大きくなった」と評した。特に何かを伝えたい場面で目を見開けば、より真剣さが伝わるとアドバイスした上で「『えー』『まぁ』といった感嘆詞が多く、人ごとに聞こえるところは要注意。余裕を演出したのかもしれませんが」とも。

 答弁書の棒読みや秘書官による紙の差し入れが目立ち、ちぐはぐな印象も与えたが、政府高官は「(首相は)初々しかった。場数を踏めばもっと良くなる」と今後に期待した。

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 渋谷区のバス停で殴り殺された“ホームレス女性”が最期に見たもの 

FRIDAY DIGITAL 2020年11月20日(金)13時02分配信

 所持金8円とわずかな身のまわりのものを抱えた女性が、11月16日の早朝、渋谷区幡ヶ谷のバス停で亡くなった。

 女性の名前は、まだわからない。年齢は「60歳代」。彼女の最期の場所になったバス停のベンチにいるのを「この数か月、見かけるようになった」と近所の人はいう。足元にキャリーバッグを置いて、ベンチに座っていたという。

 11月16日の午前5時、この女性がバス停のベンチの前に倒れているのを通りかかった人が見つけ、警察に連絡した。彼女は病院に運ばれ死亡が確認された。住所も、年齢もわからない。

 彼女は何十年か前、誰かの赤ちゃんとしてこの世に生を受けた。よちよち歩きをし、おしゃべりができるようになり、学校に行き、少女時代を過ごした。成人して、それからも年齢を重ねて、生きてきた。

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 そして今年、2020年11月16日の早朝に、東京・渋谷区「幡ヶ谷原町」のバス停で、何者かに殴り殺された。

 彼女の最期の場所になったバス停の近くに防犯カメラがあった。帽子をかぶりチェックのシャツを着た人物が、持っていた白い袋で彼女の頭を殴りつけた。彼女はその場に倒れ、亡くなった。死因は外傷性くも膜下出血。

 新宿や渋谷にも近いこのあたりは、通りを入ると落ち着いた住宅街だが、片側4車線の甲州街道の上に首都高4号新宿線の高架が覆いかぶさるようにして、街を貫いている。バス停は「笹塚」の大きな交差点のすぐ近くで、ベンチは道路に背を向けて固定されている。奥行き25センチの、小柄な人でもゆったりとは座れない木のベンチが、彼女の「定位置」だった。

「終バスが行ったあと、どこからかやってくるんですよね。で、朝にはいなくなってるんです」

「新宿のほうに向かって、キャリーバッグを引いて歩いてるのを何度か見ました。足取りはわりとしっかりしていて。おばあさんという感じじゃ、ぜんぜんなかった」(近くの住人)

22:44 渋谷駅行の最終バスが通り過ぎた後のこの場所で、彼女が夜を過ごしていたことを知っている人は少なくなかった。

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 彼女を殴った人物の姿は、周辺の防犯カメラの映像にたくさん写っている。まもなく警察に見つかり、司法の手にかかり、罪を問われ、罰を受けるだろう。でも、無残に殺された彼女は帰らない。

 コロナ禍で、女性の自死が激増している。街で、路上で過ごす女性の姿を多く見かけるようになった。

「声をかけられなかった周囲の人を責められるのか? 自分だったら? と自問自答しています。食べるものや着るもの、お金を渡していた人たちが近隣にいたかもしれません。でもなにより、安全な場所『ハウジングファースト』の仕組みが必要と、あらためて痛切に思いました」

 ホームレスの状態にある人を支援する「ビッグイシュー日本」東京事務所の佐野未来さんは絞り出すようにこういった。

「自助」が求められる日本。公的なセイフティーネットが機能しないこの国で、孫子の代まで生活に困らない資産のある家に生まれたひと握りの人以外、だれもが、いつ家を失うかわからない。今、路上やネットカフェなどで過ごす、家がない=ホームレスの状態にある人は東京都内で4000人。30代、40代の若年層も多い。

 オリンピックを歓迎する「TOKYO2020」のフラッグがはためく。昼間のバス停には、ひっきりなりにバスがやってくる。傍に7つの花束と、「あったかいはちみつレモン」と「焼酎の緑茶割り」と、マドレーヌが2つ、供えてあった。バス停横のイチョウは黄色く色づいて、首都高の高架とビルの間から青空が見えた。夜の間だけここを居場所にしていた彼女は、この風景を見ていなかったかもしれない。

 11月16日の早朝、渋谷区幡ヶ谷のバス停で殴り殺された人。女性で、もう若くはなく、安全な家を持たなかった彼女は、守られなかった。彼女が最後に口にしたものはどんな味がしただろう。彼女が最後に見たのはどんな景色だっただろう。殺されていい命はひとつもない。

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コロナ禍でも「ホームレスに仕事」…BIG ISSUE“17年目の思い”

FRIDAY DIGITAL 2020年9月24日(木)13時02分配信

 景気悪化が止まらない。失業する人が増えて、自殺する人が増えて、この国はどうなってしまうんだろう。新しい総理大臣が掲げるのは「自助」だ。自分でなんとかしろという。なんとかできない人たちは家を失い、文字通り、路頭に迷う。

「ホームレスの人に仕事を、という日本でのビッグイシューの試みは17年になりました。駅前などで雑誌『THE BIG ISSUE』を売って、その売り上げの半分以上がそのまま販売者の収入になる仕組みです。今、全国で110人ほどが販売をしています」

 創刊当時から関わる、ビッグイシュー東京事務所の佐野未来さんは続ける。

「新型コロナの影響で3月から、街に人がいなくなってしまい、路上での販売部数は激減しました。けれども、販売をやめたら収入がゼロになってしまうし、『ステイホーム』といわれても、そもそも『ホーム』がないんです。

 生活保護は、家族に連絡がいくことへの抵抗や、劣悪な環境の寮に入れられた経験などさまざまな理由で利用をためらう人が多い。どうやって生き延びればよいのか、という不安も耳にしました」

これから、増えるかもしれない

「ビッグイシューはホームレス状態の人が『自分で働いて稼ぐ』事業なんですが、今回ばかりはそれを一時的に返上しました。通信販売の呼びかけをしたところ、思った以上に多くの方が賛同してくださり、4月から6月にかけては毎月5万円、7月から9月にかけては毎月3万円を販売者に販売継続協力金として渡すことができて、なんとか乗り切れました」

「コロナ緊急3ヶ月通信販売」は、第1次におよそ9500人、7月からの第2次にも5000人の参加があったという。

「ありがたかったです。販売者は感染予防対策をしながら販売を続けていますが、減った収入を協力金で補填することができて、安心につながっているようで、雰囲気も明るいです。でも、ホームレスの当事者が、自分で雑誌を売って稼ぎ、部屋を借りて自立できるよう応援するのが本来の姿。それに、街頭で販売して常連のお客様と一言二言、話をするのが生きがいという人もいます」

 路上での販売自体は、注意深く進めていく。さらに「今後、収入や家を失い販売を希望する方が増える可能性も大きい」という。

 厚生労働省の2020年1月の調査結果によると、全国の路上や公園などで暮らす「ホームレス」は全国で「3992人」といわれている。が、

「路上生活者だけが、ホームレスではありません。家がない人、たとえば居候や、ネットカフェで寝起きしている人はホームレスです。家がありませんから。2017年に東京都がネットカフェやサウナなどで寝起きする人の数を調査したところ約4000人いらしたそうです。4月の緊急事態宣言で、ネットカフェが営業自粛の対象となったとき、この人たちの多くは泊まる場所を失いました」

 特別定額給付金は、住民票がないと申請できないため「全国民」に給付されたはずの10万円も、彼らの手には届かなかった。

 コロナ禍では、すべての人がさまざまな影響を受けている。なかでも、もともとホームのない人はじめ、社会的な弱者、生活が困窮している人の受けた打撃は凄まじい。

自助に殺される前に

「30代前半に販売者登録をしていた男性が最近、10年を経てビッグイシューに戻ってきました。この方は自立して、全国各地で日雇いや派遣の仕事などをして11年間、日々生きつないできたのですが、この春、新型コロナの影響で仕事を失いました。数か月仕事を探しても見つからず、悩んで悩んで、ビッグイシューに戻ってきたんです。健康な若者が真面目に働いて、それでもこういうことが起きる。これは、彼個人というより、社会にとっても損失じゃないでしょうか。

 生活保護は受けたくないとおっしゃって、なんとか自分でやろうとするけれど、一度ホームレス状態になってしまうとそこから自力で抜け出すのは至難の業です。そんななかで体や心の健康が損なわれたりすれば、安定した住まいや仕事を探すことはますます困難になる。この人の向こうに、今、ネットカフェで暮らしている人や非正規雇用で働いている人の姿が見えるようです」

 ある日突然「住まいを失う」。それはもう、人ごとではない。

「ふつうに一所懸命生きている若者を使い捨てにするような社会って、いいわけないです。頼れる家族や友人がいなくても安心して生きられるセーフティネットが機能してなければ、いくらだって人が『落ちて』くる。それが今の日本です。これは、当事者だけでなく社会全体にも負の影響を及ぼします」

ホームレスの状態は、けっして人ごとではない

「創刊のときは、長引く不況で失業して住まいを失った『ホームレスの人に仕事を』つくり、そしていつか『BIG ISSUE』が要らなくなることが目標でした。でもやればやるほど、問題はそんなにシンプルじゃなかった。本来、仕事をして、スキルを身につけ、社会や地域に貢献できるはずの人が使い捨てられたり、一人で路頭に迷ったりすることのないように、ホームレスを生み出す社会構造を変えなければと。

『BIG ISSUE』がほんとうに要らなくなる日。それは、かりにひとりぼっちになっても社会が助けてくれる、人が安心してやりがいを持って生きられる社会が実現するときだと思います」

 2008年の秋のリーマンショックが引き金となった世界経済不況のとき、日本では半年の時差でホームレスになる人が急増した。新型コロナの感染拡大から半年になる今、佐野さんたちスタッフは「ドキドキしている」という。

「ホームレスになる過程に決まった形はありません。みなさん、それぞれの事情があってそうなるんです。2007年に立ち上げたNPO法人ビッグイシュー基金では、生活自立応援のためのシェルターを用意したり、福祉につなげるなどの相談も受けています」

 誰もが「落ちる」可能性があることが明らかになったこの国で、どう生きのびていくか。なにを選び、なにをすればいいのか。みんな、問われている。

「わたしたちは、販売者が誇りをもって売れる雑誌を作り、誰もが排除されない、生きやすい社会、とくに若い世代が希望をもって生きられる社会を作るのに役立つ情報発信をしていきます」

 渋谷女性撲殺46歳男逮捕 傷害致死容疑「死ぬと思わず」 

時事通信 2020年11月21日(土)12時46分配信

 東京都渋谷区のバス停で女性が殴られ死亡した事件で、警視庁捜査1課は21日、傷害致死容疑で同区笹塚、職業不詳吉田和人容疑者(46)を逮捕した。

 容疑を認め、「まさか死んでしまうとは思わなかった」と話しているという。

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 逮捕容疑は16日午前4時ごろ、同区幡ケ谷のバス停でベンチに座っていた大林三佐子さん(64)の頭を殴り、外傷性くも膜下出血で死亡させた疑い。

 同課によると、吉田容疑者は21日午前3時ごろ、母親に連れられて渋谷区内の交番に出頭した。「痛い思いをさせれば(大林さんが)バス停からいなくなると思った」と話しているという。

 吉田容疑者は深夜にたびたび付近を散歩し、路上生活していた大林さんがバス停にいるのを認識していたとみて、同課が経緯を調べている。 

 

2020年11月 2日 (月)

【訃報】名優ショーン・コネリーさん(享年90歳)逝去。

 名優ショーンコネリー栄光苦悩…代名詞「ボンド」毛嫌いし話題禁句だった 

日刊ゲンダイDIGITAL 2020年11月2日(月)13時00分配信

 英スコットランドの名優で、このほど90歳で亡くなったショーン・コネリー。映画「007」シリーズでは「歴代最高のジェームズ・ボンド」と称せられ、その勇姿が語り継がれているが、代名詞でもあるボンド役を毛嫌いしていた時期もあったという。

「出世作ではありましたけど、役のイメージが強すぎて、何を演じても『ボンドっぽい』と映画ファンから揶揄されていたことがあったのです。1967年公開のシリーズ第5作『007は二度死ぬ』は日本が舞台で、来日したときにはトイレまで記者たちに追いかけまわされ、写真を撮られ、『そのときボンドを降りる決心をしたんだ』と、コネリーは友人で3代目ボンドのロジャー・ムーアに明かしています。実際、彼の周りではボンドの話は禁句で、街で『あ、ボンドだ』と言われるのを心底嫌がっていたという話があります。一時期は『ボンドを殺したい』とまで言っていたそうです」(映画関係者)

 1930年、英スコットランドのエディンバラでトラック運転手の父と工場勤務の母のもとに生まれ、労働者階級で長い下積み生活を送っていたショーン・コネリー。俳優としてのキャリアでも、低迷期があり、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ助演男優賞を受賞した映画「アンタッチャブル」(87年)こそ、ボンドのイメージを払拭し、キャリア再起を果たした代表作として挙げる声もある。

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 そしてボンド役以外でも、修道士を演じた「薔薇の名前」(86年)など、数々の名作を残した。「007は二度死ぬ」でコネリーと共演した浜美枝はこんな追悼コメントを発表している。

「ボンドガールとして渡英し、右も左もわからない撮影現場に戸惑っていた私に『大丈夫? 心配事はない?』と毎朝、声をかけてくださったのがショーン・コネリーさんでした。あのときの人を包み込むような優しいまなざし、深みのある穏やかな声を今も忘れることができません。(中略)役者として、ひとりの人間として、気骨のある生き方を貫かれたその生き方にどれだけ励まされ、勇気づけられたでしょう」

 スクリーンでショーン・コネリーに魅了されてきた日本の中高年世代ならば、浜と同じような感慨があるのではないか。芸能リポーターの城下尊之氏はこう言う。

「海外のスター俳優なのですけれども、その映画を見てきた私たち日本人にとっては、もう少し身近な、憧れの存在だったと思います。どの役を演じても、常に気品があり味わいがあって、ダンディズムを見せてくれた。心に残る人であり、どれもが大切なメモリーですよ。またあの懐かしい映画を見たい、見続けていきたいと思わせてくれる。そうやって、いつまでも人々の記憶のなかで生き続けていくのでしょうね」

 ボディービルで鍛えた分厚い胸板に、胸毛をたくわえた男の色気。それでいて知的で優しい生きざま。滞在先のバハマで睡眠中に息を引き取ったことが発表されて以来、世界中から哀悼の声があがっている。

コネリーさん訃報真の伝説英国の象徴」—英メディア

時事通信 2020年10月31日(土)23時30分配信

 英国を代表する俳優ショーン・コネリーさん死去の報を受けて31日、英国内では各界の著名人から悲しみの声が寄せられた。

 報道によると、ダウデン文化相は「真の伝説であり、英国の象徴だ」と功績をたたえた。

 現ジェームズ・ボンド役の俳優ダニエル・クレイグさんは「映画界の真の偉人の一人を失って悲しい。彼は俳優や映画制作者らに影響を与え続ける」とコメント。サッカーの元イングランド代表でテレビ司会者のゲーリー・リネカーさんも「最善のボンドだった。(訃報に)動揺している」と語った。

 コネリーさんは、出身地スコットランドの英国からの独立支持者としても知られた。スコットランドのスタージョン自治政府首相はツイッターで「心が砕けるようだ。最愛の人物の死を皆が悼んでいる」と悲しみを表した。 

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ダニエル・クレイグら“歴代ボンド”✍ショーン・コネリーを追悼

CinemaCafe.net 2020年11月2日(月)12時15分配信

 10月31日(現地時間)に、初代ジェームズ・ボンドことショーン・コネリーがバハマの自宅で亡くなった。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開を控えている6代目ボンドのダニエル・クレイグは、ジェームズ・ボンドの公式ツイッターを通して追悼メッセージを発表。「映画界における真の偉人の1人が亡くなったと聞き、本当に悲しいです」。

「サー・ショーン・コネリーは、ボンドとしてもそれ以外の存在としても、名を残すことでしょう。1つの時代とスタイルを方向付けた人でした。彼がスクリーンで見せたウィットや魅力は100万ワット級で、 いまの大ヒット作の製作に一役買いました。この先もずっと、俳優やフィルムメーカーに影響を与え続けます。遺族にお悔やみを申し上げます。彼のいる場所には、どうかゴルフ場がありますように」。

 5代目ボンドで、8月25日に90歳の誕生日を迎えたショーンに祝福メッセージを贈っていたピアース・ブロスナンも、インスタグラムにメッセージを投稿。「サー・ショーン・コネリー。あなたは私が少年の頃、そして大人になって自分自身がジェームズ・ボンドになってからも、私の中で最高のジェームズ・ボンドでした」と敬意を表した。

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 妻のミシュリーヌ・ルクブルン(91)はショーンが晩年認知症を患い、自分の思いを伝えることができなかったと「Daily Mail」紙に明かした。「寝ている間に安らかに息を引き取る」というショーンの希望が叶ってよかったとも語っている。今年5月に結婚45周年を迎えた2人。ミシュリーヌは「彼は素敵な人でした。私たちは素晴らしい人生をともにしました」と結婚生活をふり返った。

 ミシュリーヌ夫人が明かす ショーンコネリー無念と苦闘の晩年 

スポニチアネックス 2020年11月2日(月)10時09分配信

 バハマで10月31日に90歳で亡くなった俳優ショーン・コネリー氏が、ここ数年にわたって認知症で苦しんでいたことをミシュリーヌ・ルクブルン夫人(91)が明らかにした。

 英メール・オン・サンデー紙に対してその事実を公表したもので、同夫人は「認知症が重荷になって、ここ数年は彼自身をうまく表現することができませんでした。彼の最後の願いは穏やかに去っていくこと。少なくとも眠っている間に静かに息を引き取ったので、彼が望んでいた通りになりました」とコメント。

 アルツハイマー症を含めてどのタイプの認知症だったかは語っていないが、コネリー氏にとっては無念の晩年だったようだ。

 コネリー氏は1962年にオーストラリア出身の女優ダイアン・シレントさん(2011年に78歳で死去)と結婚して、のちに俳優となるジェイソン・コネリー(57)をもうけたが、1973年に離婚。1975年にモロッコ系フランス人の画家だったミシュリーヌ夫人と再婚し(同夫人は3度目の結婚)、同夫人が2人の前夫との間にもうけていた3人の子どもを自身の養子としていた。

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 同夫人は「まさに模範的な男性。ゴージャスな人でした。素晴らしい人生だったので、彼なしで生きていくのはつらいです」と複雑な胸中を吐露。007シリーズを含めた多くの作品に出演した名優が認知症に苦しんでいたという一報は、英国や米国などの多くのメディアで報じられ、大きな衝撃を与える結果となっている。

 54年前007ロケ地”はファンの“聖地”に鹿児島南さつま市坊津 

南日本新聞 2020年11月2日(月)10時40分配信

 31日に訃報が伝えられた俳優ショーン・コネリーさん(90)は、代表作「007」の撮影で鹿児島を訪れていた。ロケ地になった南さつま市坊津の関係者からもしのぶ声が上がった。

 1967年公開のシリーズ第5作「007は二度死ぬ」の鹿児島ロケは66年夏。コネリーさん、共演の丹波哲郎さん、浜美枝さんらが訪れた。漁村のシーンの舞台となった同市坊津町秋目では、住民もエキストラとして参加。漁を休むなど、地域を挙げて撮影を後押しした。

 同地区には90年、コネリーさん、丹波さんのサインを刻んだ記念碑が建てられ、観光名所に。ロケ地を散策するツアーが開催されるなど、ファンの“聖地”として、地域活性化に一役買っている。

 県漁協組合長の宮内一朗さん(64)は、小学5年の時に撮影に参加。記念碑の建立にも奔走した。宮内さんは「世界の大スターが来るので、集落は大騒ぎになった。とてもかっこよく存在感があった」と振り返る。今も国内外からファンが秋目を訪れるといい「地元の名前を世界に知らしめてくれたコネリーさんに感謝している」と惜しんだ。

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 ショーンコネリー追悼54年前『極真会館』訪問秘話 

スポニチアネックス 2020年11月2日(月)5時30分配信

 初代ジェームズ・ボンド役の英俳優ショーン・コネリーさんが90歳で死去したと全世界に伝わってから一夜明けた1日、「007は二度死ぬ」(67年公開)の撮影で来日したコネリーさんが空手の極真会館(東京・池袋)を訪問した際のエピソードを極真会館最高顧問、郷田勇三氏(80)が本紙に明かした。

 訪問したのは1966年。コネリーさんは、極真会館設立者の大山倍達総裁とガッチリ握手。大山氏と並んで道場生の演武を見学した。「コネリーさんは組手を食い入るように見つめていた」と郷田氏。稽古に参加することはなかったが、服装はポロシャツ、ズボンともに白で統一。「自分も道着を着ているとの気持ちを表したのでは」。フルコンタクトの激しい稽古に「コネリーさんは“これが日本の武道か。(日本人の)強さが分かった”と語った」という。

 その後、コネリーさんと大山氏は個室に移動。しばらく談笑して、大山氏はコネリーさんに極真空手名誉段位の認定証を贈呈したという。郷田氏はコネリーさんの肉体美を鮮明に覚えているという。ボディービルで鍛えた胸筋は、シャツが破れそうな程パンパン。「良い体をしてましたね。手足も長く、空手をやれば相当強くなったと思います」と語った。道場への訪問は、映画に出演した道場生2人が瓦割りや頭突きでの氷割りをするのを見て感激したコネリーさんが「道場を見学したい」と望んで実現した。

 コネリーさんと大山氏は意気投合。大山氏が総裁を務めていた70年代には、コネリーさんを国際極真空手連盟の役員に起用している。76年には、大山氏の著書にコネリーさんが「マス大山の世界は(中略)鉄拳一筋に生きる執念と自信に裏打ちされている」と推薦文を寄せている。

 郷田氏は「紳士で礼儀正しく気さくな人でした」と“世界一有名なスパイ”の死を悼んだ。コネリーさんの強烈な印象だけは色あせていないようだった。

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 岡村隆史「差婚ましがる中年男性りかかる現実 

PRESIDENT Online 2020年10月30日(金)18時16分配信

芸能人は「年の差婚」が多い? 

 ナインティナインの岡村隆史さんが、10月22日深夜のラジオ生放送で、自身が結婚したことを報告しました。50歳で初婚の岡村さんに対して、お相手は30代の一般女性と報道されているので、少なくとも10歳以上の年(とし)の差婚となります。

 半年ほど前、自らの発言が炎上した岡村さんですが、皮肉にもその出来事がきっかけとなり、落ち込む彼を彼女が支えてくれたとのこと。それが今回の結婚に結びついたようです。ネット上でも、祝福の声が相次ぎ、好意的に受け取られました。中には、「あの岡村でさえ50歳で30代との年の差婚ができたんだから、俺にもワンチャンある」と希望を見いだした同年代の未婚男性もいることでしょう。

 さて、現実はどうでしょうか? 

 芸能人の結婚報道において、よくこの「年の差婚」が取り上げられることがあります。

 確かに、過去においても、俳優の西島秀俊さんは43歳で、16歳下の一般女性と、俳優の福山雅治さんは46歳で、女優の吹石一恵さんと13歳の年の差婚をしました。お笑い芸人の千原ジュニアさんも41歳で、18歳年下の方と結婚されています。

 こう書きだすと、芸能人には「年の差婚」が多いイメージを抱きがちですが、それは注目度が高いがゆえの単なる錯覚です。芸能人であったとしても、決して「年の差婚」が多いというわけではありません。

未婚の多さは「若者の結婚離れ」ではない

 日本では「未婚化」が進んでいます。2015年国勢調査時点で、男性の生涯未婚率(50歳時未婚率)は23.4%、女性は14.1%で、2040年には、これが男性3割、女性2割に増えると推計されています。つまり、50歳まで未婚のまま過ごす人がそれだけいるということであり、50歳まで未婚の人はその後も結婚する可能性が極めて低いのです。

 同時に、晩婚化も進んでいます。皆婚時代だった1970年代と比較すれば、40代以上で初婚の男性の数は増えています。しかし、これは中年男性が結婚しやすくなったわけではなく、単純に昔と比べて40代以上の未婚男性の絶対数が増えたからです。

 未婚というとどうしても若者を想起しがちです。「イマドキの若い男は草食化している」などという意見もそれを反映したものでしょう。ところが、それも事実と反します。未婚者は、もはや若者だけではありません。

 男性の20~30代の若者未婚数と40代以上の中年未婚数との比率を比較すると、1955年には、若者未婚が中年未婚の44倍もいましたが、2015年ではそれがわずか1.5倍と、その差はかなり接近しています。そのうち、40歳以上の未婚人口が若者未婚を上回ります。

 日本の未婚化問題とは、もはや未婚おじさん問題となりつつあるのです。

「夫が年上」のパターンは激減している

 そもそも、日本の婚姻において、夫が年上である「夫年上婚」は激減しています。

 厚労省の2019年人口動態調査によれば、この年の婚姻数は59万9007組でした。2018年と比較すると「令和婚効果」のおかげで、若干増えましたが、婚姻数がもっとも多かった1970年代と比べるとその数はほぼ半減しています

 また、初婚数だけを抽出すると、2019年は33万9418組で、これも1970年の初婚数と比べれば、半減どころか57%減少、組数にして約44万組も減っています。この激減の原因の大半が「夫年上婚」の減少なのです。

 1970年から2019年までの婚姻の組み合わせ推移をみれば、それは明らかです。全体の婚姻数が大きく減っているのに対して、実は「夫婦同い年婚」および「妻年上婚」の数は、婚姻数が多かった皆婚時代とほぼ変わりません。大きく減少しているのは夫年上婚だけなのです。

 1970年と2019年を比較すると、日本の婚姻数(再婚含む)は約44万組減少しているのですが、それは前述した通り、「夫年上婚」の減少と完全一致します。つまり、日本の婚姻が減った最大の要因は、年上の男性が結婚できなくなったからだとも言えます。

「お見合い」が盛んな時代は多かったが…

 これは、いわゆる「見合い結婚」の減少とリンクします。戦後からしばらくは、「見合い結婚」が7割以上を占めていました。「見合い結婚」と「恋愛結婚」の比率が逆転したのが1965年ごろです。その後、伝統的な「見合い結婚」は全体の5%台まで落ち込みます。この「見合い結婚」の減少と「夫年上婚」の減少とは強い正の相関にあります。

 言い換えれば、戦後から1980年代まで「夫年上婚」が多かった要因は「お見合い」によるものだったと推測できます。今後、伝統的な見合いによる結婚が増えるとはとても考えられません。よって、今後はより一層「夫年上婚」は減少し続けるでしょう。

 芸能人の特別な事例が印象的であるため、「若い女性との年の差婚をする中年男が増えている」と錯覚するようですが、そんな事実は存在しません。むしろ年を取った男性はどんどん結婚できなくなっていると考えるべきでしょう。

 結婚において「女の上方婚志向、男の下方婚志向」とよく言われます。これは、女性は、自分より収入や年齢や学歴が上の男性と結婚したがり、男性はその逆であるということです。もっと単純化すると、女性は自分より年収が上の男性との「玉の輿婚」を希望し、男性は自分より年齢が下の女性との「トロフィーワイフ」を希望するというものです。身も蓋もない言い方をすれば、結婚とは「男の年収と女の年齢とのトレードオフ」なのです。

10歳以上若い女性と結婚できる割合は0.2%しかない

 しかし、すべての結婚がそうとはなりません。高収入男性と結婚できる未婚女性は決して多くありませんし、実は理論上も不可能です。2017年就業構造基本調査によれば、年収400万円以上の未婚男性は、20~50代まで年齢層を広げても3割もいません。7割は300万円台なのですから、どだい無理なのです。

 同時に、若い女性と結婚できる中年未婚男性もごくわずかです。2019年の人口動態調査で、40~59歳までの未婚男性が初婚で10歳以上年の若い女性と結婚できる割合は、たったの0.2%。1000人に2人しかできません。芸能人になる確率よりは楽かもしれませんが、通常では可能性は低いということになります。

 晩婚化とはいえ、今でも初婚においては、男性は5割以上、女性は6割以上が29歳までの結婚で占められています。その多くは、同い年くらいの相手と、同じくらいの収入の相手と結婚しています。現実の結婚は、年齢も収入も近い「同類婚」が増えているのです。年齢および収入の同類婚が増えるということは、有り体に言えば、貧困同士、裕福同士の同い年カップルばかりになっているということです。「玉の輿」も「トロフィーワイフ」も一部のごく少数の人にしか実現できない「現代のおとぎ話」にすぎないのです。

 おとぎ話の虚構をいつまでも追い求めて、高年収の男を探し回る女性と、「若い女」に執着しすぎる男性だけがいつまでも結婚できないことになります。

「男も女も実は結婚したい」のウソ

 とはいえ、世の中のすべての男女が「結婚したい」と思っているわけではありません。メディアではよく「結婚したい男女は9割」などと報道されますが、あれは事実と反します。

 このデータは、出所が厚労省「出生動向基本調査(対象18~34歳)」によるものですが、選択肢が「いずれ結婚するつもり」か「一生結婚するつもりはない」の二者択一です。どちらかを選べと迫られたら、現段階で「一生結婚するつもりはない」という強い意志をすでに持つ人以外は、「いずれ結婚するつもり」を選ぶしかなくなるのではないでしょうか。

 また、同調査ではこの後に、詳細を聞いています。「いずれ結婚するつもり」を選んだ人に対して、「1年以内に結婚したい」「理想の相手ならしてもよい」「まだ結婚するつもりはない」のいずれかを回答させているのです。これら2つの回答をまとめた未婚男女の結婚意思を数値化すると、「結婚に前向き」なのは男性4割、女性5割程度におさまります。この傾向は同調査でほぼ30年間変化がありません。

 つまり、実質「結婚したい」と思っている未婚男性は、半数にすぎないわけで、「9割が結婚したい」という不正確なデータだけを切り取って、「みんな結婚意欲はあるのにできない男たち」みたいな印象を作り上げようとしているとしか思えません。

「1人は寂しい」と思う独身男性ほど注意

 僕は、かれこれ独身者を延べ10万人以上調査していますが、個々人によって「ソロ生活耐性」というものがあることが分かりました。「誰かと一緒にいないと寂しい」と思う者と「1人でいても寂しくない」と思う者は、未婚男女とも大体半々です。「誰かと一緒にいないと寂しい」という男女ほど結婚意欲は高いようです。

 後者のソロ生活耐性のある人間は、独身だろうが1人で生活していようが、快適以外の何ものでもないのですが、前者の人間は、無理してでも若いうちに結婚しておいたほうがいいと思います。

 よく若い未婚男性が「金がないから結婚できない」と言いますが、それこそ「女は上方婚だ」という呪縛にとらわれている証拠です。百歩譲って、金を稼げるようになってから、40歳を過ぎて結婚しようと思っても、その時には女性から選ばれなくなってしまいます。「金があっても結婚できない」状態になります。「誰かと一緒にいないと寂しい」というソロ生活耐性のない人にとって、これはしんどいのではないですか? 

 繰り返しますが、「年の差婚」は、おとぎ話です。幻想です。

 最後に、故樹木希林さんの名言を置いていきます。

 「結婚なんて若いうちにしなきゃダメなの。物事の分別がついたらできないんだから」

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荒川 和久(あらかわ・かずひさ)
コラムニスト・独身研究家
ソロ社会及びソロ男女を研究するソロもんラボ・リーダー。早稲田大学法学部卒業。博報堂入社後、自動車・飲料・ビール・食品・化粧品・映画・流通・通販・住宅等幅広い業種の企業プロモーション業務を担当。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。著書に『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会―「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち―増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』(ディスカヴァー携書)など。
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2020年10月14日 (水)

【異臭騒ぎ】東京湾岸から三浦半島にかけ「ガスのような臭気」

 ガス漏れ?」「スカンク?」謎の異臭飛び交う憶測 SNS拡散 

神奈川新聞 2020年10月13日(火)21時44分配信

 神奈川県の三浦半島で6月以降、連続して発生し、最近は横浜でも相次ぐ異臭騒ぎ。県などは関係機関での情報共有や調査態勢を整えているが、原因不明のままだ。加藤勝信官房長官が会見でたびたび言及し、環境省も調査に乗り出すまで波紋は広がり、原因はさまざまな臆測が飛び交う。ただ、SNS(会員制交流サイト)の普及とそれを受けた報道の過熱などが、騒ぎを大きくしている側面を指摘する声もある。

不安の声

 「ガス漏れや化学工場との関連は」「スカンクではないのか」「ペットの火葬では」…。毎月起こる「騒ぎ」を受け、神奈川新聞社には事態を不安視する声が多数寄せられている。住民の間でも話題に上り、異臭が発生するたびにガス漏れを疑って確認している施設もあるという。

 騒ぎの始まりは6月4日夜、三浦半島の東京湾側の広い範囲で500件以上通報が相次いだ。「ゴムが焼けたようなにおい」「化学薬品」「シンナー」など内容はさまざま。その後は7月17日、8月21日、9月19日、今月1日と続いた。

 県や横須賀市などの関係機関は連携し、異臭を含む空気を採取できるよう同市消防局が、空気入れ付きのビニール袋や硫化水素の検知機器を備えている。市は「異臭を感じたら迷わず119番を」と呼び掛け、小泉進次郎環境相も「住民にとって間違いなく関心事、不安だと思う」と独自調査の着手を決めた。

横浜でも

 異臭は三浦半島にとどまらず、横浜市内でも今月1、3日に続いて12日にはJR横浜駅などでも騒ぎが起こった。

 原因について謎が深まる中、災害予測を研究する立命館大・高橋学特任教授は「関東大震災の発生前に城ケ島や浦賀で異臭があったと記録が残っている」と指摘する。今年5月下旬に千葉県などで7回地震があったことや、過去に岩石の破壊実験で焦げた臭いが出たことも踏まえ、警戒感を示す。

 また、東京湾を航行する原油などを運ぶタンカーが、タンク内の検査で人が立ち入るため、ガス抜き作業を行っているからではないかとの推測もある。

 ただ、海洋問題を研究する東海大の山田吉彦教授は「東京湾で大型船のガス抜きを行うことは現状では考えづらい」と否定的だ。かつては東京湾でも行われたものの、公害が社会問題化して以降はみられないという。横須賀海上保安部も一連の騒ぎでいずれも該当する船舶がないことを確認している。

 さらに、海の富栄養化によって異常発生したプランクトンの死骸が分解される過程で硫化水素を発する「青潮」が原因ではないかという説も出ている。

以前から

 一方で「異臭は今に始まったことではない。これまでも異臭の通報は毎月のようにあった。なぜ、これほど騒ぐのか」と首をかしげる消防関係者もいる。

 通報が500件に上った6月の騒ぎで人々が臭いに敏感になり、SNSの普及やメディアの報道なども相まって、その後の毎月の騒ぎを引き起こした―という見立てだ。今月12日の横浜での騒ぎでは「これが噂の異臭なのかな」というつぶやきもあった。

 メディアは近年、ツイッターなどのつぶやきなどから、事件事故の発生をいち早く情報収集して取材に着手する手法を強化している。消防関係者は「報道機関がそのような方法を導入した影響があるのでは」と推察。過去には広く知られることのなかった小規模な異臭が、問題化していることに違和感を覚えるという。

 ソーシャルメディア評論家の落合正和さんは「SNSは災害に関してはデマが拡散されやすい。(人々は)恐怖心を持っているので、小さなことでも拡散されてしまう」と指摘し、異臭騒ぎについても少なからずこの傾向が当てはまるとの見方を示す。

 メディアがSNS上の情報をきっかけに取材することが多い現状を受け、「デマに惑わされないでということも呼び掛けてほしい」と注文した。

横浜駅周辺の“ガス臭”を市が調査発生源不明、化学物質を高濃度検出

読売新聞オンライン 2020年10月13日(火)22時53分配信

 横浜駅周辺などで12日夕、「ガス臭い」と異臭を訴える通報が消防などに相次ぎ、横浜市は13日、市内で採取した空気を分析した結果、複数の化学物質が通常の2~13倍の濃度で含まれていたと発表した。異臭の発生源は不明だが、ただちに健康に影響を及ぼすことはないという。

 12日夕に採取した4リットル分の空気を市環境科学研究所で分析した。過去に測定した大気成分と比較したところ、ガソリンの蒸発ガスなどに含まれる「ペンタン」が13倍、化学製品が燃えた際に出る「エチレン」が2・5倍など、高濃度で検出された。

 神奈川県東部沿岸地域では6月以降、異臭騒ぎが続いており、小泉環境相は13日の閣議後記者会見で、原因調査に大気汚染物質を常時監視するシステムを活用する方針を発表した。

 異臭」は三浦半島を北上!ついに菅総理自宅到達 

FLASH 2020年10月12日(月)19時00分配信

「突然、窓の外から強烈な化学物質の臭いがしたんです。しかも、それが何度も起きています。この異常事態に対する、県やマスコミの扱いが小さすぎます。記者さん、どうか原因を解明してください」

 そう本誌記者に訴えかけるのは、神奈川県横須賀市に住む60代の男性だ。

 2020年の5月下旬以降、神奈川県の三浦半島で「ゴムが焼けたような臭いがする」「シンナー臭い」という住民の通報が、何度も寄せられている。10月4日付の『神奈川新聞』は6月以降、5回の “異臭騒ぎ” があったと報じているが、原因はいまだに特定されていない。

 いったい、当地で何が起きているのか。本誌は現地での聞き取りを中心に、徹底調査をおこなった。三浦半島の南端、三浦市で取材を始めると、ここでは6月4日に “異臭” が発生していたことがわかった。

「すごい臭いなので、換気をするために家の窓を全部開けました。吸い込んで、毒だったら大変ですからね」(三浦市南下浦町・70代男性)
「誰かが外でシンナーをまいているのかと思いましたよ。外に出てみると、パトカーや消防車も来て、騒然としていました。以前、クジラの死骸が浜に上がったことがありましたが、その臭いとも違っていましたね」(三浦市南下浦町・40代女性)

 さらに、東京湾沿いを北上し、三浦半島の中部に位置する横須賀市で取材を重ねると、同様の騒動は8月と9月にも相次いで発生していることが判明した。

「汚水のような、腐った卵のような臭いがしました。ガス漏れじゃないかと疑い、機器を確認したほど。同じ異臭は、この夏に何度もありましたよ」(横須賀市浦賀・60代男性)

「私は、6月・8月・10月に異臭に気がつきました。どれも『ゴムが焦げるような臭い』という点は共通しています。5分ほどで消えるのも、同じでした。通報されていないものも含めれば、異臭がする回数は報道よりずっと多いですよ」(横須賀市追浜・50代男性)

 5~20分程度で臭いが消えたというケースが大半だったものの、「部屋を換気しないと2時間以上臭いがとれない」「気分が悪くなり、吐きそうになった」など、その被害は深刻なものだった。

 10月には、横浜市の中心部でも異臭騒ぎが起きている。

「いままで嗅いだことのない刺激臭でした。『6月に三浦市で始まった騒ぎが、ついに横浜まで来たのか』と、このあたりの住民は、みんな戦々恐々です」(横浜市中区・30代男性)

 この「謎の悪臭」は、たしかに北上している。6月に住民が異臭を訴えたのは、三浦半島の南端付近でのみ。その後、横須賀市を経て、横浜市に到達したのだ。横浜市といえば、菅義偉総理(71)の自宅がある街だ。横浜駅すぐ近くにある、総理の自宅タワーマンションの隣の商業施設に勤める男性に、話を聞いた。

「この場所にいて、臭いを感じたことはありません。ただ、異臭に関する通報が殺到した中区は、すぐそこです」

 事実、本誌の取材で異臭が確認された場所のなかで、最北端にあたる「横浜市立みなと赤十字病院(横浜市中区)」は、菅総理の自宅からわずか5kmしか離れていない。赤十字病院の設備管理を担当する会社に勤務する、50代の男性社員はこう語る。

「ゴムを焼いたような臭いが空調を通じ、病院内に充満してしまいました。原因は、不明のままです」

 そして10月12日、横浜駅で「ガスのような臭いがする」という通報が殺到。ついに菅総理の自宅が悪臭に包まれたのだ。

 異臭の原因について、住民の間ではいくつもの臆測が飛び交っている。「下水道のトラブル?」「米軍がジェット燃料を不法投棄したのでは?」といったものから、「大地震の前兆かもしれないから、防災グッズを買った」という人まで、さまざまだ。

“地震の前兆” 説を唱えているのは、災害史を専門とする立命館大学環太平洋文明研究センター特任教授の高橋学氏(66)だ。

「三浦半島は、千葉の房総半島同様、活断層がむき出しになっている地域です。そこで岩石に圧力がかかると、火山灰の地層がないぶん、岩石が割れる前の臭いが、地上まで出やすい。それが、“焦げくさい臭い” なのです。『関東大震災が起きる直前にも、三浦半島でへんな臭いがした』という記録が残っています。

 しかも今回、異臭騒ぎの間隔が次第に短くなってきている。いずれ首都圏で海溝型大地震が発生すると考え、警戒すべきです」

 一方、この見解について、「三浦半島の異臭は大地震の発生とは、おそらく関係ない」と否定的な立場を取るのは、東京大学地震研究所だ。

「地震は地下数km~数十kmの深部で発生しますが、その深さで発生したガスが、岩石の隙間を伝わって地表まで到達するためには、膨大な量のガスの発生が必要です。その際には、群発地震や地殻変動のような異常が広範囲に観測され、また異臭もより広範囲に広がるはずです」

 しかし、そうした事象は報告されていない。したがって現段階では、「異臭を発生させる、直接的な原因を調べるのが先決」と釘を刺す。

 では、ほかに考えられる原因はないのか。神奈川県環境科学センターに取材すると、現段階では異臭の原因は「まったく不明」と断わりながらも、考え得る可能性のひとつを挙げてくれた。

「船舶がおこなう『ガスフリー』という作業があります。船に積んでいる石油などのタンクから、溜まったガスを抜くことです。東京湾を航行する船舶は日に300隻ほどもあり、その作業が異臭につながる可能性もあります」

 こうしたさまざまな見解に基づき、実際に原因究明の試みも進められている。それを担っているのは、今回の異臭騒ぎに関して神奈川県の窓口になっている、「環境農政局環境部大気水質課」だ。

「報告があった異臭には、ゴムの臭い・ガスの臭い・ニンニク臭・硫黄の臭いと4種類あり、発生源はひとつだけではないと考えています。原因特定には、臭いの元となる物質を採取する必要がありますが、まだできていません。

 現在は消防署に依頼し、異臭が発生した際、24時間対応で採取に急行してもらえるよう態勢を整えています」

 本誌が今回、住民の証言から明らかにした「 “異臭” の北上」が、原因究明の一助となれば幸いだ。

 “異臭騒ぎ”は「スーパー南海地震前兆か?過去の地震でも“前例” 

AERAdot. 2020年10月14日(水)8時00分配信

 神奈川県内で原因不明の異臭騒ぎが続いている。今年6月頃から始まり、小泉進次郎環境相の地元・横須賀市や、ついには菅義偉首相のおひざ元の横浜市でも発生した。首相の自宅タワーマンションから約1キロ離れた場所からも“異臭通報”があったのだ。10月12日には、首相の自宅タワーマンションのほど近い場所からも"異臭通報"があった。

 横浜市消防局によると、同日に市内の中区、神奈川区、西区などから16件の通報が相次いだ。JR横浜駅付近からの通報もあり、駅構内では一部改札口で20分ほどの入場規制がなされる事態となった。こうした異臭騒ぎの中で、消防局員が臭気サンプルを1件採取できたといい、解析を進めている。

 横浜市環境創造局大気・音環境課によると、異臭通報が10月1日に10件、3日に25件、5日に3件、6日に1件あったという。

「ゴムの焼けたような臭いというのが一番多いですね。シンナーみたいな臭い、ガスのような臭いという通報もあります」

 横浜市の本牧でも同1日と3日、異臭騒ぎがあった。地元で50年以上商売をしている「長田商店」の長田幸一さん(73)が話す。「ちょっと焦げ臭かったので家の周りを点検しましたが、何事もありませんでした」

 異臭のしたエリアは本牧通り沿いで、元は米軍の兵士たちの宿舎があった。輸出入衣料雑貨「本牧OZ」の店主の野田栄さん(66)は言う。

「午後5~6時頃に両日とも臭いがしました。化学薬品を混ぜたような嫌な臭いでしたね。これまでかいだことのない臭いで、気持ちが悪くなって、早めに店のシャッターを下ろしました。この辺は海から歩いて10分くらいなので、海から東風に乗って臭いがやってきたのかもしれない」

 青潮の影響だとする説や、海上にいるタンカーのガス説……など情報が飛び交う。釣り舟の船長は海の様子をこう語る。

「今年は赤潮を3回ほど見ましたが、10月には赤潮も青潮も見かけなくなりました。どちらの臭いも、ガス臭いとかコゲ臭くはないですよ」

 そんな中、立命館大学環太平洋文明研究センターの高橋学特任教授は、異臭騒ぎは巨大地震の予兆だ、と警鐘を鳴らす。

「活断層が割れたり、プレートがこすれて剥がれたりすると異臭がする。三浦半島と房総半島南部は活断層が地表に露出していて、活断層の岩が割れれば異臭がするはず」

 過去にも地震発生前、異臭騒ぎが起きたという。「1923年の関東大震災の後、内務省がまとめた文書の中に、三浦半島の城ケ島と浦賀で異臭騒ぎがあったということが記録されている。95年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災の前も異臭があった」

 高橋教授は、今後も異臭が続くと予想する。三浦半島と房総半島の間の東京湾の海底にある相模トラフ。これが北米プレートとフィリピン海プレートに接し、ひずみが蓄積されているというのだ。

「そのプレートがこすれ合い、やがては『海溝型地震』につながる。関東大震災もまさしく、相模トラフから発生した海溝型地震」と高橋教授。相模トラフの異変で首都圏直下型地震が起き、「首都圏だけでなく西日本や台湾、フィリピンまで一蓮托生(いちれんたくしょう)の『スーパー南海地震』が起きる。そうなれば東京五輪どころではない」。スーパー南海地震は、津波だけで47万~50万人が死亡するとされる。異臭騒ぎをきっかけに、震災への備えを改めて確認しておきたい。

 文献が示す異臭地震の関係 関東大震災阪神淡路大震災の前後にも“ガス臭の記録” 

夕刊フジ 2020年10月14日(水)16時56分配信

 今年6月以降、神奈川県内で続いている異臭騒ぎで、12日にもJR横浜駅やみなとみらい地区など横浜市内で「ガスのような臭いがする」との通報が相次いだ。原因は不明だが、過去の文献には大震災の際、ガスの発生を想起させる記述がある。関連性はあるのか。

 JR東日本横浜支社によると、横浜駅の利用客から「異臭がする」との申告を受け、社員が消防や警察に通報。一時は入場規制を行った。

 神奈川の異臭騒ぎは南東部の三浦半島でも続いている。6月4日夜、三浦市南下浦町金田地区から横須賀市追浜地区にかけ、「ゴムの焼けたようなにおいがする」などとする通報が約2時間弱で約200件にのぼった。

 同市消防局によると、その後も「7~9月にかけて『ガスのような臭いがする』といった通報が月に1度のペースである」という。

 三浦半島は1923年9月1日の関東大震災の震源に近いが、当時、周辺でガスが噴出したという記録が残っている。

 26年に内務省社会局が編纂(へんさん)した『大正震災志』所収の「大正十二年九月一日大震後相模灘水深変化調査図」には、三浦半島の「浦賀」付近、現在の横須賀市観音崎や鴨居地区周辺の沖合に《瓦斯(ガス)噴出》、南端の「三崎」付近、現在の城ヶ島東部の沖合にも《一時瓦斯噴出ス》と記述がある。今回、異臭で通報があった地域と重なっている。

 ガスの噴出が震災の前か後かについての明示はないが、立命館大学環太平洋文明研究センター特任教授の高橋学氏は、「海溝型地震の前後でこうした現象が起きるといえるのではないか」との見解を示す。

 1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災の直前に異臭があったとする文献もある。

 大阪市立大名誉教授で地質学者の弘原海(わだつみ)清氏が住民の証言を集めた『阪神淡路大震災1995年1月17日午前5時46分 前兆証言1519!』(東京出版)では、宝塚市のエンジニアによる《前夜7~8時、汚物と漬物が腐ったようなガスの臭いがした》との証言が紹介されている。《居間(12畳洋間)の床下から臭ってきたとしか思われません》などとしている。

 弘原海氏の別の著書『大地震の前兆現象 空が、大地が、動物が異常を発信する』(河出書房新社)では、国立大学が共同で実施した神戸市灘区での測定で、《1994年10月末から、それまで計測されたことのない高濃度のラドン値が測定された。ラドン濃度は年が明けて1995年の1月に入っても増加しつづけ、1月8日には平常値の10倍以上という最高値に達した》という。

 前出の高橋氏は「今回の異臭の原因は不明だが、ラドンであれ、圧迫されて出た天然ガスであれ、岩石がこすり合って出る焦げたような異臭であれ、地殻変動に関わる可能性がある。異臭自体に焦点を当てるより、5月に起きた東京湾の群発地震など海溝型地震の前の兆候とみられる一連の現象の一部と見た方がよい」と強調した。

 異臭の原因についてはタンカーが油を荷揚げした後、タンク内の可燃性ガスを排出する「ガス・フリー」と呼ばれる作業が影響しているとの見方もある。

 大地震の予兆だと断定はできないが、気になる符合ではある。

 極東カムチャッカ化学物質で海洋汚染 

時事通信 2020年10月5日(月)19時28分配信

 ロシア極東カムチャツカ地方の海岸に多数の海洋生物の死骸が打ち上げられ、化学物質による海洋汚染の疑いが出ている。

 連邦捜査委員会は5日、捜査開始を発表した。

 地元環境当局によると、海水中の石油物質の含有量は基準値の3.6倍、化学物質のフェノールは2.5倍に達した。近海での石油タンカーの事故などは伝えられておらず、汚染の原因は明らかになっていない。軍艦船や軍事施設からの物質流出も疑われたが、国防省は否定した。

 インターネット交流サイト(SNS)には海岸に打ち上げられたタコの死骸などの写真が投稿されている。汚染をめぐってはカムチャツカ地方の知事が9月29日にSNSで「水が変色し、健康被害を及ぼす危険性が出ている」と訴えていた。環境保護団体グリーンピース・ロシア支部は住民らの話として、汚染は数週間前から始まっていたと指摘した。 

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 カムチャッカ沖で海洋生物大量死、軍施設のロケット燃料流出 

AFPBB News 2020年10月7日(水)10時15分配信

 ロシアのカムチャツカ(Kamchatka)地方で、大量の海洋生物の死骸が打ち上げられた。原因は海洋汚染で、5日には同地方にある軍の試験場に貯蔵されていたロケット燃料が流出したのではないかとの懸念が持ち上がった。

 この海洋汚染は先月、地元のサーファーらが目の痛みを訴え、海水の色が変わり、異臭を放っていたと報告したことで発覚。当局が後に確認したところによると、サーファーらの角膜がただれたという。

 地元住民らも観光客に人気のある黒砂のビーチで、アザラシやタコ、ウニなどの海洋生物の死骸が大量に打ち上げられているのを目撃した。

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 カムチャツカ地方のウラジミール・ソロドフ(Vladimir Solodov)知事は5日、カムチャツカ半島沖の海域が有毒な化学物質で汚染されている可能性があると公表。国際環境NGOグリーンピース(Greenpeace)は、海洋生物にとっての「生態学的災害」だと警告した。

 当局は汚染発覚後直ちに検査を実施。基準値を超えるフェノールと石油製品が検出されたという。

 ソロドフ知事によると、検出されたフェノールと石油製品と「何らかの有害物質の流出」が関連しているかどうかについて、専門家が調査をしている。また、海洋生物の死と汚染が広範囲に拡大していることがダイバーによって確認されたという。

 当局は今回の汚染の原因解明を急いでいる。ロシアでは今年6月にもシベリア(Siberia)地方で大量の軽油が地上と川に流出する事故があり、事故報告の遅れをウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領が厳しく叱責していた。

 ドミトリー・コブイルキン(Dmitry Kobylkin)天然資源環境相は、テレビで放映されたインタビューで、プーチン氏から原因究明を命じられたとコメントした。

カムチャッカ海洋生物大量死原因有毒な発生

AFPBB News 2020年10月14日(水)12時22分配信

 ロシアのカムチャツカ(Kamchatka)地方で先月発覚した海洋生物大量死の原因についてロシア科学アカデミー(Russian Academy of Sciences)の副会長は12日、人為的な環境汚染ではなく、藻が作る毒素だとこれまでの調査で分かったと明らかにした。また、国際環境NGOグリーンピース(Greenpeace)は13日、周辺海域の海底の様子を撮影した映像を公開した。

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 先月、地元のサーファーらが目の痛みを訴え、海水の色が変わり、異臭を放っていたと報告。アザラシやタコ、ウニなどの海洋生物の死骸が大量に打ち上げられているのも見つかった。

 科学者らは、最悪の場合で、この海域の海底に生息する生物の95%が死んだと主張していた。環境保護活動家らは、汚染の原因は旧ソ連時代の有害物質貯蔵地からの流出の可能性があると懸念を示していた。

 しかし、ロシア科学アカデミーのアンドレイ・アドリアノフ(Andrei Adrianov)副会長は12日、記者会見を開き、「大規模な現象が起きているのは確かだが、カムチャツカでは珍しくない有害な藻の発生だ」と語った。

 海水のサンプルから、「無脊椎動物に影響する毒素」を作る「(微小藻類の)ギムノディニウム(Gymnodinium)だけ濃度が高いことが分かった」という。アドリアノフ氏は、この毒素がダイバーやサーファーの症状を引き起こした可能性もあると指摘した。

 カムチャツカ地方では先週、汚染によって40キロにわたる油膜が形成され、日本やクリール諸島(Kuril Islands、北方領土を含む千島列島)に向かって南に移動していることが明らかにされていた。

 グリーンピースロシア支部の活動家らは、状況は改善しておらず、依然として海洋生物の死骸が海岸に打ち上げられていると懸念を表明したが、アドリアノフ氏は、自然は極めて速く自己再生していると述べた。

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2020年9月25日 (金)

【暴走戦士】“ロード・ウォリアーズ”アニマルさん(享年60歳)逝去。

 暴走戦士ロードウォリアーズアニマル氏(享年60歳死去 

デイリー 2020年9月23日(水)21時57分配信

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 米国の元プロレスラーで日本でも活躍した「ザ・ロード・ウォリアーズ」のアニマル・ウォリアー氏が、死去したことが23日、分かった。60歳だった。

 本人のツイッターアカウントで関係者によって発表され、イギリスの現地メディアなども報道。ハルク・ホーガンなどが追悼した。本人のツイッターでは今後、家族が声明を発表予定としている。

 “暴走戦士”と呼ばれたウォリアーズは80年代、90年代に日本で活躍。アニマル氏は03年に45歳の若さで他界した相棒ホーク氏とのコンビで、顔面に独特のペイントをほどこし、バイオレンス・ファイトで旋風を巻き起こした。

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 アニマル氏が肩車をしてポスト最上段からホーク氏がラリアートで圧殺する合体技でファンを魅了。人気沸騰となり、ジャンボ鶴田や天龍源一郎らと激闘を繰り広げた。新日本プロレスではホーク氏、アニマル氏、パワー・ウォリアー(佐々木健介)の3人でトリプルウォリアーズも結成し、注目された。

 暴走戦士 アニマルウォリアーさん、60歳死去 

東スポWeb 2020年9月23日(水)23時37分配信

「ロード・ウォリアーズ」のユニットで日本プロレス界でも活躍した〝暴走戦士〟アニマル・ウォリアーさんが死去したことが23日に分かった。60歳だった。

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 アニマルさんの死去は公式ツイッターが発表し、死因は明らかにされてない。パートナーのホーク・ウォリアーさんとともに「ロード・ウォリアーズ」のタッグチームで85年に全日本プロレスで初来日。ジャンボ鶴田、天龍源一郎らと激しいファイトを展開した。

 1990年からは新日本プロレスにも参戦し、パワー・ウォリアー(佐々木健介)と「トリプル・ウォリアーズ」を結成し話題を呼んだ。03年10月にホークさんが46歳の若さで心臓発作で死去。11年には初代マネージャーのポール・エラリングとともにロード・ウォリアーズでWWE殿堂入りを果たしている。

 顔にペイントを施した荒々しいファイトで人気を博した2人の代名詞はオリジナル合体技「ダブルインパクト(ドゥームズデイ・デバイス)」。アニマルさんがコーナーの方を向きながら相手を肩車し、コーナー最上段からホークさんがジャンピングラリアートを叩きつける同技は、多くのタッグチームが使用しタッグマッチの定番技となった。

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 アニマルさんと数々の激闘を繰り広げてきた武藤敬司(57)は訃報を受けてツイッターを更新。「プロレス界で一世を風靡した、ロード・ウォリアーズのアニマル・ウォリアーが亡くなった。何度も戦った経験があるが、実はプライベートでも交流があったんだ。天国に先に旅立ったホーク・ウォリアーが、きっと待ってるぜ!御冥福をお祈り致します」と故人をしのんだ。

 アニマルウォリアーさん追悼~「アイアンマンが流れた日 

GONG KAKUTOGI 2020年9月24日(木)15時02分配信

 米国の元プロレスラーで日本でも人気の高かったザ・ロード・ウォリアーズのアニマル・ウォリアー氏が2020年9月23日(水)に死去したことが関係者によって明らかにされた。60歳だった。

 アニマルといえば、1999年10月28日に東京・国立代々木競技場第2体育館で開催されたリングス主催『WORLD MEGA-BATTLE TOURNAMENT~King of Kings』に参戦した、ブラッド・コーラーのセコンドとしても来日している。

 コーラーはグレコローマンレスリング出身のMMAファイターでUFC、IFC、フックン・シュート、エクストリーム・ファイトなどに出場。リングスがKOKルールで初開催したトーナメントに初来日したのだが、「3年くらい前からの友人なんだ」とアニマルを帯同していた。

 コーラーがジムでトレーニングを積んでいる時にアニマルから「プロレスをやってみないか」と声を懸けられ、アニマルと共に毎週金・土・日にアメリカ中をロードしてプロレスの試合をしていたという。

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「アニマルとは一緒にアメリカでプロレスに出て、道場も一緒にやっているんだ。俺が強くなれたのもアニマルが手伝ってくれたおかげさ。一緒にトレーニングをするようになって、アニマルも物凄くハードなトレーニングをしていたし、彼のパートナーや俺のパートナーはジムに来ない日もあったが、俺たちは1日も休まず一緒に練習したのさ」とコーラー。

 アニマルは「日本のファンは俺のことを知っていて敬意を払ってくれるから、俺が一緒に会場へ行くことで彼も素晴らしいレスラーでありファイターであるということを分かってくれるだろうと思ってね。俺が保証する。ミスター・コーラーはナンバーワン・ファイターさ」と、共に来日した理由を語っていた。

 試合当日、リングスの会場に『アイアンマン』が鳴り響くと、当時はアイアンマン=ロード・ウォリアーズというくらい浸透していたため、場内からは“おっ”という声が起きた。そして次の瞬間、カーテンの奥からアニマルが登場し、花道を駆け抜けてリングに上がると大歓声が沸き起こった。アニマルの来日は事前にファンには知らされておらず“まさか”の登場だったのだ。

 アニマルをセコンドに付け、ファンも味方につけたコーラーはトーナメント1回戦で山本宜久を撃破。2回戦ではイリューヒン・ミーシャに敗れたが、アニマルと共にこの第1回KOKトーナメントで大きなインパクトを残し、大会を盛り上げた立役者だった。

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 ちなみに、「あなたもリングスで試合をする気はないのか?」と記者に質問されたアニマルは、おそらくリップサービス含みではあっただろうが「興味はあるね」と笑顔で答えた。

 また、アニマルは、2015年6月19日に米国ミズーリ州セントルイスで開催された『Bellator 138: Unfinished Business』にも登場している。

 メインイベントのヘビー級戦で、キンボ・スライスとケン・シャムロックが対戦。その際に、シャムロック陣営を先導する形で、花道にアニマルがリージョン・オブ・ドゥームのテーマ曲に乗って登場。ともに元WWEのレスラーとして、シャムロックを呼び込んでいる。

 試合は、先にテイクダウンを奪ったシャムロックがリアネイキドチョークを狙うも、凌いだキンボがパンチラッシュで1R、逆転のKO勝ちとなった。

 当時、Bellator史上最高の視聴率を記録した同大会は、イベント全体の平均視聴者数は160万人で、キンボとシャムロックの試合中のピークは240万人、DVRのピークは290万人にも達していた。

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 アニマルさん追悼ロードウォリアーズ結成秘話 

NumberWeb 2020年9月26日(土)20時01分配信/堀江ガンツ(プロレス評論家)

 一世を風靡したタッグチーム「ザ・ロード・ウォリアーズ」の1人、アニマル・ウォリアーが死去したことがわかった。これはアニマル・ウォリアー公式ツイッターが9月22日に明らかにしたもので、死因は公表されていない。

 アニマルは、2003年に46歳の若さで亡くなった相棒のホーク・ウォリアーとともに、1980年代から90年代にかけて日米で大活躍。“タッグ屋”としてはプロレス史上、最も成功したコンビであり、その意味で、史上最高のタッグチームと呼んでいいだろう。

 筋骨隆々の肉体に、独特の顔面ペインティング。ブラックサバスの『アイアンマン』のテーマ曲に乗って疾風のごとくリングに登場すると、ゴングと同時に対戦相手を支配し、最後は必殺の合体技ダブルインパクトであっという間に秒殺する。

 その圧倒的な強さとキャラクターは、アメリカンプロレスの流れを変え、80年代後半の新たなカルチャーとなった。

 ボクは3年前、アニマルが来日した際にロングインタビューをしている。その時の言葉とともに、ロード・ウォリアーズの歩みをあらためて振り返ってみたい。

「いま思い返すと、俺たちは予言書にもともと書いてあったストーリーをなぞって生きていたんじゃないかと思うよ。それぐらい運命的だった」

 アニマルはロード・ウォリアーズの物語をそう語る。

夢のフットボーラーか、金のレスラーか

 アニマルとホークのふたりは、もともとミネソタ州ミネアポリスのバー「グランマ・ビーズ」で用心棒をやりながら、ウェートトレーニングに明け暮れていた、トレーニング仲間。アニマルはプロレスラーではなく、プロフットボーラーを目指していたが、「グランマ・ビーズ」のバーテンだった元プロレスラーのエディ・シャーキーにスカウトされ、ホークとともにプロレスのトレーニングを受けることとなる。

「当時、俺は19歳だったんだけど、すでに息子がいたんだ。だからカネを稼ぐ必要があった。そこでアメリカンフットボールという夢を選ぶか、プロレスでカネを稼ぐかを考えた時、チャンスがあるのはプロレスの方だと思ったんだよ。エディからも『おまえらなら、絶対にプロレスで稼げる』と言われたからね。それで決心がついた。だから俺はプロレスラーに選ばれたんだと思っているよ」

ヒントは映画マッドマックスから?

 アニマルとホークはそれぞれ別のテリトリーでプロレスラーとしてデビュー。その後、NWAジョージア地区で再会をはたす。ふたりにタッグを組ませたのは、現地のレスラー兼ブッカー(マッチメイカー)を務めていたオレイ・アンダーソンだった。

「俺たちふたりを結びつけてくれたオレイ・アンダーソンが、『ザ・ロード・ウォリアー』(邦題『マッドマックス2』)という映画からインスピレーションを受けて『今日から、おまえたち2人でロード・ウォリアーズだ。おまえがホークで、おまえはアニマルだ』って名前をつけてくれたんだ。彼は本当に頭がキレる男で、彼のようなプロレスを知り尽くした男がサポートしてくれたことも、俺たちにとっては幸運だった」

『マッドマックス』をイメージしたバイカー系コスチュームやトレードマークとなったヘアスタイル、アニマルのモヒカン刈りとホークの逆モヒカンなどは、ふたりで考えた。

観客が本気になれるリアリティ

「結成当初はビーチボーイみたいなロン毛にしてたんだけど、ある時ホークが『アニマルが1本モヒカンにして、俺は2本モヒカンでどうだ? 』って言ってきたんだ。『俺とお前の頭を突き合わせたら、ちょうどパズルのようにピタリとハマる。コンビとしては最高だろ』ってね。イカれたアイデアだったが、やってみたらこれが悪くないんだ。あんな奇抜なヘアスタイルをしているレスラーは、当時他には誰もいなかったからね。そして髪を刈って、フェイスペインティングすると、不思議と身も心も“ロード・ウォリアーズ”になれた気がしたんだよ。

 ロード・ウォリアーズというのは、素の俺たちそのままではないが、すべて俺たちの内面から出てきたものなんだ。インタビューでも、自分たちが経験してきたことを、ウォリアーズに置き換えて喋っていた。だから観客も本気で反応してくれたんだよ。今のプロレスのように、どこかの作家が考えたセリフをそのまましゃべっていたら、そうはいかない。プロレスには観客が本気になってくれるリアリティが絶対に必要なんだよ」

ポールは最高の男だ

 こうして飛び抜けたビジュアルインパクトを手に入れ、筋骨隆々の肉体、そして並外れた運動神経も持ち合わせていたふたりだったが、プロレスに関しては、ほぼ素人同然だった。そんなアニマルとホークを、ロード・ウォリアーズという最強のタッグチームに仕上げてくれたのが、マネージャーのポール・エラリングだった。

「ポールは最高の男だ。俺たちが若い頃、彼からたくさんのことを教わった。プロレスの基礎を教えてくれたのはエディ・シャーキーだったが、具体的なタッグの闘い方を教えてくれたのは、すべてポール・エラリングだ。彼は紙に四角いリングを書いて、『ここにホークがいて、相手をロープに投げたら、アニマルはこう動け』など、すべてわかりやすく図で説明してくれた。そして試合のフォーメーションも、1個覚えたら、『じゃあ、次は2個加えてみよう。それができたら3つだ』という感じで、少しずつバリエーションを増やしていってくれた。そうやって、素人だった俺たちに、プロレスの“いろは”を教えてくれたんだよ。ポールは俺たちをうまくコントロールし、引っ張っていってくれた。“ポール・エラリング率いる”ロード・ウォリアーズだったんだ」

スターになれるなんて思ってはいなかった

 試合はすべて秒殺勝利か反則暴走。キャリアの浅いアニマルとホークに“ボロ”を出させないために、ポール・エラリングが考えた奇策だったが、これが大当たりする。ロード・ウォリアーズは瞬く間に全米のトップスターとなっていったのだ。

「レスラーになったばかりの頃は、自分たちが本当にスターになれるなんて思ってはいなかった。『なんとか家族が生活できるだけのカネが稼げるようになればいいな』と思っていたぐらいでね。ところが、いざスタートしてみたら、あれよあれよと言う間にトップになることができて、何か信じられなかったね。

 俺たちがトップに上がっていく頃、ちょうどアメリカではレスリングビジネスの転換期だったんだ。全米にケーブルテレビが浸透し始めて、それまでの常識は通用しなくなっていった。またファン層も入れ替わる時期で、その若いファンたちが、俺たちのようなレスラーを求めた結果だったんだよ。新しいポップカルチャーが生まれる時というのは、そういうものだろう」

来日初戦で実現したアニマル対決

 ロード・ウォリアーズは1985年3月、全日本プロレスに初来日。それ以前から、テレビ東京系『世界のプロレス』でアメリカでの試合が放送され、『フレッシュジャンプ』に連載されていた漫画『プロレス・スターウォーズ』でも主役扱いで登場していたので、すでに人気は沸騰しており、初来日時は社会現象と呼べるフィーバーぶりとなった。

 アニマルはその来日第1戦のことをよく憶えていた。

「来日第1戦の相手はキラー・カーンとアニマル浜口。アニマルvs.アニマルだったんだ(笑)。だから試合前は、『俺が本物のアニマルだ。ヤツはニセモノだ!  俺がオンリーワンのアニマルだってことをわからせてやる! 』なんて吠えたんだけど、実際のハマグチサンは素晴らしいレスラーで、素晴らしい人物だった。彼らのようなプロフェッショナルが来日第1戦の相手だったことに感謝しているよ。

 ツアー最終日、スモーアリーナ(両国国技館)でやった、ジャンボ(鶴田)&テンリュー(天龍源一郎)との試合も印象深い。俺たちロード・ウォリアーズがあれだけ長い時間の試合をしたのは、あの時が初めてだったんだよ。アメリカではずっと5分以内で試合が終わっていたからね。彼らのような経験豊富なトップレスラーと長い試合ができたことは、俺たちにとっても自信になった。あのツアーはたった1週間だったが、とてもいい思い出になっているよ」

アニマルが語った成功の秘訣とは?

 その後、ロード・ウォリアーズは全米を飛び回るハードスケジュールの合間を縫って、年2回ペースで来日。ウォリアーズが参戦するシリーズは、それだけで特別なものとなった。

 そして1990年には新日本にも参戦し、武藤敬司&蝶野正洋とも対戦。91年からはWWF所属となり、SWSのリングで天龍&ハルク・ホーガンと夢の対決を行なった。

 ロード・ウォリアーズは日米のファンにもっとも愛されたタッグチームだった。

 アニマル・ウォリアーは自分たちが成功した秘訣をこう語っている。

「成功の鍵は希望を持つことと、ハングリーであること。そして仕事に対しては誠実に一生懸命やること。これはどんな仕事でも一緒だと思う。俺たちの仕事はレスリングだから、常に身体を張った激しい試合をしてきたということだ。そして、そんな俺たちをファンが愛してくれた。あれから何十年も経ったのに、日本のファンがロード・ウォリアーズを憶えていてくれるんだからね。本当に幸せなレスラー人生だったと思っているよ」

 24日夜『半沢直樹撮影終了、香川照之「思いが国民に通じた 

スポニチアネックス 2020年9月25日(金)15時20分配信

 俳優の堺雅人(46)が主演を務め、今夏ドラマの話題を独占しているTBS日曜劇場「半沢直樹」(日曜後9・00)の全撮影が24日夜に終了。オールアップを迎えた。25日、同局の各情報番組で伝えられた。今年2月のクランクインから、新型コロナウイルスの影響による中断を挟んだ長丁場を完走し、クランクアップ。現場には原作者の池井戸潤(57)も駆けつけた。主人公・半沢の「1000倍返し」なるか注目される最終回(第10話)は27日、15分拡大で放送される。

 宿敵・大和田役が大反響を呼んでいる香川照之(54)は「何より堺さんが命がけで台詞を覚えられて、命懸けで戦って、その思いが今、国民に通じて、国民の皆さんが待っている瞬間になると思います。あれだけ毎日、怒鳴り声を出すのが、どれだけつらいかというのは、僕を身をもって俳優として分かっているつもりです。だから、本当に堺さんに肩の荷を下ろしてもらいたいなと」と座長・堺をねぎらった。

 「いろいろな方が苦労されて、やっと、こうして終わろうとしています。僕の中でも特別なドラマになりましたし、今の段階で最高のドラマだと思います。日曜日に放映は終わってしまうわけですけども、我々の心の中には『半沢直樹』はまだしばらく残っています」と胸を張った。

 香川は自身のツイッターに動画も投稿。「クランクアップDEATH!」と話題のポーズとともに報告した。

「日本で最高のドラマだと思います」堺雅人&香川照之『半沢直樹』撮了で“エア🤗ハグ”、ネットでは“半沢ロスに怯える声殺到

ねとらば 2020年9月25日(金)17時48分配信

 俳優の堺雅人さんが主演を務めるTBS日曜劇場「半沢直樹」が9月24日夜に都内で、クランクアップを迎えたことを25日放送の同局情報番組「グッとラック!」が伝えました。本当にお疲れさまでした!

 同作は、作家の池井戸潤さんによる『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』を原作とした新シリーズ。平均視聴率は9話連続20%台(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、ネット上でも毎話話題になるなど、社会現象を巻き起こしています。

 いよいよ27日の放送で最終回を迎える「半沢直樹」。「グッとラック!」では、同作のクランクアップの様子が公開され、東京中央銀行の赤絨毯に立つ堺さんに、福澤克雄監督が花束を渡すシーンが流れました。堺さんと肩を組んだ福澤監督は、思わず「うおおおー!」と叫びながらガッツポーズし、固い握手。

 花束を受け取った堺さんは「いやー、もう感謝しかないです。これは。本当に感謝と尊敬」と晴れやかな笑顔に。7カ月に及んだ撮影について「皆さん、本当に暑い中、最初は寒かったし。暑い中、本当に重い物を持ったりね、寝ずに頑張ったり。こんなに大変な中、企画も大変だったと思いますし」と振り返り、「毎日毎日がこんなに大変な中に、よくやってくださったなぁと思います」とコロナ禍で乗り越えたスタッフをねぎらいました。

 そして、堺さんは「おかげでとっても楽しい7カ月でした。なんか終わるの嫌だなぁ~って感じです! 本当にありがとうございました!」と深くお辞儀し、拍手をしながら感慨深げにスタッフを見つめていました。

 また、半沢の同僚・渡真利忍役を演じた及川光博さんは「監督を始め、スタッフの皆さんどうもありがとうございました」と感謝。目を潤ませながら、「無事、完走できてまず心よりホッとしています。なんだかんだで7カ月間お疲れさまでした。渡真利忍がお世話になりました」と語り、最後は「チャオ!」と言って熱い投げキッスをしていました。とまりん……!

 さらには、半沢の宿敵・大和田暁役を演じた香川照之さんも撮了し、監督と固い握手。作品について「僕の中でも特別なドラマになりましたし、今の段階の日本で最高のドラマだと思います」「日曜日には放送は終わってしまうわけですけども、われわれの中には『半沢直樹』はしばらく残っています」と“半沢愛”を熱弁。

 主演の堺さんに対しては、「何より堺さんが命懸けでせりふを覚えられて、命懸けで戦って」と称賛しながら、「その思いが国民に通じて、国民の皆さんが待ってる瞬間になると思います」と最終回への思いを伝えた香川さん。あいさつが終わると、香川さんは堺さんの元へ行き、互いに肩をたたくそぶりをしてみせ、“エア”で抱き合っていました。半沢と大和田のソーシャルディスタンスハグ……!

 そして視聴者に向けて、堺さんは「7カ月の長きにわたって、皆さまの本当に楽しみにしてくださっているその声援のおかげで、ここまで走りきることができました。最終回どうぞお楽しみに!」と呼びかけ、達成感からか「わーい!」と大きく万歳してみせました。

 最終回を前に、ネット上では「半沢直樹ロス起こる2日前」「役者さんスタッフの皆さま、お疲れさまでした。日曜日ホンマに楽しみ。やけど半沢ロスに既におびえています……」「大和田ロスにもなりそう(笑)」「半沢直樹ロスが怖い」「な・お・きロスになること間違いない」など、既に“半沢ロス”を恐れる声が殺到しています。

 香川照之「クランクアップDEATH」話題ポーズで撮了を報告 

クランクイン! 2020年9月25日(金)17時19分配信

 俳優の香川照之が25日に自身のツイッターに動画を投稿し、出演中のドラマ『半沢直樹』(TBS系/毎週日曜21時)の撮影終了を報告。話題のポーズで「クランクアップDEATH!」とコメントした。

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 香川が「日曜日お楽しみに!」と投稿したのは、出演中のドラマ『半沢直樹』のオフショット動画。動画の中で香川は、ドラマの中で演じている東京中央銀行取締役・大和田の衣装姿でカメラの前に立つと、達成感がにじんだ笑顔で「『半沢直樹』…すべて撮影終了いたしました…」と報告。続けて香川は「クランクアップ…」と言うと、立てた親指で自身の首をかっ切るポーズをしながら「DEATH!」と一言。

 香川演じる大和田は、ドラマの第2話で堺雅人扮する主人公の半沢と対面。大和田が前作からの因縁が続く半沢をにらみつけながら、立てた親指で自身の首をかっ切り「お・し・ま・い DEATH!」と言い放つ姿は、ネットを中心に大きな話題を集めていた。

 話題のポーズを惜しげも無く披露しながらの撮了報告に、ファンからは「クランクアップお疲れ様death」「楽しみDeath!!」「最終回、正座して拝見致しますdeath!」などの投稿が相次いでいた。

 

2020年9月 2日 (水)

【半沢直樹】コロナ禍の過酷な撮影日程✍「第8話」放送延期

 半沢直樹放送延期、生放送で恩返し!コロナ禍で撮影遅れ… 

デイリー 2020年9月2日(水)5時00分配信

 TBSは1日、全話で平均世帯視聴率20%超えと快進撃を続ける俳優・堺雅人(46)主演のドラマ「半沢直樹」(日曜、後9・00)が、新型コロナウイルスの影響による撮影の遅れで、6日放送の第8話を翌週の13日に延期すると発表した。社外制作スタッフの感染や撮影場所の使用禁止など不測の事態が重なり、スケジュールが圧迫されていた。6日は「キャスト、スタッフが一丸」となって、超異例の1時間の生放送に変更となった。

 最新話が平均世帯視聴率24・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と絶好調な半沢の前に、またコロナが立ちはだかった。6日に放送予定だった第8話を1週間後の13日に延期。TBSは、新型コロナウイルスの感染拡大により、制作スケジュールに大きな影響が出たためと説明した。

 同局広報部によると、8月中旬に社外制作スタッフが感染し、撮影が3日間ストップ。保健所の判断では濃厚接触者はいなかったが、万全を期すため少しでも可能性のあるキャスト、スタッフはPCR検査を受け全員が陰性だったという。

 コロナ禍にあって、撮影場所の確保も困難をきわめた。予定していた撮影場所が直前に使用できなくなるなど調整は難航。「半沢」らしい、重厚な雰囲気のあるロケ場所を新たに探し出すのは容易でなく、スケジュールが押していった。

 撮影に際しては検温、消毒を徹底。本番以外はマスク、フェースシールドを付け、メーク直しに時間がかかるなど、放送関係者は「以前より撮影に2割くらい時間がかかる印象」と明かす。特に「半沢」は大人数のエキストラを投入し、迫力ある画面を作り出す“密”な手法を持ち味としており、より影響を受けていると見られる。

 平成最高の視聴率を記録したお化けドラマの7年ぶり続編。満を持して4月クールに登場するはずだったが、コロナで放送開始が3カ月ずれ込んだ。再び影響を受けることになったが、6日は高い熱量で待ち続ける視聴者へ「恩返し」とも言うべき生放送を届ける。

 詳細は明かされてないが「『半沢直樹』のキャスト・スタッフが一丸となって、1時間の生放送をお届けします」と同局。ピンチをチャンスに。「倍返し」するかのような超異例の生特番が注目される。

半沢直樹』現場で起きた変化 堺雅人は感染予防で個室に籠る

女性自身 2020年9月2日(水)6時33分配信

「主演の堺さんからペットボトル入りのコーヒーの差し入れが定期的にあるのですが、クーラーボックスでキンキンに冷やしていても、毎回昼過ぎには溶けてしまうんです。暑さだけでなく現場の熱気が半端ないんです!」(ドラマ関係者)

 毎週、視聴率20%以上を記録する国民的ドラマ『半沢直樹』(TBS系)。主人公の堺雅人(46)演じる半沢直樹がキャラの濃い敵役に“倍返し”するストーリーは第2幕の帝国航空編に。さらに緊迫感あふれる舞台裏秘話を一挙公開!

「今回の『半沢直樹』も、基本的に半沢の周りには敵役が多く、堺さんは共演者との距離を保って緊張感が緩まないよう、不必要に接することは避けているそうです。役に入り込むと抜けないそうで、現場にいるときはずっと堺さんは“半沢直樹”です。控室で『半沢さん、間もなく本番です!』と声をかけているスタッフもいます」(前出・ドラマ関係者)

 新型コロナにより、一時撮影を中止していたが、士気には全く影響がなかったという。

「撮影は今春から始まりましたが、新型コロナの感染拡大で中断。その間、共演者やスタッフは、グループLINEで定期的に連絡を取り合って、“チーム半沢”の連帯感を保つようにしていたそうです」(芸能プロダクション関係者)

 前作に引き続き、今回もNGはほとんどないという。

「前作から堺さんはセリフ覚えが完璧で、NGを出すことはありません。その評判が事前に伝わっていて、ゲストで来てくださるキャストの方々も気合の入り方が違い、NGはほとんどありません」(テレビ局関係者)

 前出の芸能プロ関係者は言う。

「堺さんは前作では本番が終わっても控室に戻らず、ずっとスタジオでほかの出演者が出ているシーンを見ていることが多かったんです。しかし、今回は自分の出番が終わると、早めに控室に戻るようにしています。感染予防のため、本番以外では人と接する時間を減らすよう指示を受けていると聞いています」(前出・芸能プロ関係者)

『半沢直樹』の出演者は至近距離で濃厚な演技合戦を繰り広げる。そのため、収録時は徹底的な感染防止対策がとられているという。

「スタジオ入りする際に、壁に貼りだされている、“消毒衛生チェックシート”を確認するように求められます。《消毒液で手指を消毒したか?》《マスクや衣服は清潔か?》《靴裏を拭いたか?》《不要不急の会話を近距離でしていないか?》《物を手渡ししていないか?》こうした項目が10項目あるんです。同時に『体調チェックシート』も貼られていて、局が設けている基準よりもはるかに厳しいと聞いています。出演者もスタッフも守ろうという『チーム半沢』の強い覚悟がうかがえます」(前出・芸能プロ関係者)

 半沢直樹』どころじゃない! 今どき企業社内派閥みどろバトル 

PRESIDENT Online 2020年8月28日(金)16時16日配信

 ドラマ「半沢直樹」(TBS系)が絶好調だ。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「ドラマ内では失脚した社員は出世競争に敗れ、出向させられていますが、現実はさらに厳しい。コロナ不況で9月以降、出向・転籍、希望退職者募集などでリストラを始める企業が増えそうです」という――。

「半沢直樹どころじゃない」イマドキ企業の出向・左遷・社内派閥

 ドラマ「半沢直樹」(TBS系、日曜夜9時)が高視聴率を維持している。

 ドラマはメガバンクの陰湿な派閥争いに巻き込まれた、堺雅人演じる主人公・半沢直樹の出向からストーリーが始まる。ドラマの出向は出世競争に敗れた人、あるいは不祥事の責任をとらされた片道切符の左遷というイメージだが、確かに昔の銀行はライバルを蹴落とすための出向もあった。

 大手銀行の元人事部長からこんな話を聞いたことがある。

 「部長・役員レースになると、陰湿な手口を使って相手を蹴落とすための暗闘もある。たとえば、以前は上司と部下の良好な関係を築いていても、部下が自分の地位を脅かすような存在になると、平気で部下を追い落とすことも珍しくない。よく使われる手口が出向だ。上層部に『あの会社を再建できるのはA君しかいません』と上申し、銀行内から追い払う。あるいは、過去の懲戒記録を調べて、社外で酒に酔って他人とケンカし、警察沙汰になったことの噂を流して出世の芽をつぶし、出向させたこともあった」

 まさにドラマを地でいくやり方だが、今の銀行は低金利下で生き残りに必死であり、内部で暗闘を繰り広げる余裕もなくなっている。

 蹴落とす手段に使われる出向先の関連会社や取引先も経営的にゆとりがなくなり、特に無能な人間ほどやんわりと受け入れを拒否されるという話もしばしば耳にする。今では銀行も以前ほどの力を失っている。

現実のビジネス社会でも半沢直樹タイプが本社に復活できる

 また、出向は左遷というイメージがあるが、一般的な出向は必ずしもそうではない。

 上位の役職で子会社に出向させて経営術を学ばせる人材育成の出向もあれば、新規事業会社の現場で修羅場を経験させて本人の実力を見極める出向もある。特に総合商社の事業会社への出向はその傾向が強い。

 仮に社内の出世競争に敗れて子会社に出向しても復活のチャンスもある。復活のためには、出向先での仕事の評価が大きく影響するが、情報通信会社の人事部長は2つのタイプに分かれると語る。

 「上のポストを狙っていた課長職の社員が子会社に飛ばされると誰しもショックを受ける。ただ、子会社に行ってもそのショックを引きずって腐ってしまう人と、気持ちを切り替えて目の前の仕事にコツコツと取り組む人の2つに分かれる。腐ってしまうと、子会社でも斜に構えたような態度になり、全力で仕事に取り組むことがなくなり、二度と復活することはなく、子会社でもお荷物になっていく。一方、新しい仕事でも前向きに取り組み、しっかりと業績を上げていく人は子会社での信頼が厚くなるだけではなく、本社でも『あいつは子会社に出されても、なかなか打たれ強い』と評価され、本社に戻されることもある」

 後者のタイプは出向先でもめげることなく活躍する半沢直樹に似ている。

 大事なことは、どんな不遇な環境に追い込まれても、新たに出直す覚悟と努力を絶やさないことだ。組織も人間社会だ。腐ることなく真面目に仕事をしていれば拾う神もいるということだ。

コロナ禍で9月以降、出向・転籍や希望退職募集に踏み切る可能性が

 ただし昨今は、コロナ禍の企業業績の悪化によって徐々にリストラ圧力も高まりつつある。大手サービス業の人事部長は「9月の中間決算を見て、出向・転籍や希望退職募集などの人件費削減に踏み切る可能性がある」と言う。出向どころか、クビになってしまうかもしれないのだ。

 「減収減益になるのは間違いない。人員調整を行う場合、経営会議で余剰人員数を確定し、人事部として最初に出向・転籍の受け入れ先と人員数を確保する。それでも足りない場合は希望退職募集を行う。今年の秋から対象者の選別を実施し、来年1月には社内向けに発表することになるかもしれない」(人事部長)

 ちなみに出向は会社の業務命令であり、逆らえないが、転籍は他社に移籍するために本人の同意を必要とする。

退職勧奨を受けたものの固辞した50代事務機メーカーの事務職のケース

 希望退職募集も応募する・しないは本人の自由だが、会社から退職勧奨を受けても固辞する場合、自分の意に反した会社への出向を命じられることもある。

 以前、大手事務機メーカーの事務職のある50代の社員が退職勧奨を受けたものの固辞した。その結果、物流子会社に出向を命じられた。

 子会社での仕事は事務作業ではなく、経験のない製品の運搬作業を命じられ、精神的・肉体的にも追い込まれた。

 会社としては自ら辞めるようにわざと配置したふしがある。このケースでは、結果的に社員が裁判に訴え、出向は「会社の権利濫用で無効」と判断で復職することができたが、裁判まで持ち込む勇気がなければ泣き寝入りせざるをえないのが実態だ。

特定の社内派閥に属すことで、逆に飛ばされるリスクが高まる

 ではこうした悲劇的な出向を回避するために、社内に派閥があれば上司に媚を売って特定の派閥に属することは身を守ることになるだろうか。ドラマ「半沢直樹」では一部の取締役や社員の中に、派閥に属することで出世が早まり、いざというときのリスク回避にも役立つ場面も描かれている。

 確かに部長や役員に忠節を尽くせば、出世が早まることもあるかもしれない。しかし、逆にリスクも大きい。M&A(合併・買収)でライバル会社に吸収された製薬会社の人事部長はこう語る。

 「合併によって大幅な役員の交代が実施された。将来の社長候補と目されていた役員が子会社に異動した結果、取り巻きの部長・課長たちも子会社に飛ばされ、次々と失脚していった。実質的に吸収した側の企業は合併後の人事の障害となる派閥を真っ先に狙い撃ちにする。合併に限らず、今の時代は業績不振に陥ったり、ビジネスモデルが変わったりすれば、たちまち派閥のトップの役員が外され、ぶら下がっていた幹部もどうなるかわからない時代だ。派閥に入ることは同時にリスクも抱えている」

 こう語る人事部長はどの派閥にも属していなかったが、それでも合併後に降格された。

 だが、与えられたミッションを全力で取り組み、その成果が認められて今の地位(人事部長)に返り咲いた。この部長は「定年まで生き延びていくために大事なことは、社内の生々しい人脈づくりよりも、利害を超えた社外の人脈をつくることだ。そのつきあいを通じて自分の能力レベルがどのくらいなのかを知ることができるし、社外の人脈を通じて仕事に活かすなど自分を磨くことが生き残るための賢い選択」とアドバイスする。

コロナ後のM&Aで、会社ごとすっぽりとのみ込まれてしまう

 コロナ不況は始まったばかりである。今回の不況は単なるリストラだけで回避できるものではなく、「3密」産業の衰退と3密回避のビジネスへの移行が発生し、今までにない産業の再編が取り沙汰されている。

 新たなビジネスモデルに移行できない企業は倒産、もしくは他の企業に飲み込まれるM&Aも増加すると見られている。当然、その大波に翻弄されるのは従業員である。

 頼みにしていた上司にすがることはできないばかりか、会社ごとすっぽりと大きな渦にのみ込まれてしまうかもしれない。

 状況は異なるが「半沢直樹」でも似たような場面が登場している。たとえ危機に直面しても揺らぐことのない理想を持ち、決して諦めない覚悟と努力を惜しまないことがいかに大事かをドラマは教えてくれる。

 お前ら人権ない何故ヤクザの生活はしくなったのか 

文春オンライン 2020年8月23日(日)6時01分配信

 新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所、そして大阪府西成に居を構え、東西のヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは――

「完全に同化してますねぇ」

 暴力団との距離のとり方はことほどさように難しい。

〈ヤクザっぽくならないように……〉

 私はいつもそう意識している。外見も内面も、彼らと同化してはまずい。マル暴の刑事が本物以上にヤクザっぽい雰囲気を纏っているように、ヤクザ記者がヤクザのような風貌になってはシャレにならない。

 同業者にはヤクザっぽい人が多いように感じる。外見はそうでなくても、話し方が尊大になったりする。暴力という力を持ったヤクザと付き合っているうち、自分が強くなったような錯覚に陥るのだろう。最初は真面目そうだった編集者が、アウトロー雑誌を作っているうち、段々とそれっぽくなってきた実例はたくさんある。

 常に意識していても、人から「それっぽい」と言われてしまうときもある。

 北九州市の女子大学の教授を取材したときのことだ。この人は広島出身のプロボクサーが、肉親が所属していた暴力団抗争に巻き込まれていく様を丹念に調べて出版していた。その人物を暴力団側から再検証しようと考え、取材先の紹介と写真提供をお願いしていたのだ。大学という場所を考え、きちんとした格好で行こうと考えた。池袋の西武デパートでヨウジヤマモトの黒いスーツをローンで買った。暴力団相手に黒は避けているが、一般人になら問題ないと思った。

 教授は冷淡だった。

「ヤクザばっかり取材している人はそれっぽいねぇ。黒いスーツなんてヤクザそのものだよ」

 教授の見解程度なら、笑ってすますこともできる。黒いスーツ=暴力団だなんて、乱暴すぎだ。しかし、当の暴力団から指摘されると完全に意気消沈する。先日、ある親分の運転手から、「完全に同化してますねぇ。いつかヤクザと間違えられて撃たれますよ」と言われた。彼らにとっては仲間意識と友好関係を示した親愛の情かもしれないが落ち込む。自分では気づかぬうちに調子に乗っているのかもしれない。そんな部分があるならもっと強く意識しなくてはならない。

暴力団と付き合うことで死生観が狂っていく

 感覚が麻痺してしまった部分はあるだろう。たくさんの暴力団が集まっている義理場で、写真を撮るため、ためらいなく前に出られるのも、頭のどこかが麻痺したせいだ。

「ここだけの話……」

 と、日常的に犯罪行為の話を聞いているので、たとえば殺人事件に対する感覚も、一般的ではないはずである。私の携帯電話には17人、抗争で殺された暴力団員の電話番号がメモリーされている。自殺した人間を含めると、その数は3倍近くに跳ね上がる。たとえわずかな回数しか話していなくても、あくまで取材の相手でも、たたずまいを記憶している人間が殺されるという事態は、否応なく私の死生観を狂わせる。

拘置所での面会

 留置所や拘置所、果ては刑務所まで面会に行くので、こうした空間を異次元の場所と捉えることもなくなった。刑務所での面会は身分帳に名前を記入した人間以外できないが、たぶん、20人近くの身分帳に私の名前が載っているだろう。もっとも悲しいのは拘置所での面会だ。ションベン刑と言われる短期にせよ、長期服役にせよ、刑務所に入ってしまえば娑婆に出られる日は分かっているから、その点、当事者も吹っ切れている。

 拘置所に面会に来る人間たちをみても、複雑な心境になる。

 先日、大阪拘置所に面会に行った。ここは別名“リバーサイド”と呼ばれる。川のすぐ脇にあるからで、側には高層マンションが建ち並ぶ不思議なエリアだ。

 入口にある無料のロッカーに携帯電話やカメラ、ICレコーダーをしまい、金属探知を通って待合室に向かう。待合室には真っ青なセルロイドでできた羽根の、東芝製の古い扇風機が設置されていて、夏場はそれが首を振りながらうなり声をたてている。

 待合室には、一目で暴力団関係者と分かる人間も多いが、その恋人や家族もたくさんいる。先日、リバーサイドの待合室でみかけた老夫婦のおじいさんは、杖をつきながら宅下げ(金品を持ち帰ること)・差し入れの窓口を探してウロウロしていた。朝早い面会だったからか、スーツ姿のサラリーマンや、作業服を来た男性たちもいた。

子連れで刑務所へ面会に来る家族

 目立つのは子連れの女たちだ。この日はスカジャンに金髪のポニーテールの若いママが、5、6歳くらいの男の子を連れていた。赤ちゃんを連れた女性も少なくない。だから面会室の入口のすぐ横にはベビーベッドがおいてある。

 待合室の中央には2本の太い柱が建っていて、面会室側のそこにはマガジンラックが設置されている。そこにあるのは子供向けの絵本ばかりで、ボロボロになった『シンデレラ』や『不思議の国のアリス』が置いてあった。たしかにここは不思議の国だろう。しかし、子供たちにその自覚はない。パパに会える場所、遊園地と変わらない気分のはずだ。

 自分が好き勝手なことをするのはいい。刑務所に入るのも自己責任だ。しかし、家族がいるなら、なにより子供までいるのなら、もうちょっと他の生き方は出来ないのだろうか。

 死刑囚が収容されているのも拘置所である。彼らは刑の執行――自分が殺されるために収容されているので労役もなく、服装も自由に選べる。大抵の死刑囚は、面会のときもスーツ姿で現れる。話す内容は毎回、ほぼ一緒だ。希望を失わず、死刑が執行されるその日まで、しっかり生きてくれ、というしかない。面会を重ねるうち、どんどん情が移ってくる。無残にも殺された被害者のことを思い出しなんとか我に返る。

暴力団は斜陽産業

 最近では暴力団の意識も変化してきた。大阪の末端組員たちのように、我々が自分たちをネタにして金を稼いでいると分かり、様々な要求をしてくるのだ。インタビューなら事前に原稿をチェックされても仕方ない。が、他団体の原稿まで検閲したいと言ってくる。

 当然断るが、そのとき暴力団は「今後出入り禁止にする」と圧力をかけてくる。組織名を一切使うな、と要求してくる組織もある。福岡県警がコンビニエンスストアに、要請という形で暴力団雑誌の撤去を行ったのと同様に、恐喝のプロだけあって、一切、恫喝めいた言葉はない。ホテルなどに呼ばれるときも、部屋を閉め切らず、強要にならないよう細心の注意を払っている。

 こうした要望は暴力団の取材許可で成り立っている雑誌にとって、強制に近い意味を持つ。いつだったか、溝口敦が「取材拒否になっても他の分野がある」と書いていたが、暴力団のみに依存していては、この要求を呑むしかない。専門分野に特化した分、取材対象との関係を良好に保っていなくてはならないという負い目がある。今のところ、私個人は「実話誌にはそういった圧力をかけられても、一般誌には同じことを言わないはずだ。そこからの依頼なら書きます」と突っぱねてはいるが、現実には暴力団専門誌がなくなった時点で私の生活は破綻する。

「知っていること」と「書けること」の相克

 また同じ組織に10年も出入りしていれば、否が応でも深刻な内部対立が分かってしまう。実際は友好的な儀式であっても、当事者たちは私がそれを書かないと信じているから、ぶっちゃけた内容を話す。深層を知った上で、上っ面だけの記事を書くのは精神的に大きなストレスとなる。関東の某団体は、親分と決定的に反目しているが、取材の際は「一枚岩の団結」と書かねばならない。

 今後の身の振り方を考えていたところ、最近、考えさせられる事件が立て続けに起きた。一つは外国人記者が、暴力団のスキャンダルを暴いたときだ。

 彼はパイプ役となったネタ元や、当事者団体から、私が何度も言われたように「殺す」という恫喝を受けていた。その対策として彼は警察に相談して、身辺警備をしてもらったり、高額な日当を払ってボディガードを雇った。外国人は暴力団に過剰な幻想を持っている。これまでの自身の経験からすれば、それは単なる脅しで、真に受ける必要はまったくない。

 ただ、私は彼がやったように、暴力団にとって圧倒的に不利な事件を暴き立てたことはない。溝口の例をみても分かる通り、記者が暴力団から攻撃されない、という保証はどこにもない。

「ヒットマンって誰ですか?」

「○○って言ってました」

 私は名前の挙がった当人と交流があった。直接話を聞き、「そんな意味のないことなんてしない」と言われたが、それを本気にしていいものか自信はない。

 記者の恐怖心を増幅させていたのは、刑事たちだった。

「そりゃあ他の暴力団なら心配ないでしょう。でもあの組織は危ない」

 感覚がずれているのは私かもしれないのだ。

「ヤクザに戻ってもどうしようもない」とこぼす元幹部

 その後、山口組を破門になった幹部が、今度は家族ぐるみで上京してきた。最初、他団体の知り合いから電話があって、「追われているから助けてやってくれ」と、一切を突然丸投げされたのだ。過去の経験から自分の家に住んでもらうことはしなかった。ただ私が保証人になってアパートを借りる必要があった。知り合いの会社になんとか潜り込んでもらい、彼はいま、月給25万円で会社社長の運転手や雑用をしている。彼はしばらく「いずれヤクザに戻りたい」と熱意を持っていたが、最近はずいぶん考えが変わったようだ。

「もう暴力団じゃ食えない。カタギでやっていきたい。知り合いのマル暴からも、『いまヤクザに戻ってもどうしようもない』と言われる。昔の仲間たちも同じことを言ってる」

 元幹部がこぼすように、暴力団という職業は斜陽産業である。

 コンピューターの普及で、大打撃を被った業種のように、社会が整備されて来るにつれ、暴力団の存在価値は薄らいでいる。暴力団も調子に乗りすぎた。豪邸に住み、高級車を乗り回し、ホテルのロビーを我が物顔でのし歩くアウトローを、社会が許容するわけがない。

現代の暴力団は一種の社会的弱者

 いまや暴力団は一般的な生活を送るのも困難となった。銀行口座は作れない。新車も売ってもらえない。カメラ店でのプリントさえ拒否される。葬儀会場を貸してくれるところもない。理解しがたいかもしれないが、暴力団は一種の社会的弱者なのだ。

 実際、暴力団取り締まりの現場はなんでもありと言っていい。警察に拍手を送りたくなる事件がある反面、明らかに強引に事件化したと思われるものも目立つのである。

 大阪日本橋の電気街で、200万円ほどの買い物をした山口組二次団体幹部は、「ちょっとくらいまけてぇな」との言葉を「恐喝」と判断され、警察から厳重注意(中止命令の一歩手前)をうけた。山口組の某直参組長は、200万円の大金をかけて入れたインプラントの噛み合わせが悪く、「ちょっと具合が悪いんやが……」と言ったため、歯科医から警察に通報され、新聞沙汰になった。なんだかマンガのような話だが、警察も暴力団にははっきり「お前らに人権はない。カタギがやるのはいいが、お前らは駄目や」と通告するという。

◇◇◇

「もうヤクザの時代じゃない」

 もちろん暴力団という属性は、自らの意志によるものであり、つまりは自業自得である。暴力団を辞め5年経てば、建前上、一般人と同じ権利を得られるのだから、これが差別にあたると考えるのは妥当ではない。

 全国に広がる暴力団排除条例制定の流れは、もはやとめようがない。第一章でも取り上げたように、2007年4月20日、神奈川県相模原市内の路上で極東会系組員が殺人事件を起こし、自宅である町田市の都営アパートに立て籠もった事件が発生すると、すでに公営住宅へ入居していた暴力団員に対し、住宅の明け渡しを要求する事例が相次いだ。このとき問題となったのが、日本国憲法第14条の第1項だった。

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

 暴力団という特定の団体に所属しているだけで、公営住宅を追い出されるのは、本来、憲法に違反していると考えることもできる。これを巡って広島県広島市では裁判が起きた。明け渡しに応じない組員に対し、広島市側が訴訟を起こしたのだ。2008年10月21日、広島地裁は組員に明け渡しを命じたうえ、憲法14条にも触れた。

「地方自治法の該当条項に照らせば、市営住宅の適正な供給とその入居者ないし、周辺住民の生活の安全と平穏の確保という観点から、暴力団であることを理由として市営住宅の供給を拒絶することは相当であって不合理な差別であるということはできない」

暴力団に「最低限度の生存権」はあるのか?

 この判例は広く全国のスタンダードとなり、『広島市営住宅判例』と呼ばれるようになった。最高裁まで争ったわけではなくとも、この判例が覆される可能性は少ないと思われ、暴力団側からの提訴も今のところ皆無である。

 これに対し、憲法第25条の解釈は、1982年7月7日の最高裁判例が基準とされている。暴力団であっても最低限度の生存権はあるので、公営住宅からの追い出しは、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という部分に抵触するのではないか?という意見だ。

暴力団排除“条例”の存在

 判決は以下のようになっている。

「憲法第二十五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審理判断するのに適しない事柄であると言わなければならない」

 取りようによってはかなり乱暴な判例であるが、暴力団排除条例が、あくまで条例として各地で制定されている理由がわかる。

 こうした社会情勢の中、組員の数は、おそらく激減しているだろう。

 最近、山口組の有力組織が、組員の実数を確認してみたところ、名簿上は150人弱いるはずの組員が、100名を切っていたという。普段は居酒屋のマスターをしていたり、タクシーの運転手をしながらヤクザの構成員となっている兼業暴力団は年々増えている。大きな義理事で、不足している組員を補うため、不良少年たちがアルバイトとなるケースも多い。暴力団の実数は、警察発表の半分いればマシではないか。

海外へと手を伸ばす暴力団

 一方で、ここにきて暴力団は急速な勢いで海外に進出している。暴力団とともに、フィリピン、マカオ、中国、インドネシア、マレーシアに同行した際は、それなりの“支部らしきもの”があることを確認した。実際、海外支部の名刺を作っている団体もある。

 中国には暴力団の一行を専門に扱う旅行社すらあった。添乗員は「ヤクザはタチが悪い。大嫌い」と言っていたが、大金を落としてくれる顧客を手放すつもりはないようで、政府関係者に対する賄賂の仲介も行っていた。

 マニラには日本の暴力団が国内のような縄張りを作っているし、インドネシアでは入国も税関もフリーパスで、空港からは白バイがサイレンを鳴らしながら車を除のけ、ホテルまで先導してくれた。暴力団を日本から追い出しても、彼らはたくましく新天地を見つけるだろう。古い型の暴力団が姿を消す一方、国際化をすすめ、新ジャンルの暴力団が生まれている。

幹部からかかってきた最後の電話

 つい先日、近畿地方の広域組織幹部から電話をもらった。彼は明らかに思い詰めていた。

「もうヤクザの時代じゃないんだ……俺はこれから死ぬ」

「だったらカタギでやっていけばいい。死ぬことなんてないです。なにを言ってるんですか、落ち着いて下さい!」

「お前さんには……ヤクザの本当のことなんて分からないんだろう。任侠道なんてどこにもなかった。俺はもう失望した」

 電話は一方的に切られた。すぐかけ直したが電源が切られていた。若い衆の電話番号も知っていたのですぐコールしたが、やはり繋がらない。すぐさまバイクに飛び乗って事務所まで出かけた。到着した時、すでに彼は若い衆を撃ち殺し、最後は自分の頭を撃ち抜いていた。

「もうヤクザの時代じゃない……」

 震える彼の声は、いまも耳に残っている。

 

2020年8月25日 (火)

【佐藤琢磨】快挙!<インディアナポリス500㍄>3年ぶり2度目の優勝

 佐藤琢磨インディ500年ぶり度目優勝 複数回制覇は史上20人目「幸運に恵まれた」 

スポニチアネックス 2020年8月25日(火)5時30分配信

 ◇ インディカー・シリーズ第7戦インディアナポリス500マイル(2020年8月23日 米インディアナ州インディアナポリス・モータースピードウエー)

 再び金字塔を打ち立てた!104回目を迎えた伝統のレースで、日本人最高の予選3位からスタートしたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの佐藤琢磨(43=ホンダ)が17年以来、3年ぶり2度目の優勝を果たした。世界3大レースの一つに数えられるインディ500の複数回優勝は、史上20人目の快挙。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、異例ずくめとなったレースを制し、日本にも歓喜と希望を届けた。

 異例ずくめのレースのフィニッシュもまた、異例のシーンとなった。佐藤は最後のピット作業を終えた直後の173周目、実質的なトップに。その後はシリーズ通算49勝、年間王者5度を誇るディクソンの猛追を受けたが、残り5周、同僚ピゴットが最終コーナーでクラッシュ。セーフティーカーに先導され、最高速度380キロに達する愛車には似つかわしくない、ゆっくりとしたスピードで歓喜の瞬間は訪れた。

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 「2度目の優勝なんて夢にも思っていなかった。幸運に恵まれた」。8度目の挑戦だった17年に40歳で初制覇し、歴代6位の年長記録となる43歳208日で2度目の優勝。21世紀の最高齢優勝の更新は、たゆまぬ努力の証でもある。「40歳を過ぎてもレースをしているなんて夢の中で生きているみたいだ。まだ成長できている」と喜びをかみしめた。

 17年は一時は大きく順位を下げながら、残り5周で先頭に立ち逃げ切った。座右の銘「ノーアタック・ノーチャンス(攻めなければ、チャンスはない)」を体現して栄光をつかみ取った。今回は緻密な計算のもと終始先頭争いを繰り広げた。27周の佐藤をはるかに超える計111周で先頭を走ったディクソンが「彼に最後まで持つ燃料が残っていたのか」と驚くほど綱渡りのレースを完遂できたのは、攻めの走りはもちろん、円熟味を増した技術とピットワークがあったからこそ。佐藤も「燃費がきつかったけど何とか持たせた。ぎりぎりだった」と明かした。

 コロナ禍はモータースポーツ界にも大きな影を落とした。例年3月に開幕するシリーズは約3カ月遅れの6月に開幕。伝統的に5月末のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)ウイークに開催されるインディ500も3カ月延期され、決勝日は30万の大観客をのみ込むオーバルのスタンドは静寂に包まれた。「少し寂しかったが、理解している」。偽らざる本音は、開催に尽力した関係者への感謝の気持ちでもある。

 円熟味を増すベテランは「挑戦し続ければ、チャンスをつかむことができる」と言った。スポーツ界が、社会が大きく傷ついた2020年。43歳の侍ドライバーが希望の光をもたらした。

 《ひとつぶ300メートル!》佐藤は優勝マシンの上で両手を広げて左足を上げる“グリコポーズ”で歓喜した。江崎グリコは佐藤のスポンサーで、3年前に初優勝した際には足を上げていなかったことをツイッターでファンに指摘され、「今度やってみる笑」と約束していた。

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 佐藤 琢磨(さとう・たくま)1977年(昭52)1月28日生まれ、東京都出身の43歳。自転車競技では高校総体で優勝し、97年に早大を中退してモータースポーツに本格転向。01年に英F3で日本人初王者となり、02年にジョーダン・ホンダでF1デビュー。BARホンダ時代の04年米国GPで日本人最高タイの3位に入った。08年を最後にF1シートを失い、10年からインディカー・シリーズに参戦。13年の第3戦ロングビーチ(米国)でシリーズ日本人初優勝、17年インディ500でアジア人初優勝。シリーズ通算6勝。1メートル64、59キロ。

佐藤琢磨2度目のインディ500優勝事前に描いた戦略が上手くハマったことが大きい

webモーターマガジン 2020年8月24日(月)19時31分配信

ホンダパワーによる速さとチームの完璧な戦略

 2020年8月23日(日本時間8月24日)に行われた第104回インディアナポリス500マイルレースで佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン/ホンダ)が優勝した。2017年に初めてインディ500を制覇した琢磨は、昨年2019年には惜しい3位、そして今年再び優勝を飾ったことで、実にこの4年で3度のトップ3フィニッシュしていることになる。この速さの背景には上位4台を独占したホンダのパワーユニットの存在感もあるが、琢磨のコメントとともに、同じホンダのパワーユニットを使うスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ/ホンダ)との攻防を振り返ってみよう。

 佐藤琢磨は優勝者しか上がれないインディ500の表彰台で「これこそレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングです。本当に素晴らしいチームです。彼らは本当にがんばってくれ、今日も素晴らしい戦略とピットストップを行ってくれました。そしてHPDとホンダは私たちに多くの力を与えてくれました。すべての人々にとても十分に感謝することはできないほどです」とチ-ムやホンダへの感謝をまず口にした。チームとともに練り上げた戦略をしっかりと遂行して成し遂げた勝利だった。

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 予選3番手フロントロウからスタートした佐藤琢磨は、序盤、トップから離されない上位で走行。序盤からレースをリードし続けるディクソンをマークし、158周めに満を持してトップに立つと、終盤の攻防に賭ける戦略を進める。

 ほぼすべての先行車が200周レースの167周から170周の間に最後のピットストップを行う。これはガソリンを補給してグリーンフラッグの条件下で走行可能な最大ラップのギリギリで、琢磨は168周め、ディクソンは169周めにピットインしている。

 このピットインのタイミングでディクソンが一時トップに立つが、1周早くピットインを済ませた琢磨は残り15周で再びディクソンをパスすると、そこからレース終盤の最も重要な時間帯ではライバル勢を寄せつけないスピードを見せた。

 ディクソンはピットストップが琢磨のより1周遅く、しかも琢磨のスリップストリームで燃料も節約することができるため燃費に余裕があることから、最後のバトルではディクソン有利とも予想されたが、その攻防が残り5周となり、いよいよ最後の攻防となるところで、スペンサー・ピゴットがピットレーン入り口に単独クラッシュ。これでフルコースコーションとなり、戦いは一時中断。燃費の心配がなくなった琢磨の優勝がほぼ決まった。

 勝負はフルコースコーション明けのリスタートに持ち越されたが、結局、レースは再開されずイエローフラッグのままゴールとなった。周回遅れを交わしながら逃げる琢磨とじわりと追いつめるディクソンのバトルは見応えがあったが、最後までその差は縮まらなかった。

 現在、インディカーシリーズはホンダエンジンとシボレーエンジンの戦いとなっているが、今回のインディ500ではホンダエンジンが圧倒。上位4台を独占すると同時に、トップ10に8台を送り込んでいる。

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 優勝した佐藤琢磨は「最高のマシンだったと思います。終盤の燃料戦略でディクソンに1周の遅れをとっていました。ゴールまでの燃費は少し厳しかったですね。しかし、できる限り燃料をセーブする走りを続け、最終的には最後のバトルが激しくなったとしてもフルパワーで戦える燃料を確保できていました。最終グリーンフラッグラップの第4コーナーではディクソンがずっと来ていましたが、信じられないことに僕はそれを抑えることができたんです。だれもがすばらしい仕事をしてくれました。自分たちのマシンが今日は最強だったと感じています。今回の勝利はホンダパワーのおかげです。強力なエンジンをホンダとHPDが作ってくれ、そのエンジンは燃費もとてもよかった。そしてチームが最高のマシンを作り上げてくれました。日本のファンの皆さんは夜中からのテレビ観戦だったと思います。応援ありがとうございました。インディでの2勝目をこうして挙げることができました。皆さんの応援があることで、インディで走り、優勝することができていると思います。次のレースからもがんばります」とコメント。

 本田技研工業の八郷隆弘社長は、見事な優勝を飾った佐藤琢磨に「世界3大レースのひとつであるインディ500で2度目の勝利を挙げ、世界のモータースポーツの歴史に新たな足跡を残すことになった琢磨選手と、チームおよび関係者の方々、そして、琢磨選手を応援してくださっているファンの皆さまに心からの感謝申し上げるとともに、この快挙達成の喜びを分かち合いたいと思います。またこのニュースが、新型コロナウイルス感染拡大の影響が続く世の中にとって明るい話題となることを願います。琢磨選手、本当におめでとう!」と賛辞を送っている。

 次戦のインディカーシリーズは、8月29日から30日、イリノイ州マディソンのワールドワイドテクノロジーレースウェイで開催される。

佐藤琢磨選手の主な戦績

1997年 鈴鹿レーシングスクール フォーミュラ(SRS-F)を卒業
2001年 英国F3選手権チャンピオン マスターズF3優勝 マカオGP優勝
2002年 ジョーダン・ホンダよりF1デビュー
2003年 B・A・R・ホンダに移籍2004年 F1 第9戦アメリカGPで3位表彰台
2006年スーパーアグリ・ホンダに移籍
2010年 KVレーシングよりインディカー・シリーズに参戦 インディ500に初挑戦、20位完走
2011年 インディカー・シリーズ第8戦で日本人初のポールポジション獲得
2012年 インディカー・シリーズ自身初の3位、インディ500優勝争いを演じるも最終ラップでスピン
2013年 インディカー・シリーズ第3戦ロングビーチでインディカー・シリーズ日本人初優勝
2017年 第101回インディ500で日本人初優勝
2019年 第103回インディ500でトップに約0.3秒及ばず3位
2020年 第104回インディ500自身2度目となる優勝(予選3位)

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第104回インディアナポリス500マイルレース

優勝 30 佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン/ホンダ)
2位 9 S.ディクソン(チップ・ガナッシ/ホンダ)
3位 15 G.レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン/ホンダ)
4位 18 S.フェルッチ(デイル・コイン・レーシング/ホンダ)
5位 1 J.ニューガーデン(チーム・ペンスキー/シボレー)
6位 5 P.オワード(アロウ・マクラーレンSP/シボレー)
7位 29 J.ヒンチクリフ(アンドレッティ・オートスポート/ホンダ)
8位 88 C.ハータ(アンドレッティ・ハーディング・スタインブレナー/ホンダ)
9位 60 J.ハーベイ(メイヤー・シャンク・レーシング/ホンダ)
10位 28 R.ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート/ホンダ)

 インディ500終盤イエローフラッグ」を巡り、全米で論争 

THE PAGE 2020年8月25日(火)6時00分配信

 世界3大レースの1つである「第104回インディ500」が23日、米国インディアナ州のインディアナポリス・モータースピードウェイで行われ、佐藤琢磨(43)が2017年以来、3年ぶり2度目の優勝を果たした。「インディ500」は、1周約4キロのオーバルトラックを200周(500マイル)して競う過酷で人気も伝統もあるレースで例年は5月に開催されるが、今回は新型コロナウイルスの影響で3か月遅れの無観客で行われた。

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 予選3位で1列目スタートとなった佐藤は、一時、13番手まで順位を落としたが、158周目でトップに浮上。スコット・ディクソン(40、ニュージーランド)とのデッドヒートとなり、途中、首位を明け渡したが、173週目にディクソンを抜き、185周目で再びトップを奪った。残り5周で後続のスペンサー・ピゴット(26、米国)が大クラッシュを起こしたため、「イエローフラッグ(コーション)」がふられ、セーフティカーがコースに入ってレースを先導、スローダウンして追い越しは禁止となり、佐藤は1位をキープしたままゴールした。

 だが、この「イエローフラッグ(コーション)」の是非が全米で論争となった。

 ピットレーンの入り口でおきたクラッシュの救護作業が可能だったため、イエローフラッグ(コーション)でのレース続行が認められたものだが、レース後にディクソンは米メディアのインタビューに答えて、勝った佐藤琢磨へリスペクトを示しつつも、「今回の結果を受け入れることは難しい。最初は、レッドフラッグ(レース中断)が出ると思った。そうなっていれば、最後の4、5周は面白かったと思うけどね」と、「イエローフラッグ」の判断に疑問を呈した。

 地元のインディースター紙は、「インディアナポリス・モータースピードウェイのオーバルで再び信じられない終盤のレースとなり、日曜日のインディアナポリス500の走りはクライマックスらしさに反して、論議を呼ぶイエローフラッグの下に終わった」と報じた。同紙は、別記事で「2020インディ500、『もしも、こうだったら』で終わるが、佐藤琢磨は『勝者に値する』」との見出しを取り、こんな見解を伝えた。

「ディクソンの車の方が良かったのでは? インディカーは104回目のインディアナポリス500をイエローフラッグでのフィニッシュを止めるべきだったのでは? といったあらゆる異議を好きなだけ唱えればいい。佐藤琢磨は(優勝セレモニーで)脂肪分2%の牛乳を一気飲みし、(牛乳で)ずぶ濡れになる間に(その論争を)終わらせるだろう。なぜなら、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのドライバーで、日本の誇り(の佐藤)が日曜日、今後何年も語られるだろうインディ500を制してチェッカーフラッグを受けたからだ」と、主催者の判断と佐藤琢磨のレースぶりを支持した。

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 米ヤフースポーツも、勝敗を分けたスペンサー・ピゴットのクラッシュについて触れつつ、「佐藤が勝利を手にした追い抜きは、残り20周以上のところであった。佐藤はディクソンの先を行き、レースで最後のピットストップに入ったときも、その差を維持していた。佐藤のピットストップはディクソンよりも早く、最後の数ラップで周回を誘導されるまでディクソンからの追い抜きのチャレンジを寄せつけなかった」と終盤の戦いを評価。

「もしレースがグリーン(フラッグ)のままであれば、ディクソンは佐藤を抜けただろうか? そうかもしれない。だが、佐藤は、その前に、ディクソンを寄せ付けず、ピゴットのクラッシュが起きる前に彼らの間に周回遅れの車を入れることができていた。確かにディクソンは、終盤のラップまではレースを支配していた。彼は200周のレースで111周をリードし、佐藤が彼をリードするまではベストな走りをしている車と見られていた」と、議論に決着をつける見解を示した。

 佐藤は、「率直に言って驚きに満ちた1日でした。この気持ちは言葉では言い表せません。全員に心から感謝しています」とコメントしている。

 佐藤琢磨所属のレイホールレターマンラニガン16年ぶりの栄冠 

スポニチアネックス 2020年8月25日(火)5時30分配信

 佐藤琢磨が所属するレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは04年のバディ・ライス(米国)以来、16年ぶりのインディ500制覇となった。佐藤は最初に同チームに所属した12年、ファイナルラップで首位をかわそうとしてスピン&クラッシュ(17位)。8年前の因縁を清算する形となり、チームのSNSで「12年以来の優勝。みんなに感謝している」とコメント。

 86年にインディ500を制したボビー・レイホール共同オーナーも「(3位に入った息子の)グラハムも良かったが、琢磨は2度目の優勝。とてもクールだ」と喜んだ。

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自己ベストタイ3位のレイホールこの結果はかけがえのない

auto sport web 2020年8月24日(月)20時40分配信

 第104回インディアナポリス500マイルレースの決勝レースが23日に行われ、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの佐藤琢磨が2017年以来となる2度目のインディ500勝利を飾った。

 チームメイトのグラハム・レイホールもトップ争いを演じ、自己ベストタイとなる3位フィニッシュを果たした。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で6月頭にシーズンがスタートした2020年のインディカー。

 第2戦で2位表彰台を獲得したレイホールは、アイオワ戦レース2でも3位に入り、好調のままインディ500へと挑んだ。

 くじ引きで15日の予選アテンプト順の1番目を引いたグラハム・レイホール。まだ暑すぎないコンディションのなか好アタックを見せ、琢磨と共にポールポジションを決めるファストナインに進んだ。

 ファストナインでは8番手に留まり、3列目ミドルからのスタートとなったレイホールは、決勝で徐々にポジションを上げ、終盤はスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ)や琢磨と共にトップ争いを行う。

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 しかし、ラストスティントで琢磨のペースには及ばず3番手のまま、残り5周を迎えた。

 ここで、もうひとりのチームメイトであるスペンサー・ピゴットが大クラッシュを喫し、レースはイエローコーションのままチェッカーフラッグ。琢磨は優勝を果たし、レイホールは3位とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは好成績でインディ500を終えた。

 1986年に優勝した父ボビー・レイホールに続くことはできなかったが、2011年以来となる自己ベストタイの3位を獲得したレイホールは、チームメイトの心配と琢磨の勝利を称賛した。

「チームや組織全体、すべてのパートナーにとって素晴らしい日になった。スペンサー(ピゴット)が大丈夫なことを望んでいるよ。これが今の関心事さ」

「次に琢磨のドライブ全部を祝福したいね。誇りに思っているし、すべてのパートナーのために成し遂げてくれたことを感謝している」

「僕たちも勝利へと走ったが、最後のスティントがルーズになってしまったと思う。しかし、今日のピット作業は信じられないほど優れていて、前進することができた」

「今日1位と3位で帰ってこれたことは、僕にとってかげがえのない宝だ」。今日はぐるぐる回った一日だった。まだ今はチャンピオンシップを戦っており、来週末はセント・ルイスで2レースがある。RLLRは素晴らしい仕事をするよ」とレイホールは次戦へ早くも切り替えている。

 72ポイントを加算したレイホール。ランキングトップのディクソンとは121ポイント差と再び開いたが、ランキング4位でシーズン中盤戦へと挑む。

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2020年7月21日 (火)

【耳学】1審を破棄<乳がん患者の乳首を舐めた>男性医師(44)「2審✍逆転有罪」。

“術後に胸を舐めた”準強制猥褻で起訴の男性医師(44)に逆転有罪 弁護士「あまりにも非常識かつ非科学的判決」

ABEMA TIMES 2020年7月14日(火)16時17分配信

「判決について、怒りと憤りを覚えています。私はこの件についてやっていませんし、無罪です」

 医師の関根進被告(44)は2016年、乳がんの手術を終えた女性患者の胸をなめるなどした準強制わいせつの罪で起訴された。

 1審判決では、女性が麻酔の影響で「せん妄」と呼ばれる意識障害の状態だった可能性があると指摘。女性の胸から検出されたDNAについては、会話の飛沫や触診に伴う汗などの可能性も否定できないとして、男性医師は無罪判決を受けていた。

 2審の東京高裁は、女性が麻酔の影響で「せん妄」状態だった可能性について、「女性の訴えは生々しい上、一貫している」「当時の精神状態をせん妄による幻覚と説明するのは困難」などと指摘。その上で1審の無罪判決を破棄し、懲役2年の実刑判決を言い渡した。

 主任弁護人の高野隆弁護士は、「一言で申し上げてあまりにも非常識かつ非科学的な判決だった」と、1審での他の患者や看護師の証言を一切無視した判決だと指摘。さらに、鉛筆で記載されたワークシートが書き直されたり、検査のデータが破棄された科捜研の鑑定の信用性を認めたことについても批判している。

 こうした指摘に対し、被害者側の弁護士は一審判決の際、「ワークシートは鑑定書を書く際のメモ書きで、鉛筆でも問題はない」とし、また「科捜研の鑑定はほかの事件も同様のルールで行われている」などと反論していた。

 被告・弁護側は上告し、最高裁で争う意思を示している。

乳腺外科医(44)が準強制猥褻に問われた裁判、逆転有罪判決の衝撃

Yahoo!ブログ 2020年7月13日(月)20時57分配信/江川紹子

 男性の乳腺外科医が、手術直後の女性患者の胸をなめたとして準強制わいせつ罪に問われたものの、一審の東京地裁では女性の被害の訴えは、麻酔の影響による「術後せん妄」の可能性があるとして、無罪とされてた事件。東京高裁(朝山芳史裁判長、伊藤敏孝裁判官、高森宣裕裁判官)は13日、原判決を破棄し、医師を懲役2年の実刑とする逆転有罪判決を言い渡した。被告・弁護側は記者会見で、「このまま冤罪を放置できない」として、即日上告した。

一審は科捜研の鑑定方法にも疑問符をつけていた

 一審判決では、被害を訴えるA子さんのほか、その母親、他の医師や看護師、同室の患者などの証言を細かく検討し、A子さんの訴えは麻酔薬や痛みの影響による「せん妄」の可能性が否定できない、と判断した。

 さらに、A子さんの胸から採取した微物鑑定を行った警視庁科学捜査研究所の研究員が、実験ノートにあたるワークシートを鉛筆で記載し、少なくとも9カ所を消しゴムで消して書き直していたり、あるいは本件ではDNAの量が争点になることを検察官から知らされた後に、定量検査についてのデータや抽出液を廃棄したために、鑑定結果が検証不能になったりしたことが、一審では問題になった。地裁判決は、「検査者としての誠実性」に疑問符をつけ、鑑定書について「証明力は十分なものとはいえない」とした。

科学的厳密さには欠けてもOK

 これに対して控訴審は判決要旨によると、A子さんの一審証言を「強い証明力を有する」と全面的に評価。科捜研の鑑定についても、DNA定量検査の記録や抽出液の残余を廃棄したことについて、「検証可能性の確保が科学的厳密さの上で重要であるとしても、これがないことが直ちに本件鑑定書の証明力を減じることにならない」として、信用性を認めた。

「非科学的な判決」に弁護団は衝撃

 主任弁護人の高野隆弁護士は、一審で手術後のA子さんの状況を語った3人の看護師証言を高裁が疑問視したことについて、「(高裁は)証言を見ても聞いてもいない、同室の患者の証言もあるのに、一切無視して、(看護師は)病院関係者だから偽証する動機があるなどとして退けた」と批判。

 その一方で、科捜研の鑑定の信用性を認めたことについて、高野弁護士は「裏付けるものが何1つないのに、思い違いや偽証をする動機がない、としてそのまま採用した。科捜研の技官が『ちゃんとやった』と言いさえすれば、何の裏付けがなくても裁判所は信用する。21世紀も20年が経つというのに、こんなに非科学的な裁判が行われ、冤罪が生まれていることに衝撃を受けている」と怒りをにじませた。刑事事件の経験豊富な高野弁護士が、会見の途中「このような裁判に、我々は怒りを通して、どうすればいいか分からないくらいだ」と口走ったところにも、その衝撃の大きさが伺えた。

外科医は「生活が再び壊される」

 有罪判決に被告人の乳腺外科医は「私はやっていません。それにも関わらず、公正であるべき裁判官が公正な判断をしないということに怒りを覚えている。(逮捕・起訴によって)一度壊れた生活を、やっとここまで立て直してきたのに、(有罪判決によって)再びこれが壊されることに憤りを覚える。この生活が守られるよう戦っていく」と語った。

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 乳腺外科医が準強制猥褻に問われ無罪判決”臨床医はどう見たか 

HUFFPOST日本版 2019年3月22日(金)19時38分配信

同業である乳腺外科医は「飛行機事故があったからといってパイロットを辞める人はほとんどいないように、この事件によって不安が増し、乳腺外科医たちが専門を辞めるといった判断にはならないでしょう」と語っていた。

 足立区の柳原病院事件で、手術後の病室で女性の胸を舐めたとして乳腺外科の男性医師(43)が準強制わいせつで起訴された事件。

 東京地裁は麻酔などによる手術後のせん妄だった可能性を捨てきれないなどとして、男性に無罪を言い渡した。

 この事件では、公判が始まる前から同僚の医師らによる男性医師の支援活動が展開。支援団体が男性医師のために募った署名は合計1万2867筆が東京地裁に提出された。

 被告人の男性医師は、判決後に「ホッとしています。日本医師会をはじめ、私を支援していただいた多くの方にこの場を借りてお礼を言いたいです」と話していた。

 一方、被害を訴えた女性は「私はせん妄ではなく、事件の詳細も覚えている。胸からは医師のDNAも検出された。これで無罪だったら、どうやって立証すればいいのか。私はただ、手術を受けに行っただけなのに」と困惑の表情を見せた。

 この裁判について、現場の医師たちはどうみたのか。

 同業である乳腺外科医と、臨床で術後せん妄に遭遇した経験がある麻酔医に話を聞いた。

同業である乳腺外科医の受け止めは

 乳腺外科で働く医師たちは、この事件をどう見ていたのか。

 関東で乳腺外科医をする男性は「この事件については、どちらが正しいかは判断がつかない。一方的に誰が正しいとは言いえない」と話す。

 公判では、被告人が女性の胸を舐めたのか、女性が手術後の麻酔などの影響により、せん妄で幻覚を見たのか意見が二分された。

 術後せん妄について「手術後に、変なことを言う人もいるし、自分でそうした暴言を覚えている人もいる」と振り返る。

 自分が受けた全身麻酔の手術後の状態は「過度の酩酊時のイメージだった」と語った。

 また、同業者として今回の件を受け「忙しくて現実的には難しいが、今後は看護師など周りの人とともに立ち会うようにするなどの自衛手段を取っていこうと思う」と話した。

 公判では、被告人側が「ニキビを潰したり、ひげを触ったりする癖がある」として「手を洗わずに触診すればDNAが検出されることはある」とし、舐める以外でDNA型が付着する可能性を示した。

 被告人は事件当日、触診があったものの「手術の直前まで一度も手洗いをしなかった」と供述しDNAがつばや指先から付着したとしていた。

 ただ、医療現場では触診については素手で確かめるのが通常であるが、触診の前後には必ずアルコール除菌か手洗いをするという。これは標準予防策という全ての患者に対して行われる基本的な感染対策だ。

手術前の写真撮影の手順は

 公判では、女性が衣服を自らまくり上げて胸を出し、顔が映ったかたちで撮影されていた。

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手術前の写真撮影の様子。赤い点線の内部が撮影された部位で、✖印は患部を示している。女性の証言や裁判資料を基に作成。

 手術前の写真撮影については「乳腺外科の症例で顔を撮影することは通常ありえない。顔を撮影する必要性がなくプライバシーなどの問題がある。顔が映らないように正面と左右で3枚程度撮影している。症例や医師によっては学会や論文のために多く撮影することもある」と説明した。

 また「後輩医師が撮影した写真に誤って顔の一部が入っていたりなどしたら、注意します」と語った。

臨床の麻酔医はどう見たか

 公判では「日本でも、医師の間では医学的常識として認識されている」という術後せん妄の説明がなされていた。臨床現場ではどのように受け止められたのか。

 麻酔科の勤務医はハフポストの取材に対し「術後のせん妄は、確かに頻回に起きることではある」と話す。

 せん妄が症状として出る要因には、どんなものがあるのか。

 麻酔科医は「高齢者や認知症の方、長時間の大がかりな手術、またうつ病やアルコール依存症などの精神的な疾患を抱えてる方は起こる傾向が強い」と説明する。

 今回のような若年の女性の短時間の手術では「使用された薬剤によるが、今回の麻酔薬では起こる可能性は低いと思う。少なくともこのケースのようなリアルな性的せん妄を起こした症例はみたことがない。この条件で術後せん妄を起こす、ということは臨床現場の常識ではない」と語った。

 手術で使われた麻酔薬プロポフォールのせん妄リスクについても「麻酔の導入のみに使用した場合、手術終了後には血中にはほとんど残っていない。それが術後せん妄を起こすことは考えにくいですが、吸入麻酔含め術中に使った他の薬剤がせん妄に影響を与える可能性もあります」と説明している。

署名活動について同業医師が語る複雑な心境

 今回の事件について、同業者である乳腺外科の医師は「もし、患者さんのせん妄であったならば、乳腺外科医にとっては非常に不運なことである。確率の低い、飛行機が墜落するレベルのものだが、飛行機事故があったからといってパイロットを辞める人はほとんどいないように、この事件によって不安が増し、乳腺外科医たちが専門を辞めるといった判断にはならないでしょう」と話す。

 一方で「せん妄なのか、医師の性犯罪だったのかは、正直なところどちらとも言えない。医師だからといって犯罪を犯さないとは限らない。医学生、研修医、だけでなく医師の犯罪も多く事件になっている」と心情を述べた。

 この事件では、被告人となった男性医師の逮捕直後から無罪を訴える支援集会が開かれたり、署名活動が展開されていた。

「知り合いの乳腺外科医と話をしていても、『無罪だ』として署名をしたり、支援に参加したりする人もいる。だが、こればかりはその医師本人と神様にしか分かりえないこと。『この人が犯人だ』と決めつけるのと同じく、本当の状況を知りえない人が、無責任に『この人はやっていない』と言って首を突っ込むのはどうかと思うので、自分はそういった活動には参加しなかった」と話した。

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乳腺外科医(44)による猥褻事件で逆転有罪判決、医療従事者に知ってほしい被告人(男性医師)側の不思議な供述

Yahoo!ブログ 2020年7月13日(月)16時54分配信/小川たまか(ライター)

 一審の東京地裁で無罪判決が出た乳腺外科医による準強制わいせつ事件について、7月13日の東京高裁で逆転の有罪判決が言い渡されました。

 判決は原審を破棄、懲役2年。量刑の理由について裁判長は「麻酔から覚めきっていない患者に対して、診察と誤解させる態様で犯行が行われた」ことや、「被告人は一貫して犯行を否認し、反省を示していない」ことと述べました。

 一審では、被害者が麻酔後に性的幻覚を見た(いわゆるせん妄状態だった)可能性があるとされ、鑑定で被害者の左胸から被告人のDNAが検出された結果について、医師が被害者の胸を舐めたことが最有力の仮説と言えるかもしれないが、それでも手術時の会話や触診の際に唾液の飛沫が飛んだことによる可能性を否定できないとされました。

 控訴審では、検察・弁護側双方から、せん妄に関する専門家が証言者として出廷。検察側証人は「Aさんの証言は信用でき、幻覚があったとは言えない」「(医療者によるわいせつ事件は稀かのように言われているが)稀ではない」などと証言したのに対し、弁護側証人は「せん妄の典型例」と証言。

 判決では、検察側証人の証言が、弁護側証人より信頼できると判断されました。

医療従事者に考えてほしい、被告人側の供述

 この事件について、控訴審の1回目から判決まで全て傍聴してきました。一審の裁判時から、被害者にとっては大変酷な時間だったと思います。毎回、傍聴の抽選に並ぶ人の多くは被告人側(医師側)の支援者。

 裁判所前では「冤罪を許してはいけない」というスピーチが繰り返されていました。

 今日も、裁判所前では、被告人側の支援者が「満床で、カーテンで一枚仕切られているだけ、看護師が入れ替わり立ち替わり訪れる場所で、わいせつ行為が行われることは現実的ではない」といった内容を訴えていました。

 被告人側の支持者には医療関係者も多かったと思われます。私は、この事件を機に、医療関係者が考えた方が良いことは、「これでは男性医師は女性患者を診察できなくなる」といった内容ではないと思っています。

 実は一審でも「被告人の供述の信用性は慎重に判断する必要がある」とされた部分がありました。

 なぜ被害者の胸にDNAが付着したかについて、被告人側の主張は次のようなものでした。

手術の当日、起床時の身支度以降は手術の直前まで手を洗わなかった

ニキビを潰したり、ひげを触ったりする癖がある

 手術当日の午前中には多数の患者を診察し、触診もあったのに、手術の直前まで手を洗わなかったというのは、ちょっと信じられません。一審判決でも当然「医療従事者の行動としてにわかに信じ難い内容」と断じられています。

 高裁判決では、手術中に唾液が飛散した可能性について、手術中に左胸の側にいたのは別の医師であり、この医師のDNAは検出されていないことも指摘されました。

なぜ顔入りの患部写真を撮る必要があったのか

 また、通常であれば患部のみを撮影する手術前写真について、被害者女性の場合は顔も入れた写真を複数枚撮影されていたことや、撮影記録を捜査前に消した痕跡があったこと。これを被告人を支援する医療従事者は、どのように捉えているのでしょうか。

 さらに言えば、手術直後の麻酔が覚めきっていない女性患者の病床に、1人で2回訪れたことについては、医師側も認めています。被害者の証言では、1回は「看護師と入れ替わりで入ってきた」とされています。

 たとえば乳がん検診などの際に男性医師が触診を行うとき、看護師が立ち会うことが推奨されています。これは患者の不安を払拭することはもちろん、冤罪を防ぐためにも必要な措置です。

 医師が手術後の状況を見るためだったとしても、看護師を伴うことはできなかったのでしょうか。繁忙のためにそれが叶わなかったとするなら、医療界が考えなければならないのは、その状況ではないかと思います。

カルテでは「術後覚醒良好」

 被告人側の弁護士は、被害者が手術後に「ふざけんな、ぶっ殺す」と言ったという看護師の証言を法廷で繰り返しました。「病棟に響き渡るような声で」とも言っていました。

 これまでの報道では、この印象的な発言が注目を集め、被害者がせん妄だったと信じる人が多かったように思います。被害者はこの発言について「記憶にない」と言っています。

 高裁判決では、「ふざけんな、ぶっ殺す」という発言の記録がカルテには残っていないこと、さらにカルテでは被害者がせん妄状態だったとする記述もなく、むしろ「術後覚醒良好」という記載があったことを指摘しています。

 カルテに「術後覚醒良好」と書いていた看護師が、その後弁護士や病院スタッフと話したあとで「半覚醒状態だったと思う」と証言を変えたことについても、一貫した証言とは言えないと判断されました。

ネット上では「再鑑定不可能」の誤解も拡散していた

 今日の法廷では、被害者のA子さんもついたてで区切られた場所で判決を聞いていました。有罪の言い渡しの後、被告人側支援者からは軽い抗議のような声が上がり、ついたての向こうからはすすり泣きが聞こえてきました。

 A子さんにとってみれば、手術後に担当医からわいせつ行為をされ、自分だけの証言では信用されないと思ったから通報し、証拠採取をしてもらったところDNAが検出されたという事件です。

 一審の裁判中に、弁護側はA子さんの裸の胸の写真を法廷で傍聴席からも見える場所に映そうとし、裁判長が止めたことがあったと聞きます。また、ネット上では鑑定資料が廃棄され、再鑑定が不可能であるという誤解も拡散されていました。

 被害者側を支援する弁護士が「鑑定資料を再鑑定できないかのように報道されているがそれは間違い」と会見で言及するほどでした。

 被害者側にとっては、一審判決前から一部の報道は医師側に不利な情報を載せないなど非常に一方的であり、酷なものに感じていたことと思います。

 控訴審の間も、A子さんにとって、とてもツラい時間だったと思います。本当にお疲れ様でしたと伝えたいです。

※控訴審を審理したのは朝山芳史裁判長。朝山裁判長が退官したため、読み上げを引き継ぎの細田啓介裁判長が行った。新型コロナウイルス感染症の影響により、4月の予定だった判決言い渡しが延期されていた。

 手術後わいせつ事件 女性患者の胸を舐めた医師が「逆転有罪」になった理由 

文春オンライン 2020年7月21日(火)6時01分配信/諸岡 宏樹(ライター)

 東京都足立区の病院で2016年、手術直後の女性患者の胸を舐めたなどとして、準強制わいせつ罪に問われた男性医師(44)に対する控訴審判決で、東京高裁は7月13日、一審の無罪判決を破棄し、懲役2年の実刑判決を言い渡した。被告側は即日上告した。

資料の再鑑定は不可能ではない

 判決によると、男性医師は自身が執刀した右乳腺腫瘍摘出手術の患者であるA子さん(当時31歳)が手術後の診察を受けるものと誤信して、抗拒不能の状態にあることを利用し、病院のベッドの上に横たわるA子さんの着衣をめくって左乳房を露出させた上、その左乳首を舐めるなどのわいせつ行為をしたとされる。

「A子さんは被害直後、証拠を残さなければならないと思い、看護師が体を拭こうとするのを断り、警察官が来るまで左乳首をそのままにしていた。そこから男性医師のDNAが大量に出た。この際に科捜研はDNA鑑定の資料としてガーゼ1片を使い、半分は残余資料として警察署に返還している。なぜか世間に誤解されているが、再鑑定は不可能ではありません」(捜査関係者)

 DNA定量検査の結果では、A子さんの左乳首付近には「1.612ng/µl」のDNAが付着していたという。一審で検察側証人として出廷したDNA鑑定の専門家は「被害者のDNAの100倍以上の被告人のDNAが付着していたということになる」と証言した。

 ところが、科捜研の担当職員が実験ノートに当たるワークシートに鉛筆書きしており、ケシゴムで消して書き直した箇所もあったことから問題視され、「刑事裁判の基礎資料としてふさわしくない」「検査者としての誠実性に疑念がある」と批判を浴びることになり、その信用性が争われることになった。なお、原審は「1.612ng/µl」という結果自体は問題ないことを認めている。

「ニキビを潰す癖やヒゲを抜く癖もあるので……」

 男性医師はA子さんの左乳首に自身のDNAが多量に付着していたことについて、一審の公判で次のように述べている。

「事件当日は起床してから手を洗っていない。午前中、多数の患者を診察したが、それでも手を洗っていない。当時は慢性の鼻炎でくしゃみを連発し、口の周りをぬぐう癖があった。また、ニキビを潰す癖やヒゲを抜く癖もあるので、時々出血する。それらのDNAが付着する可能性もあった」

 また、手術の直前には両胸が露出した状態のA子さんを挟んで、マスクを着けない状態で助手とディスカッションしたと説明し、その際に両胸を触診し、左右の乳首を両手でつまんだことなどもDNAが付着した原因としてあげている。

 その結果、一審判決では「そうすると、いささか決定打には欠けるが、『疑わしきは被告人の利益に』の観点から、唾液の飛沫が乳頭付近に付着する可能性があるということになる」という理由で無罪になったのだ。

 だが、控訴審判決はこれらの事情をすべて否定するものだった。

触診により付着した汗等の可能性は「極めて低い」

 まず、本件アミラーゼ鑑定、DNA鑑定及びDNA定量検査は、「本件犯行を一定程度推認させる。被害者の原審証言を支え、わいせつ被害に遭った事件性を立証するものであれば足りる」とした。

「科捜研の担当職員は相応の専門性、技量、実務経験を有し、通常の手順に従い、適切な器具等を用いて本件アミラーゼ鑑定を行ったものと認められる。鑑定内容について、あえて虚偽の証言をする実益も必要性もなく、その証言内容にも不自然な点は認められないから、その信用性を否定すべき理由はない」(朝山芳史裁判長)

 また、触診により付着した汗等により、被害者の乳首に男性医師のDNAが付着した可能性は「極めて低い」と断じた。

「原審は口腔内細胞が含まれた唾液の会話による飛沫が、本件DNA定量検査の結果をもたらした可能性を指摘し、その場面は入院直後の検査と手術台を挟んだ助手との打ち合わせとされているが、入院直後の状態は被害者と座った状態で話していて、被告人の唾液が被害者の左乳首まで飛んで付着するとは考え難い。

 また、被告人と助手が手術台の両脇に分かれて立ち、両胸を露出して手術台上に横になっている被害者を挟んで、本件手術に関する打ち合わせをしたことは認められるが、助手の方が被害者の左胸に近かったにもかかわらず、助手のDNA型は検出されていない。本件DNA定量検査の数値の厳密性には疑問を入れる余地があるとしても、会話による唾液の飛沫によることの説明は困難である。原判決の説示は、論理則、経験則等に照らして、不合理なものと言わざるを得ない」(同裁判長)

他の裁判官よりも無罪判決が多い

 司法担当記者が意外な説明をする。

「朝山芳史裁判長は変わり者として知られる人です。無罪判決も他の裁判官より多いし、検察官から見ると、天敵というべき人物。ポーカーフェイスで、何を考えているのかも分かりません。その朝山裁判長が逆転有罪判決を出したのだから画期的。『もっと苦戦するかと思った』というのが、検察側の偽らざる本音だったでしょう。

 当初、控訴審の判決は4月15日に予定されていましたが、コロナの影響で延期された。その間の5月2日に定年で退官することになった。まさに最後の大仕事、渾身の判決文です。細田啓介裁判長が代読することになりましたが、自分で読み上げたかったでしょうね」

「首尾一貫し、合目的的な行動を取っている」

 A子さんが「麻酔覚醒時のせん妄により、幻覚を見たかもしれない」という争いについては、「カルテに記載がなく、『術後覚醒良好』との記載があり、『不安言動は見られていた』との記載はあるものの、せん妄である旨の記載はない」と指摘した上で、A子さんが事件当日午後3時12分に「たすけあつ」「て」「いますぐきて」というLINEのメッセージを上司宛に送っている事実を重視し、「せん妄による意識障害があったことと相容れない事実」として、A子さんがせん妄の状況下にはなかったものと認定した。

 控訴審で検察側証人として出廷した精神科医が次のように補足する。

「『たすけあつ』と打った時点で間違いに気付き、『て』と修正し、その後に『いますぐきて』という正しい文章を打っている。このように結果を目で見て行動し、知覚と行動のループが繰り返されている。これは、せん妄状態の高度な人においてはあり得ません。

 左乳首を舐められている間、右手でナースコールを押し続けた点も注目に値します。右手で触ったのは本物のナースコールです。ところが、ナースコールを押しているさなか、A子さんは左胸を舐められている感覚も自覚しています。もし、これがまぼろしだとすれば、左胸にはまぼろしの感覚を、右手には現実の感覚を感じていたことになります。同時進行で幻覚と現実の両方を知覚するなどあり得ません。

 また、駆け付けた看護師に対して『今のはドクターですか』と確認し、『はい、そうですよ』と会話したことも覚えている。これだけ首尾一貫し、合目的的な行動を取っている人に対し、せん妄だと主張していることはおかしいです」

大きく変わった、被害者であるA子さんの原審証言の信用性

 また、A子さんが男性医師から2回にわたってわいせつ被害を受けたと訴える場面は、午後2時55分と午後3時12分との間とされているが、その頃に男性医師がベッド脇に2回赴いたことは原判決でも認定されている。A子さんの訴えるわいせつ被害がせん妄による幻覚であるとすると、A子さんはこの17分間に男性医師が2回来たことははっきり覚えているのに、その後突然、せん妄状態に陥って性的な幻覚を見たことになり、男性医師が退出する際には再び覚醒するということを2回も繰り返したことになる。

 控訴審判決では「このような短期間の間に覚醒と幻覚が交替して出現するということは、にわかには考え難い」と一蹴した。

 つまり、一審と二審ではどこが大きく違ったのか。一つは、被害者であるA子さんの原審証言の信用性の問題だろう。

「地位を利用して患者にわいせつ行為をするような人間は許せない」

 一審の構造は、A子さんはせん妄の影響を受けていた可能性があるので、「証言の信用性には疑問がある」とされた。それでも、信用性が肯定できるというには、「その証言から独立した証明力の強い、その信用性を補強する証拠が必要」とされ、アミラーゼ鑑定などについても疑義があるし、「信用性があると仮定しても証明力は十分と言えない」というものだった。

 これに対し、控訴審の構造は、「A子さんの証言は客観証拠と符合しており、直接証拠として強い証明力がある。アミラーゼ鑑定、DNA鑑定、定量検査結果は、科学的な厳密さの点で議論の余地があるとしても、A子さんの原審証言と整合するものであって、その信用性を補強する証明力を十分に有する。したがって、本件の事件性については、合理的な疑いを容れない立証がある」というものだった。A子さんが幻覚を見たわけではないことを、はっきり認定したのだ。

 被害者参加弁護士の上谷さくら弁護士は次のように話す。

「今回、私たち被害者の代理人は多くの医師と面談して徹底的に勉強し、被告人は控訴審で逆転有罪になるという確信を得ることができました。つまり、私たちに協力する医師がたくさんいたということです。看護師さんたちからも、『医者が患者に絶対わいせつ行為をしないなんてことはあり得ない』というエピソードをたくさん教えてもらいました。多くの医師や看護師の方々が協力してくださり、地位を利用して患者にわいせつ行為をするような人間は許せない、頑張ってほしい、という励ましに支えられて頑張ってきました。その方たちに感謝したいです」

医師会は異例の声明を出したが……

 となると、これは果たして冤罪なのか。男性医師の弁護団は「冤罪を放置するわけにはいかない」としているが、通常あり得ないほどの自分の体液がたっぷりと検出された被害者の左乳首をどのように説明するのか。

「男性医師はなぜ手術した右胸とは反対側の左胸側にいたのかについて、何ら合理的な説明をしていない。さらに男性医師は、A子さんを手術台に座らせ、上着を上げて両胸を露出させている写真を撮影し、そのうちの3枚はA子さんの顔面入りで正面から撮影していた。そのことについて、男性医師は『トリミングすれば良いと思っていた』と供述しているが、その割には捜査時にはA子さんの写真だけが削除されており、A子さんの写真画像の中に捜査機関に見られたくないものがあったということを認識していたとみられる。性的感情を抱いていた男性医師が、A子さんが麻酔からの覚醒過程にあることから、それを絶好の機会ととらえ、本件犯行に及んだものと考えられる」(捜査関係者)

 だとしたら、とんでもない職権乱用だ。真面目に働いている全国の多くの乳腺外科医たちの信用を失墜させる行為だ。7月15日、日本医師会の中川俊男会長は、控訴審判決について「身体が震えるほどの怒りを覚えた。日本医師会は判決が極めて遺憾であることを明確に申し上げ、今後全力で支援する」と異例の声明を出したが、医療界にとって患者の信頼を取り戻すための「断罪」こそが先決ではないのか。

 ノストラダムスの大予言」著者・五島勉氏が90歳で死去していた 

文春オンライン 2020年7月21日(火)16時00分配信

「1999年7月に人類が滅亡する」と“予言”し、社会現象となった「ノストラダムスの大予言」。その著者、五島勉氏が6月16日、90歳で死去していたことが「週刊文春」の取材で分かった。

 五島氏の夫人が語る。

「2年半ほど前から心不全など色んな病気で病院を出たり入ったりしていました。今年に入り、難病の膿疱性の湿疹が再発し、背中に薬を塗るのを手伝いながら、『この夏を越すのは難しいかな』と思っていたんです」

 6月上旬に体調が悪化して入院したが、やがて食事が摂れなくなり、そのまま6月16日に逝去した。

 五島氏は1929年11月、北海道函館市生まれ。東北大学法学部を卒業後に上京し、1958年に立ち上げられた「女性自身」(光文社)に創刊号からライターとして参加。皇室や殺人事件の記事も執筆していた。

 その後、1973年11月に「ノストラダムスの大予言」(祥伝社)を上梓。同著は〈1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる〉として、1999年7月に核戦争や環境汚染によって人類が滅亡することを示唆。日本中に“世紀末ブーム”が巻き起こり、250万部を超えるベストセラーとなった。「大予言」シリーズは1998年まで全10冊刊行されている。

 夫人が五島氏の人柄をこう振り返る。

「趣味がない人でしたが、手相をみてくれることはありました。決して明るくはないけど、優しい人でした。亡くなる前には、地球の気温が上がっていることに、『日本沈没みたいになりかねないね』と話していました」

 

2020年6月11日 (木)

【藤井七段】過密日程たたり「10連勝でストップ」今季初黒星

 藤井聡太七段過密日程下の王座戦今季初黒星 

東スポWeb 2020年6月11日(木)17時00分配信

 将棋の現役最年少棋士・藤井聡太七段(17)が10日、大阪市の関西将棋会館で行われた第68期王座戦2次予選で大橋貴洸六段と対戦し、110手で敗れた。今期初黒星を喫した藤井七段は挑戦者決定トーナメント進出を逃した。

 藤井七段は現在、第91期ヒューリック杯棋聖戦で渡辺明3冠(36=棋聖、棋王、王将)に、史上最年少でタイトル挑戦。大きな注目を浴びた8日の5番勝負第1局では見事な指し回しを見せ、“現役最強”と言われる渡辺3冠に勝利した。

 藤井七段は今月2日、4日、8日、10日と過密日程の中で戦い続けている。これは新型コロナウイルス感染拡大の影響で、100キロ以上の移動を伴う対局が5月末まで行われなかった影響。今月に入って移動を伴う対局は再開されたが、その分、過密日程になっているのだ。

 棋聖戦第2局は28日に行われるが、その間にも20日に師匠・杉本昌隆八段と竜王戦3組決勝で対戦するなど、多くの対局が組まれている。そのため「大橋六段に負けたのは過密日程のせい」と言われているが、実は渡辺3冠の方がもっと厳しい日程を強いられている。

 渡辺3冠は10日から、豊島将之名人(30=竜王との2冠)に挑戦する名人戦7番勝負に挑んでいる。名人戦は2日制で、第1局の終局は通常なら11日の夜となる。肉体的にも精神的にも、疲労は1日制の比ではないという。

 名人戦は例年4月に開幕するが、新型コロナの影響で今年は6月にズレ込んだ。その影響で渡辺3冠は、28日に行われる藤井七段との棋聖戦第2局の前に名人戦第2局(18、19日)、第3局(25、26日)をこなさねばならない。藤井七段どころではない“超過密日程”となっているのだ。

 渡辺3冠は戦前、「藤井聡太七段の初めてのタイトル戦という、間違いなく将棋史に残る戦いに出場することに大きなやりがいを感じています」と話していたが、その言葉にたがわぬ熱戦になるのは間違いない。

藤井聡太七段、“天敵”大橋六段に今季初黒星…中1日過密日程で

スポーツ報知 2020年6月11日(木)6時00分配信

 将棋の史上最年少棋士・藤井聡太七段(17)が10日、大阪・関西将棋会館で指された第68期王座戦2次予選決勝で、後手の大橋貴洸(たかひろ)六段(27)に110手で敗れた。8日の第91期棋聖戦5番勝負第1局で渡辺明棋聖(36)=棋王、王将=に先勝し、日本列島の熱視線を集めている17歳だが、今月に入って4局目で、中1日というハードスケジュールの中、珍しく悪手も出て、今期初の黒星。連勝は10でストップした。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止策で100キロを超す移動ができないため、対局を休んでいた藤井七段にとって、2か月ぶりの本拠地・関西将棋会館での対局。相手の大橋六段は、2016年10月に四段に昇段した唯一の同期で、これまでの成績は2勝2敗と五分。タイトル未経験者で複数の黒星を喫した棋士は、佐々木大地五段(25)=藤井の1勝2敗=と大橋だけという“天敵”だ。

 中盤までは互角も夕食休憩明けに窮地に。最後は1分将棋で時計とも戦った末、3月9日の出口若武四段戦以来の敗北を喫した。「あまり経験のない将棋で一手一手手探りだった。強く踏み込まれて、思ったより厳しかった」と藤井七段。王座戦の挑戦者決定トーナメントは2018年は準々決勝敗退、シード権を得た昨年は初戦で敗れているが、進出自体を逃したのは初。藤井七段には鬼門のタイトルとなっている。

 「残念な結果でしたが、内容を反省して次につなげたい」。次回公式戦は13日の阿部健治郎七段(31)との第61期王位戦挑戦者決定リーグ戦・白組の最終局。勝てば23日、紅組覇者と木村一基王位(46)への挑戦権を争う対局に臨む。その前の20日には竜王戦3組ランキング戦決勝で杉本昌隆八段(51)との2年3か月ぶり2度目の師弟対決を控える。この日、在住する愛知県など東海と近畿、中国地区が梅雨入り。稀代の天才棋士は雨雲を吹き飛ばさねばならない。

 ◆ 大橋六段勝ち越しも淡々

 大橋六段は藤井七段に対して通算3勝2敗と一歩リード。藤井に次いで全棋士2位の高勝率.731を誇る実力を見せつけた。大阪在住ながら、洋服を東京・代官山で仕立てる棋界随一のファッショニスタは爽やかなベージュのスーツ姿で「素晴らしい活躍をされているので、対戦の機会を楽しみにしていました」。同期からの3勝目については「積み重ねなので、勝ち越したから何かということはありません」と淡々と語っていた。

藤井聡太七段“17歳の笑顔”にファン悶絶、盤外の表情に大反響

ABEMA TIMES 2020年6月11日(木)11時33分配信

 対局中の凛とした表情とはガラリと変わった17歳の笑顔に、ファンが大喜びだ。将棋の最年少棋士・藤井聡太七段(17)が、永瀬拓矢二冠(27)、増田康宏六段(22)とともに、番組企画に登場。将棋と離れた内容に、普段は見せない笑顔を振りまいた映像に、視聴者から「尊いってこういう時に使うのか!」「ほのぼのしてて癒やされました」という声が相次いだ。

 藤井七段は、プロ将棋界初の団体戦「第3回AbemaTVトーナメント」に永瀬二冠、増田六段と同じチームで登場。第1回、第2回と個人戦で連覇しており、チームメイトも強力ということもあってか、ドラフト会議直後から優勝候補の筆頭とする関係者、ファンも多かった。

 戦いを前に集まった3人は、永瀬二冠の好物であるバナナに関する暗記クイズに挑戦。棋士といえば、自分だけでなく他の棋士の将棋も覚えていることから、その暗記力に驚かされることも多い。バナナについては1年ほど食べていないという藤井七段だったが、問題として10種類用意されたのを見ると「バナナに違いがあるとは知らなかったです」と微笑んだ。

 10種類を手分けして覚えることになったが、あまり興味を持ったことがなかったのか「最難関ですね」とポツリ。続いて「向きと本数で」と、バナナをシルエットで覚える戦法に出た。結局、3種類が藤井七段の担当になったが、ここでは秀でた記憶力を発揮。永瀬二冠、増田六段が危うく不正解となるシーンがあったところ、3種類とも見事に答えると、2人からは「さすがです」「すごい!」という声が飛んだ。

 瞬時に覚える記憶力も魅力だが、ファンの心を鷲掴みにしたのは、その笑顔だ。対局時ともなれば、ひたすら真剣に盤と向き合い、苦戦時には悩ましい様子を見せることもあるが、この日はリラックスモードなのか終始笑顔。戦いを離れれば、他の17歳と変わらないといった様子が好評だったようで、ネット上では「愛しさで溶けます」「お宝映像です」「神動画!!!」という感想が多数寄せられていた。

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どんな時もブレない!17歳・藤井聡太七段、“普段通りの強さ

GOETHE 2020年6月11日(木)8時01分配信

「対局については普段通り臨むのが一番いいかなと思いました」ーーー初のタイトル戦となった第91期棋聖戦の初戦を制した藤井聡太七段

 久しぶりに、曇りのない希望を見た気がした。藤井聡太七段にとって初のタイトル戦となった第91期棋聖戦。相手は、現在棋界最強といわれる渡辺明三冠だ。破竹の勢いで挑戦者に駆け上がった藤井七段もさすがに苦戦すると思われたが、初戦で会心の勝利をあげた。タイトル挑戦者としては史上最年少。このまま5番勝負を制すれば、もちろん史上最年少のタイトルホルダーとなる。対局後の藤井七段は、相変わらずの冷静な口調で17歳とは思えぬ強心臓ぶりを見せた。

「先勝することができてよかった。第2局までしばらく時間があるので、しっかり調整したい」

「長い持ち時間で渡辺棋聖と戦うのは初めて。中盤でいくつか思いつかない手を指され、こちらも見習わなければならない」

「対局については普段通り臨むのが一番いいかなと思いました」

 淡々としたコメントも“普段通り”。タイトル戦用に師匠から和服をもらっていたというが、この日は「勝手がわからなくて」ということでスーツ姿。そんな普段通りのスタイルも、大舞台でも舞い上がることのない藤井七段の強さを象徴しているかのようだった。

 これで3月以降10連勝。新型コロナウイルス問題が大きくなっていく中で一気に成長したといわれるのは偶然ではないだろう。普段は高校に通っている彼は、この期間ふだん学業に割いている時間の多くを将棋に傾けることができたのだろう。一時はタイトル戦の開催も危ぶまれていたが、そんななかでも着実に成長した姿をファンに印象づけた。

 この新型コロナウイルス騒動で多くの人がこれまでの生活を変えざるを得なくなった。“普段通り”でないことでパフォーマンスが低下したと感じている人も少なくないだろう。しかし17歳の藤井七段は、それが言い訳に過ぎないことを教えてくれている。自分にとってなにが重要かということをしっかりと見つめていることができれば、むしろ成長することもできる。藤井七段の将棋人生においては、まだまだスタート地点あたりの1勝に過ぎないかもしれない。だが、この1勝が日本全体に与えたインパクトは大きい。どんな時もブレずに前を見続ける。17歳の棋士は、その大切さと、力強い勇気を私たちに与えてくれたような気がする。

藤井聡太七段“凄さの領域”、例えるなら「2試合連続ノーヒッター」

東スポWeb 2020年6月9日(火)17時00分配信

 将棋の第91期ヒューリック杯棋聖戦5番勝負第1局にタイトル戦史上最年少で挑み、渡辺明棋聖(36=棋王、王将)を下した藤井聡太七段(17)。初戦から圧巻の実力を見せつけた天才高校生棋士がどれだけすごいのか、プロ棋士が「プロ野球で言えば…」と例えてくれた。

 将棋の最年少タイトル戦挑戦者の藤井七段と渡辺棋聖が対局する棋聖戦5番勝負の第1局は8日に東京・渋谷区の将棋会館で指され、157手で先手の藤井七段が勝利した。

 藤井七段はこの日、タイトル戦に17歳10か月20日で挑み、1989年に屋敷伸之四段(現九段)が棋聖戦に登場した時の17歳10か月24日を4日上回る史上最年少記録を更新。

 対局後の会見で藤井七段は「最後、かなり際どい展開になって時間もなかったので、最後のほうは分からないまま指していたという感じだった」と振り返った。

 それでも勝てたことで「まず先勝することができて良かった」と安堵。「第2局までしばらく間があるので、しっかり準備したいと思う」と、28日に行われる第2局を見据えた。

 渡辺棋聖については「中盤でいくつか、こちらが思いつかない手を指されて、そういったところはこちらも見習わなければいけないところなのかなと感じた」と淡々と語った。

 この日、現場で観戦していたプロ棋士の勝又清和七段(51)は「すごい名局だった。すごすぎて、信じられないくらい」と驚きをあらわにした。

 第1局での藤井七段の将棋について「読み切っていなくても正確に逃げ切っていた。(終盤に)一手間違えると全部詰むという状況で、30手以上正確に逃げていた」と説明。“魔王”の異名を取り、キャリアハイといわれる渡辺棋聖を相手に、激しい終盤で30手以上逃げる超絶さ。勝又七段は本紙に説明しながらも「だんだん現実味のないような話に聞こえてくる」。この対局は、漫画や映画などのフィクションの領域と言っていいのかもしれない。

 それを遂行した藤井七段について、「彼は集中力そのものが才能。読みの力が抜群。藤井七段はプレッシャーを全く感じていなかった。全く普段と変わらなかったし、どんどん隙がなくなっている」と指摘する。

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 そして、今回に至る快進撃をこう表現する。

「2冠王(永瀬拓矢2冠)に勝って3冠王(渡辺明3冠)にも勝っている。野球で例えるなら、エースピッチャー2人を相手に、2試合連続ノーヒットノーランで勝利するようなもの」

 1試合でさえ難しいだけに、2試合連続ノーヒットノーランを達成したピッチャーは日本のプロ野球にはまだいない。それほどの偉業なのだろう。

 初戦は先手で勝利した藤井七段。第2局は渡辺棋聖が先手になる。一般に将棋は先手が有利とされるが、渡辺棋聖にとって厳しい戦いになりそうだ。

「渡辺棋聖はテニスのように、サービスゲームをキープしなければいけない。サービスゲームをブレークされたらマズイ。第1局を制した藤井七段は、次を落としても1勝1敗になるだけ。次は渡辺棋聖にとっての正念場になるのでは」(勝又七段)

 次の対局は果たして、どんな展開になるのか?

渡辺明三冠の出前『うな重藤井聡太七段への配慮なのか?

中日スポーツ 2020年6月9日(火)15時02分配信

 山口恵梨子女流二段(28)が9日、フジテレビ系「バイキング」に出演。藤井聡太七段(17)が第91期棋聖戦五番勝負に史上最年少で挑み、第1局を勝利した8日の対局中に渡辺明三冠(36)=棋聖・棋王・王将=が頼んだ昼食のうな重は、藤井七段への好きな物を気兼ねなく注文しなさいという”気遣いのメッセージ”だと明かした。

 番組では、藤井七段は980円のカツカレー、渡辺三冠は3600円のうな重を頼んだと取り上げ、毎度メディアに取り上げられる”勝負メシ”トークに、出演したタレントのヒロミは「うな重対カツカレーみたい」とあきれ顔。そこに一石を投じたのが山口女流二段。うな重は結構重要なポイントと切り出すと、渡辺三冠は食事がスポンサー持ちになることが多いタイトル戦では1500円以内しか注文しないことが棋界では有名と説明し、1500円以上の物を藤井七段が頼みにくくなってはいけないというのを踏まえて、あえてうな重という高価な物を頼んだと藤井七段への気遣いの現れだと解説した

 勝負メシに隠れたメッセージがあったという衝撃の情報に、MCの坂上忍は「ちょっと待って」と驚き、「ほら、食べ物重要なんですよ」とヒロミに向かって、冗談っぽく食ってかかっていた。

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渡辺明棋聖、藤井聡太七段を気遣ううな重』秘話

スポーツ報知 2020年6月9日(火)14時07分配信

 9日放送のフジテレビ系「バイキング」(月~金曜・前11時55分)では、将棋の第91期棋聖戦5番勝負の第1局で史上最年少でタイトルに挑戦した挑戦者・藤井聡太七段(17)が渡辺明棋聖(36)=棋王、王将=に先勝したことを報じた。

 番組では、注目の対局の勝負メシは渡辺棋聖が「うな重のご飯少なめ」(3600円)、藤井七段が「かつカレー」(980円)と伝えた。

 解説で出演した山口恵梨子女流二段(28)は渡辺棋聖が注文した「うな重は結構注目ポイント」と指摘。「タイトル戦の食事はスポンサー持ちになることが多い」と明かした上で「なので渡辺三冠は、1500円以内というマイルールを決めていたんです」と説明。「うな重をここで注文したということは、藤井七段に自分のマイルールを強制させない様に。1500円以上のものを藤井七段が頼みにくくならないように、あえてうな重という高価なものを頼んだ。うな重をタイトル戦で頼むということ事態が相当(異例)」と裏話を披露した。

 「もう一つ」と続けると「今は対局中にマスクの着用を義務づけられている。渡辺三冠は途中でマスクを外しているんですよ。マスクしながら対局って正直、メチャクチャしんどいんですよ。全然、頭に酸素がいかないので。あえて自分が早めに外して、藤井七段がマスクを外しやすいように。他の対局だと、外さずに指されてたりもするんですよ。なので、早めにマスクを外しているのも渡辺三冠の気遣いなんですよ」と語ると、MCの坂上忍(53)らは目を丸くし、うなっていた。

渡辺明三冠 鰻重頼んだワケ…中学生棋士時代の“自分”とダブらせ…

デイリー 2020年6月9日(火)10時54分配信

 フリーアナウンサーの近藤サトが9日、日本テレビ系「スッキリ」で、将棋の棋聖戦で、渡辺明三冠が昼食に鰻重を頼んだことに言及。渡辺三冠が対戦相手の藤井聡太七段と同じ、中学生プロ棋士だったことが理由の一つではないかと推察した。

 近藤は今回の棋聖戦を注目してみていると言い、特に渡辺三冠の着物と勝負飯に注目していると話した。

 勝負飯について、渡辺三冠は鰻重を注文しているが「なんだ鰻重か、さすが三冠と思う人もいるかもしれないが、あそこで鰻重を頼まないと、藤井さんの選択肢がなくなっちゃう」と説明し、加藤浩次は「え?どうして?」と質問した。

 近藤は「(昼食は)格上の人よりもちょっと安いものを頼む、という慣例がある」と語り、「同じ思いを中学生棋士の渡辺三冠はしているんですよ。中学生の頃に、格上の棋士が安いものを食べて、食べ盛りの僕は何を頼んだら…という経験が」と熱く訴えた。

 そして値段も張る鰻重を選んだことは「藤井君、好きなものを何でも頼みなさいという意味での鰻重なんじゃないか」と推察していた。

 また、次戦では、藤井七段も和服を着るとの情報があると加藤から教えられると「めちゃくちゃ楽しみ」「必ず似合います」と笑顔を見せ「タイトル戦は本来は華やかなもの」「画面上の華やかさも楽しみにしてほしい」とファンへ呼びかけていた。

藤井聡太七段 タイトル初挑戦「1局目はスーツで…」と、師匠語る

スポーツ報知 2020年6月9日(火)13時36分配信

 9日放送のTBS系情報番組「ひるおび!」(月~金曜・前10時25分)では、8日に行われた将棋の第91期棋聖戦5番勝負の第1局で、先手の挑戦者、高校生棋士・藤井聡太七段(17)が、渡辺明棋聖(36)=棋王、王将=に先勝したことを伝えた。

 藤井七段の師匠として小学生時代から将棋を教え、成長を見守ってきた杉本昌隆八段(51)が、リモートで出演した。

 対局の会場にいた杉本八段は、「背中が大きく見えました。立派になったなと思いましたね」とタイトル初挑戦で先勝したまな弟子の姿に感慨深い様子。

 着物を着てタイトル戦に臨むのが通例だが、藤井七段がスーツだったことについて、MCの恵俊彰(55)が「(杉本八段がプレゼントした)着物を着るんじゃないかという話をしていたんですが…。相談があったんですって?」とたずねた。

 これに杉本八段は「タイトル挑戦が決まった翌日に電話で話しました。和服は慣れないので、色々所作があったりしますし。1局目はスーツで行きたいですということで、それがいいんじゃないかと言いました」と答え、対局中の藤井七段の様子について「終始、落ち着いてましたね」と話した。

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 渡辺棋聖の16連続王手を凌いだ藤井七段の詰将棋で培った生命力 

ABEMA TIMES 2020年6月9日(火)12時06分配信

 各メディアで大きく報じられた将棋の最年少棋士・藤井聡太七段(17)のタイトル戦初勝利。6月8日に行われたヒューリック杯棋聖戦の五番勝負第1局で、渡辺明棋聖(棋王、王将、36)に157手の末に勝利した瞬間から、大きな話題になった。結果だけ見れば、天才・藤井七段の勝利だけがクローズアップされがちだが、最終盤では渡辺棋聖から16手連続で王手をかけられ、30分以上、まさに「生きるか死ぬか」というプレッシャーを受け続けていた。

 朝9時の対局開始から10時間ほど経過した最終盤。追い詰められた渡辺棋聖は、最後の勝負に出た。持ち駒だった角を打ち込み、藤井玉に王手。ここから実に30分以上、計16手の連続王手がスタートする。藤井七段勝勢というところからの王手だが、タイトル25期・現在最多の三冠保持者である渡辺棋聖の王手が、簡単なものであるはずがない。対応を間違えば、形勢が180度変わるような恐ろしい手ばかりだ。

 中継していたABEMAの解説を務めていたのは史上初めて四段でタイトルを獲得した郷田真隆九段(49)と、実質的なデビュー年度でタイトル挑戦を果たした本田奎五段(22)。2人でこの難解な局面を見守っていたが、渡辺棋聖による王手ラッシュには、対局者でなくとも混乱した。郷田九段が「(渡辺棋聖の)さすがの勝負術。結構、危ないですよね」と語れば、本田五段は「めちゃめちゃ危ないですよね。危ないを極めている」とコメント。当然、2人とも藤井七段の方が勝利に近いことはわかっているが、同時に一手間違えた時の大逆転も見えていた。

 ABEMAでは、戦局に応じて勝率・候補手で表示するAIが搭載されている。郷田九段は「ソフトは(藤井玉が)詰まないことを読めているようだけど、なかなか読み切るのは難しい」と語った。残された時間は1分、2分といったわずかな時間。映画のシーンであるような、爆弾処理で赤い線、青い線のどちらを切るか、という選択をずっと繰り返しているようなものだ。たとえプレッシャーなど感じないAIが読めていたとしても、人間がそれをできるのか。解説した棋士だけではなく、視聴者たちも固唾を呑んで見守る時間が続いた。

 ここで活きたのが、藤井七段の詰将棋で培った“生命力”だ。詰将棋は、相手玉を連続王手で詰めることを目指すパズルのようなもので、藤井七段は全国大会である「詰将棋解答選手権」を5連覇中の達人だ。この才能は攻撃だけでなく、守備にも大いに役立っており、自玉の危険度を正確に見極める能力にも長けている。16手連続王手に対して、1つも間違えずに逆転を回避できたのは、この一手を指すと自玉が危なくなるという危険察知のセンサーのようなものが働き続けた結果だ。

 AIでもなければ、連続王手から逃れられない棋士もいただろう中を、生還の一本道を迷わず歩いた藤井七段。また、逆転こそならなかったが、窮地からでも恐ろしい手を繰り出し続ける渡辺棋聖。この2人による五番勝負が、あっさりと終わるとは思えないというのが、将棋界全体の共通認識となった、そういう対局だった。

藤井聡太七段に和服2着贈った師・杉本昌隆八段「次は見られるかも

中日スポーツ 2020年6月9日(火)11時49分配信

 メ~テレの情報番組「ドデスカ!」は9日、将棋の「第91期棋聖戦」5番勝負の第1局に、史上最年少でタイトル挑戦権を得た藤井聡太七段(愛知県瀬戸市、17)が白星を飾ったことを伝えた。番組には師匠の杉本昌隆八段(51)が電話出演し、「ゆくゆくは羽生善治九段の大記録に挑んでいくんだろうと思います」とまな弟子の今後に期待を込めた。

 杉本八段は、前日の終局後もいつも通り淡々とした表情の藤井七段について、「次の対局に切り替えて先を見据えている。喜んではいられない」と分析。藤井七段がうれしそうな表情を見せるのは「感想戦が盛り上がって面白い局面になった時」と明かし、「感想戦が短かったのでちょっと物足りない感じ」と話した。

 また、1年前にタイトル戦に備えて和服2着をあつらえ、藤井七段に贈ったエピソードも披露。「次見られるかもしれないし、その次かもしれません。お楽しみに」と話し、「和服をあげても使う機会がない弟子もいる。そういう意味ではうれしいですよ」と喜んだ。

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渡辺明三冠の着物に見た「俺を超えてみろ!」の気概

デイリー 2020年6月9日(火)10時36分配信

 フリーアナウンサーの近藤サトが9日、日本テレビ系「スッキリ」で、将棋の棋聖戦で渡辺明三冠が着用した着物について、独自の目線で着物に込めた思いを“推理”した。棋聖戦は8日から将棋会館で幕を開け、初戦は藤井聡太七段が勝利している。

 近藤は今回の棋聖戦について注目したのは「着物」と、渡辺三冠の「勝負飯」だったという。

 最近の近藤は、和服でメディアに出ることが多く、大の着物好きとしても知られるだけに、渡辺三冠が着た着物について思いが止まらない。「三冠のお着物は、ご自身も大変お好きだと思うんですけど、非常に個性的な、ユニークな着物をいつも着られて、今回もすごいんです」とまくしたてると「着物好きから見ますと、この柄の組み合わせ、素材の組み合わせ、白で統一させるっていうのは、なかなか素人には着られない」と感心しきり。

 その着物を着た渡辺三冠の心情についても「そういう意味で、満を持して、というか、俺を超えてみろ!という気概をもって着た着物としか見えない」と、和服好きの目線から“推理”していた。

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2020年6月 3日 (水)

【藤井七段】✍元名人下し「最年少タイトル挑戦」へ王手!!

最年少タイトル挑戦M1!藤井聡太七段は追い風に乗った

日刊スポーツ 2020年6月3日(水)7時01分配信

 将棋の藤井聡太七段(17)が史上最年少でのタイトル挑戦へ、あと1勝とした。2日、東京・千駄ケ谷の「将棋会館」で行われた第91期ヒューリック杯棋聖戦決勝トーナメント準決勝で、佐藤天彦九段(32)を下した。渡辺明棋聖(36)への挑戦権をかけ、4日の決勝で永瀬拓矢叡王(27)と対戦し、勝てばタイトル戦初登場。17歳10カ月20日での挑戦となり、屋敷伸之現九段(48)の最年少記録を4日上回る。渡辺との5番勝負第1局は8日、同所で開催される。

   ◇

 藤井には、新型コロナウイルス感染拡大に伴う約2カ月のブランクなど、関係なかった。

 午前10時の対局開始前。藤井は検温を行い、白いマスクで盤に向かった。18年1月、朝日杯準々決勝で下した名人経験者を時間の経過とともに着実に追い詰める。午後7時33分、111手で勝利を手にした。

「激しい変化の多い局面で、手厚く指せた」。対局後、コロナ対策で設営された別室でのリモート会見で話した藤井。いつもの淡々とした藤井節だった。

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 本来、この対局は4月17日に予定されていた。しかし緊急事態宣言に伴い、日本将棋連盟は4月8日、「4月11日から5月6日まで長距離移動を含む公式戦の対局は、5月7日以降に延期」と、発表した。

 藤井にとって4月10日、王位戦挑戦者決定リーグの菅井竜也八段戦を最後に対局の機会がなくなった。この間の生活について問われると「普段よりのんびりしていたが、将棋には変わらず取り組んできた」。オンとオフを切り替えていた。

 5月8日、緊急事態宣言が延長されると、連盟は「長距離移動を含む対局は6月1日以降の実施」と追加発表。藤井のタイトル戦挑戦最年少記録の更新は、厳しくなったとみられた。

 逆風が一転、追い風となったのは先月27日。緊急事態宣言の全国的解除を受け、6月1日からの再開が決定。棋聖戦は準決勝2局を2日、決勝4日、5番勝負第1局を8日に行う、異例の強行日程が組まれた。7月19日に18歳となる藤井にとって、記録更新には、6月11日までのタイトル戦登場が条件だった。

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 すべり込みで、お膳立ては整った。「決勝に進めてうれしく思います。すぐにあるので良いコンディションで臨みたい」と話した。

 この日、もう一方の準決勝を勝ち上がった永瀬とは公式戦初対決だ。デビュー1年目の17年3月、インターネットテレビ局Abema(アベマ)TVの番組企画「藤井聡太四段 炎の七番勝負」(非公式戦)の第2局で唯一、黒星を喫している。「2冠を保持して充実されている。手厚い指し回しで踏み込みが鋭い。強さは十分分かっています。しっかり戦いたい」。中1日での大勝負に臨む藤井に注目だ。

藤井聡太(ふじい・そうた)2002年(平14)7月19日、愛知県瀬戸市生まれ。5歳で祖母から将棋を教わり、地元の教室に通い始める。杉本昌隆八段門下。16年10月、14歳2カ月の史上最年少でプロ(四段)に。中学生棋士としては史上5人目。名古屋大学教育学部付属高3年。17年6月、デビューから負けなしの29連勝で、将棋界の連勝新記録を達成。18年2月、朝日杯で史上最年少の公式戦初制覇。同年10月には新人王戦も制した。翌年2月、朝日杯連覇。昨年度、史上初の3年連続勝率8割以上を記録。通算172勝32敗。勝率8割4分3厘。

〇…タイトル戦史上最年少挑戦の記録を持つ屋敷伸之はこの日、棋王戦挑戦者決定トーナメントで松尾歩八段を下した。藤井の対局は特に意識していなかった。31年前、同じ棋聖戦予選であれよあれよという間の快進撃を演じ、「お化け屋敷」「忍者屋敷」の異名を取った。「無我夢中で戦っていた。格上との対戦が多く、運が良かった」と笑う。記録更新まであと1勝と迫られた藤井について「新しい人が出てくるのは素晴らしい。藤井さんのおかげで、自分の記録が脚光を浴びた。将棋界を盛り上げてもらってありがたい」と話した。

藤井聡太タイトル挑戦へ超異例日程。渡辺明棋聖「可能性は5割以上」

Number Web 2020年5月30日(土)8時01分配信

 緊急事態宣言の解除によって、止まっていた将棋界のタイトル戦も一気に動き出した。

 新型コロナの渦に巻き込まれてしまうものとほぼ諦められていた、藤井聡太七段のタイトル戦挑戦の最年少記録更新も可能性が急復活した。

 ヒューリック杯棋聖戦(産経新聞社主催)の挑戦者決定トーナメントの準決勝、藤井-佐藤天彦九段戦と、永瀬拓矢二冠-山崎隆之八段戦が6月2日に設定され、決勝は中1日で4日に対局。そして渡辺明棋聖が待ち受ける棋聖戦五番勝負の第1局は、挑戦者決定から4日後という前代未聞の短い間隔で、8日に東京・千駄ヶ谷の将棋会館で開催という日程が発表されたからだ。

 藤井が準決勝、決勝と連勝して挑戦権を手にすれば、屋敷伸之四段(現九段)が17歳10カ月24日で挑戦した1989年の棋聖戦の記録を4日更新する最年少レコードの更新となる。

 準決勝からタイトル戦まで合わせて中5日という超異例の対局日程を組んだところに、藤井聡太という次代を背負って立つ大スターにかける日本将棋連盟の期待の高さが読み取れるところだ。

名人戦、叡王戦の日程を見てみると。

 併せて、延期、再延期となっていた豊島将之名人-渡辺明挑戦者の名人戦(毎日新聞社、朝日新聞社主催)七番勝負の日程も27日に決まった。また同じく永瀬叡王と豊島挑戦者がまみえる叡王戦(ドワンゴ主催)七番勝負の日程も1、2局目のみ先行して発表された。

 一気に動き出した3つのタイトル戦を記して、その慌ただしさを実感してもらいたい。

6月8日
棋聖戦第1局 東京「将棋会館」

6月10、11日
名人戦第1局 鳥羽市「戸田家」

6月18、19日
名人戦第2局 天童市「天童ホテル」

6月21日
叡王戦第1局 会場未定

6月25、26日
名人戦第3局 東京「将棋会館」

6月28日
棋聖戦第2局 東京「将棋会館」

7月5日
叡王戦第2局 会場未定

7月27、28日
名人戦第4局 東京「椿山荘」

8月7、8日
名人戦第5局 東京か大阪「将棋会館」

8月14、15日
名人戦第6局 東京か大阪「将棋会館」

8月27、28日
名人戦第7局 東京か大阪「将棋会館」

名人戦を1カ月も開けて棋聖戦か。

 目を引くのは、名人戦の第3局と第4局の間が1カ月開いていることだ。推測だが、ここに棋聖戦の後半戦をズドンとはめ込んでくるものと思われる。

 名人戦が佳境を迎える前のタイミングで、渡辺明と藤井聡太のタイトルマッチが燃え上がる展開は、主催者や日本将棋連盟だけではなく、将棋ファンの誰もが待望するところだろう。

 両タイトル戦にまたいで登場する渡辺明にとっても、その期間だけは相手を1人に絞って戦える設定は好都合に違いない。叡王戦と名人戦をまたぐ豊島としても、名人戦がそこで1カ月開くのは歓迎なはずだ。

佐藤、永瀬、山崎も高く大きな壁。

 とはいえ、棋聖戦に藤井聡太が出てくると決まったわけではない。

 準決勝で当たる佐藤天彦は、名人陥落後に調子を落としているとはいえ、相手の攻めをギリギリ見切る技術は超一流。藤井と言えども簡単に突破できる相手ではない。

 そして、決勝に出てくるのは充実の永瀬か独創の山崎。どちらにしても高く大きな壁だし、3人が自動的に敵役になっている雰囲気を感じるのも必然で、よけいに力を出してきそうだ。

 '16年のデビュー以来、毎年8割以上の勝率をマークしている藤井聡太であっても、タイトル戦の挑戦権にたどり着くというのは、それほど大変なことなのだと改めて思う。

 それでも、待ち受ける渡辺明棋聖は「可能性としては5割以上藤井さんが出てくるものと思っています」と、冷静に計算している。

 藤井聡太のポジションは、すでに認められているのだ。

王位戦も順調に勝ち進んでいる。

 藤井聡太のタイトル挑戦の可能性は棋聖戦だけではない。王位戦(ブロック紙3社連合主催)でも挑戦者決定リーグの白組で首位を走り、その最終戦が6月13日と発表された。阿部健治郎七段に勝てば、23日に紅組首位の棋士(永瀬二冠が最有力とみられる)との挑戦者決定戦に進む。

 木村一基王位が待ち受ける七番勝負は、例年通りの時期(昨年は7月3日から9月26日)に収まりそうで、棋聖と王位の挑戦権をともに藤井が手中にしたときは、入り組んだタイトル戦の過密日程の中に飛び込むことになる。

 これから暑くなる時期なのに、コロナの影響は当然残っていて、対局室はエアコンを入れながら換気のために開け放たれることになるのだろう。マスク絶対着用の暫定ルールがどうなるかだが、普段に増して健康管理も問われる夏の陣となるのは間違いのないところだ。

 トップ棋士たちの妙技を存分に楽しみたい。

渡辺明3冠、藤井聡太七段を称賛「理想的な勝ち方終盤も鮮やか

スポニチアネックス 2020年6月3日(水)5時30分配信

 将棋の藤井聡太七段(17)は2日、東京都渋谷区の将棋会館で行われた棋聖戦決勝トーナメント準決勝で佐藤天彦九段(32)を破った。4日の決勝では永瀬拓矢2冠(27)と対戦。勝てば8日開幕の5番勝負出場が決まり、タイトル戦出場の史上最年少17歳10カ月20日を樹立する。

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 タイトルを保持する渡辺明王将(36)は決勝進出した藤井について「先手番なので、着実に有利を拡大していくのが理想的勝ち方。終盤も鮮やかでした」と印象を語った。これで昨年11月、藤井があと1勝でタイトル初挑戦だった第69期大阪王将杯王将戦(本社主催)の挑戦者決定リーグ最終日と同じ条件になった。

 再びタイトルホルダーとして待ち受ける立場となったが「当時も直前にいろいろ取材を受けて心の準備はできていた。改めてどうこうと言うことはない」。タイトル獲得25期の第一人者は泰然としていた。

 藤井と永瀬による4日の決勝については「トーナメントですから。各棋戦で活躍する2人の挑戦者決定戦」と勢いのある若手同士、想定の範囲内との見立て。第1局が8日に迫るため「具体的な指し方は結果を見てからですが、手探りでやることになりそう」と準備期間の少ない異例の番勝負へ覚悟を固めた。

 コロナ関連破綻 全国で200件超従業員10人未満が5割 

東京商工リサーチ 2020年6月3日(水)13時38分配信

 6月3日正午現在、「新型コロナ」関連の経営破たんが全国で204件(倒産149件、弁護士一任・準備中55件)に達した。新型コロナ関連の経営破たんは、2月2件、3月23件で、4月に入り84件に急増した。5月も83件発生し、6月は3日正午までに12件が判明した。

 都道府県別では、42都道府県で発生。空白県は福井、和歌山、鳥取、高知、長崎の5県。

 件数は、東京都が45件(倒産40件、準備中5件)で、突出している。以下、大阪府18件(同12件、同6件)、北海道16件(同14件、同2件)、静岡県11件、兵庫県10件の順。

 業種別では、インバウンド需要の消失、国内旅行・出張の自粛でキャンセルが相次いだ宿泊業が34件(同26件、同8件)、外出自粛で来店客減少や臨時休業、時短営業に追い込まれた飲食業が32件(同20件、同12件)と、この2業種の件数が拮抗している。

 百貨店や小売店の臨時休業が影響したアパレル関連が24件(同18件、同6件)で、個人消費の関連業種が上位に並ぶ。休校やイベント休止などの影響を受けた食品製造業も16件発生した。

 経営破たんのうち、倒産した149件では破産が121件(構成比81.2%)を占め、事業継続を断念した企業が圧倒的に多い。一方、再建型の民事再生法は18件(同12.0%)にとどまった。

 上場会社は、東証1部の(株)レナウン(東京、民事再生、負債138億7900万円)の1件のみ。

 経営破たんした企業は、もともと人手不足や消費増税、暖冬の影響で資金繰りが厳しくなっていたところに、新型コロナによる急激な業績悪化で、行き詰まったケースが多い。

 6月1日、各地で事業者への休業要請が大幅に緩和された。しかし、新型コロナ感染拡大で事業活動が制限され、毀損した売上が回復するには時間が掛かる。また、感染者が再び増加している北九州市、「東京アラート」が発動された東京都など、コロナ終息は不透明さを増している。

 このため、休業していた企業・商店が先行きが見通せず、制度融資や支援策などを活用しないまま廃業を決断するケース、あるいは先送りされた倒産が顕在化することが危惧される。

※ 企業倒産は、負債1000万円以上の法的整理、私的整理を対象に集計している。

※ 原則として、「新型コロナ」関連の経営破たんは、担当弁護士、当事者から要因の言質が取れたものを集計している。

6月3日 経営破たんは200件超え、従業員被害数は7702人

 新型コロナ関連の経営破たんは、6月3日正午現在で204件に達した。従業員数が判明する197件では、5人未満が59件(構成比29.9%)、5人以上10人未満が41件(同20.8%)で、10人未満の小・零細規模が100件(同50.7%)と半数を占めた。従業員数合計は7702人で、パート・アルバイトなどの従業員まで含むと、雇用喪失はこの数倍に及ぶとみられる。全国に広がる新型コロナ関連の経営破たんの増加は、地方の雇用悪化に拍車をかける可能性も出てきた。

 負債額が判明する186件のうち、負債1億円以上2億円未満が34件(同18.2%)で最多。次いで、2億円以上3億円未満が32件(同17.2%)、10億円以上が30件(同16.1%)。1億円未満は47件(同25.2%)だった。

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